真実か、フィクションか。
いまだ未解決の名画盗難事件の真相にせまる。
1969年、イタリアのパレルモにあるサン・ロレンツォ小礼拝堂から、カラヴァッジョの名画「キリスト降誕」が何者かによって、盗み出されました。
この実際にあった盗難事件は、いまだ未解決であり、絵画の市場価格は3000万ユーロ(およそ36憶円)とも言われています。
このイタリア美術史上最大の闇事件の真相に、『ローマに消えた男』『修道士は沈黙する』のイタリアの名匠ロベルト・アンドー監督がせまります。
事件の裏側には、イタリアンマフィアが関わっていたという大胆な推理。事件に巻き込まれながらも、物語の完成を成し遂げる心強きヒロイン。
現実と映画の世界が入り混じり、観る者は迷路に放り込まれたような錯覚を起こすことでしょう。
危険で優美なミステリー映画『盗まれたカラヴァッジョ』を紹介します。
映画『盗まれたカラヴァッジョ』の作品情報
【日本公開】
2020年(イタリア・フランス合作)
【監督】
ロベルト・アンドー
【キャスト】
ミカエラ・ラマゾッティ、アレッサンドロ・ガスマン、レナート・カルペンティエリ、ラウラ・モランテ、イエジー・スコリモフスキ、アントニオ・カタニア、ガエターノ・ブルーノ、マルコ・フォスキ、レナート・スカルパ
【作品概要】
1969年に実際に起きた、カラヴァッジョの名画「キリスト降誕」盗難事件。映画『盗まれたカラヴァッジョ』は、その事件の真相にせまります。本作は、2018年ベネチア国際映画祭にて絶賛され、イタリア映画記者協会賞では、脚本賞を始めとする3部門にノミネートされています。
また、アメリカのロッテントマトの映画批評サイトでは、驚異の満足度100を記録し、世界中で話題作となりました。これまでにもヒューマンドラマとサスペンスを鮮やかに融合させ、数々の賞を受賞してきたロベルト・アンド監督が、今作ではイタリア美術史上最大の闇に挑みます。
映画『盗まれたカラヴァッジョ』のあらすじとネタバレ
売れっ子脚本家のアレッサンドロは、次の映画の脚本を頼まれていました。製作会社から急かされるアレッサンドロでしたが、プロットも出来上がっていません。
アレッサンドロが向かったのは、映画プロデューサーの秘書として働くヴァレリアの部屋でした。なにやら親密に取引をする2人。
ヴァレリアは、アレッサンドロのゴーストライターを務めていたのです。しかし、ヴァレリアも次の脚本のネタに困っていました。
その日の帰り道。ヴァレリアに近付くひとりの老人がいました。彼の名は、ラック。
ラックは、ヴァレリアがゴーストライターをしていること、そして母親のアマリアと2人暮らしをしていることも、すべて知っているようでした。
「私は君に特別な物語を提供できる。通常では知りえない物語だ」。ラックは、ヴァレリアに脚本のネタを提供すると持ち掛けます。
半信半疑で彼の元を訪ねるヴァレリア。そこで聞いた話は、ヴァレリアを夢中にさせました。
1969年に世界を震撼させた、カラヴァッジョの名画「キリスト降誕」盗難事件。今も未解決のこの事件には、イタリアンマフィアが関係しているというのです。
ラックの話をもとに、事件の裏側をプロットにまとめ「名もなき物語」と名付けたヴァレリアは、さっそくアレッサンドロに渡します。
アレッサンドロは、待ってましたと中身をたいして確認もせず、急いで映画プロデューサーに届けに行きました。
それを読んだプロデューサーは「最高傑作だ!」と大興奮。あれよあれよと脚本の完成を待たず、映画製作が始まってしまいます。
監督には、引退を表明していたはずの巨匠クンツェが就任し、中国から多額の製作費の出資も決まり、全世界の注目を集めることになります。
調子にのったアレッサンドロは、脚本書きをヴァレリアにまかせ、大勢いる愛人の中のひとり、俳優志望のイレーネとバカンスを楽しんでいました。
そこへ怪しい男たちがやってきて、アレッサンドロを拉致します。連れて来られた場所は、ヴァレリアが書いたプロットに登場する、マフィアの邸宅とそっくりでした。
脚本の中では、水が抜かれたプールの底に盗まれたカラヴァッジョの名画「キリスト降誕」が置いてあったはずです。
