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Entry 2017/11/06
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ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督おすすめ映画5選【考察:自己不在の主役】

  • Writer :
  • すずき製菓

2017年10月27日にSF大作『ブレードランナー2049』がついに日本公開されました!本作は巨匠リドリー・スコット監督による『ブレードランナー』(1982)の続編。

近未来のロサンゼルスを舞台に、人造人間「レプリカント」を取り締まる刑事「ブレードランナー」の活躍が描かれ、日本など東洋的なデザインを取り入れつつ退廃的に演出された都市のヴィジュアルも魅力の1つです。

主人公の刑事「K」役は『ラ・ラ・ランド』のライアン・ゴズリング。前作の主人公デッカードを、なお現役で活躍するハリソン・フォードが演じ、新進気鋭のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が演出を務めます。

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1.ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督とは

SF映画の金字塔とも言われる1982年に制作された『ブレードランナー』。35年の時を経て公開される続編の演出に抜擢されたのが、映画『メッセージ』公開以降日本でも認知度を高めつつあるドゥニ・ヴィルヌーヴ監督です。

ヴィルヌーヴ監督は1967年生まれで、カナダのケベック州出身。この地方ではフランスにルーツを持つ住民が多く、8割近い住民の母語がフランス語です。

彼のファミリーネームである”Villeneuve”もまた、フレンチな綴りと発音を持ちます。

ヴィルヌーヴ監督は『渦』(2000)と『静かなる叫び』(2009)の2作品で、カナダの映画界でもっとも栄誉あるジニー賞を獲得

続く『灼熱の魂』(2010)では米アカデミー賞の外国語作品賞にノミネートされました。

米国進出を果たしたクライム・サスペンス『プリズナーズ』(2013)ではアカデミー賞1部門ノミネート

ノーベル賞作家ジョゼ・サラマーゴの小説を映像化したミステリ『複製された男』(2013)を経て、『ボーダーライン』(2015)でメキシコにおける麻薬紛争を描き同賞3部門ノミネートを果たします。

また、映画『メッセージ』(2017)は、同賞8部門ノミネートの飛躍を果たしました。

2.ヴィルヌーヴ監督は『ブレードランナー2049』の演出をなぜ引き受けたか

ヴィルヌーヴの監督としての手腕は確固たるもの。そして実力のある監督に、大作のオファーがあるのは珍しくはありません。

本作『ブレードランナー2049』も歴史的作品の続編ということで知名度があり、製作・宣伝への映画会社の注力の仕方によっては大ヒットも見込めます。ということは、監督にもそれなりの報酬が支払われるはず。

ではヴィルヌーヴ監督は報酬のためにオファーを引き受けたに過ぎないのか?というと、そうとも思われません。なぜなら『ブレードランナー2049』は、ヴィルヌーヴ監督がこれまでのキャリアで描いてきた、「あるテーマ」に沿ったものであると予想されるからです。

では彼がこれまで描いてきた1つのテーマとは何なのか?

なぜ『ブレードランナー2049』は、これまでのヴィルヌーヴ監督の仕事の延長線上にあると言えるのか?以下で明らかにしていきます。

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督おすすめ5選!

1.灼熱の魂
2.プリズナーズ
3.ボーダーライン
4.複製された男
5.メッセージ

【チェックポイント】
「私がいま、ここにいること」の業(カルマ)と因果

※以下ネタバレを含む解説となっております。ご注意ください。

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3.ヴィルヌーヴ監督おすすめ映画①『灼熱の魂』(2011)

【公開】
2011年(カナダ・フランス合作映画)

【原題】
Incendies

【キャスト】
ルブナ・アザバル、メリッサ・デゾルモー=プーラン、マキシム・ゴーデット、レミー・ジラール

【作品概要】
亡くなった母の遺言に記されていたのは「お前たちの父と兄、それぞれに手紙を渡して欲しい」という依頼。残された双子の兄妹はカナダのケベックを離れ、自分たちのルーツを求めて母が生まれ育った中東へ向かいます。

やがて明らかになるのは、動乱を生き抜いた彼女の生涯と、2人の出生の秘密でした。

原作は、レバノン系カナダ人劇作家のワジディ・ムアワッドが執筆した戯曲。第83回アカデミー賞(2011年)外国語映画賞ノミネート作品。

考察①「今ここにいる私」が背負う業(カルマ)


