映画『ダーク・ウォーターズ (原題:Dark Waters) 』2019年11月北米公開
映画『ダーク・ウォーターズ (原題:Dark Waters) 』は、巨大企業デュポンの不法行為をたった1人で暴いた実在の弁護士ロバート・ビロットが集団訴訟の代理人として闘い、人類史上最大規模の医学調査へ導いた軌跡を辿るスリラー映画です。
主演は、アカデミー賞助演男優賞に2度ノミネートされ「アベンジャーズ」シリーズ のハルク役で知られるマーク・ラファロ。ティム・ロビンス、アン・ハサウェイ、ビル・プルマンなど豪華キャストが出演。
『エリン・ブロコビッチ』(2000)を彷彿とさせる本編は、悪質性が高いとしたアメリカ連邦裁判所が懲罰的賠償金を命じた実際の事件を基にした衝撃の問題作。
CONTENTS
映画『ダーク・ウォーターズ』の作品情報
【公開】
2019年(アメリカ映画)
【原題】
Dark Waters
【監督】
トッド・ヘインズ
【キャスト】
マーク・ラファロ、ビル・キャンプ、ティム・ロビンス、アン・ハサウェイ、ビル・プルマン、ヴィクター・ガーバー、メア・ウィニンガム
【作品概要】
原作は、ニューヨークタイムズ・マガジン紙に掲載された記事『The Lawyer Who Became DuPont’s Worst Nightmare』です。環境保護活動に積極的なマーク・ラファロは、その記事の発行から1週間後にロバート・ビロット氏本人に連絡し、映画化を打診。ラファロ自身が本作をプロデュースし、『キャロル』(2016) のトッド・ヘインズへ監督業を依頼。
ロバート・ビロット氏は、本事件の詳細を記録した『The Devil We Know』(2018)でも証言。批評家から100パーセントの評価を得たドキュメンタリーであり、本作にも盛り込まれています。劇中、事件当事者のアール・テナント氏の弟ジム・テナント氏、カイガー夫妻、バッキー・ベイリー氏、そしてビロット夫妻がカメオ出演。
映画『ダーク・ウォーターズ(原題:Dark Waters) 』のあらすじネタバレ
1998年、オハイオ州、シンシナティ。ロブ・ビロットは大手の法律事務所に所属する弁護士で企業側の代理人を務めています。
ある日、農場を経営するウィルバー・テナントが事務所を訪問。地元の弁護士は誰も関わりたがらないと訴え、農場の様子を録画したビデオテープを持参しビロットに助けを求めます。
ビロットは、企業側の弁護士である自分は民事を扱わない為、他の弁護士を紹介すると説明。しかし、自分の祖母とテナントが知り合いだと分かり、農場へ出向くことに。
オハイオ川に沿うパーカーズバーグに到着。道すがら自転車に乗った可愛らしい少女がビロットに笑い掛けます。
ビロットが農場へ着くと、テナントは敷地を案内。野生の鹿や家畜の牛が次々死んでいくと窮状を訴えます。動物が飲む川の水は所々泡が浮いており、水中の石は変色していました。
「この水流には化学薬品が混じっている」とテナントは言います。
高台から死んだ牛を埋葬した小山があちこちに見え、ビロットが何頭死んだのか尋ねると、テナントは「190頭」だと返答。
テナントの弟・ジムは病気がちになり資金繰りの為土地の一部を化学薬品メーカー・デュポン社へ売却。無害物の廃棄に利用するとデュポン社が説明したとテナントは話します。
帰り際デュポン社工場の煙突からもくもくと立ち上る煙を見ながら、ビロットは、テナントが事務所に持参した自撮りのビデオテープを見てみることに。
結膜や歯が黒く変色しやせ衰えた牛の姿が映り、テナントが町中の獣医師から門前払いされたとつぶやく声が入っています。
テナントは仕方なく死因を突き止めようと自ら解剖を行い、異様に変色し一部溶解した臓器が映し出されます。
ビロットは何か重大なことが起きていると確信し法律事務所の上司トム・タープに相談。
難色を示すタープに対し、パーカーズバーグの弁護士は地元を牛耳るデュポン社を怖がってテナントの相談を受けず、自分の祖母の知り合いだとビロットは説得。
ビロットは、デュポン社の顧問弁護士フィル・ドネリーに連絡。有害物質に関わる内部資料を送ってもらうことになります。
届いた資料で頻繁に目にする「PFOA」を丸で囲んだビロットは、インターネットで検索するものの情報が見つかりません。
1999年、オハイオ州、化学業界の晩餐会。ビロットは、結婚前に弁護士をしていた妻・サラを伴い出席。
連絡を寄こさないドネリーを見つけたビロットは、無害・有害に拘らずテナントの土地に廃棄した物全てを示す資料を求めます。
そして、PFOAが何を指すのかビロットが訊くと、ドネリーは突然顔色を変え、牛ごときで文句があるなら訴えろと怒鳴り始めます。
