10月25日から始まった第31回東京国際映画祭。
映画祭の顔といえばコンペティション部門を中心にしたオリジナルセレクション部門です。
まだ発掘されていない才能をいち早く発見する最良の機会であり、日本での劇場公開への足掛かりとしてもコンペティション部門での評価は重要です。
そんなコンペティション部門の作品を中心に、注目作品をいくつかご紹介します。
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コンペティション部門:『ホワイト・クロウ(原題)』
20018年のコンペティション部門の作品で、すでに日本の劇場公開が決まっているであろう唯一の作品がこの『ホワイト・クロウ』。
それもそのはず、『ハリー・ポッター』シリーズのヴォルデモート卿などで知られる英国のベテラン俳優レイフ・ファインズの監督・出演作品です。
物語はソ連がまだ存在していた1963年に亡命した実在のバレエダンサーのルドルフ・ヌレエフの半生を描いた物語。
“ホワイト・クロウ=白いカラス”とは際立った才能の持ち主、異彩を放つ存在を現す言葉ですが、まさしくこのルドルフ・ヌレエフは圧倒的なカリスマ性の持ち主である一方で、その才能故に傲慢さと自分勝手な部分もたっぷり持ち合わせたキャラクターです。
現役のバレエダンサー、オレグ・イヴェンコを主演に抜擢していることもあってバレエシーンは本物の凄みを十分に引き出しています。
また、当然といえば当然ですがソ連側の人々にはちゃんとロシア語を話させていて誠実な作りの映画になっています。
コンペティション部門:『シレンズ・コール』
2018年のトルコ映画。経済発展著しいトルコのイスタンブール。ここに住む建築家のタフシンは心底人生に疲れ果て、ある日すべてを捨ててイスタンブールからの脱出を目指します。
脱出といってもイスタンブールは別に監獄ではありませんし、紛争地帯でもないので空港にいけば脱出できるのですが、カードが無効になり、現金の持ち合わせがなくなり、携帯の充電が切れて、なぜかタフシンはイスタンブールから出ることができません。
さらに海外からの通商団がやってきたことで空港周辺の道路は交通規制が敷かれてしまい、自由と解放を求めて旅立ちたいタフシンは、その想いとは裏腹にイスタンブールという大都市に取り込まれて行ってしまいます。
『アジア三面鏡』でも描かれた急速な経済発展の陰の部分を描きながらも、テイストはストレートなコメディ。
監督も役者も誰も知らない人がほとんどの中でも劇場で大きな笑いがいくつも起きました。本作のような作品は観客の満足度が高いので観客賞を取ったりすることが多いです。
都会生活の息苦しさなんて言う部分は日本人には意外と身近なテーマかもしれませんね。
コンペティション部門:『三人の夫』
香港映画界でもベテランになってきたフルーツ・チャン監督の最新作。
チャン監督はあの『女優霊』のハリウッドリメイク版『THE JOYUREI 女優霊』(2009)の監督をするなど海外でも活躍している監督です。
本作は性描写が多く、香港では成人映画の扱いで上映されるものの、中国では上映できないことを、チャン監督自ら映画祭の会見で語っていました。
異常に性欲の強いヒロインと三人の男の艶笑譚です。
艶笑譚といえば洒落た感じですが、実際にはかなり生々しいセックスシーンを含んだ露骨な描写が100分間続きます。
日本で劇場公開が決まってもまずR指定でしょう。
体重を約14キロも増やして文字通り体当たりで演じたクロエ・マーヤンのインパクトは強烈です。
アジアの未来セレクション:『ミス・ペク』
アジアの未来セレクションにエントリーされている、実話をもとにした韓国映画。
監督は多くの助監督経験を経て本作で監督デビューした女性監督イ・ジウォン監督が務めます。
主演はドラマ『宮廷女官チャングムの誓い』や映画『密偵』のハン・ジミン。
母親から虐待を受けた過去を持つペクが同じように虐待を受けている少女と運命的な出会いをして…。
非常に深刻なテーマを含みつつ、エンターテイメント作品としてもしっかり作り込まれた作品です。
重厚なテーマとエンターテイメントとして魅せるバランス感覚が絶妙で、これが長編デビュー作品とは考えられない完成度です。
特別招待作品:『華氏119』
『ボーリング・フォー・コロンバイン』『華氏911』で知られる、突撃型ドキュメンタリー監督のマイケル・ムーアがトランプ政権に叩きつけた新作。
「911」は全米同時多発テロ事件の日付で、「119」はトランプ大統領が大統領に就任した日付。
全くの偶然ですが、こんな数字の偶然ってあるんですね。
本作は間もなく始まるアメリカ議会の中間選挙をかなり意識した時期の公開で、共和党が負けてトランプ政権にダメージ与えるために、所々かなり意図的な編集もされている作品です。
一方で、妥協し続けた民主党批判、オバマ大統領批判もたっぷりと込められています。
トランプ政権が誕生する以前に同じく企業家がトップに立ったミシガン州を、その縮小版として紹介して大企業・利益優先政策の犠牲になった市民の姿を描いています。
終盤ではナチスドイツとトランプ政権を重ねていて、ここまで強烈なイメージ操作にはさすがに賛否が分かれそうですが、これぞマイケル・ムーア節といった作品です。
まとめ
コンペティション部門にエントリーした時点では、邦画をのぞく大半の映画が日本での劇場公開が決まっていない状態です。
そんな中、東京国際映画祭が賞という形で背中を押すことにより、劇場公開に繋がる作品も少なからずあります。
2015年は当たり年で、結果的にコンペティション部門16作品のうち、半分ほどの作品が劇場公開されました。
東京国際映画祭の過去の受賞作品・受賞者から名前を拾っていくと『牯嶺街少年殺人事件』や『オープン・ユア・アイズ』、『アモーレス・ペロス』などがあげられます。
一番の快挙とになったのは2006年にグランプリを取った『OSS 117 私を愛したカフェオーレ』のミシェル・アザナヴィシウス監督ではないでしょうか。
この監督がこの作品の次に撮った映画が2011年にアカデミー賞戦線の中心に登場したあの『アーティスト』です。
また、東京国際映画祭がアジア映画により重点を置いていくという方針を出して10年が経ちました。
これは実はとても重要なことでもあります。
日本は基本的にどんな映画でもよっぽどのことがない限り上映できる恵まれた環境にあります。
もちろん暴力的シーン・性的シーンの多さによって年齢制限はありますが、政治的、宗教的な条件で上映ができなくなることはまずありません。
他の国では政治的・宗教的な事情で映画の上映が禁止されることが結構あります。いわゆる検閲的なものです。監督の自国で上映できないという話も珍しくありません。
そのような作品を幅広く認知してもらい、上映にこぎつける為にも、東京国際映画祭は渡し舟として、重要な役割を担っていることも確かです。
次回もバラエティに富んだ作品をご紹介します。お楽しみに!