トマスは長年の友人でスペインに住むフリアンの余命が僅かであること聞き、カナダからフリアンに会いに訪れます。
映画『しあわせな人生の選択』は余命宣告されたフリアンと、彼を取り巻く人たちの最期の4日間を描いた作品。
観る者の心を静かに揺さぶるオススメ映画『しあわせな人生の選択』をご紹介します。
1.映画『しあわせな人生の選択』の作品情報
(C)IMPOSIBLE FILMS, S.L. /TRUMANFILM A.I.E./BD CINE S.R.L. 2015
【公開】
2017年(スペイン・アルゼンチン合作映画)
【原題】
TRUMAN
【監督】
セスク・ゲイ
【キャスト】
リカルド・ダリン、ハビエラ・カマラ、ドロシス・フォンシ
【作品概要】
2015年トロント国際映画祭・現代ワールドシネマ部門とサン・セバスティアン国際映画祭コペティション部門で上映。
サン・セバスティアン国際映画祭では、フリアンを演じたリカルド・ダリンと、トマスを演じたハビエラ・カマラの2人が最優秀主演男優賞を受賞。
スペイン・アカデミー賞<ゴヤ賞>では、作品賞・監督賞・主演男優賞・助演男優賞・脚本賞の5部門を受賞。
監督のセスク・ゲイはスペインの新世代映画監督の主要人物であるとされている。長編第1作の『クランパック』(思春期の童貞男子2人の一夏の物語)は第9回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭(2000)で上映されました。
フリアンを演じたリカルド・ダリンは『瞳の奥の秘密』『人生スイッチ』などに出演したアルゼンチンを代表する俳優です。
トマスを演じたハビエル・カマラは『トーク・トゥ・ハー』『アイム・ソー・エキサイティッド!』などペドロ・アルモドバル監督に愛されているスペイン映画界には欠かせない存在です。
2.映画『しあわせな人生の選択』のあらすじとネタバレ
(C)IMPOSIBLE FILMS, S.L. /TRUMANFILM A.I.E./BD CINE S.R.L. 2015
スペインのマドリードに住むフリアンはバツイチの役者。
肺ガンが全身に転移し、助かる見込みはないと診断されたフリアンは抗がん剤治療も止めて己の命のカウントダウンを受け入れようと決意していました。
そんなフリアンの前にいきなり現れたのは、親友のトマスです。
結婚してカナダで暮らしているトマスは、フリアンの従姉妹のパウラからメールをもらい、抗がん剤治療を続けるよう説得に来ました。
しかし、きっぱりフリアンに拒絶されると、説得は諦め親友と過ごすために滞在することにします。
フリアンにはやらなければならないことが山ほどあります。
・医師に抗がん剤治療を止めると伝える
・自分の葬儀の準備のため葬祭会館に見積もりを出させる
・一人息子に自分の病状をきちんと説明する
・老いた大型犬トルーマンの引取り手を探す
フリアンと過ごす最後の5日間、トマスは親友に何をすることができるのでしょうか。
以下、赤文字・ピンク背景のエリアには『しあわせな人生の選択』ネタバレ・結末の記載がございます。『しあわせな人生の選択』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。
いきなり現れたトマスに対して、(抗がん剤治療を続けるよう)説得する気ならすぐにカナダに帰れというフリアン。
そう言われたからといって帰るわけにも行かないフリアンは5日後に帰国すると告げます。
フリアンが動物病院に行くというので、トマスも同行します。自分が死んだ後の愛犬トルーマンについて、フリアンは医師に相談したかったのです。
「飼い主が死んだら犬も喪失感を覚えるのか?」と。動物病院を出たフリアンとトマスは、次にかかりつけの病院に向かいます。
そこで主治医に、抗がん剤治療をしないことを伝えます。
それを聞いていたトマスは驚き、考え直すよう説得しますが、フリアンは聞く耳を持ちません。
「俺はこのことを一年間考えてきた。お前はつい3日前くらいから考え始めたのだろ?」
そう言われて、トマスは何も言えなくなります。
病院を出た2人は書店に立ち寄ります。トルーマンのことが心配でならないフリアンは動物心理学の本を探したかったのです。
そして『死ぬ瞬間』『死への誘い』という書籍も一緒に購入しました。
レストランでランチをとるフリアンとトマス。するとフリアンは、少し離れた席に友人夫婦が座っているのを見つけました。
以前はしょっちゅう交流していたにも関わらず、自分の死が近いことを知って以来疎遠になった友人夫婦です。
