ねぇ、未来の話をしましょう!
SNS漫画家・世紀末によるTwitter発の大人気4コマ漫画を『ももいろそらを』など青春映画を撮りつづけてきた小林啓一監督が実写映画化。
最高のスタッフと最高のキャストががっちりタッグを組んだニュー・タイプ青春ドラマ『殺さない彼と死なない彼女』をご紹介します。
映画『殺さない彼と死なない彼女』の作品情報
【公開】
2019年公開(日本映画)
【監督】
小林啓一
【キャスト】
間宮祥太朗、桜井日奈子、恒松祐里、堀田真由、箭内夢菜、ゆうたろう、金子大地、中尾暢樹、佐藤玲、佐津川愛美、森口瑤子
【作品概要】
SNS漫画家・世紀末によるTwitter発の大人気4コマ漫画を実写映画化。
『ももいろそらを』(2012)、『ぼんとリンちゃん』(2014)など青春映画を取り続けている小林啓一が監督を務め、間宮祥太朗,桜井日奈子,恒松祐里,堀田真由,箭内夢菜,ゆうたろう等、若手俳優が顔そろえた。
映画『殺さない彼と死なない彼女』あらすじとネタバレ
高校生活に過度の期待をしてしまった反動で、何事にも興味を持てなくなってしまった少年・小坂は、ある日、死んでゴミ箱に捨てられた蜂を取り出して土に埋めようとしている少女・鹿野に出会います。
鹿野はリストカットをしていることで学校中に知られていました。小坂が「なんで蜂を埋めるの?」と尋ねると鹿野は「虫は嫌いだけど虫をゴミ扱いする人はもっと嫌い」と応えました。
さらに「あなたも嫌い。一番嫌いなのは自分。この蜂は私なんだよ」と言い、泣き出します。
小坂が食べ終えたアイスクリームのスティックに“ハッチ”と書き、蜂のお墓に突き刺すと、鹿野はパッと笑顔を見せました。
「何笑ってんだ。殺すぞ」と言う小坂。これは彼の口癖です。「まじで死にたいの? 俺が殺してやるよ」という小坂に「出来ないことを聞かされると余計死にたくなる」と応える鹿野。退屈しきっていた小坂に”興味“が生まれ、2人は行動をともにするように成りました。
恋をしても長続きしないきゃぴ子は親友の地味子に別れた理由を問われ、「振られるのがいやだから先に振るの」と応えます。
彼女は自分がかわいいことをよく理解していて、その気持を隠そうともしません。そんなきゃぴ子を地味子は心配しながらも愛情深く見守っていました。
きゃぴ子にまた新しい恋人が出来ました。イケメン君という大学生です。幸せ一杯の日々を送っていましたが、ある日、スマホに「彼と別れて!」というメールが届きます。彼にはどうやら他に彼女がいるようです。
帰宅した地味子が弟の八千代の部屋を開けると八千代はスマホをあわてて隠しました。何を観ていたの?と問う姉に八千代は「うちの生徒が殺された事件を知ってる? その犯人があげた動画が今話題なんだ」と応えました。
地味子はそんなものを観ちゃダメだと注意し、今晩は団体さんが入るらしいからあんたも手伝ってと告げるのでした。
八千代のもとには毎日、撫子という同級生が「好き!」と告白しにやってきます。「毎日よく飽きないね」と応える八千代。「ぼくは君を好きじゃない」と彼が言うと、撫子は「あたしのこと好きにならないあなたが好きよ」と言うのでした。
授業中、教師が「世界では3秒に一人が死んでいる」と話すと、鹿野は小声で「1,2,3」と呟きながら泣き始めました。
小坂と一緒に屋上にやってきた鹿野は「リストカットしよ」とカッターを取り出しました。そんな彼女の姿をスマホで撮影する小坂。「そんなちまちましたことせずにいっそ屋上から飛び降りたら?」と言うと、鹿野は本当にフェンスに向かって走っていき、小坂は慌てて止めます。「肉まんが食べたい」と鹿野は言いました。
きゃぴ子が例の殺人犯の動画を観ているので、地味子は消しなよと注意します。「この人の良さがわかってきて保存したの」と言うきゃぴ子。「一年の時お葬式にいったでしょ」と地味子は当時のことを思い出し、動画への嫌悪感を顕にしました。