そのプールを通り、奥の部屋に投げ込まれたアレッサンドロの前には、マフィアの連中がいました。この話を誰から聞いたのか、そして話の結末はどうするのか、尋問を受けます。
自分で書いていないアレッサンドロは、ことの成り行きが分かりません。しかし、ヴァレリアの身を案じ、口を閉ざすのでした。
昏睡状態で病院に運ばれたアレッサンドロのもとに駆け付けたヴァレリアは、ラックの話は本物だと確信します。
彼はいったい何者なのか。これ以上誰かを巻き込みたくない。ヴァレリアは罪の意識に苛まれますが、自分を守ってくれたアレッサンドロのためにも、この事件の真相を書き上げる決意をしました。
ヴァレリアは、「ミスターX」と名乗り、アレッサンドロのアドレスから映画プロデューサーに脚本の続きを送ります。
アレッサンドロの入院で、脚本が止まり困り果てていた映画製作チームは、ミスターXの出現に飛びつきます。文面や内容はアレッサンドロと変わらない。もしかしたら彼は脚本を書き終えていたのかもしれないと喜びます。
シチリアでの撮影には、ヴァレリアも同行することになりました。一方、マフィアはミスターXの正体を暴くため、手下を撮影現場におくり込んでいました。
映画『盗まれたカラヴァッジョ』の感想と評価
イタリアの美しい景色と、優美な絵画、そして情熱的な登場人物たち、イタリア映画の魅力が満載の作品です。
『盗まれたカラヴァッジョ』のタイトルから、絵の在りかに迫るストーリーなのでは!と思いがちですが、「謎は謎のまま……」。それすらも芸術の一部と思わせるスマートな演出に酔わされます。
絵画の行方も気になる所ですが、作家と映画業界のつながりや、マフィアと政治家の関係など、浮き彫りになるスキャンダルにも注目です。
また、映画のどのシーンをとっても、名画を見ているかのような美しさがあります。
主人公ヴァレリアの脚本をもとに製作される映画「名もなき物語」のシーン撮影で、何組かの双子が交互に映し出されるシーンがあります。
全く区別のつかない双子の顔は、映画のセットである「キリスト降誕」の絵画がすり替えられたという暗示になっているのですが、一枚一枚の人物画を見ているかのような錯覚に陥ります。
プールの底に置かれたカラヴァッジョの「キリスト降誕」、雨が降る暗闇の中、光る絵画が運び出される風景、ヴァレリアと危険な男たちとの情事。
カラヴァッジョの絵画の特徴である、明暗のコントラストを意識したような映像美の数々に魅せられます。
映像の美しさに加え、魅力的な登場人物にも注目です。主人公ヴァレリア(ミカエラ・ラマゾッティ)は、始め黒縁メガネの堅物な女性でした。
しかし、危険を顧みず脚本の完成を決意した瞬間から、メガネを取り、髪をオールバックにかきあげ、真っ赤な口紅をひき、ワンピースにブーツを履き、女っぷりを上げていきます。
それは彼女にとっての戦闘服でした。時にはその美貌で、男性を誘惑し危機を乗り越え、事件の真相に迫っていきます。ヴァレリアを取り巻く男性陣との、恋の駆け引きも見どころです。
そして、何といってもラストの大どんでん返しに驚かされます。映画のラストシーンでは映画館の明かりが点き、自分も登場人物たちと同じ観客の一人だったと気付きます。一瞬「どこまでが映画?」と、迷子になってしまいます。
この結末もまた、被写体をよりリアルに描いた写実派のカラヴァッジョのように、嘘か本当かわからないほどこの映画はリアルなのだと語っています。
「映画に関する映画を撮りたい」と語ったロベルト・アンドー監督の言葉の通り、映画界の裏側が垣間見える面白さもあります。
まとめ
いまだ未解決の実在した事件、1969年に起きたカラヴァッジョの「キリスト降誕」盗難事件の謎にせまった映画『盗まれたカラヴァッジョ』を紹介しました。
この事件は当初からマフィアが絡んでいると噂があり、1970年にはスイスの古美術商が多額の金で取引したとか、絵画の価値を知らない者に破壊されたのではなどと憶測が飛んでいました。
その後、2018年になり、あるマフィアのボスが、絵画は無事でとある場所に隠されていると断言したことで、再び調査が行われているということです。
光りと闇の天才画家カラヴァッジョ。今なお闇の中に隠されている名画「キリスト降誕」が、再び光の元に戻る日は来るのでしょうか。