映画『ゲティ家の身代金』は、2018年5月25日よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー。
リドリー・スコット監督が秀逸な脚本に魅せられ演出を務めたのは、1973年の実話の事件。
世界一の大富豪にギネス認定されたジャン・ポール・ゲティの孫ポールがローマで誘拐され、身代金50億円が要求されます。
しかし、稀代の守銭奴であるゲティは支払いを拒否。離婚によりゲティ家を離れたポールの母ゲイルに支払いは不可能。
一向に進展しない誘拐事件にマスコミ報道は加熱するばかり、ポールの身の危険を案じた母ゲイルは…。
CONTENTS
映画『ゲティ家の身代金』の作品情報
【公開】
2018年(アメリカ映画)
【原題】
All the Money in the World
【原作】
ジョン・ピアースン「ゲティ家の身代金」(ハーパーコリンズ・ジャパン刊)
【監督】
リドリー・スコット
【キャスト】
ミシェル・ウィリアムズ、クリストファー・プラマー、ティモシー・ハットン、ロマン・デュリス、チャーリー・プラマー、マーク・ウォールバーグ
【作品概要】
1973年に世界を震撼させたゲティ三世誘拐事件を名匠リドリー・スコットが映画化した、華麗でサスペンスに満ちたドラマ。
母ゲイル役をミシェル・ウィリアムズを務め、ゲイルのを助ける元CIAの交渉人フレッチャー役でマーク・ウォールバーグが演じています。
ゲティ役はケビン・スペイシーで撮影され完成間近にスキャンダル降板。クリストファー・プラマーが代役を務めて再撮影が行われています。
リドリー・スコット監督のプロフィール
サー・リドリー・スコット(Sir Ridley Scott)は、1937年11月30日にイングランド生まれの映画監督、プロデューサー。
ウエスト・ハートブール美術大学で絵画やグラフィックデザイン、舞台美術を学んだ後、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートに進学し、グラフィック・デザインを専攻。
卒業後にBBCにセット・デザイナーとして入社します。やがて、ドキュメンタリーやテレビドラマの演出をするようになるが、テレビディレクターに限界を感じて退社。
自身でコマーシャル制作会社を設立すると、そこで制作した1900本を越え、CFは各国の国際映画祭で多くの受賞を獲得します。
参考映像:『デュエリスト 決闘者』(1977)
1977年に『デュエリスト 決闘者』で長編監督デビューすると、カンヌ国際映画祭新人監督賞を受賞。
『エイリアン』(1979)や『ブレードランナー』(1982)で、独自の映像センスで世界的に人気監督となります。
1995年に映画製作会社スコット・フリー・プロダクションズを設立。2003年にナイトの爵位を授与されています。
主な作品は『テルマ&ルイーズ』(1991)『グラディエーター』(2000)『ブラックホーク・ダウン』(2001)がアカデミー賞監督賞にノミネート。また、2015年の『オデッセイ』は、同作品賞候補となりました。
参考映像:『エイリアン コヴェナント』(2017)
近年では「エイリアン」シリーズの前日譚にあたる『プロメテウス』(2012)と、その続編『エイリアン コヴェナント』(2017)を制作し、『ブレードランナー』の続編『ブレードランナー 2049』(2017)には製作総指揮として携わっています。
2つのシリーズは、生命体の死生観をテーマに、エイリアンとAI(アンドロイド)をモチーフに“生きる根源”の追求に精力的な姿勢を見せています。
映画『ゲティ家の身代金』のあらすじ
1973年、夜のローマを1人歩く17歳の青年は身のほど知らずに、娼婦が立ち並ぶ地区で年上の女性を買春しようと値踏みしています。
青年の側に見知らぬ車が停車すると、「ポールか?」と聞かれ、そのまま拉致されてしまいます。