同じ店で食事をしながらも、気づかないふりで済まそうとしている態度が許せないフリアンは、自分から声をかけに行きます。
「挨拶ぐらいしてくれたっていいじゃないか、もう会えなくなるのに」
そんなフリアンと、気まずそうに対応する夫婦の姿をトマスは見つめていました。
フリアンはロングランを続ける舞台「危険な関係」に出演しています。その夜、トマスはフリアンの従姉妹パウラと共にその芝居を鑑賞します。
舞台が跳ねた後、レストランで食事をするトマスとパウラ。
トマスはパウラに「友人が死ぬのは初めてのこと、どうしていいのか分からない」と複雑な胸の内を吐露しました。
深夜4時、ホテルで寝ているトマスに、フリアンから電話がかかってきます。
死んだ両親の夢を見て眠れないというフリアン。
書店で購入した「死の瞬間」という本によると、自分の死が近づくと迎えに来る人が思い出されて無意識に死の準備をするようになるのだ、と語るフリアン。
トマスはそんな彼の話を静かに聴き続けました。
翌朝、フリアンが愛犬トルーマンを連れてホテルの部屋にやってきました。
トルーマンにシャワーを浴びさせて綺麗にすると、里親候補の家に連れて行くと言います。
死の準備をするフリアンにとって最大の問題は、ずっと一緒に暮らしてきた相棒の老犬トルーマンの引き取り手を見つけることです。
トルーマンを連れてフリアンとトマスが向かったのは、郊外のとある家。
そこはレズビアン・カップルが子供と暮らしていました。
学校に行って留守にしている息子との相性を見たいから、と言われたフリアンはトルーマンを一晩預けることにします。
そのまま2人は葬祭会館に向かいます。フリアンは自分が死んだ後の葬式の準備を整えておくつもりだったのです。
しかし、「土葬と火葬のどちらがいいか?」と聞かれたり、骨壷や棺を見せられたフリアンは、リアルな死の実感に言葉を失います。
レストランでランチをとるフリアンとトマス。フリアンの蓄えが少ないことを気遣ったトマスは「少し金を置いていくよ」と告げます。
するとフリアンは「俺が気づかないよう、クッキーの缶に入れておいてくれ」と答えました。
そこで店に入ってきた男性客を見たフリアンは、顔を隠そうとします。その男性の奥さんとフリアンは浮気をして、それが離婚の原因になったというのです。
ところがフリアンに気づいた男性は近づいてきて、フリアンの病状を気遣い「何かできることがあったら連絡してくれ」と声をかけます。
意外な展開に戸惑うフリアンでしたが、店を出るときに女性と一緒にいるその男性の元に向かい過去の過ちを謝罪するのでした。
その夜も、フリアンの姿は劇場のステージの上にありました。ところが終演後に楽屋を訪れた劇場支配人から、「明日から来なくていい」と解雇を告げられます。
死へと向かうフリアンではなく、より年の若い健康な役者を代わりに使うというのです。
そこをトマスに見られたフリアンは「崖っぷちだな」とバツが悪そうにつぶやきます。
翌朝、レズビアン・カップルから「もう一日トルーマンを預かりたい」と連絡がきます。
夜の舞台も解雇され、ぽっかり予定の空いたフリアンは、明日が離婚した元妻との間にできた息子の誕生日であることを思い出します。
それを聞いたトマスは、一緒に食事をしようと提案します。
ところが息子はオランダの大学に通っていたのです。トマスは、急遽航空券を手配して、2人はアムステルダムに向かいます。
息子の住まいを訪ねると、そこは運河に浮かぶボートハウス。
しかし息子は留守のようで、ルームシェアしている友人から学校にいると思うと聞いた2人は大学へ向かいます。
いきなり訪ねてきた父親に戸惑う息子ですが、ランチを共にすることにします。
そこに息子の恋人も同席します。ぎこちない会話のやり取りで終始してしまい、フリアンは息子に自分の死期が近いことは言えないままランチが終わります。
別れ際に、息子はフリアンをぎゅっと抱きしめ去って行きました。
マドリードに戻った2人は、バーで痛飲します。
フリアンを自宅へ送ろうとするトマスに、酔ったフリアンは「トルーマンもいない家で一人では寂しくて眠れない」と言います。
そこで、トマスは自分が泊まっているホテルにフリアンを泊めることにしました。
ツインのベッドに寝る2人。フリアンがそっと伸ばしてきた手に気づいたトマスは、その手を優しく握り締めます。
翌日、レズビアン・カップルから歳をとりすぎているという理由でトルーマンが返されてきました。しかし、フリアンはすぐに次の里親候補のマダムに会いに行きます。
