隠していたはずの秘密を知っていたのは誰か!?
『別離』『セールスマン』で2度のアカデミー賞を受賞しているイランの名匠アスガー・ファルハディの待望の新作『誰もがそれを知っている』が絶賛公開中です。
スペインの小さな村で起きた誘拐事件が、家族の秘密を露にし、究極の選択を迫ります。人間の心の奥底を深い洞察力で描いた極上のヒューマン・サスペンス作品です。
映画『誰もがそれを知っている』の作品情報
【公開】
2019年公開(スペイン、イタリア、フランス合作映画)
【原題】
Todos lo saben
【監督】
アスガー・ファルハディ
【キャスト】
ペネロペ・クルス、ハビエル・バルデム、リカルド・ダリン、エドゥアルド・フェルナンデス、バルバラ・レニー、インマ・クエスタ、エルビラ・ミンゲス、ラモン・バレア、カルラ・カンプラ、サラ・サラモ、ロジェール・カサマジョール、ホセ・アンヘル・エヒド
【作品概要】
2度のアカデミー賞に輝くイランの名匠アスガー・ファルハディが、スペインの田舎町を舞台に、ペネロペ・クルスとハビエル・バルデムを迎え、全編スペイン語で撮り上げたヒューマン・サスペンスドラマ。2018年・第71回カンヌ国際映画祭オープニング作品。
映画『誰もがそれを知っている』のあらすじとネタバレ
アルゼンチンに暮らすラウラは、妹アナの結婚式のため、娘のイレーネと幼い息子ディエゴを連れ、久しぶりに故郷であるスペインの小さな村に帰ってきました。
年老いた父や、ホテル経営をする姉マリアナと夫のフェルナンド、その娘のロシオらに迎えられ、ラウラは皆と抱擁をかわしました。
結婚式には幼馴染のパコとその妻ベアもやってきました。パコは、かつてラウラの一族のものだった土地を買い取り、ぶどう農園に改良し、今はワイナリー経営者としての地位を築いていました。ラウラとパコがかつて恋人同士だったことは村の誰もが知っていることでした。
翌日、教会で、アンナとジョアンの結婚式が無事行われ、ラウラの実家に場所を移し、盛大なパーティーが催されました。ベアが勤める更生施設の少年たちが、撮影係として参加し、ドローンにより賑やかな会場の様子が撮影されていました。
そんな中、パコの甥と元気にダンスを踊っていたイレーネが突然気分が悪くなり、ラウラは彼女を寝室に連れていき眠らせました。
パーティーの途中、突然停電になります。どうやら村全体が停電しているようです。雨が降りしきる中、パコが農園の発電機を運び、ようやく明かりがつきました。
イレーネの様子を見に行ったラウラですが、なぜかドアに鍵がかかっていて、入ることができません。パコを呼んで、部屋に入ると、そこにイレーネの姿はありませんでした。
心配して、家中を探すラウラのもとに、「娘を誘拐した。警察に知らせたら殺す」というメールが届き、ラウラは愕然となります。パコはまだ近くに犯人たちがいるのではないかと車を出しますが、それらしき姿はありません。
しかし電線が切られていたことがわかります。停電が起こったのはそのせいで、犯人がやったに違いありません。イレーネは何か薬物を飲まされて、停電の時に連れ去られたと推測されました。
パコは撮影係を担当した生徒たちを疑い、夜も開けぬうちに更生施設に乗り込んでいきますが、ベアは彼らではないと思うと述べます。
イレーネのベッドには何年か前に地元で起こった少女誘拐事件の記事の切り抜きが置かれていました。家族が警察に知らせたために、少女は殺害されてしまうという最悪の結末となった事件でした。
同じ犯人ではないとしてもこれは犯人からの警告と思われました。慎重に取り扱わなければならないということで家族の意見は一致しました。代わりに、フェルナンドの知人で元警官のホルヘに協力を求めます。
再び犯人からメールが届きます。身代金30万ユーロを支払えというものでした。ラウラの夫アレハンドロが報せを聞いてアルゼンチンから飛んできますが、裕福な資産家と思われていた彼は、失業しており、今回一緒に来なかったのも仕事の面接が重なっていたからだと判明します。こんな高額の身代金はとても払えません。
ホルヘは、犯人はあなたたちをよく知っている身近な人間だ、身代金を用意しているふりをしたら時間をかせげる、と助言します。
パコはワイナリーの共同経営者のところに土地を売りたいと話をしに行きます。共同経営者は驚きますが、「考えておこう」と応えました。パコが土地を売ろうとしている話はたちまち村中に知れ渡りました。
ラウラの家はもともと村の大部分の土地を所有する地主でしたが、父が賭けに負け、多くを手放すことになりました。父はまだそれらが自分の土地であり、人々が不当に所有していると思いこんでいました。
パコが手に入れた土地に対しても、不当に安い値段で奪われたと思っているようでした。ラウラが「私たち夫婦はお金が必要だったから、パコが出せる金額で買い取ってもらったのよ」と父に説明しますが、納得していないようでした。
ラウラはパコを呼び出し、土地を本当に売って欲しいと頼みます。パコが躊躇していると彼女は思わぬ告白をするのでした。イレーネの父親はパコだということを。パコは激しく動揺します。
「土地を売ろうと思う」という夫の言葉に驚くベア。パコはベアにイレーネは自分の娘なのだと告白します。ベアはパコが騙されているのではないか、そもそも土地を取り上げたいために一家が仕組んだ狂言誘拐ではないのかと疑い、夫を説得しますが、夫の気持ちは変わりそうにありません。