青年はジョン・ポール・ゲティ3世で、やがてそのポールを誘拐したというニュースが、祖父のジョン・ポール・ゲティに告げられます。
彼は中東サウジアラビアから石油を輸入して、ゲティ・オイル社を設立、世界でも屈指の大富豪となっている人物でした。
ゲティに対して孫の身代金として1700ドルが要求されます。
しかし、ゲティと孫のポールは関係は幼い頃とは違って疎遠になっていました。
ゲティの息子であるポールの父親がドラッグに溺れ、妻ゲイルとは離婚。跡継ぎの役割を果たしていなかったからです。
大富豪でありながらも守銭奴ゲティは、身代金の要求を断固拒否。この要求に応じれば他の孫も標的になる恐れがあると、彼は解釈したのです。
一方でゲティは元CIAで、現在は自分の下で働くフレッチャー・チェイスを呼び、誘拐犯との交渉を指示。
チェイスを何度も身代金を用立てて欲しいという、ポールの親権を持つ母ゲイルの元へと向かわせます。
その頃、誘拐されたボールは、南イタリアのカラブリア州の人里離れた隠れ家のアジトに監禁されていました。
誘拐犯のリーダーはチンクアンタは、ポールに母親宛の手紙を書かせます。
要求した身代金を支払わないと、指を切断して送りつけると脅しながら書かせます。
一向に身代金を出す気がないゲティに対して、母ゲイルは苛立ちを感じていますが…。
映画『ゲティ家の身代金』の感想と評価
二転三転するシナリオの巧みさ
本作『ゲティ家の身代金』は、まず、脚本が何といっても秀逸な作品です。
プロデューサーのクエンティン・カーティスは、実話を小説にしたジョン・ピアースンの原作『ゲティ家の身代金』の映画化権を取得すると、デヴィッド・スカルパに脚本執筆を依頼しました。
デヴィッドは脚本に向かった姿勢をこのように語っています。
「ジャン・ポール・ゲティは身代金を払って孫を助け出すことに躊躇したのではなく、お金を手放すことが我慢ならなかった。よくあるスリラーとは一線を画し、金がこの男を呪縛し、それが家族や誘拐犯に与える影響を検証するスリラーだ。子どもの命が何よりも大切なはずなのに、様々な理由があってどうしても払うことを承諾できない。世界一裕福な男が自分の財産の“人質”となっているわけだ。最も難しかったのは全体のバランスで、スリラーとシェイクスピア的な家族ドラマの間を行ったり来たりする構造を目指した」
まるでお金という“資本主義的な信仰”に取り憑かれてしまった大富豪ゲティ。
彼のお金への執着(信頼・信仰)が人間関係を破綻させる様をこの作品では見せています。特にそれが現れるのは「家族」というものに対してです。
誘拐犯のリーダーであったチンクアンタが、なかなか支払われない身代金にしびれを切らした際に、誘拐したポールを前に「息子のためならお金を借金しても、盗んででも作る」という台詞があります。
貧しいイタリア人であるチンクアンタは、マフィアの端くれです。少なくとも彼には強い絆として家族(ファミリー)という価値観があり、そこで見せる人間味は魅力的な登場人物として光っています。
また、映画の冒頭は、誘拐されたことを回想する孫ポールのモノローグで幕を開けますが、その中には「ゲティ家=異星人」を思わせるせ言葉があり、彼ら一族は地球の価値に生きていないことを発言しています。
これは地上で生きる地球人(人類)のような生きている価値観がないということで、大富豪としてお金に困らないことや家族という関係性の希薄さを持った“生き物(生命体)”ということでないでしょうか。
つまりは、少々強引な仮説で言えば、ゲティ家の彼らは、まるで人間とは違った価値観を持った“エイリアンであり、AI(アンドロイド)”といえば言い過ぎでしょうか。
このような傑出的な物語の構成とバランス、気の利いた台詞を配したシノプシス。脚本家デヴィッドのシナリオを映画化できると制作サイドのリストに挙がったのが、リドリー・スコットでした。
実際の事件を物語りながらスリラーの要素や、シェイクスピア的家族ドラマという大富豪の一族の崩壊を描けるような映像作家は、確かにイギリス出身のリドリー監督の名前が挙がることは理解できます。
