映画『夕陽のあと』女優・山田真歩さんインタビュー
2019年11月8日(金)より新宿シネマカリテほか全国公開された越川道夫監督の映画『夕陽のあと』は、鹿児島県の最北端にある長島町の有志が立ち上げた「長島大陸映画実行委員会」が企画した作品です。
あらゆる人が暮らしやすい地域、そして次世代を育みやすい故郷でありたいという島の人々の願いが出発点となり、本作が誕生しました。
今回は、養子縁組に向けて苦闘する母親役を熱演した女優・山田真歩さんにインタビューを行いました。
越川道夫監督とは本作で3作目となる山田真歩さん。越川監督との初タッグとなった『アレノ』(2015)では高崎映画祭最優秀主演女優賞を受賞しています。
本作への意気込みや、監督とのこと、そして山田真歩さんが女優への道を志したきっかけについても伺いました。
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育ての母親・日野五月役へのキャスティング
──「里子を育てる母親」という役のオファーを受けた時のお気持ちはいかがでしたか?
山田真歩(以下、山田):家族の形態は以前に比べて、非常に多様化していると思います。その中で一般的な家族像に当てはめようとすると、生きにくくなってしまうという現状があります。
例えば、なかなか子どもが授からなかったり、育児ノイローゼになったり、「こうあるべきだ」という形に縛られてしまうと、生きて行くのがつらいと思います。ちょうどこの役のお話を頂いた時、子どもと母親との問題などを考えていた時期だったので、今の自分にしかできないことだなと思ったのと、この役を演じることで、これらの問題について考えたいと思いました。
──五月を演じる際にされた役作りなどをお聞かせください。
山田:私が演じた五月という女性は、長島という町で小さい頃から育ってきた漁師の娘という設定です。海に囲まれた人たちが持つエネルギーがないと、説得力が出ないと思い、撮影前に参考として頂いていた、長島の方たちの暮らしぶりを映したドキュメンタリー映像を拝見しました。
その中に映し出されていた島の人々は、生き生きとしていて、女性たちも笑いに溢れて、正直だし、力強さがみなぎってました。長島の人たちは、みんなが協力して生きている。子育てもそうですし、夕食のおかずもタッパーで持ち寄ったりして。
1人じゃ生きていけないことがわかっているので、互いが得意なものを出し合い、分かち合う。撮影の数日前から、長島のお宅に泊めていただいたのですが、なんというかとてもアットホームなんです。
食卓を囲んで隣では小学生が宿題をしていて、テレビを見ていて。夕食の時は、私も手伝ったりして、あっという間に家庭の中に溶け込める。島全体で一つの家族のようでした。五月を演じるにあたって、この長島の方たちの雰囲気を持っていかないとと思いました。
五月は、雲ひとつない五月晴れのような女性で、何か悩みごとがあっても、一晩寝たら次の日には立ち直っていて、もちろん色々な葛藤があるんだけど、島のみんなで一緒に暮らしている。そんな力強い女の人を演じたいと思いました。
越川監督からは五月という女性は、とにかく元気で、思わず子供が抱きつきたくなるような明るく柔らかい人で、他人を疑わず常にオープンに受け入れる感じがほしいと言われました。確かに、直島の人たちは非常にオープンなんです。
例えば、島を歩いていて、通りすがりのおばあちゃんに「こんにちは」って挨拶したら、見ず知らずの私なのにいきなりハグをしてくれたり。家にも心にも鍵がかかってなくてあけっぴろげで、日本でもまだこういうことがあるんだって、驚きました。疑う人もいない、オレオレ詐欺なんて絶対ない。みんなが知り合いだから。
「五月」という女性
──明るくて他人に対して垣根のない五月ですが、内心では子どもができないことに悩んでいる女性でもあります。
山田:そうですね。彼女は根底では、強く生きていこうと思ってる人なので、笑い泣きしながら、毎日の生活を過ごしている。悩みに対して、引きこもってしまうようなこともなく。
劇中でも「私も実はさぁ〜」と言い合うシーンがありますが、自分だけが悩んでいるわけじゃないと、理解している。能天気な女性というのではなく、生きていれば解決できない苦悩はたくさんあるんだけれど、だからこそ笑って、みんなで一緒にいる事ことが大事だとわかっている。
自分もこれまで傷ついたことがあるから、茜が寂しそうにしてたら、ほっとけない。「どうしたの」って声をかけられる。そういう点で、心から自分を開いていける人なのだと思います。
──今回は貫地谷しほりさん演じる実母の茜と、育ての親五月という二人の母親の対比がありました。先ほど、母親と子どもの関係について考えたいとおっしゃっていましたが、演じる中でどのようなことを感じましたか?