きゃぴ子は殺された生徒の恋人だった人の気持ちに思いあたり、動画を消すことにしました。
今日も撫子は八千代のところにやってきて「好き」と告げていました。「諦めようと思ったことはないの?」と八千代に問われて「あるわ。初めての告白のときは、この世の終わりだと思ったわ」と答える撫子。
「ごめん」と言う八千代に「あやまらないで」と撫子は言い、「八千代くんは私のことどれくらい好き?」と腕を大きく広げて尋ねました。
「これくらい」と指で何かをつまむような仕草をした八千代に「八千代くんは私のこと好きなのね!」と叫ぶ撫子。「そういう作戦か。君は策士だね」と八千代は言いました。
テストの結果がひどく悪かった鹿野は小坂の家に泊まると言い出します。バイトのある小阪は先に家に行っててと言いますが、バイトを終え、家に変えると鹿野は来ていませんでした。
すると場所だけが書かれたラインが届きました。出かけていくと鹿野は花火と水のはいったバケツを持っていました。
火をつけますが、花火は反応しません。「とっておきの花火だったのに」と言う鹿野に「いつ買ったの?」と尋ねると「小学5年の時」と鹿野は応えました。「とって置きすぎだろ」。
「今度の夏は俺が花火を買ってやるよ」と告げる小坂。ふたりは並んで歩きはじめました。
撫子が、八千代が観たがっていた映画のチケットを見せ、「一緒にいきませんか?」と誘うと意外や八千代は「いいよ」と快諾してきました。
初めてのデートにドキドキの撫子。映画を観終えて歩いていると、小さな子供がかけてきました。その子を追ってくる女性を観て八千代ははっと顔色を変え「さっちゃん!」と叫びました。
「今から田舎に帰るの。すごく久しぶりに」と応えるさっちゃん。さっちゃんは撫子を見て「かわいいガールフレンドが出来たのね」と言い、邪魔しちゃいけないからと別れを告げて去っていきました。
その後姿を八千代はじっと見ていました。
喫茶店でイケメン君とお茶していたきゃぴ子はイケメン君から別れを切り出されます。
君といると悲しむ女の子がいるんだという彼。「私の方がかわいいのに。どうして別れなきゃならないの」ときゃぴ子が言うと、「お前、帰れ」と彼はひどい言葉を投げつけてきました。
ベッドの上で沈んでいるきゃぴ子に「いつまで私のふとんの上で沈んでるの」と地味子が声をかけました。「悲しむ女の子が一人だけだってなんで思ったんだろうね」と地味子。
きゃぴ子は幼いころ、母親から一度もかわいいと言われたことがありませんでした。きゃぴ子は一人で大丈夫だよねと言って、母はいつもきゃぴ子を置いてどこかけに出かけて行くのでした。
そんなきゃぴ子に可愛いという言葉をかけた最初の人は子供時代の地味子でした。「きゃぴ子はかわいいよ」と励ます地味子に「女の子はみんな可愛いよ」ときゃぴ子が言うと地味子は「遠目はね。でもきゃぴ子は近くにいても可愛いの。だから大丈夫だよ」と応えるのでした。
八千代は撫子を家まで送っていきました。別れ際、彼は話し出しました。「早く大人になりたかった。サッちゃんはあの時、もうお腹の中に子供がいたんだ。どんなに大変な思いをしただろう? 」
「未来のことを話していいかしら」と撫子は言いました。「さっちゃんたちを誘ってピクニックをするの。きっと楽しいわ」「君がいなかったら見るはずのない未来だ」と八千代は言うと、「僕は君が好きなんだ」と撫子に告げました。
「私が死んでも世界はなにも変わらない。あたりまえだけど」と鹿野が言うと「俺は少し変わるな。俺を少しでも変えるなんてたいしたもんじゃないか」と小坂が応えました。
「雲に乗れないって知った時は、世界に絶望したの」と鹿野が言うと小坂は足を怪我した時、自分に絶望したと応えました。彼は本気でサッカー選手になりたかったのです。
しかし振り向くと鹿野は寝ていました。「ブサイクな顔」といいながら小坂はスマホで鹿野の寝顔を撮りました。そして頬にキスして「今起きたら殺す」と独り言を言いました。
