中国4000万人が涙した美しくも切ない物語。
ヴェネチア、トロントなど数々の映画賞を獲得した巨匠フォン・シャオガン監督が描く、1970年代の中国、激動の時代に軍歌劇団として前線で生きる若者。
軍の歌劇団「文工団」に所属する男女が、政変に翻弄されながらも懸命に生きる姿を描き、中国4000万人が涙した、美しく切ない青春ラブストーリー『芳華-Youth-』をご紹介します。
映画『芳華-Youth-』の作品情報
【公開】
2019年公開(中国映画)
【原題】
芳華 Youth
【監督】
フォン・シャオガン
【キャスト】【作品概要】
中国を代表する映画監督フォン・シャオガンが、軍の歌劇団に所属した自らの若き日々の記憶を、同じく若き日に文工団に所属していた作家ゲリン・ヤンとともに作り上げた青春物語。文化大革命時代から現代までを描いた壮大な大河ドラマでもある。
中国で公開されるや一ヶ月で興収230億円という爆発的大ヒットとなり、国内外の数々の賞を受賞した。
映画『芳華-Youth-』のあらすじとネタバレ
1976年。17歳のシャオピン(何小萍)は、歌や踊りで兵士たちを慰労し鼓舞するる文工団への入団が認められ、模範兵のリウ・フォン(劉峰)に連れられて団員と合流します。
彼女の父親は政府に連行されて労働改造所に収容されていました。
父と別れて10年。母親は再婚し、シャオピンを邪魔者扱いし、ろくに風呂にも入れてもらえない生活をしていた彼女にとって、文工団に入ることは人から尊敬してもらえるチャンスでした。
軍服がすぐに支給されないことがわかったシャオピンは、リン・ディンディン(林丁丁)の軍服を無断で借り、写真館で写真を撮ります。幼い自分の顔しか知らない父に、写真を送って今の自分を知ってもらうためでした。
そっと軍服を返しますが、すでに騒ぎになっていて、軍服のことを尋ねられたシャオピンは知らないと応えてしまいます。
写真館で写真をそっと受け取れば、誰にも気づかれるはずがないと彼女は考えていましたが、演習中の軍隊の慰問の日、シャオピンの軍服写真が写真館に飾られているのを寮長のハオ・シューウェン(郝淑雯)に発見されてしまいます。
シューウェンはシャオピンを激しく責めますが、ディンディンはもういいわ、と彼女を宥め、言ってくれたら貸したのに、とシャオピンに言うのでした。そんな騒ぎをスイツ(小穂子)は心配そうに見ているしかありませんでした。
9月、予定されていた公演の中止が言い渡されました。毛沢東が死去したのです。この年は、周恩来の死、唐山地震、四人組の逮捕など激動の年となりました。
1978年.
北京から戻ったリウ・フォンからスイツは父からの荷物を受け取ります。スイツの父親が名誉回復したことを知ったシャオピンは、自分の父も解放される日が来るのではと希望を持ちます。
シャオピンは汗の匂いがきついと、男性団員たちにペアを組むのをいやがられるなど、日常的にいじめを受けていました。そんな彼女に手を差し伸べるのはリウ・フォンだけでした。
リウ・フォンは文工団の政治委員から、軍政大学に行くことを薦められますが、別の人に譲ってしまいます。政治委員はリウ・フォンが進学しないことを残念がりましたが、別の件を彼に頼みます。それはシャオピンの父親が亡くなったことを彼女に伝えることでした。
リウ・フォンはシャオピンの父親が生前に書いた手紙や、父が娘のために編んだセーターが入った荷物を手渡しました。
手紙には、これまで返事を書かなかったのは、おまえやかあさんに迷惑がかかるから、送ってくれた写真のおかげで今のお前の顔がわかる、頑張りたかったがもう力が尽きたということが書かれていました。
リウ・フォンは「お前はいじめにも泣かずに耐えている。今日は我慢するな。泣けばいい」と声をかけますが、シャオピンは応えます。「父が恋しい時にはいつも泣いていたから涙も枯れているの」
スイツが密かに恋している、楽団でトランペットを担当しているチェン・ツァン(陳燦) が、テレサ・テンのカセットテープを持ってきて、皆に聴かせてくれました。
「こんな歌い方があるのね」とディンディンはため息をつき、皆、その歌声に聴き入りました。
ディンディンはリウ・フォンにもその歌を聞かせます。リウ・フォンは恋する人の心情を唄った歌詞に自分自身を重ねていました。
ディンディンは彼が軍政大学の話を断ったことを話題にして、憧れていた大学の道を他人に譲るだなんて、あなたには欲がないの?と尋ねます。
リウ・フォンは僕にだって欲はあるさ、僕はここにいたかったんだ、君がいる、君をずっと待っていたんだと言って、ディンディンに愛の告白をするのでした。彼はずっとディンディンに恋をしていたのです。