ビロットは、「もう提訴されています」と冷静に返答。それを聞いたドネリーは罵り、凄い形相で立ち去ります。
タープは、公の席でデュポンと言い争い心証を悪くしたことを問題視。そこへ裁判所命令で開示されたデュポン社の内部資料が大量に事務所へ届き、箱が部屋を埋め尽くします。
ビロットは、たった1人で資料の一枚一枚に目を通して行く作業を開始。
一方、テナントは、「町の最大雇用主・デュポンを訴えた農夫」と地元紙が報道し、肩身の狭い思いをさせられていました。
ビロットは、PFOA / C-8という記載を頻繁に目にしますがどうしても分からず、事務所と協力関係にある化学者と落ち合います。
化学メーカー3M社が開発し製造中止した8つの炭素鎖から成る物質で、ほぼ分解不可能だと説明を受けます。
なぜ製造を止めたのかは知らないと答える専門家に、ビロットは、もし飲んだらどうなるかと質問。
「そんなことは有り得ない」
「でも、もし飲んだら?」
「タイヤを飲み込んだらどうなるって訊かれているのと同じだ」
後日、パーカーズバーグで見かけた少女が笑顔を向けた時、歯が黒色だったことを思い出したビロットは、再び化学の専門家へ連絡。
「有り得ないと言わずに、例の化学薬品をたくさん飲んだら歯がどうなるか教えて欲しい」
「黒く変色する」
慌てて家を飛び出す自分を呼び止めたサラに、ビロットは、水が汚染されていると言葉を残し出て行きます。
水道局の資料に「C-8検出」という記録を思い出すビロット。
その頃、テナントは長引く咳に悩まされ、妻を伴い病院を受診。喫煙しないテナントは血液検査をすることになり、促されるままシャツの袖を捲くると、皮膚のあちこちに黒色の斑点が露わになります。
家に戻ったテナントはファイルがテーブルに散らばっているのを見て、デュポンが家に侵入したと気づきます。
外から騒音が聞こえて家を飛び出すと、上空をヘリコプターが低空で離れて行きます。
一緒に様子を見に出て来た娘達に家へ入るよう大声を上げたテナントは、銃を胸に抱え空を睨むように見上げたまま夜を明かしました。
事務所へ来たビロットは資料を当たり、雇用者のユニフォームに縫い付けられた「TEFLON」に目を留めます。
次にめくったページはデュポン製品の広告。テフロン加工のフライパンを見たビロットは、一瞬凍りつき飛び上がります。
夜遅く物音で起きたサラは、夫が一心不乱に調理器具を物色している姿を見つけ、事情が分からず混乱。
ビロットは、自分達の幼い子供も含め毒を盛られていると言い、全てを妻に説明します。
マンハッタン計画で使用された人工の化学薬品は、初のウォータープルーフ効果を有するコーティング物質であり、戦車の耐久性を上げる為に利用。
デュポン社はその化学薬品PFOAをC8と名付けて商品を開発し、テフロン加工の調理器具が誕生。しかし、最初から異変が起き、テフロンの製造ラインで働いていた従業員は、吐き気や発熱の症状を訴え体調不良を主張。
ビロットは、上司のタープにも詳細を説明します。
ウェスト・バージニア州のパーカーズバーグでテフロンの製造を始めた1年後の1962年にはデュポンの従業員が次々に入院。
製造過程で出た気体のPFOA / C8は空気中へ放出し、汚泥はオハイオ川へ廃棄。或いはドラム缶に入れて地中に埋められ、その量は数千トン。
この物質の先駆者である3M社は猿を使って実験し、殆どの猿は死亡。一方、デュポン社はネズミを使い実験。
PFOAを敢えて妊娠しているネズミに与え奇形の子供が生まれるのを確認。その後死んだネズミを解剖し臓器が破壊されていることを写真に撮り記録。
テフロンの製造ラインで働いていた妊婦のスー・ベイリーは、鼻腔を1つしか持たず片目が奇形の男児を出産。
スーは、扱っていたC8に問題があるのか会社に尋ねると、デュポンは、彼女がテフロンに配置されていた記録を抹消。
「デュポンは、全部最初から知っていたんだ」そうビロットは訴えます。
「何十年も空へ放出し地中へ埋め、川へ廃棄し続けたC8が癌を引き起こしていると知っていた。塗料や生地の派生商品にも使用され服も作られている」
ビロットはタープを同席させ、調べ上げた事実をデュポン社の法律顧問・ドネリーに突きつけます。
「40年間、C8が分解されない毒物で一生体内に残ると知っていながら使い続けた。テフロンだけで10億ドルの利益を上げ、この間拡散したC8は、もうどこも汚染する場所が残ってない程広がっている」
テナントの農場を訪れたビロットは、C8の汚泥を大量に廃棄した川の水を飲んだ為に牛が死亡したと報告。
テナントは、お金など要らないからデュポンを刑務所へぶち込めと怒鳴ります。しかし、ビロットは、潤沢な資金があるデュポンは科学者を抱き込み、事実をもみ消すと主張。