(C)2010 Incendies inc. (a micro_scope inc. company) – TS Productions sarl. All rights reserved.
原題の”Incendies”はフランス語で「火災」の意味。転じて「戦乱」「動乱」を意味することもあります。

このタイトルは、双子の母が、キリスト教徒とイスラム教徒との間に起こった紛争に翻弄されて生きたことを表すものです。

双子が到達する事実とは、「今ここにある自分たちの命が、数々の罪が犯されることなしにはなかったであろう」ということ。もしも母親が強姦されていなかったら、もしも母が収監されていなかったら、もしも母が暗殺を実行していなかったら、もしも母が同じキリスト教徒に襲撃されていなかったら、もしも母の最初の息子がさらわれていなかったら、もしも母が難民と恋に落ちていなかったら、もしも紛争が起こっていなかったら……

例えそれらの罪が「あってはならないもの」だったとしても、それらの罪がなければ双子は生まれなかったというジレンマ。

誰かに向かって「お前が生まれてこなければよかった」「お前など生きていなければいいのに」とは言いがたい、私たちはそんな倫理観を有しています。

双子が背負うこの業(カルマ)、因縁こそ、ヴィルヌーヴ監督がこの後も描き続けるテーマなのです。

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4.ヴィルヌーヴ監督おすすめ映画②『プリズナーズ』(2014)

【公開】
2014年(アメリカ映画)

【原題】
Prisoners

【キャスト】
ヒュー・ジャックマン、ジェイク・ギレンホール、ビオラ・デイビス、マリア・ベロ、テレンス・ハワード、メリッサ・レオ、ポール・ダノ、ディラン・ミネット、ゾーイ・ソウル、エリン・ゲラシモビッチ、カイラ・ドリュー・シモンズ、ウェイン・デュバル、レン・キャリオー、デビッド・ダストマルチャン

【作品概要】
ヴィルヌーヴ監督のアメリカ進出第1作。脚本はアーロン・グジコウシキによるオリジナル。感謝祭の日、工務店を営むケラーの娘が失踪。容疑者として怪しい男が逮捕されるも証拠がなく釈放となる。ケラーはこの男が犯人であるという疑いを捨てきれず、ついに彼を拉致。監禁して口を割らせようとするのですが…。

娘を見つけるため男を拉致する主人公をヒュー・ジャックマンが演じ、監禁される男役にポール・ダノ。もう1人の主人公である刑事役としてジェイク・ギレンホールが共演。

ロジャー・ディーキンスが担当したクリアでダイナミックな映像が評価され、アカデミー賞では撮影賞にノミネートを果たしています。ディーキンスとヴィルヌーヴは『ボーダーライン』『ブレードランナー2049』でもタッグ。

考察②「完全な善」「完全な悪」の不在


(C)2014 Alcon Entertainment, LLC. All rights reserved.

「プリズナーズ」というタイトルは、原題”Prisoners”をそのままカタカナ表記したものです。意味は「囚人たち」。

「娘を誘拐された主人公が、怪しい男を監禁する」というストーリーを端的に伝えています。しかしタイトルは単数形の「プリズナー」ではなく複数形「プリズナー”ズ”」。

つまり「囚人」は1人ではないのです。では一体「囚人たち」とは誰々のことを指すのか?その答えの1つが、真犯人の発見によって明かされます。

ほかにも何人かの「囚人」が劇中には登場します。その1人こそロキ刑事。少年院に6年間服役した彼もまた「囚人」なのです。

ではこの映画の作り手はなぜ、「少年院出身」という設定をロキ刑事に与えたのか?彼の特徴について考えてみましょう。

まず彼に彫り込まれたタトゥー。決して礼儀正しいとはいえない態度。さらに捜査の過程でしばしば粗暴さを垣間見せます。これらはロキ刑事に対する負の印象を、観客に抱かせます。

しかし一方で、ロキ刑事には「優秀な捜査官」という側面も与えられています。過去に担当した全ての事件を解決し、今回も着実に手がかりを集める。これによって観客はロキ刑事を見直すかもしれません。「少年院出身だけど、優秀じゃん」と。

ところが観客がロキ刑事に対していい印象を持った途端、彼の粗暴さがきっかけとなり、捜査中に重大な事故が発生。ここでもし観客が再びロキ刑事に対して失望したり、何か悪い印象を持ったのだとしたら、作り手の目論見は成功したと言ってよいでしょう。

