12月22日(土)より一週間、池袋シネマ・ロサにて映画『クマ・エロヒーム』の公開。
少子化が叫ばれて久しい昨今ですが、もし将来、人類の繁栄だけを目的とした社会が生まれたらどうなるのでしょうか。
子どもは社会の財産。子どもは未来であり希望そのもの…。
“社会”とはいったい誰のための社会なのか?
ディストピアの中で愛し合う男女を描いた、坂田貴大監督のSF映画『クマ・エロヒーム』をご紹介します。
映画『クマ・エロヒーム』の作品情報
【公開】
2018年(日本映画)
【監督】
坂田貴大
【キャスト】
村上由規乃、古矢航之介、高見綾、本田七海、加賀谷健、マリア・マルコビッチ、グールド・バイロン、渡部剛己
【作品概要】
キリスト教をベースとした宗教団体“ヤヌーカの丘”に支配された未来世界。
教団の命令で夫婦となったものの、不妊に直面したアユムとエマの運命は?
監督は日大芸術学部出身、本作が劇場デビュー作品となる坂田貴大。
坂田監督は学生時代、『阿呆の舞』で第11回TOHOシネマズ学生映画祭準グランプリを受賞しています。
主演には『赤い玉、』(高橋伴明監督)に出演の村上由規乃、『春みたいだ』(シガヤダイスケ)の古矢航之介。
映画『クマ・エロヒーム』のあらすじ
宗教団体“ヤヌーカの丘”の命令によって夫婦となり、地球ではないどこかの惑星で暮らすアユム(古矢航乃介)とエマ(村上由規乃)。
教団は妊娠・出産を推奨していますが、何年経ってもふたりの間に子供はできません。
エマは妊娠を望んでいますが、アユムはあるトラウマから子供を持つことを恐れていました。
朝が来るとアユムは仕事に行き、エマが赤ん坊の人形を抱き、夜になれば帰宅したアユムが人形を海に捨てることを繰り返す奇妙な日々。
しかしこのまま妊娠できなければ、エマとアユムは教団によって引き離されてしまいます。
単調で静かな生活の中、確実にその期限は迫ってきますが…。
映画『クマ・エロヒーム』の感想と評価
本作『クマ・エロヒーム』は現代社会の歪みを誇張したような、全編に漂う寒々しい雰囲気が特徴。
謎の研究に勤しむアユム、母なる海に捨てられる人形、ヤヌーカの丘が執り行う不気味な結婚式と、あちこちに散りばめられた象徴的な描写が、不穏さを高めるとともに観客の想像力を煽ります。
灯台が佇む海辺、近代的建築などから漂うノスタルジックな雰囲気は、16㎜フィルムによる少しざらつきのある映像とマッチし、ディストピアSFの世界を見事に表現しています。
少子高齢化社会を背景に発達してしまった、一見平和なディストピア社会。
そんな社会を構成する人々はどこに辿り着くのでしょうか。
本作冒頭では、イサクの燔祭と呼ばれる有名な説話からの引用があります。
創世記22章において神ヤハウェは、アブラハムが最も可愛がっていた息子イサクを捧げるよう要求します。
アブラハムは命令を遂げようとしますが、神がそれを止め、アブラハムの忠誠心を称えて祝福したというエピソード。
これは神がアブラハムの信仰を試したと一般的に言われていますが、そうと知らないアブラハムとイサクの会話は悲壮の一言に尽きます。
「父よ」
「子よ、わたしはここにいます」
「火とたきぎとはありますが、燔祭の子羊はどこにありますか」
「子よ、神みずから燔祭の子羊を備えてくださるであろう」
この場面は、アユムとエマの心情と重なるところがあるかもしれません。
少子化解消を至上とする本作の世界では、ふたりの肉体だけが求められ、その内面は無視されます。
ふたりの心がすれ違いながら押し潰され、牛や馬のように右往左往するその姿はまるで犠牲獣のようです。
「あなたの子、あなたのひとり子をさえ、わたしのために惜しまないので、あなたが神を恐れる者であることをわたしは今知った」
神がこう発言したように、代えがたいものを捧げることに犠牲の意味があります。
いわゆる社会の繁栄の為、積極的に生贄を欲し、犠牲をシステム化してしまうのがディストピアたる所以なのかもしれません。
本作ではそんな世界に疑問を持たず、健気に役割を果たそうともがくアユムとエマの姿が静かに、しかし狂気的に描写されます。
追い詰められた末、ある結論に行き着くふたり。
果たしてふたりは捧げたものとは?そして引き替えに何を得たのでしょうか?
その答えは、鑑賞して確かめることをお勧めします。
まとめ
80分という短時間の中に、ディストピアSFのエッセンスをぎゅっと凝縮した映画『クマ・エロヒーム』。
人間を選別する“大きなもの”に翻弄されるごく普通の若者たち、その姿からは現代社会の限界を感じ取れるかもしれません。
映画『クマ・エロヒーム』は池袋シネマロサにて、12月22日~28日にレイトショーで上映。
初日は監督と主演者による舞台挨拶のほか、製作陣による連日のイベントが企画されています。
ぜひ、劇場に足を運び、若き才能の世界観に触れてみてはいかがでしょうか。