生活を取り戻す為に新しい土地へ移るよう忠告したビロットに、テナントは、「もう遅い。俺達も癌なんだ」と力なく答えます。
農場を後にしたビロットは、車の中からあちこち毛が抜け落ちた犬や腕の所々に黒色の斑点がある住民を見掛けます。
映画『ダーク・ウォーターズ(原題:Dark Waters) 』の感想と評価
本作は、農場で起きた牛の大量死を知ったロバート・ビロットが化学業界の弁護士でありながら、グローバル企業・デュポンが自社製造の化合物の毒性を認識した上で大量廃棄していた事実を掴み集団訴訟を起こす孤軍奮闘を描いています。
本編の最後にロバート・ビロット氏は今も闘っていると近況が示されます。これについては、『ダーク・ウォーターズ』の映画化でビロット氏がインタビューを受けた際に答えています。
PFOAを含むPFAS群の化合物がアメリカ全土の水域から検出されたことを受け新たな集団訴訟の為に裁判所へ関連書類を既に提出。
今回の目的は損害賠償ではなく、裁判所命令による有識者の諮問委員会設立を目指し、全国の市民を対象にしていると説明しています。
参考映像:『The Devil We Know』(2018)
本作『ダーク・ウォーターズ』の作品概要でも触れたドキュメンタリー『The Devil We Know』(2018)において、元アメリカ環境保護庁のナンバー2、マイケル・マケイブ氏が2000年に職員を連れてデュポン社に天下りしたことで同社は事実上同庁の決定権を握ったことが明かされます。
また、ビロット氏は、PFOAを「Highly Toxic (強い毒性)」と記載された60年代のデュポン社内部資料を入手していたことも証言。
そして、本作の劇中にもある通り、水道局からパーカーズバーグ在住のカイガー夫妻へ手紙を郵送させ時効で訴訟を起こせないようデュポン社が画策した経緯も描写。
『ダーク・ウォーターズ』は、官業の癒着、天下り、企業の不正を暴いたビロット氏の軌跡を追うことで、1960年代から同社が自社の化合物による健康被害を知っていながら隠蔽したことを世間に広める目的で製作されています。
2018年、ノースカロライナ州の日刊紙フェイエットビル・オブザーバーによれば、1951年から2003年の間にデュポン社はパーカーズバーグの自社工場から計170万パウンド以上 (771,107キロ以上)のPFOA/ C8を空中、地中、河川へ廃棄。
汚染の拡大は地球規模だとビロット氏は明言していますが、ノルウェーとロシアの共同調査により、北極圏でも当該化合物が検出され、ホッキョクグマの血液中からも見つかっていると様々なメディアが伝えています。
2019年11月、ニューヨーク・タイムズ紙は、ニューヨーク州の検事総長が公衆衛生を脅威にさらし州の天然資源に損害を与えたとしてデュポン社、ケマーズ社、3Mを最高裁判所へ提訴したと報道。
尚、死ぬまで体内に蓄積されるPFOAの毒性が指摘される中、現在デュポン社のスピンオフ企業ケマーズ社が代替化合物GenXを製造し、規制されないまま市場に出回っています。
2018年度アメリカの環境保護庁は、動物実験調査の結果、腎臓、肝臓、免疫等に影響を及ぼすことが示されたので留意するようケマーズ社へ伝えたとイギリス紙ガーディアンが2019年5月に報道。
更に、2019年、欧州では、GenXはREACH規則の高懸念物質として認定しました。
そして、1998年にロバート・ビロット氏が始めた闘いは、遂に国際会議の議題へと発展。2019年度に開催されたCOP9では、PFOAを廃絶リストに載せると決定。
『ダーク・ウォーターズ』がオハイオ州でプレミアされた際、ビロット氏の母校オハイオ州立大学の法科大学院生達が招待されました。上映後、出席したビロット氏に満場総立ちで拍手喝采が送られています。
なぜ闘い続けたのかという質問に、「それが正しいことだったから」とビロット氏は答えました。
本作でマーク・ラファロ扮するロブ・ビロットの台詞にあるように、結局は自分で自分の身を守るしかなく、官業が癒着した“安全”発表など信頼できないことを強く印象付けています。
まとめ
住民誰もが町の経済を牽引するデュポン社に何らかの関わりを持つオハイオ州パーカーズバーグで農場を営むテナントは、家畜が次々に異様な死を遂げ、ツテを頼りに弁護士のロバート・ビロットに助けを求めます。
テフロン加工商品を製造する為に使っていた毒性の高い化学薬品の汚泥を大量に廃棄していたことを突き止めたビロットは、デュポンを相手取り集団訴訟を起こします。
命の危険を感じながら20年間闘い続けたロバート・ビロット氏を描く、映画『ダーク・ウォーターズ』は、国境を越え世界をも動かした1人の弁護士の信念を物語る渾身の一作。必見です。