ところが、そのマダムの人種差別的発言が許せなかったトマスはトルーマンを渡すことに反対します。
部屋へ戻る道で、フリアンの元妻とばったり再会します。そこで、元妻から息子にはフリアンの死が近いことを伝えてあると聞かされるのでした。
前日の息子とのぎこちない会話の応酬や、帰り際の力強いハグの訳がやっと理解できました。
カフェでお茶をするフリアンとトマス。トマスは翌日帰国する話になると、「別れを言いたくないから空港に見送りには行かない」と告げるフリアンでした。
急に尿意を催したフリアンはトイレに向かいますが間に合わず失禁してしまいます。「恋愛ドラマの主役を張っていたこの俺が」とフリアンは落ち込むのでした。
その夜、フリアンのアパートにパウラを迎え、トマスが料理の腕を奮うことになりました。
食事をしながらフリアンが「末期症状が出たら薬を飲んで安楽死をする」という計画を話すと、フリアンの死を受け入れられず傷つき怒ったパウロは部屋を飛び出して行きます。
片付けをしたトマスがアパートを出ると、部屋に忘れ物をしたパウラが戻ってきたところに偶然出会いました。
「こんな別れ方はしたくない」とパウラに告げるトマス。2人はトマスのホテルへと向かい、生を確かめるかのように激しく体を重ねていきます。
しかし、トマスはこみ上げる感情を抑えることができず、いつしかパウラの胸に顔を埋めて号泣するのでした。
翌朝。ホテルにトルーマンを連れてフリアンがやってきました。そこに部屋から下りてきたトマスとパウラ。状況がわかり少々ぎこちない3人です。
空港まではパウラの車で向かうことになりました。
そしてやってきた別れの時。フリアンはトマスに書類を渡します。それはトルーマンを渡航させるために必要な書類でした。
フリアンは愛犬トルーマンを、信頼できる友人トマスに託すことにしたのです。トマスに黙って、航空会社とも話をつけていたフリアン。
トルーマンのリードを渡されたトマスは、何も言わず受け取り出国手続きへと向かっていきます。
トマスとトルーマンの姿が見えなくなるまで見送るフリアン。
そしてトルーマンは、何度もフリアンの方を振り返りながらトマスと共に歩いていくのでした。
3.映画『しあせな人生の選択』の感想と評価
(C)IMPOSIBLE FILMS, S.L. /TRUMANFILM A.I.E./BD CINE S.R.L. 2015
ガン治療を止めることを決めた男の前に現れた親友。最後の時間になることを知りながら過ごす2人の4日間。
この2人の関係性を描くだけでも濃密な時間になりそうですが、周囲の様々な人々が死期の迫るフリアンに対して実に多様な対応をする様がきっちり描枯れていて興味ぶかかったです。
しょっちゅう親しく会っていた友人は如何に声をかけていいのものか戸惑ってしまい距離を置かれてしまったり、かと思えば、かつて不義理を働きギクシャクしていたはずの元友人は向こうから声をかけて来てくれたり。
こう文章で書くと、前者は薄情な人物像に思えるかもしれません。
でも、もし自分がその立場だったらと考えてみると、友人の死をすんなり受け入れて変わらぬ態度でいるのは、とても困難なことではないかと思います。
そんな人間の弱さをもきちんと描き出したことが、この作品に深みを与えたのだと感じました。
それだけでも、この映画は心に残る作品でありますが、この記事の担当者はゲイなので、ゲイ的視点からも少し語ってみようと思います。
トマスとフリアンの関係は、肉体関係が描かれていないだけで、精神的には完全に結ばれている2人だと感じました。
同じマドリードに住み、しょっちゅう顔を合わせている友人たちよりも、トマスに対してフリアンが心を開いている様子は、スクリーンからしっかり伝わってきます。
特に、アムステルダムで息子に会った後に泥酔し、一人で寝るのが寂しいとトマスのホテルに泊まりにきたフリアンが手をつないでくれと甘える場面に漂う性的な雰囲気はとても濃密です。
「ブロマンス」などという甘っちょろい言葉で逃げられるような場面ではないと思いながら、うっとり見させてもらいました。
まとめ
(C)IMPOSIBLE FILMS, S.L. /TRUMANFILM A.I.E./BD CINE S.R.L. 2015
主人公はじめ、友人、いとこ、息子、元妻など、スクリーンから滲み出してくる登場人物すべての感情が濃密すぎて受け止めるのに必死でした。
生きること、そして死ぬことの意味を考えさせてくれるこの作品。
大切な人と一緒に見て、感じたことを語り合ってみるのもいいかもしれません。