というのも、この映画の目的は「登場人物に対する観客の印象を揺さぶり続けること」にあるからです。

ロキ刑事だけではありません。主人公の娘を誘拐した容疑で真っ先に逮捕された、知的障害を持つアレックス。

彼に対する観客の印象もまた、物語を通して二転三転するでしょう。もちろんミステリ作品では、観客のミスリードを誘うために、登場人物が怪しいと思わせる演出をするのは当たり前。

しかし本作では、容疑をかけられる人間にとどまらず、他の登場人物の印象や評価もまた揺さぶろうとする試みがなされています

主人公であるケラーについても同じ。子供思いで頼れる父親。常に最悪の事態に備える男。神に対する信仰心も篤い。

しかしアレックスを監禁し暴力を振るうという行為は、肯定しがたいものです。

それでもなお、アレックスの意味深な発言は「もし彼から何か情報を聞き出せなかったら、娘の命に関わるかもしれない」という不安を与えます。だからケラーは監禁を行うべきだと考える観客もいるかもしれません。

結局、ケラーはアレックスから意味のある発言を引き出すことはできません。

ところが、アレックスを監禁していたことが、娘の発見につながるのです。なぜなら、ケラーが監禁していたアレックスが発見されたことこそ、娘が殺されてしまう前のあのギリギリのタイミングで、ロキ刑事がアレックスの叔母の元へ向かうきっかけを作ったのですから。

もしもアレックスがあの時発見されていなかったら、ケラーの娘は死んでいたかもしれない。彼女が今生きているのは、ケラーがアレックスを監禁するという罪を犯したからかもしれない。ケラーの行為はいいことではないけれど、結果的には「してよかった」のではないか?

1人の人間や、その行いを、完全な善か完全な悪のどちらかに振り分けてしまうことの難しさ。1人ひとり、その行いの一つひとつに、少しずつ善いところがあり、悪いところがある。それを表現しようとする試みが、犯人探しのミスリードを誘うミステリの定石を拡張することによって実現されているのです。

5.ヴィルヌーヴ監督おすすめ映画③『複製された男』(2014)

【公開】
2014年(カナダ・スペイン合作映画)

【原題】
Enemy

【キャスト】
ジェイク・ギレンホール、メラニー・ロラン、サラ・ガドン、イザベラ・ロッセリーニ、ジョシュ・ピース、ティム・ポスト、ケダー・ブラウン、ダリル・ディン、ミシャ・ハイステッド、メーガン・マン、アレクシス・ウイガ

【作品概要】
原作はノーベル文学賞を受賞したポルトガルの作家ジョゼ・サラマーゴの小説。大学教員のアダムは、自分に瓜二つな俳優アンソニーが映画に出演していることを発見。アンソニーに接触を試みるのですが…。

ジェイク・ギレンホールがアダムとアンソニーの一人二役を演じ、アダムの恋人を『イングロリアス・バスターズ』のメラニー・ロラン、アンソニーの妻をサラ・ガドンがそれぞれ演じます。

考察③:観客の「解釈」や先入観を逆手に取る


(C)2013 RHOMBUS MEDIA (ENEMY) INC. / ROXBURY PICTURES S.L. / 9232-2437 QUEBEC INC. / MECANISMO FILMS, S.L. / ROXBURY ENEMY S.L. ALL RIGHTS RESERVED.

この物語を「見たまま」に受け取ることもできます。つまり「アダムとアンソニーという別々の人間が本当におり、彼らはなぜか、顔も、身長、体型や傷跡まで、身体的特徴が何もかも一緒なのだ」と。

しかし「見たまま」に受け取るとすると、この映画は「彼らはなぜ全く同じなのか?」が説明されない、不完全な映画だということになります

別々の人間がたまたま知り合い、入れ替わって終わるだけ。そんなにつまらない映画なのか?

普通は入れ替わってから何かトラブルがあるのが物語っていうもんじゃないか?そう思う観客もいるかもしれません。

しかし「アダムとアンソニーが別々の人間である」という前提を疑ったとしたらどうでしょう。

つまり、アダムとアンソニーが同一人物だとしたら?1人の男が、自分の欲望の扱いに困り、妻と暮らす俳優のアンソニーと、恋人と過ごす教員のアダムとに、人格を分離した二重生活を送っていたのだとしたら?