学校の帰り道、鹿野を家まで送った小坂が「同じ大学に行こうぜ」と言うと「私、頭悪いから無理」と鹿野は言いました。
「今日は無理かもしれないけど明日はわからないだろう? 未来の話をしようぜ」
映画『殺さない彼と死なない彼女』の感想と評価
何かというと「殺すぞ」、「死ね」が口癖の男子高校生・小坂と、人一倍感受性が強く生きづらさを感じて自傷行為を続ける女子高生・鹿野が初めて出会った時、2人は並んで学校の長い廊下を歩いていきます。
その様子を長回しで撮影しているのですが、こうした長回しは、小林啓一監督の2012年の作品『ももいろそらを』、2014年の『ぼんとリンちゃん』などでも見られたものです。
場所は学校の廊下だとか、ショッピングモールの通路だとか、別にとりたてて変わった場所でもなければユニークでもない平凡な空間で、そこを登場人物が歩いて喋っているだけなのに、なんだかめっぽう面白く、時にはエモーショナルに心を掴まれさえします。
本作でも、花火が不発に終わり小坂と鹿野が暗がりの道を帰っていくシーンや、きゃぴ子と地味子が互いの友情を確かめ、さっそうと学校の廊下を観客の方に歩いてくるシーンなど、何の変哲もない平凡な場所が輝いて見えてくるのです。
小坂と鹿野が小坂の(あるいは鹿野の)部屋に一緒にいる場面でもカメラは長めに回され、2人のリアルな息吹が伝わってきます。若い演技者はこの演出によく応え、存分に力を発揮しています。
一方で、撫子と八千代という組み合わせは、二人の間に交わされる古風な会話が特徴的ですが、懐かしい映画のような芝居がかった様は、不思議と違和感なく受け止めることが出来ます。
それらはむしろ心地よく、ゆったりした撫子の温かな雰囲気と、八千代の淡々とした返しが絶妙で、もっともっとこのやり取りを見てみたいという気にさせられるくらいです。
撫子は当初、もっと積極的なキャラクター設定がなされていたらしいのですが、撫子を演じた箭内夢菜が提案した演技が採用されました。また、きゃぴ子に対する地味子のセリフで、「きゃぴ子は近くにいても可愛いの。だから大丈夫なの」というのがあるのですが、これは地味子に扮した恒松祐里のアドリブだそうです。
若い俳優陣の意見を柔軟に取り入れる小林監督だからこそ、青春映画の秀作をいくつも生み出すことができるのでしょう。
彼らに降り注ぐ光は、自然光で、ときに逆光で見えにくくなることもありますが、光溢れる姿は彼らにとてもふさわしいものです。
終盤、3組の高校生たちの関係が思いがけない形で提示される物語の構造にはあっと驚かされます。
3つの物語が一挙に大きな1つの物語になり、ささやかに見えた世界が実は大きな世界とつながっているという空間の変化が鮮やかに提示されるのです。
世界は広く、どこかで誰かとつながっていて、人は決してひとりぼっちではないのだ、というメッセージを読み取ることも可能でしょう。
悲劇的な展開は涙なくしては見られませんが、映画全体には絶妙なユーモアが流れていて、人間に対する温かな眼差しが感じられます。
若い人々に「未来の話をしましょう」というセリフを何度も言わせる小林監督。その言葉は若者へのメッセージであると共に、若者たちに明るい未来を見せてあげられる社会を作らなければならないという大人たちへの真剣なメッセージでもあるのかもしれません。
まとめ
「未来の話をしましょう」という言葉とともに彼ら、彼女たちは「大丈夫だよ」という言葉を口にします。
「大丈夫だよ」と言えば、新海誠の『天気の子』(2019)でも同じ台詞がありました。「大丈夫だよ」という言葉をかけてもらえることほど安心できることはないのではないか?それが愛する人の口から出た言葉ならなおさらです。
逆に「大丈夫だよ」という言葉をかけることができる人が持つ強さと深い愛情にも思いをはせずに入られません。
誰かに「大丈夫だよ」と声をかけること、かけられること、その間に流れる人と人との確かな信頼関係を映画『殺さない彼と死なない彼女』は見事に描いているのです。