山田:血のつながりだけじゃない人と人とのつながりや関係をどう作っていくか。例えば血のつながりがあるからかわいいとか、血縁じゃないから関係ないとかではなく、新たな人とのつながり方、家族のあり方がないものかなというのをこの作品を通してずっと考えました。
それこそ多様な家庭の形態が存在する中で、唯一血の繋がった両親のいる家庭だけに愛が存在するのかというと、それは違うと思います。
長島に実際に行ったことで、答えが少し見えたように思います。育てるのは母親一人だけじゃないということだと思うんです。
島のみんなでいろなものの中でごちゃごちゃっと子供達を育てている。おおらかさというか、心の余裕ゆとりのようなものを感じられて、いろんな人がいて子どもがいて年寄りもいて……私には島のみんなが家族に思えました。
長島に限らす、昔はどこもそういう感じだったと思うんです。でも今は、子育てはお母さんと子供の1対1ということも多く、このことに息苦しさを感じてる人は多いのだと思います。
子役の豊和くんとの関係性
──豊和くんとはどのように接していましたか?
山田:豊和くんは、最初は緊張してよく泣いていましたが、子どもだからすぐにみんなと仲良くなっていました。
私も早く仲良くなりたい気持ちはあったのですが、無理をして話しかけたりせず、一緒にいて自然に心を開いてくれるときを待ちました。
撮影中、確か彼がお母さんのお腹の中にいるときのことを思い出して話をするという場面で、急遽追加の長ゼリフを言うことになったんです。彼は突然の要求に戸惑って、車に引きこもって泣き出してしまって。
その時に、「大丈夫だよ。セリフなんてどうでもいいんだよ。セリフをうまく言えるかよりも、豊和くんが自分でお腹の中にいたときのイメージを思い出して、その時のことを思った通りに話せばいいんだよ」って励ましたら、本番の時に本当に見たことを喋っているかのようにセリフを語っていました。あれにはスタッフも含めてみんなとても驚きました。
名女優・木内みどりの存在感
──他のキャストの人たちとのご共演の中で、印象的に残ってることはありますか?
山田:五月の姑役を木内みどりさんが演じていたのですが、存在感が非常にありました。撮影前から現地に入ってらしたのですが、撮影が始まる時には現地の人たちとすっかり仲良くなっていて、役の衣装も直島の方から直接お借りしたそうで、またその衣装がとてもよく似合っているものだから、もうすごいなぁと。
漁師の娘としてあの町で生きてきたという説得力がありました。隣りにいてくださるだけで安心できる頼もしい存在でした。その凝縮された存在感は、映像を通して見たときにも伝わってきました。
木内さんは、最初はお声をかけるにも緊張するような一本筋の通った方で、現場をご一緒できて大変嬉しかったです。
また、今回の映画ではキャストの半分以上が、現地の方でした。漁師の方など、ニコニコと微笑んでいらっしゃるんだけど、目の奥に底知れない力強さがあって、身体的なことも含めてなかなか役者には出せない存在感がありました。この場所でしか撮れないものが映っていると思いました。
越川組としての役者
映画『夕陽のあと』の越川道夫監督
──越川監督とご一緒されたのは、本作で3作品目にあたります。越川監督とのお仕事についてはいかがですか?
山田:越川監督は、心底芝居が好きな人だと感じます。役者が何かを演じるのを、見るのが好きなのでしょう。
役者が嘘の感情で演じてしまうときには、すぐに止めて、役者が本当の気持ちになってセリフを言うのを待つ人です。「そのセリフを言いたくなったら言ってくれ」って。
芝居に対する指導もあります。具体的にこう演じてほしいと言われることではなく、例えば今回だと、茜の過去がわかる日誌を開く場面で、茜の日誌を開くとはどういうことなのかや、息子の豊和のアルバムが五月にとってどれくらい大切なものなのか、といった「ものに対する思い」を役者として作ってほしいといわれました。
俳優になった経緯
──演劇活動を始められたきっかけについて教えてください。
山田:本当に小さい時からお芝居が好きで、好きなことに理由はないですね(笑)。小学生の時から放課後友達と即興劇をつくって遊んでたり、学芸会が好きだったり、とにかく理由は分からないけど、演じるのが好きでした。
ジブリの『魔女の宅急便』のサントラを、両親が買ってくれてそれを聴いて、「今日はこの曲で劇を作ろう」とか。イメージが湧いてきたことを、ストーリー仕立てにして…遊びです。遊びの延長に劇がありました。
その後、大学時代演劇サークルに入ったのですが、卒業後は出版社に就職をした後で、サークルの同級生だった加藤行宏くんから自主映画を撮るので出演してほしいと誘われました。