それはあたかもデヴィッド・フィンチャー監督の『ファイト・クラブ』における、主人公とタイラー・ダーデンとの関係のようです。

これはあくまで解釈であり、映画の中で説明がされたことではありません。

しかしアダムとアンソニーが同一人物、つまり1人の人間が持つ別々の人格なのだという立場から物語を見直してみても、矛盾が生ずることがないのです!

ところで「映画の中で説明されていないことを勝手に解釈しても構わないのか?仮に考察するとしても、映画の中で示される証拠だけに基づくべきではないか?」という指摘も考えられます。

「解釈」を許すかどうかは、『複製された男』に限らず、映画一般をどう鑑賞するかという個人のスタンスの分かれ目になりそうです。

しかし「アダムとアンソニーが1人の人間の別々の人格であるという解釈は、映画の中で証拠がないから妥当性がない」という指摘もあり得る一方で、「アダムとアンソニーが別々の人間である」という主張も、その根拠は不安定なものなのです。

例えばアンソニーの妻ヘレナが大学でアダムと出会った直後、アンソニーに電話をかける場面。

よく観察すると、アンソニーが電話に出るのは、アダムの姿がヘレナやカメラにとっての死角に入ってからです。

したがって「ヘレナからの電話に出たのがアダムではない」という証拠はありません。もちろんアダムが電話に出たという証拠もありませんが、一方で、電話に出たのがアンソニーであるという証拠もないのです。

普通の「分身」「複製」「ドッペルゲンガー」映画であれば、ヘレナがアンソニーに電話するのは、アダムとアンソニーが別の人間であるということを明確にする演出

しかしこの映画の作り手は、観客がこの場面をそのような演出であると解釈するであろうこと逆手に取り、ギリギリのところで「アンソニーとアダムが別の人間である」という証拠がないようにしているのです。

でも、アンソニーとアダムはモーテルで顔を合わせたのでは?これこそアダムとアンソニーが別々の人間であるという証拠ではないのか?

しかし映画の中に「もう1人の自分」の幻影や妄想が現れるのは珍しいことではありません。むしろモーテルで顔を合わせるアンソニーとアダムが「実体」であると、勝手に解釈したのはそっちの方ではないか?という反論があり得るのです。

つまりこの映画というのはただ映像と音声を流しているだけで、観客は各々のやり方でそれを解釈しているのです(もちろん、解釈は完全にバラバラではなく、分類できる程度には傾向があるのですが)。

アダムとアンソニーが同一人物であると主張するのが解釈であるならば、アンソニーとアダムが別々の人間であるという主張もまた、解釈なのです。

実際、「アンソニーとアダムが別々の人間である」という解釈には、「映画そのもの」ではなく、映画を観る前のあらすじの説明なども影響しているはず。

この映画は観客の解釈、悪く言えば先入観や思い込みの危うさを逆手にとったもの。

ちなみに「別々だと思い込んでいた人間が実は同一人物だった…」というのは『灼熱の魂』のオチでもありますね。

あるいは『プリズナーズ』では、作品タイトルの意味が「アレックスがケラーに監禁されること」を表していると思ったらそれだけではなく、アレックスが誘拐されて育てられていた「二重」の囚人であった、というオチもありました

6.ヴィルヌーヴ監督おすすめ映画④『ボーダーライン』(2016)

【公開】
2016年(アメリカ映画)

【原題】
Sicario

【キャスト】
エミリー・ブラント、ベニチオ・デル・トロ、ジョシュ・ブローリン、ビクター・ガーバー、ジョン・バーンサル、ダニエル・カルーヤ、ジェフリー・ドノバン

【作品概要】
テイラー・シェリダンによるオリジナル脚本。FBI捜査官として誘拐事件を担当する主人公は、その優秀さを買われメキシコの麻薬カルテルのボス追跡チームに引き抜かれます。しかし国境付近で彼女が目にするのは、善悪の境界線を揺るがす光景でした。

己の信念を貫こうとする主人公をエミリー・ブラントが演じ、チームリーダーとしてジョシュ・ブローリンが、謎に包まれたコロンビア人としてベニチオ・デルトロが共演。

カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品作品。第88回アカデミー賞(2016年)で撮影賞・作曲賞・音響編集賞の3部門にノミネート。

ベニチオ・デル・トロを主演とした続編『ソルダード(原題)』の製作が進行中。監督はイタリアのステファノ・ソッリマに決定し、脚本は引き続きシェリダンが手がけます。

考察④:善悪の「ボーダーライン」ー大義のために小義を犠牲にしてよいか?


