映画『ビバリウム』は2021年3月12日(金)より全国公開。
マイホームを夢見る若い夫婦が、住宅見学に訪れた事から始まる恐怖を描いた、映画『ビバリウム』。
住宅街から脱出できなくなった夫婦が、さらに正体不明の赤ん坊を育てる事になり、精神的に追い込まれていく、新感覚のラビリンス・スリラーです。
住宅街「ヨンダー(Yonder)」に閉じ込められた、若い夫婦に起きる不可解な現象は、実は現実社会を拡張し、皮肉的に表現しているだけなんです。
今回は『ビバリウム』の社会風刺的な作風に注目し、作品に込められた、現実社会へのメッセージについて深掘りしていきます。
考察部分は、物語の核心や結末に触れている箇所がございますので、本作を未鑑賞の方、ネタバレを知りたくない方はご注意ください。
CONTENTS
映画『ビバリウム』の作品情報
【日本公開】
2021年(ベルギー・デンマーク・アイルランド合作映画)
【原題】
VIVARIUM
【監督】
ロルカン・フィネガン
【キャスト】
ジェシー・アイゼンバーグ、イモージェン・プーツ、ジョナサン・アリス、セナン・ジェニングス、アイナ・ハードウィック
【作品概要】
主人公のトムを演じるジェシー・アイゼンバーグは、「ゾンビランド」シリーズでブレイクし『ソーシャル・ネットワーク』(2010)でアカデミー賞やゴールデン・グローブ賞などの、数々の賞レースで主演男優賞にノミネートされた実力派です。
トムの恋人、ジェマを演じるイモージェン・プーツは、『28週後…』(2007)に出演以降、『グリーンルーム』(2015)などの演技が高く評価されている注目の女優です。
監督は、これまで短編映画やミュージックビデオ、CMなどの映像作品に携わり、本作『ビバリウム』で世界的に高い評価を得たロルカン・フィネガン。
映画『ビバリウム』のあらすじ
新居を探している若いカップルのトムとジェマ。
ある日、何気なく足を踏み入れた不動産屋で、「Yonder」という住宅街を紹介されます。
不動産屋の怪しげな雰囲気や、緑色の同じ建物が立ち並ぶ「Yonder」の不気味さから、トムは住宅見学を拒もうとしますが、ジェマに半ば強引に付き合わされます。
不動産屋の男に案内され「Yonder」内にある「9番」の住宅を見学しますが、住居内に既に男の子の部屋が用意されていました。
トムとジェマは、流石に気味が悪くなり、帰ろうとしますが、不動産屋の男が姿を消してしまいます。
「Yonder」内を車で走り回り、出口を探すトムとジェマですが、どんなに走り回っても必ず「9番」の住宅に戻って来ます。
さらに住宅の前に、何者かが生活に必要な食料や道具を置いて行っていました。
この状況に怒りを感じたトムは、「9番」の住宅を燃やし、トムとジェマは燃える家を眺めながら眠ります。
数時間後、トムとジェマが目を覚ますと、燃えていたはずの住居が元に戻っており、謎の箱が残されていました。
箱を開けると、中には赤ん坊が入っており「この子を育てれば開放する」とメッセージが残されていました。
他に「Yonder」から抜け出す方法が無いトムとジェマは、仕方なく子どもを育て始めますが、子どもは凄い速さで成長していきます。
さらに「地中に何かある」と考えたトムは、庭に巨大な穴を掘り始めます。
悪夢のような住宅街での生活が始まったトムとジェマを、最後に待ち受けている運命は?