その映画自体は、小さな作品で池袋シネマ・ロサで120人ほどの観客の前で1回上映しただけなのですが、入江悠監督が観に来てくださっていて、その時に『SR サイタマノラッパー』のオーディションに声をかけてくださいました。
すでに28歳で、若い頃から女優を続けていたら、このまま続けるか辞めるか、直面する年齢のようです。でも、私はちょうどその時期にどうしても役者になりたくて再出発をしたので、この先続けられるかどうかなんて全然わからなかったけれど自分の人生はこれだと、まさに見切り発車でした。
──女優活動の一方で、文章執筆やイラストなど作る側としての活動もされていますね。
山田:私にとっては、お芝居もイラストも文章も、全部一緒なんです。小学生の時からお芝居も好きだったし、絵を描くのも好きでした。即興劇と同じように当時から、書いたものをクラスメイトに見てもらったり。
文章は大学卒業して演劇サークルも行かなくなった頃に、芝居はできないけど文章だったら1人でもできる。そう思って、始めたことなんです。だから「役者」と「その他の活動」ではなく、私にとっては全部一緒。好きなことをやっているだけなんです。
今後の活動について
──今後の活動についてお聞かせください。
山田:私は好奇心を持って考えるのが好きなので、考えていけたら…。例えば今回は「五月」という人物を通して、様々なことを考えさせられます。演技をしていると演じる役を通してその世界を、体験し想像しながら考えられる。そういうことを死ぬまでずっとやり続けていきたいです。
朝起きて手足をぶらぶら揺らしている時に、ふと「なんで自分の意識はこの体から世界を見ているんだろう」とか考える。世界は不思議なことでいっぱいで、日々不思議だなぁって思いながら生きている。
日々、探究活動ですね。夏休みの自由研究みたい。終わりのない自由研究をしている感じです(笑)。
インタビュー/河合のび
写真/桂伸也
記事構成/くぼたなほこ
山田真歩(やまだまほ)プロフィール
1981年生まれ、東京都出身。2009年に『人の善意を骨の髄まで吸い尽くす女』で映画デビュー。
主な出演作にNHK連続テレビ小説『花子とアン』(2014)、『架空OL日記』(2017)、映画『SR サイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』(2010)、『ヒメアノ〜ル』(2016)、『菊とギロチン』(2018)、『ピンカートンに会いに行く』(2018)など。
越川道夫監督の前2作『アレノ』(2015)、『二十六夜待ち』(2017)にも出演し、『アレノ』では高崎映画祭最優秀主演女優賞を受賞した。
映画『夕陽のあと』の作品情報
【日本公開】
2019年11月8日(日本映画)
【監督】
越川道夫
【キャスト】
貫地谷しほり、山田真歩、永井大、川口覚、松原豊和、木内みどり
【作品概要】
映画『夕陽のあと』の企画を立ち上げたのは、鹿児島県最北端に位置する長島町の有志で結成された「長島大陸映画実行委員会」。
自然に囲まれた長島町で、産みの親と育ての親である2人の女性が織りなすヒューマンドラマ。
茜役を『くちづけ』の貫地谷しほり、五月を『アレノ』の山田真歩が演じています。演出は『海辺の生と死』『二十六夜待ち』の越川道夫監督。
映画『夕陽のあと』のあらすじ
鹿児島県の最北端、青い海に囲まれた長島町。佐藤茜(貫地谷しほり)は一年近く前に都会からこの島に一人でやって来て、港の食堂で働いています。溌剌とした働きぶりで島の人々に人気の茜だが、自身について語ることはほとんどなく、謎に包まれた存在。
一方、島で生まれ育った日野五月(山田真歩)は、家業のブリの養殖を継いだ夫の優一(永井大)、義母のミエ(木内みどり)、7歳になる里子の豊和(松原豊和)と平穏に暮らしています。
五月はかつて不妊治療を行なっていたが、心身と家計に多大な負担がかかったために断念。幼馴染で町役場の福祉課に務める秀幸(川口覚)の紹介で、児童相談所から当時赤ん坊だった豊和を預かり、養育してきました。
最近やっと生活が安定したことから、日野夫妻は豊和の戸籍上の親になるべく、特別養子縁組の申し立てを行います。
特別養子縁組が家庭裁判所で認められるためには、養子となる子どもが8歳未満であること、生みの親の同意が得られていることなど、いくつかの要件がある。豊和の場合、親権は生みの親ではなく児童相談所が持っていることもあり、手続きはスムーズに進むかに見えたが、しかし五月たちは準備を行う中で、思いもよらぬ事実を知らされ…。
映画『夕陽のあと』2019年11月8日(金) 新宿シネマカリテほか全国公開。