(C)2015 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.

冒頭で示される通り、原題であるスペイン語の”Sicario”とは「暗殺者」の意味。メキシコではスペイン語が公用語となっています。

物語の中で「暗殺者」が具体的に誰かというと、カルテルのボスの暗殺を実行するアレハンドロ。

彼はコロンビアで検察官をしていた時代に妻と娘を残忍な方法で殺されたので、復讐を果たそうとしているのです。

大義は麻薬カルテルの殲滅によって、アメリカの治安を守ること。しかし観客の中には次のような疑問を抱く人もいるでしょう。

正当な手続きを踏んで首領を逮捕し、裁判にかけるのが法治国家ではないのか?罪を犯していない首領の家族まで殺すのは、正しいことなのか?作戦のために利用し、殺した男にも家族がいるのではないのか?残された家族はどうなるのか?と。

確かに麻薬カルテルの首領を暗殺することによって、麻薬戦争で失われる命、麻薬によって失われる命や健康を救うことができるかもしれません。

それに暗殺の過程で失われる命の数は、暗殺をしなかった場合に失われる命の数よりも少ないかもしれない。

しかし、命を数量的に扱うことは適切なのでしょうか?大局的に見れば1つの命でも、当人や家族にとっては切実なもの。ここに倫理的なジレンマが潜んでいるのです。

6.ヴィルヌーヴ監督おすすめ映画⑤『メッセージ』(2017)

【公開】
2017年

【原題】
Arrival

【キャスト】
エイミー・アダムス、ジェレミー・レナー、フォレスト・ウィテカー、マイケル・スタールバーグ、マーク・オブライエン、ツィ・マー

【作品概要】
ネビュラ賞受賞のSF作家テッド・チャンによる短編「あなたの人生の物語」(”Story of Your Life”)の実写化。

突如として地球各地に出現した宇宙船。彼らは敵なのか?味方なのか?なぜ地球にやってきたのか?言語学者の主人公はアメリカ軍の要請を受け、宇宙人からの「メッセージ」を解読すべく、未知の言語の習得に挑みます。

主人公にエイミー・アダムス、彼女に協力する物理学者には『アベンジャーズ』『ハート・ロッカー』のジェレミー・レナー。大佐役でフォレスト・ウィテカーも出演。

第89回アカデミー賞(2017年)8部門ノミネート(作品賞、監督賞、脚色賞、撮影賞、編集賞、美術賞、音響編集賞、録音賞)、うち音響編集賞で受賞。第74回ゴールデングローブ賞では最優秀主演女優賞と作曲賞の2部門でノミネートされた。

考察⑤:登場人物とともに先を読み解釈する

原題の”Arrival”とは「到着」を意味する英単語です。同時に「出生」や「新生児」の意味も持ちます。したがってこのタイトルは、宇宙人が地球にやってくるというストーリーを簡潔に表すと同時に、主人公が母としての側面を持つことも含意する、ダブルミーニングです。

冒頭で提示されるのが、主人公の生んだ娘が病に侵され、やがて生涯を終えるシーン。初め観客は、「主人公は娘を失った。夫の姿は見えないけど離婚したんだろう」とつじつまを合わせるかも知れません。

しかし物語が進むにつれ、それが観客の「解釈」であることが判明します。冒頭に登場した「娘」のことを、主人公は知らないのです。では冒頭のシーンは何だったのか?その答えは、主人公が宇宙人の言語を習得し、宇宙人に対する地球人の攻撃を阻止しようとする過程で得られます。

このように観客が映画を観ながら行い続ける「解釈」の根拠を問う手法は、『複製された男』で顕著でしたし、『灼熱の魂』『プリズナーズ』でも行われたものですね。

さて、この物語で主人公に突きつけらるのが「早死にすると分かっていながら、娘を産むのか?」という問い。

早死にすると分かっているのに彼女を生んだら、たとえ自分が娘の死の原因でなくとも、責任を負うことになるのではないか?