リドリー監督は、デヴィッドの書いたシナリオの中でも、「ゲティと周りの家族とのサーガ」に魅了されたと語っています。
リドリー監督はその理由をこのように述べています。
「この作品は冷酷な金持ちを描くだけに留まらない、大部分においてゲティの判断は間違っていなかった。皆より1つも2つも上手だからこそあれだけの財を築いた。石油開発のため中東で広大な土地を買い占めた初めての男であり、孫の誘拐での要求に対し、先進的な回答を示した。その理由を私は必ずしも尊敬しているわけではないが、身勝手だと言いがたい。ゲティは富の虚しさ、それに付随しうるダメージを理解し明確に自覚していたんだ。このテーマを掘り下げつつ、お金でなく息子に対する純粋な愛情に突き動かされるゲイル(母親)の鋼鉄の意志と交錯させるのが面白かった」
ここでもう一つのキーワードとなる母親ゲイルの存在を挙げて、“鋼鉄の意志”を交差させたとあります。
本作『ゲティ家の身代金』は、実話を映画化した作品として二転三転するスリラー的な要素を見せ、とても楽しませてくれる映画です。
さすが!リドリー監督と思うことでしょう。
言わずもがなかもしれませんが、“鋼鉄の意志を持つ母親”ですから、少し深掘りして映画を観れば、「エイリアン」シリーズや「ブレードランナー」シリーズとも、全く異なる作品ではないと感じさせられるはずです。
それは“生きる根源”その生命力を示しているからです。
また、近年リドリー監督が、どんどんキリスト教的な意味を作風を取りいているのは、リドリーのファンなら承知の通りです。
『エイリアン コヴェナント』の「コヴェナント」は、聖書にある「Land of the Covenant(ランド・オブ・ザ・コヴェナント)」であり、「聖約(せいやく)の地」を引用したものだと言われています。
「聖約」とは絶対に守らなくてはならない聖なる約束こと。
本作『ゲティ家の身代金』では、どのようなキリスト教的なものがストーリーに登場するのか。
そして、神のように絶対的存在となった大富豪ゲティに、最後の最後まで足りなかったものは何か。
リドリー・スコット監督ならではのアイテムやテーマに要注目です!
名作『市民ケーン』の類似
参考映像:『市民ケーン』(1941)
この作品には複数のテーマが交錯していることは、すでにお分かりだと思います。次にシネフィル的な面白さについてお話ししましょう。
本作の重要なキャラクターとして存在した大富豪ジョン・ポール・ゲティは、ギネスブックにも認定されるほどの資産家です。
映画の中で大富豪を描いた作品といえば、どうしても忘れられない名作は、1941年公開のアメリカ映画で、監督、製作、脚本、主演はオーソン・ウェルズの『市民ケーン』。
しかも、オーソン・ウェルズは、これが監督デビュー作ですから、驚くばかりです。
こちらの作品でも、実在の新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストを人物モデルにした映画でした。
富と権力を持ったハースト自身によって、『市民ケーン』は上映妨害運動が展開されことでも知られ、ハリウッドが新聞王(当時でいえばメディア王)に屈した汚点としても知られています。
『市民ケーン』のあらすじは、「バラのつぼみ」という言葉を言い残し、亡くなった新聞王ケーンの実像が孤独で空虚な生涯であったことを新聞記者が関係者たちに取材した証言から回想される物語です。
キャラクターとして、ゲティとケーンは似たように命の最後を迎えた時に、同じように孤独で空虚で満たされなかった心境を抱きます。
そこも類似点ではあるのですが、他にもメタファー的な表現として、スノーボールの中をまるで歩くような雪のシーン。そして新聞という小道具が効果的に使われた場面では、あなたが映画ファンなら、ニヤリと笑っちゃうはずですよ。
イーストウッド映画ポスターの隠喩
参考映像:『荒野のストレンジャー』(1973)