ベアはラウラを訪ね、「お金が欲しくて嘘をついているならあなたの夫にこのことを話すわ」と言葉をぶつけますが、ラウラは嘘じゃない、夫も知っていると応えました。
ホルヘが家にやってきて、イレーネが眠っていた部屋などを見て回りました。弟のディエゴの姿を見て、「おかしい。幼児を誘拐するほうが16歳の少女を誘拐するよりたやすいはずなのにイレーネを選んでいる」とつぶやきます。「彼女を誘拐する理由があった」
「実の父親を知っている人は?」とホルヘはアレハンドロに尋ねました。ベアがフェルナンドに話し、フェルナンドから彼はそのことを聞いたのです。
「犯人は彼女が人質のほうが、勝算が高いと考えた。もし夫婦が払えなくてもパコが払ってくれると。誰が知っていたかよく考えてください。知っていた人物が犯人です」
映画『誰もがそれを知っている』の感想と評価
(本稿もネタバレしています。ご注意ください)
アスガー・ファルハディ監督の待望の新作『誰もがそれを知っている』は、これまでの作品と同様、どうしてここまで人間の心理を深く描けるのかと驚嘆するくらいの洞察力に満ちています。
結婚式後に行われるパーティーでは、めでたい席の無礼講として皆、羽目をはずし高揚しています。そんな中、死角ができて、事件が起きるのですが、ファルハディ監督の2009年の作品『彼女が消えた浜辺』のシチュエーションに若干似たところがあります。
『彼女が消えた浜辺』では、友人同士のキャンプという普段と違う環境が人々を高揚させ、一瞬、子どもたちの存在を一人の女性だけに委ねてしまったことが悲劇の原因を作ってしまいます。
普段なら、誰もがもっと落ち着いていて、見落とさず、きっちり視野にいれていたはずの事柄なのに、いつもと違う環境が人々を油断させてしまったのです。
『誰もがそれを知っている』は事故ではなく、ターゲットに薬を飲ませ、村全体を停電させるという周到に用意された計画犯罪ですが、このパーティーの中で人々が興奮に包まれ、死角が生まれることを見越したものだったのは確かです。
娘を誘拐された母親ラウラは半狂乱になり、理性を失っていきます。そんな中、ラウラとワイナリー経営者のパコが、かつては恋人同士であったということが、物語に大きな展開をもたらします。
彼らがどのような理由で別れたのか、ラウラが今の夫とどのような出会いをしたのか、そうしたことは語られず、想像するしかありませんが、ラウラとパコの間には元恋人同士というだけでない、信頼感や、ラウラのパコに対する依存心といったものが画面から見え隠れしています。
イレーネが自分の子であると知ったパコは、妻の助言も聞かず、農園を売り、金を作り、金と引き換えにイレーネの解放に成功し、命を守ります。
それは、人間としての良心に基づいた、イレーネが自分の子であると知ったことによる責任感と愛情による行動であったでしょう。
しかし、ラウラとアレハンドロがイレーネを前に涙を流して抱擁している姿を観ている時の、パコのなんだかこんなはずではなかったという手持ち無沙汰感はどうでしょうか。
彼の行動が間違っていたとはいいません。人として立派な行動だったでしょう。しかし、彼は夢見たのではないでしょうか。もしかしたらあったかもしれない別の未来を。
勿論、ラウラとアレハンドロの仲を壊すだとかそんなことを考えていたわけではありません。でも、何かが生まれると期待していなかったでしょうか。
結婚パーティーで歌手が歌っていた「あの日に戻りたい、もう一度」という歌詞が思い出されます。何度も何度も繰り返され、最後は招待客が声を揃えて歌ったあのフレーズが。
彼はどんな気持ちでラウラたちの車を見送ったのでしょうか。家に戻ると妻はおらず、彼はとてつもないものを失ってしまったことに気付きます。
一方のラウラも娘を無事に取り戻すことはできたものの、やはり何かを決定的に失ってしまったのです。
村を発つ前に夫が彼女を抱擁しますが、彼女はニコリとも笑っていません。
そして残された姉夫婦にも事件は重たくのしかかっていきます。仮に金を取り戻してそれを全額パコに返したとしても誰も幸福にはもうなれないのではないか!?
犯人は誰か?誰が秘密を知っていたのか?というミステリ要素でぐいぐいと引っ張ってきた物語は、実に残酷な余韻を残して終わるのです。
まとめ
ラウラを演じたペネロペ・クルスと、パコを演じたハビエル・バルデムは実生活では夫婦であり、息のあった演技を見せています。
ファルハディ監督は15年前にスペインを旅行した際、行方不明になった子供の写真を目にとめたのをきっかけにこの物語の構想を練り始めたそうです。
ペネロペ・クルスとハビエル・バルデムという二人の友人を主人公に当て書きしてオリジナルの脚本を完成させ、国際的なスター夫婦とのタッグを実現させました。第71回カンヌ国際映画祭オープニング作品に選ばれ、「ここ数年の中でもっとも力強く価値のあるオープニング作品の一つ」(英国BBC)と絶賛されました。
ファルハディ監督といえば、現代イランの世情を鋭くとらえた作風で知られていますが、スペインを舞台とした本作でも、小さな村に更生施設が設けられていること、事件が起きると、更生施設の若者や、季節労働者がまず疑われることなど、社会批評の観点を忘れていません。
平凡で幸せな日常が突如として崩れる様子をミステリタッチで描くいつもながらのアプローチは、またもや見るものに深い胸騒ぎを覚えさせるのです。