娘を産まなければ彼女を早死にの悔しさや苦しみに合わせることは悪になるかも知れないが、生まれてこない人間がそもそも苦しみからの救いを感じることなどできないのではないか?主人公を襲うのはそのような悩みです。

それでも「彼女が生きている間は精一杯愛する」という決断を下し、母となる決意を下す主人公。生まれながらにして避けられない運命を娘に背負わせることに罪悪感を覚えながらも、主人公は愛情を注ぐのでしょうか

7.ヴィルヌーヴ監督作品の特徴は

 (1)倫理的なジレンマ:今ここにある命が背負う「業」
 (2)観客の解釈や思い込みを逆手に取る

ここまでヴィルヌーヴ監督の5つの作品について考察してきました。すると彼の作品には、大きな2つの特徴があることがわかってきます。

1つ目は、彼の作品にはしばしば倫理的なジレンマが登場するということ。

具体的には、誰かが生まれてきたり、誰かの命を救ったりするためには、結果的に暴力が必要であったり、他の誰かが犠牲にされたりせねばならなかったということなど。

ヴィルヌーヴ監督の作品に登場するジレンマは、いずれも「ハーバード白熱教室」で有名なマイケル・サンデル教授が知らしめた「トロッコ問題」という思考実験に類似しています。

2つ目は、映画的な演出を逆手に取ることによって、観客が映像や情報に対して印象や解釈が、いかに粗雑であるかを示しつつ、物語の真相を明らかにすること。

「こういう演出があれば普通はこう解釈するだろう」という観客の自然で常識的なやり方が、厳密に考えると根拠のないものであるということが示されます。

それは犯人探しの際我々が従う「印象」であったり、実は同一人物であるのに別々の人物だと考えることであったり。

もちろんそれらは日常生活の中では多くの場合うまくいく考え方なのですが、ヴィルヌーヴ監督作品の中で提示される謎を解明するために求められるのは常識ではなく、証拠や根拠によって説明することなのです。

まとめ

そもそも1982年の『ブレードランナー』とはどんな映画だったか

ヴィルヌーヴ監督の作風は、実は『ブレードランナー』と親和性が高いものです。

というのも『ブレードランナー』の物語の根幹に、倫理的・哲学的な問題があるからです。

そもそも『ブレードランナー』の内容は、労働力として使役される人造人間「レプリカント」の中で人間に反抗を起こすので、警察が処分するというもの。

レプリカントは実は機械なのですが、見た目や声は人間と全く同じで、思考能力や身体能力も人間に劣りません。

「実は機械なのだ」という入れ知恵がなかったならば、目の前にいるのが人間なのか、機械なのか区別をつけるのは難しいのです。それはあたかも、隣にいる人間を解剖してみなければ本当に人間なのかどうかわからないのと一緒。

現時点で、「不気味の谷」を超え、人間と見た目やコミュニケーションの点で区別がつけられない人造人間を製造する技術は確立されていませんが、近い将来にレプリカントのような存在が誕生する可能性が馬鹿げているとは言い切れない段階まで来ています

倫理的・哲学的な問題となるのは、見た目も人間と全く変わらず、コミュニケーションができ、感情も持ったレプリカントを、奴隷のように扱うことは適切なのかどうか?という点。

人間は犬や猫といった小型動物にも感情移入しますし、非人間であるぬいぐるみにも感情移入します

ではたとえ機械であるとしても、レプリカントに対しても同じなのでは?

しかもレプリカントの場合は、機械であるという事前の入れ知恵がなかったり、損傷などによって中身が見えてしまわない限りは、人間と区別がつけられないのですから。

前作『ブレードランナー』の中でも、主人公デッカードはついにレプリカントの女性と恋に落ちてしまいますね。この点では、声しか持たないOSと主人公が恋に落ちる、スパイク・ジョーンズ監督の『her/世界に一つの彼女』と比較するのも楽しそうです。

ちなみにレプリカントが人間を攻撃することの是非については、SF作家アイザック・アシモフが提唱した「ロボット3原則」が参考になります

アシモフの作品『われはロボット』が原作となった映画『アイ、ロボット』の中でもこの「ロボット3原則」が触れられています。

というわけで「人間と変わらない人造人間を使役することによって経済が成り立っている」ような『ブレードランナー』の世界は、「何かを犠牲にして誰かが生きている」物語を描いてきたヴィルヌーヴ監督にとっては、親和性が高いテーマだと言えるのです。

ぜひ実際に『ブレードランナー2049』をご覧あれ。

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