映画『ビバリウム』を考察
見学に行った住宅街に閉じ込められ、不気味な赤ん坊を育てる事になった、トムとジェマが直面する数々の恐怖を描いた映画『ビバリウム』。
かなり変わった作品のように見えますが、住宅街「Yonder」で起きている事は、実は「人生の縮図」とも言える事なのです。
トムとジェマの姿から、監督のロルカン・フィネガンが本作に込めた「皮肉」や「社会風刺」が読み取れます。
ここから、ネタバレ込みで考察をしていきましょう。
「夢のマイホーム」に捕らわれるという悪夢
まず、脱出不可能な住宅街「Yonder」ですが、これはローンを組んで住宅を購入する事のリスクを、皮肉的に描いています。
ロルカン・フィネガン監督がモデルにしたのは、2000年にアイルランドで人気があった住宅建築で、当時は「理想の家」とされていました。
ですが、全て同じような形で、建築物に個性を感じない事に、ロルカン・フィネガン監督は不気味さを感じていました。
さらに「理想の家」を購入した多くの人は、ローンの返済から抜け出せず、不況の為に家を手放す事もできず、苦しんだ人が多かったようです。
考えてみれば、住宅を一括で購入できる人も限られており、さらに理想通りのマイホームを手に入れる人も少ないでしょう。
『ビバリウム』では、いわゆる一般層が、家を購入する事が難しくなった現代社会を風刺しており「夢のマイホーム」が、自らの首を絞める結果となる、悪夢のような現実を描いています。
トムが穴を掘り続ける理由
「Yonder」に閉じ込められ、正体も分からない子どもを育てる事になったトムとジェマ。
トムは物語の中盤から「自分達を閉じ込め、子育てを強制する何者かが、庭の底にいる」と確信し、ひたすら穴を掘り始めます。
そして、1日中穴を掘り、夜になれば食事をし、眠りにつく毎日を繰り返すようになるのですが、これはローン地獄に苦しむ姿を描いています。
マイホーム購入のローンを返済する為に、1日中働き続け、夢だったマイホームには眠りに帰るだけ。
いくら必死に働いても、住宅ローンからは逃れられずに、多くの人が苦しんでいるという事実を、穴を掘り続けるトムの姿を通して表現しています。
また、節約の為に贅沢を控えている家庭も多いと思いますが、その様子を本作では「Yonder」で支給される、全く美味しそうに感じない、味気ない食事で見せています。
成長していく子どもへ抱くジェマの恐怖心
住宅ローンに苦しむ夫の姿を、本作ではトムに重ねていますが、妻であるジェマは、子育ての苦しみを表現しています。
トムが穴掘りの事しか考えなくなった為、ジェマは子どもに正面から向き合い、愛情を持って接しようとします。
ですが、子どもは成長する度に、どんどん理解できない存在となっていきます。
特に印象的なのが、テレビに映る不気味な映像を、子どもが夢中になって鑑賞する場面です。
映像は細胞分裂とも、筋肉組織の断面とも見える、とにかく不可解な映像がずっと続きます。このテレビに夢中になる子どもの描写は、ひと昔前なら、親が全く面白さを理解できないテレビ番組に、子どもが夢中になって悪い影響を受けていくと感じる親の心情でしょうか。
現在でいうと、インターネットやゲームなどの仮想空間に子どもが夢中になって、親の知らない所で、悪い知識を身につけてしまう感じです。
さらに、子どもは「Yonder」内で、トムとジェマが知らない存在と会っているようなのですが、これは学校や繁華街など、行動範囲が広がった子供が、親の全く知らない人と交流を持つようになり、どんどん変わっていってしまう様子を表現しています。
とにかく、成長する度に理解できない存在になっていく子どもに、ジェマは恐怖を抱くようになります。
また、子育てに参加しないトムが、子どもに腹を立てて虐待する場面があるのですが、これは成長する子ども(息子)と父親の間に生まれる確執と、その間に挟まれる、母親の辛い心情を表しています。
全てから解放された時に訪れるのは?
住宅ローンや子育てを、皮肉的に描いた『ビバリウム』ですが、最も恐ろしいのは、本作における「解放」の解釈です。
赤ん坊を大人になるまで育てた、トムとジェマに訪れる解放の時、それは死です。
現実でも、住宅ローンや子育てに追われていれば、時間はすぐに過ぎ去っていきます。ローンを完済し、子供を成人するまで育てれば、多くの人はもう若くないでしょう。
本作では、それらから解放された後は「死を待つだけ」と受け取れる描き方をしています。
ただ、本作は「マイホームを買うな」「子どもを産むな」と言っている訳ではありません。自宅で子育てを楽しんでいる夫婦も勿論いますし、そうあるべきなんです。
しかし、本作では「誰かが決めた幸せのイメージに、何も考えずに突き進む事は危険ではないか?」と問いかけます。
かつてマイホームを持つ事は、1つのステータスとなっていましたが、本当に莫大な借金をしてまで、手に入れないといけないものなのでしょうか?
ロルカン・フィネガンは『ビバリウム』という作品を通して「幸せとは何か?」を問いかけているのです。
まとめ
『ビバリウム』で描かれている事は「人生の縮図」とも言える事で、作品を通して人間の本質を問いかけてきます。
かなり皮肉の込められた、風刺の利いた作品なので、内容に否定的な意見を持つ方もいるでしょう。
ロルカン・フィネガンは、現実社会をレンズ越しに描く事で、観客の考えに、何かしらの影響を与える事を目指しています。
「夢のマイホーム」を「現代の悪夢」と捉えて描かれた映画『ビバリウム』。
本作に込められた問いかけを、どう受け止めるか?で、評価は大きく変わるでしょう。