チェコスロバキア最後の女性死刑囚は、
なぜ人を殺めたのか──。
映画『私、オルガ・ヘプナロヴァー』が、2023年4月29日(土・祝)よりシアター・イメージフォーラム他にて全国ロードショーとなります。
「チェコスロバキア最後の女性死刑囚」として、23歳で絞首刑に処された実在の人物オルガ・ヘプナロヴァーを描いた衝撃の作品です。
1973年、当時22歳のオルガ・ヘプナロヴァーは都市プラハの中心地で、路面電車を待つ群衆の間へトラックで突っ込み、8人死亡・12人負傷という惨劇を引き起こしました。
オルガはなぜ、殺人という手段を選んでしまったのか。観る者の「心」ではなく「現実」に訴えかけてくる、本作の見どころをご紹介します。
CONTENTS
映画『私、オルガ・ヘプナロヴァー』の作品情報
【日本公開】
2023年(チェコ・ポーランド・スロバキア・フランス合作映画)
【原題】
Ja, Olga Hepnarová(英題:I, Olga Hepnarová)
【監督・脚本】
トマーシュ・バインレプ、ペトル・カズダ
【原作】
ロマン・ツィーレク
【美術】
アレクサンドル・コザーク
【撮影】
アダム・スィコラ
【編集】
ヴォイチェフ・フリッチ
【キャスト】
ミハリナ・オルシャニスカ、マリカ・ソポスカー、クラーラ・メリーシコヴァー、マルチン・ペフラート、マルタ・マズレク
【作品概要】
「チェコスロバキア最後の女性死刑囚」として23歳で絞首刑に処された実在の人物オルガ・ヘプナロヴァーを主人公とした、2016年製作の実録ドラマ。本作が長編デビューとなるトマーシュ・バインレプとペトル・カズダ監督が、チェコを震撼させた事件を描きます。
『ゆれる人魚』(2015)、『マチルダ 禁断の恋』(2018)のミハリナ・オルシャンスカがオルガを演じ、その内面性と身体性を生かした演技により、チェコ・アカデミー賞主演女優賞をはじめ多くの賞に輝きました。
またイエジー・スコリモフスキ監督『エッセンシャル・キリング』(2010)で名を馳せたポーランドの名手アダム・スィコラが撮影監督を務めました。
映画『私、オルガ・ヘプナロヴァー』のあらすじ
1973年7月、経済的に恵まれた家庭で育った22歳のオルガ・ヘプナロヴァーは、都市プラハの中心地で路面電車を待つ群衆にトラックで突っ込み、8人が死亡・12人が負傷という惨劇を引き起こします。
彼女はなぜ凶行に及んだのか?それは、多くの人々から虐待を受け、社会から疎外された者による復讐心からでした。
「チェコスロバキア最後の女性死刑囚」として絞首刑に処された、オルガの人物像に迫ります。
映画『私、オルガ・ヘプナロヴァー』の感想と評価
あまりに切実な“もしも”と殺人鬼の姿
1973年7月10日、都市プラハで30人もの群衆の間にトラックで突っ込んで8人を死亡させ、1975年3月12日に「チェコスロバキア最後の女性死刑囚」となったオルガ・ヘプナロヴァーについて書かれたロマン・ツィーレク著『私、オルガ・ヘプナロヴァー 生き様をさまよい、殺戮に及んだ女』を映画化した本作。
銀行員の父と歯科医の母の娘として生まれるも、父親のDV、母の事務的な愛情をそれぞれ受けて育つうちに鬱状態となり、コミュニケーション障害へと陥ってしまったオルガ。
学校にもなじめず、引きこもり状態となった彼女は、13歳で精神科に入院。退院後は両親と一緒に暮らすことを拒み、自立して製本工員、運転手として働くようになります。
いわゆるLGBTQ+であったオルガですが、旧ソ連の傀儡的存在であり、生活にも検閲・弾圧が及ぶ共産国家であったチェコスロバキアにおいて彼女の存在は「異端」とされ、それ故に彼女自身も「性的障害者」という自虐を口にしていました。
もし彼女が当時のチェコスロバキア以外の国で生まれていたら、もし彼女が生まれたのが当時の時代よりも後だったら、もし彼女を理解しようとしてくれる人物が一人でもいたら……そんな“もしも”が一つでも現実に存在していたら、一人の人間が殺人鬼となることはなかったのかもしれません。
ノー劇伴×モノクロ映像の“直視させる”心情描写
「多くの人々から受けた虐待に対する復讐として、社会に罰を与えた」という声明文を新聞社に送った直後、トラックに乗り込んだオルガ。本作ではそんなオルガを、「劇伴を一切使わない」という手法で捉えていきます。
音楽で観る者の感情を揺さぶることなく、起こった顛末をドキュメンタリータッチにありのまま映す。この手法は、近作の『母の聖戦』(2023)でも用いられています。
また、本作を共同で監督したトマーシュ・バインレプとペトル・カズダによると、モノクロ映像にしたのは、オルガの内面世界をスクリーンに映し出す狙いからとのこと。心情説明のナレーションに頼らず、彼女が凶行に至るまでの内面を観る者に否が応でも直視させ、考察させるのです。
小柄で華奢、猫背体型のオルガは、ボブカットのヘアスタイルも相まってか『レオン』(1995)の少女マチルダ(彼女のヘアスタイルは後年、“マチルダボブ”という愛称がつくまでに)を思わせます。
『レオン』のマチルダは、愛情を注いでくれたレオンのような暗殺者になろうとするも、そのレオン自身に止められます。
一方、誰からも愛情を注がれなかったオルガは、大量殺人者への道を歩んでいきます。それを止めてくれる者は誰もいませんでした。
まとめ
人々は互いに無関心で、共感も理解もなく、自分のことだけに関心がある。つまり、オルガ・ヘプナロヴァーの行為に対する罪悪感と責任は、彼女の物語に登場するすべての人が共有しているということを強調したいのです。
バインレプとカズダ両監督は、そうメッセージを寄せます。
「殺人をしたのは、今後このようなことが起こらないようにするため」「唯一の後悔は、もっと多くの人を殺せなかったこと。その中に両親が含まれていなかったこと」と言い残して絞首刑に処されたオルガ。
しかし時を経た現在でも、世界各国ではトラックの代わりに銃や刃物、毒ガスを使った無差別大量殺人が発生しています。実体はこの世になくとも、オルガ・ヘプナロヴァーは今でも存在しているのです。
映画『私、オルガ・ヘプナロヴァー』は、2023年4月29日(土・祝)よりシアター・イメージフォーラムほかにて全国ロードショー!