突然の告白に戸惑ったディンディンは立ち去ろうとしますが、リウ・フォンは彼女をきつく抱きしめます。その時、他の団員たちがやってきました。抱き合っている二人を見て、「模範兵を汚した」と声を上げました。
ディンディンはまるで自分からリウ・フォンを抱きしめたかのように言われ、噂が広まったらどうしようと仲間にこぼして困惑していました。
リウ・フォンは、保安部から呼び出しを受け、ディンディンが事情をすべて話したと聞かされます。
しかし内容は実際とはまったく違うものでした。彼は大声でそれを否定し、彼をたしなめようとした保安部員に逆らい、処分を受けることになりました。
伐採舞台への移動が決まったリウ・フォンを見送りに来たのはシャオピンだけでした。のちにスイツはそのことを回想します。
「シャオピンだけがリウ・フォンの良さをわかっていた。不幸せだった人こそ、純粋な善を見分けることができるのだ」と。
そして、その頃のディンディンの態度に関しても不思議に思っていたが、模範兵の善人だと思っていた人からいきなり愛の告白を受けて、彼女が感じたのは一種の嫌悪だったのだ、今ならその気持が分かると述べます。
慰問で高地にやって来た時、主役のダンサーが直前に怪我をして踊れなくなってしまいました。分隊長はシャオピンに代役を務めるよう命じます。しかし彼女は仮病を使ってそれを拒みます。
あれほど主役をやりたがっていたのにと皆は首をかしげますが、スイツはこのことに関しても何年後かに理解することになります。彼女はわたしたちを見限ったのだ、リウ・フォンを傷つけたこの集団を、と。
シャオピンが仮病と見破った政治委員は、分隊長に「彼女の猿芝居を見届けよう」と言い、大勢の兵隊の前で彼女は熱があるにもかかわらず、舞台に立つと紹介し、会場からは「ホー・シャオピンに学ぼう」コールが起こりました。
公演後、皆の前で、政治委員はシャオピンに野戦病院への移動を命じました。
1979年.中国西南部の国境。
中国の対ベトナム自衛的反撃戦(中越戦争)において、多くの負傷兵が次々と運ばれて来る中、シャオピンは看護に従事していました。
リウ・フォンは、副中隊長として、前線に送られ、部隊は移動中に敵に攻撃されます。
次々と仲間が撃たれて倒れる中、彼は前進して、身を隠していた相手のふところまで進み、反撃を開始。底なし沼にはまった仲間を皆で引きずり出しますが、自身は右腕を撃たれてしまいます。
負傷兵を野戦病院へ送るよう部下に命じ、自身はここに残って、敵を追い払うと言うリウ・フォンに部下は動脈をやられています、このままでは死んでしまいますと忠告しますが、彼は早く行けと部下に命じます。
彼は死のうとしていました。英雄になれば歌となり、歌詞がつき、ディンディンに歌われる日もいつかは来るだろう、歌うたびにいやでも彼を思い出すだろう…。
戦地から送られてきた負傷者を見て、シャオピンは思わず嘔吐してしまいました。あまりにもひどい状態だったのです。
中に、全身に大火傷を負った17歳の少年がいました。
シャオピンは献身的に彼を世話しましたが、彼は実は16歳であり、年齢を誤魔化して、入隊したことがわかります。彼は死を覚悟しており、家族を気遣っていました。シャオピンは思わず涙ぐみます。
敵軍は野戦病院も爆撃してきました。シャオピンは、負傷兵をかばうように覆いかぶさります。
その頃、スイツは、政治委員から君は文才があるから報道班に加わり、前線に行くようにと命じられ、ただちに戦地に赴きました。スイツとシャオピンは再会し、固く抱き合います。
シャオピンは、戦場にいるリウ・フォンを気遣い、スイツにディンディンへの伝言を頼みました。「リウ・フォンを傷つけたことを絶対に許さない」
戦争は集結しますが、シャオピンは精神病院に収容されていました。あまりにもむごたらしい光景を見すぎたのです。
リウ・フォンは右腕を失ってしまったものの、命は取り留めていました。彼はシャオピンを訪ねますが、シャオピンはなんの反応も見せませんでした。
映画『芳華-Youth-』の感想と評価
監督のフォン・シャオガン(馮小剛)は、『イノセントワールド -天下無賊-』(2004)、チャン・ツィイー主演の『女帝エンペラー』(2006)『戦場のレクイエム』(2007)、『唐山大地震』(2010)などを手がけた中国屈指のヒットメーカーであり、国内で絶大な人気を誇る監督です。
フォン・シャオガンは1978年、20歳の時に北京軍区の京劇団に入り美術部として7年間活動、原作者で、脚本も担当したゲリン・ヤンは、12歳で四川省の文工団に合格し、8年間、団員として活動しました。そんな二人が、自身の青春時代を題材に作り上げたのが、本作『芳華-Youth-』です。