孫のゲティ3世が誘拐された後に、母ゲイルと元CIAフレッチャーが息子部屋にいる際に、奥の壁にはクリント・イーストウッドの映画ポスターが貼ってあります。
クリント・イーストウッド監督・主演の秀作『荒野のストレンジャー』のイタリア版ポスターです。
物語の中心となる舞台がイタリアということもありますし、ゲティ3世が誘拐された年号が1973年ということもあり、そのようなものを小道具として配したのでしょう。
それだけでなく、イタリアと言えば、マカロニウエスタンであり、そこがクリント・イーストウッド繋がりなのは、言うまでもありませんね。これはスタッフの遊び心なのでしょう。
このアメリカ映画の『荒野のストレンジャー』という西部劇は、鉱山で成り立っている小さな町ラーゴに、ある日、正体不明のよそ者(ストレンジャー)がやって来てくるという話です。
主人公の凄腕ガンマンのよそ者が、ラーゴの住民たちに次々にわけの分からない命令を下していき当惑するという場面が出てきます。
これは『ゲティの身代金』のなかで、誘拐犯から要求された身代金に対してゲティの下す判断と似ているようにも見えます。
また、そもそも二転三転する『ゲティの身代金』ストーリー展開は、『荒野のストレンジャー』のみならず、クリントの出世作『荒野の用心棒』などの西部劇的な要素を強く感じることでしょう。
もちろん、孫ゲティ3世が誘拐犯の元から脱出する方法は、西部劇ならではですので要チェックです。
美術スタッフが小道具のたった1枚のポスターに見せたのは、地域性と年号。また、シナリオを読んだストーリーの遊び心だろうと気が付くでしょう。
ただ、このポスターで見せられた『荒野のストレンジャー』という映画が曲者で、クリント・イーストウッド監督作品の中でもかなりの秀作。
クリント監督は以後、1985年の西部劇『ペイルライダー』でも関連づけたこだわりの作品です。
どちらの西部劇の主人公も、超自然の要素を含み人間なのか、幽霊なのか、神なのかという宗教的存在として描かれています。
先出したリドリー監督のこだわった宗教的観点の要素と、クリント監督とも死生観が少し重なり合いますね。
さて、小道具に配された『荒野のストレンジャー』の映画ポスター1枚に、どこまで意味やメタファー(隠喩)が込められたものなのか、定かではありません。
でも、そこまで深読みが可能なのは、本作『ゲティの身代金』の演出を担当したのが、名匠リドリー・スコット監督だからということだからでしょう。
彼のチームスタッフの末端までもが、秀逸なデヴィッド・スカルパの書いたシナリオを読み込んで映画を豊かにしていることに、映画ファンとして、頭が下がりますし拍手を贈りたいですね。
まとめ
1941年のオーソン・ウェルズ監督の名作『市民ケーン』以降、近年になっても実話や実在の人物を映画化した作品は、いくつも公開されます。
しかも、それは偉人や有名人のみならず、『デトロイト』や『15時17分、パリ行き』、また『ボストン ストロング』のように、“一般的な市民”を描く映画も増えています。
どれもが映画化した際に、事実関係を観客に伝えるため、演出として細部を変えることはあります。それは“嘘を描く”ことでなく、人物たちの実像を的確に伝える手法です。
映画『ゲティ家の身代金』の事件のなかで、ゲティ一族の家族の死因や事件の展開は少し事実と違った点はあります。
ただ事実をそのまま映画として描いた場合は、観客は映画を多少なりともエンターテイメントに楽しむことはできません。
脚本を担当したデヴィッド・スカルパや、演出を捌いたリドリー・スコット監督、そしてチームスタッフの末端までもが、実話の事件を一級のスリラーやシェイクスピア的家族ドラマとして仕立てた本作。
実話とエンターテイメントの融合したストーリーに、誰もが満足するはずですよ!
映画『ゲティ家の身代金』は、2018年5月25日よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー。
ぜひ、お見逃しなく!