『サウルの息子』のネメシュ・ラースロー監督が贈るミステリー
映画『サンセット』は、2019年3月15日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかで公開!
初の長編映画『サウルの息子』(2016)で、第68回カンヌ映画祭グランプリや第88回アカデミー賞外国語映画賞などを獲得し、一躍時の人となったネメシュ・ラースロー監督。
その待望の長編2作目『サンセット』は、1913年のブダペストの高級帽子店を舞台に、主人公も観客も混乱させるミステリーとなっています。
CONTENTS
映画『サンセット』の作品情報
【日本公開】
2019年(ハンガリー・フランス合作映画)
【原題】
Napszállta
【監督】
ネメシュ・ラースロー
【キャスト】
ユリ・ヤカブ、ヴラド・イヴァノフ、エヴェリン・ドボシュ、マルツィン・ツァル
【作品概要】
第68回カンヌ国際映画祭グランプリに輝いた、『サウルの息子』のネメシュ・ラースロー監督の長編第2作。
主演はハンガリー・ブタペスト出身のユリ・ヤカブで、本作が初主演。『サウルの息子』では主人公に火薬を渡す女性エラを演じ、鮮烈な印象を残しました。
第一次世界大戦に突入する直前のブダペストを舞台に、高級帽子店で働くことになった女性を取り巻く奇妙な出来事を描きます。
謎に次ぐ謎の展開に、観終わっても余韻が残り続けること確実な作品です。
映画『サンセット』のあらすじ
1913年、オーストリア=ハンガリー帝国が栄華を極めた時代のブダペスト。
ある日、ブダペストにある高級レイター帽子店で働こうと、一人の女性イリスがやってきます。
実はその店は、元々はイリスの両親が経営していました。
ところが、イリスが2歳の頃に起きた不慮の火災で両親が死に、身寄りを無くした彼女はイタリアの街トリエステに養子に出されていたのです。
にもかかわらず、現在の店主ブリルはイリスの素性を知って冷たい態度を取り、雇うことなく追い返してしまいます。
その夜、仕方なく安宿に泊まったイリスの部屋に、突然馭者が侵入。
その男はイリスに、この地から離れるよう忠告した上で、彼女にカルマンという名の兄がいたことをほのめかすのでした。
兄の存在を初めて知ったイリスは、トリエステに戻らずにカルマンの行方を追うことに。
そのうちイリスは、カルマンが街の有力な伯爵を殺した上に、帽子店に火を放とうと動いているらしいという情報を得ます。
しかし、ブリルも帽子店チーフのゼルマも、決して多くを語ろうとしません。
それどころか、次々と訝しげな人物が現れては、何やら意味ありげな言葉を残していくため、イリスは翻弄される一方。
彼女はやがて、帽子店と王侯貴族を結ぶ秘密や、貴族に反発する者たちによる世界の片鱗をを目の当たりにすることとなり…。
映画『サンセット』の解説と見どころ
ネメシュ・ラースロー監督待望の長編第2作
参考映像:『サウルの息子』予告
本作『サンセット』の監督ネメシュ・ラースローは、『ニーチェの馬』(2012)で知られる名匠タル・ベーラの助監督としてキャリアを積みます。
そして2016年に、強制収容所に送り込まれたユダヤ人の過酷な運命を描いた『サウルの息子』で、長篇デビューをはたします。
この作品で、いきなりカンヌ国際映画祭グランプリや、アカデミー賞外国語映画賞を獲得したネメシュは、ハリウッドから多数のオファーを受けます。
しかし、1914年にハンガリーで生まれた祖母が体験した、20世紀初頭のヨーロッパを舞台にした映画を撮りたいと考えていたネメシュは、それを固辞。
結果として完成した本作は、CG表現全盛の現代映画制作において、ブダペスト郊外に帽子店を含めた街のセットを建設し、撮影もデジタルでなくフィルムを使用するなど、ネメシュのこだわりが感じられます。
ミステリーなのに謎が解けない?
感想めいたことを先に述べますが、本作『サンセット』は、とにかく「分かりにくい」映画です。
あらすじそのものは、「主人公が生き別れた兄の行方を追う」というミステリー形式。
しかし、謎解きが醍醐味のミステリー作品と本作が大きく異なるのは、主人公イリスが数々の手がかりを得るも、それらすべてが意味深すぎて飲み込みづらく、イリスと同化して観ている観客も困惑する点にあります。
ブリルやゼルマといった帽子店の関係者や、黒帽子の男ヤカブ、はては安宿の主人や街の通行人といったモブ的な人物までもがイリスの前に現れては、何やら謎めいた言葉を次々と投げかけます。
さらには、イリスが体験する事自体も、本当に起こった事なのかがよく分からなくなっていき、混乱度合いに拍車がかかっていくのです。
さらに謎を深める独特の演出
作品の「分かりにくさ」のもう一つの要因は、前作『サウルの息子』でも見られた撮影手法にもあります。
カメラ視点の大半が主人公イリスの視界と重ねているので、スクリーンも彼女が見た物や、彼女の周囲1メートル以内の物しか映し出されません。
加えて、イリスの周囲の焦点深度をボカしたりクッキリさせての撮影や、ワンカットの長回し撮影なども多用。
これらの手法により、観客に物語の全体像を把握しにくくさせています。
音響面でも、ネメシュ監督のこだわりがあります。
劇中、イリスより遠い場所で交わされる会話や環境音が、ハッキリと聞こえる描写が何度もあります。
物語がイリス視点で進んでいるのを鑑みれば、彼女が聞き取れるはずのない遠くの声や音が聞こえるのは、作劇として間違っていると思うかもしれません。
しかし、焦点深度のボカし同様に、音響の遠近感をあえて狂わせているのも、事態が呑み込めないイリスの困惑を表現しているのです。
「全ての謎は解けない」という知識が重要
こうした「分かりにくさ」は、ネメシュ監督の元々の狙いでもあります。
彼はインタビューで、「最近の映画は説明描写が多すぎる。私の映画は合理的に観てほしい」と語っています。
付け加えて、「『全ての謎は解けない』ということを認識する知性や知識が重要だ」とも。
本作を観て、「わけが分からない」と思った方は、ある意味それで正しいこと。
イリスが見たり体験したりしてきた事は、本当に起きた事だったのか?
その解釈は、観客の想像力に委ねられるのです。
まとめ
本作で提示される様々な謎や出来事は、舞台である20世紀初頭の、混沌としたオーストリア=ハンガリー帝国の象徴でもあると、ネメシュ監督は説明しています。
多言語が行き交うブダペストで、ドイツ語を話すオーストリア皇太子のご機嫌を取ろうとする高級帽子店。
劇中で、「帽子はおぞましい物を見ないようにするためにある」というセリフが出るなか、帽子店は、王室に女性を提供するという「おぞましい」ご機嫌取りを行います。
そうした腐敗した貴族体制に、イリスの兄カルマンら不満分子たちが暗躍。
実際、本作の時代設定から1年後の1914年に、オーストリア皇太子がボスニアで反乱者に暗殺されたのを機に、第一次世界大戦が勃発します。
「イリスが兄を探すのと並行して、観る者ををラビリンス(迷宮)に陥れたいと考えた」とするネメシュ。
その言葉の通り、帽子店と反乱者の板挟みとなるイリスを通して、観客はラビリンスのような激動のヨーロッパを追体験するのです。
「観終わっても語りがいのある」映画は多いですが、『サンセット』はその中の一本に加わるのは間違いないでしょう。
映画『サンセット』は、2019年3月15日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかで公開!