文化大革命で揺れた中国の1970年代から、現代までを、後に作家となった(ゲリン・ヤンを連想させる)スイツという団員が回想するという形で物語は進んでいきます。
中国映画の第五世代を始め、日本に紹介された中国作品といえば、文革によって弾圧された人々の悲劇を描いたものが多く、人民解放軍の若者の青春を描いた作品というのは大変珍しいという印象があります。
観る前は、プロパガンダ映画的な部分もあるのではないかと予想していたのですが、意外や、そうした部分はほとんどなく、鮮烈な青春映画に仕上がっていました。
歌唱や楽器に優れ、文工団に選ばれたエリートである彼女たちですが、その中には、文化大革命開始直後に父親が逮捕され労働改造所に収容されている人物もいます。
国家体制や時代の流れの中で、若者たちは翻弄され、予期せぬ運命をたどる者も出てきます。とりわけ1979年の中越戦争の場面は衝撃的で、6分間に渡り、ワンショットで撮られた戦闘シーンの臨場感は、本物の戦場に迷い込んだかのような迫力です。
大勢の負傷者が次々と野戦病院に運ばれていく様は、増村保造監督、若尾文子主演の映画『赤い天使』(1966)を連想してしまいましたが、戦争の悲惨さとむごたらしさをストレートに描いています。
中国国内では、このシーンがあるために上映延期という報道もあったと聞きます。実際のところどうだったのかは不明ですが、少なくとも、そうした批判の中で、戦争シーンの描写を幾分緩やかにするなどの対処を取ったということはないようです。
新しい時代に入り、あっさりと文工団が解散させられてしまうことへの怒りと悲しみも表現されており、ノスタルジックな追想を主とした映画というよりは、社会批判を厭わない硬派な作品という印象を受けました。
こうした映画を、国を代表するヒットメーカーが制作し、それが国内で大ヒットする背景には、中国政府の余裕と、文化的成熟があると考えてよいのでしょうか?
そんな中でも、文工団に所属する若者たちが送る日々の姿は、眩しいくらいに煌めいています。美しいダンス、懸命な演奏、雨やプールで水に濡れるしなやかな肢体、少女たちの賑やかな振る舞い。圧倒的に輝かしい青春の日々がそこにあります。
のちに彼らは家族であると皆が理解するその連帯感は勿論のこと、彼らは常に高揚感のようなものを纏っていて、それが観る者をこの上なく魅了するのです。
恋をし、傷つき、傷つけ、というある時期のある瞬間だけの特別な青春の日々が、普遍性を伴って胸に迫ります。
一方で、苦労の末に、文工団に入りながら、結局夢見たものを手にすることができなかったシャオピンや、模範兵として尊敬されながらも、予期せぬ人生を歩むことになったリウ・フォンのように、その大きな家族からこぼれ落ちていく人もおり、彼らの悲劇性がクローズアップされますが、ラストにその彼らがようやく報われるシーンには涙を禁じえませんでした。
堂々たる大河ドラマとなっており、メンバーの一人が、文工団の日々を振り返りながら語る回想形式の構成も効果的です。
まとめ
シャオピンを演ずるミャオミャオは。北京舞踏学院を卒業した新鋭で、本作で第25回北京大学映画祭・新人賞を受賞するなどの注目を浴びました。
映画を観る前は彼女を中心とした物語かと思っていましたが、群像劇の体制をとっており、その中の一人として描かれています。ですが、その中でも恵まれない悲劇的な人物として、鮮烈な印象を残しています。
善人過ぎて、他者からそれが当たり前と思われ、報われない人生を送るリウ・シフォンに扮するのは日中合作映画『空海-KU-KAI-美しき王妃の謎』(2018/チェン・カイコー)で白楽天を演じたホアン・シュエンです。
映画のストーリーテラーであるスイツにはチョン・チューシーが扮し、聡明な人物像を作り上げました。最新作にジャッキー・チェン主演の『神探蒲松龄』(2019)が控えています。
シャオピン、リウ・シフォンの人生を大きく変えることになるリン・ディンディンには、『夏、19歳の肖像』(2016/チャン・ロンジー)で謎めいた女性を演じたヤン・ツァイユーが扮し、凛とした美しさでスクリーンを輝かせています。
舞台に立つべく選ばれたエリート少女たちですから、皆、見た目も麗しく、華やかで、かつ個性的で、一種のアイドル映画的な楽しみ方もできる作品となっています。
中国国内の映画賞は勿論のこと、アジアのアカデミー賞とも呼ばれる第12回アジアン・フィルム・アワードの最優秀作品賞に輝いています。