石川瑠華が嘘だらけのヒロインを演じ、金子大地が駆け出しのカメラマンを演じた映画『猿楽町で会いましょう』
児山隆監督の初長編作となった本作は、次代を担うクリエイターの発掘・育成を目指して、まだこの世に存在しない映画の予告編を制作する「未完成映画予告編大賞MI-CAN」でグランプリを受賞し、制作されました。
金子大地演じる駆け出しのカメラマンが石川瑠華演じる嘘だらけのヒロインに出会い恋に落ちるも彼女には秘密があった…
渋谷・猿楽町を舞台に都会の若者たちの渦巻く愛と欲望を生々しくリアルに描き上げたラブストーリー。
本作は、第32回東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門に正式出品され、その後ウディネ ファーイースト映画祭2020コンペティション部門ノミネート、台北ゴールデンホース映画祭(台北金馬映画祭)に正式招待され、国内外でも注目を集めています。
CONTENTS
映画『猿楽町で会いましょう』の作品情報
【公開】
2021年(日本)
【監督】
児山隆
【脚本】
児山隆、渋谷悠
【キャスト】
金子大地、石川瑠華、柳俊太郎、前野健太、小西桜子、長友郁真、大窪人衛、呉城久美、岩瀬亮
【作品概要】
監督を務める児山隆監督は、助監督、オフラインエディターとして活動後、2014年に独立し広告を中心に映像ディレクターとして数々のCMを手がけ、本作が初長編監督作となります。
ヒロイン・田中ユカ役は『イソップの思うツボ』(2019)、『左様なら』(2019)などの石川瑠華。小山田修司役には『殺さない彼と死なない彼女』(2019)、『君が世界のはじまり』(2020)の金子大地。
『東京喰種トーキョーグール』(2017)、『弱虫ペダル』(2020)の柳俊太郎、『初恋』(2020)、『映像研には手を出すな!』(2020)の小西桜子、シンガー・ソングライター、役者としても活動している前野健太など多様な顔ぶれが脇を添えます。
映画『猿楽町で会いましょう』のあらすじとネタバレ
【Chapter:1】
フォトスラジオでアシスタントとして働き独立した駆け出しのカメラマン小山田修司(金子大地)は、雑誌編集者の嵩村秋彦(前野健太)に作品を見せて売り込みに来ました。
しかし、嵩村からは「作品にパッションを感じない。ちゃんと人を好きになったことある?」と言われてしまいます。何かあったら連絡すると言った嵩村でしたが、ふと思い出したように小山田に読者モデルの田中ユカ(石川瑠華)の写真撮影でした。
渋谷で待ち合わせた小山田とユカ。挨拶をした後不意にユカは小山田が着ていた映画『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968)に触れ、小山田は嬉しそうな顔をします。
その後、移動し歩道橋の上で写真撮影を始めます。小山田はユカに表情を作らなくていいと伝え、ユカは「何を考えていたらいい?」と聞きます。小山田は適当でいいよ、今日の夕飯のこととかと答えます。
小山田との何気ない会話でリラックスしたのかユカの表情が和らぎ撮影は順調に終えました。ユカに恋人がいないことを知った小山田は、写真のチェックを口実に家に来ないかと誘います。何もしないと約束した小山田でしたが、強引にユカに迫り、ユカは涙を流します。
次の日小山田が起きるとすでにユカは帰ったあとでした。ある日、ユカのインスタグラムを見ていた小山田は、新しいプロフィール画像が撮りたいというユカの書き込みを発見し、よかったらプロフィール写真を撮らせて欲しいとユカに連絡します。
スタジオで写真を撮り、その日も小山田はユカを家に招きますが、何もなくユカは帰ってしまいます。
作品にやりたいことが伝わってこない、パッションを感じないと言われていた小山田でしたが、ユカの写真は評判が良く、小山田は次第にユカを撮りたい、自分に足りなかったものに出会えたと感じ始めます。ユカへの想いが募り、小山田はユカが好きだと伝えます。
小山田の言葉に対し、最初は戸惑うユカでしたが「よろしくお願いします」と答え2人は交際をすることになります。
出かけるたびに小山田はユカの様々な表情に魅了されシャッターを切ります。距離が縮まりつつある2人でしたが、ユカは決して小山田を家には入れようとせず、小山田はどこか距離を感じていました。
ある夜遅く、編集部から小山田に電話があり、カメラマンの代役を頼まれます。ついにチャンスが来たと喜ぶ打ち合わせに向かおうとした小山田でしたが…呼び鈴がなり、びしょ濡れのユカが立っていました。
驚いて部屋に入れ、これから打ち合わせに行くことを伝えるとユカはひとりにしないで、今そばにいてとすがりつきます。普段と様子が違うユカを放っておけず、感情が高ぶった2人は初めて体を重ねます。
アクセサリーショップで撮影の仕事をしていた小山田はアクセサリーを手に取り、ユカのために買って帰りました。電話をしながらユカの家に向かうと知らない男がユカの家に入って行きます。
動揺した小山田はユカが住んでいるはずの4階の2号室の前まで行って確認します。すると表札の名前はユカの苗字の田中ではなく、北村になっていました。
混乱した小山田はアパートの前で夜を明かし、朝ユカの部屋に入った男がその部屋から出て、その後ゴミ袋を持ってユカが部屋から出てきました。
小山田はユカに詰め寄りどういうことだと声を荒げます。怯えながらユカは「ちがうの」と説明しようとします。男とはすでに別れているが、新しい入居先が決まらずただ同居しているだけだと説明します。
今すぐこの部屋を出て行かないと信じないと小山田は言い、ユカは荷をまとめ始めます。部屋に入った小山田は『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』のポスターアートを見つけ男の趣味であったことに気づくのでした。
映画『猿楽町で会いましょう』の感想と評価
本作は【Chapter:1】で小山田の視点で描き、【Chapter:2】で過去から現在へ、ユカの視点で描きます。
不器用な男女の恋愛模様と思って見ていたものが、【Chapter:2】でガラリと印象が変わり、ユカという人物が漠然とした夢を描き東京にやってきたものの、嘘で塗りかため自分を見失いっていく痛々しさをリアルに描きます。
小山田の視点では幸せそうに見えた2人の恋愛もユカが抱える秘密によって揺らいでいきます。そして【Chapter:1】、【Chapter:2】のその後を【Chapter:3】で描いていきます。
【Chapter:3】はもはや甘い恋愛物語ではなく、愛を求め、足掻き、虚像にすがろうとしたり…次第に自分すらも見失ってしまうユカの痛々しさと、ユカを信じたい気持ちと真実を知りたい気持ちで葛藤する小山田の苦しい恋愛模様が描かれています。
ユカという人物は、加害者でもあり、被害者でもあるという彼女自身が矛盾を孕んでいる存在といえます。
夢を見て上京したものの、現実はそう簡単にはいきません。高い授業料を払うためにメンズエステで働き始めるユカ。限りなくグレーな店でユカは嵩村に出会い、仕事のために性的なサービスをしてしまいます。
嵩村という人物は自分が若い女の子を性的に搾取していることに無自覚です。更に冒頭で嵩村は小山田の写真を見てパッションが感じられない、本当に人を好きになったことないでしょうなどと言います。
しかし、後半で人に本当に人を好きになったことないでしょうときかれた嵩村は笑いながらないねと答えているのです。そのような場面から嵩村の言葉の薄さ、駆け出しの若者に対して搾取していることに無自覚な加害者の怖さが描かれています。
そもそもユカは本当に女優になりたいと強い志を持って上京したのでしょうか。同じスクールに通っていた久子が新人女優として駆け上がり始めた頃、ユカはスタンドの仕事で再会する場面があります。
これしかないから私は必死にやっている、ふらふらしているあなたとは違うと久子に言われてしまいます。それはユカにとっては図星だったのではないでしょうか。
ユカは人が言った言葉を受け売りで他の人に平然と話す、自分のなさ、空虚さがある人物であり、同時にそれはユカが求められる人物になろうとして自分を見失ってしまっていることとも繋がっていくのです。
ユカの空虚さが彼女の存在をファム・ファタルのように見せるのです。彼女は人を振り回している自覚がなく、自分の矛盾や塗り固めた嘘にも気付けなくなっているのです。
小山田からしたらユカは加害者として映るかもしれません。北村との関係が終わっていないのに小山田と付き合い、メンズエステのことや嵩村のことも言わず、曖昧な嘘をつき続けます。小山田と出会って変わろうと思った、というユカの言葉は本心でしょうか、それとも嘘でしょうか。もはやユカ自身もそれはわかっていないのかもしれません。
ユカ自身の本当の本心はオーディションで彼女が言った自分がどんな人物かなんて知りたくないという言葉なのかもしれません。自分を見失い本当にやりたかったことも見失いつつある彼女は嘘で塗り固めた自分自身と向き合うことが怖いと感じているのです。
一方で、小山田にとってユカはどのような存在だったのでしょうか。小山田はフリーランスとしての自分の地位のなさからどうにか仕事を貰いたいとあがいていますが、自分の中で今ひとつこれだというものに出会えていません。そのような小山田のふらついた部分が写真に表れ、情熱がない、やりたいことが伝わらないと言われてしまいます。
ふらついていた小山田がユカと出会い、恋をすることで自分に足りなかったものを見つけたように感じ、人として成長していきます。ユカが嘘をついていることはわかっていながらもユカに本当のことを聞くのは怖い、信じたいと思う小山田の気持ちはユカが好きだからこそです。
小山田はユカのことを恋人として大切にしていると同時に最愛の被写体として見ている部分も伺えます。自分がユカのことを一番よく撮りたい、撮れると感じている小山田。
終盤ユカを信じきれず、ユカの嘘を問い詰め場面で泣き叫ぶユカに対し小山田は無我夢中でシャッターをきります。ユカとの恋は小山田を成長させるとともに、カメラマンとしても成長させました。
まとめ
嘘だらけのヒロインと駆け出しのカメラマンの恋を描いた児山隆監督初長編映画『猿楽町で会いましょう』。
嘘で塗り固められ自分自身をも見失ってしまうユカという役柄がまるで憑依したかのようにリアルに演じる石川瑠華と、ユカを受け止め向き合おうとする小山田を受け身の姿勢で演じながらユカを引き立てる金子大地。
2人の若手俳優の演技のぶつかり合いが観客を惹きつけます。
現在、過去、現在と3部構成にし、登場人物の印象をガラリと変え、都会の若者の虚無や欲望のために必死に足掻く姿をリアルに描き出しています。