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Entry 2023/12/25
Update

【ワン・ビン監督インタビュー】映画『青春』『黒衣人』東京フィルメックス2023で感じとった、激動の映画界で記憶し続けるべき“眼差しという意志”

  • Writer :
  • 河合のび

第24回東京フィルメックス特別招待作品『青春』『黒衣人』/映画『青春』は2024年4月シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開!

中国北東部の巨大な工業地帯の衰退を映し出した9時間超のドキュメンタリー大作『鉄西区』で世界的に評価され、その後も『三姉妹〜雲南の子』『収容病棟』『死霊魂』など挑戦的な題材の作品を制作し続けてきた映画監督ワン・ビン。

監督が審査員を務めた第24回東京フィルメックスでは、衣料品製造の中心地である浙江省湖州市・織里鎮で働く若者たちを追った『青春』、中国共産党政権に翻弄された現代音楽作曲家・王西麟を活写した『黒衣人』が特別招待作品として上映されました。


(C)Cinemarche

そしてこのたび、第24回フィルメックス開催に際しての来日を記念しワン・ビン監督にインタビューを行いました。

ドキュメンタリストとしての使命、現在の映画制作の世界情勢に対する想い、激動の映画制作業界において「変えてはならないもの」など、貴重なお話を伺えました。

全てのドキュメンタリストは「“生活”を見つめたい」

映画『青春』より

──はじめに、ワン・ビン監督が「ドキュメンタリー」という表現手法で映画を制作し続ける最大の理由を、改めてお聞かせください。

ワン・ビン監督(以下、ワン):ドキュメンタリーは映画の中でも「“今見えているもの”を撮る表現」という特質があります。

様々な社会背景の中で生きている人々の今を、カメラを通して捉える。あらゆる時代・あらゆる場所で絶え間なく続く「生活」をありのままに撮影することが、ドキュメンタリーという表現手法の特質であり、使命だと考えています。

映画『青春』より

──そもそも映画制作を通じて、人々の「生活」を見つめ続けたいと思われる理由とは一体何でしょうか。

ワン:人の「生活」を見つめたいという想いは、カメラを向ける者として、ドキュメンタリストとして至極当たり前のものだと感じています。

現在、映画制作の環境や市場の形態が急激に変化し続ける中で、映画制作に携わる一表現者としてどう人と、どう社会と向き合うべきなのかに迷い「他者に対する真剣な眼差し」という最低限必要な姿勢すら見失ってしまう作り手も少なくはありません。

ただ、今回の第24回東京フィルメックスで審査員として鑑賞した作品は、いずれも監督をはじめとする作り手たちの人や社会に対する誠実さ、そして表現に対する強い意志をひしひしと感じとれました。

「底上げ」されていく映画制作の現場

映画『黒衣人』より

──監督の目から見た、2023年現在の映画制作を取り巻く環境の状況をより詳しくお聞かせください。

ワン:映画が「デジタル」の時代に突入してから大分月日も経ちましたが、やはりデジタル映像機器の登場、その後の技術的発展と普及は映画制作の世界情勢を大きく変えたと思っています。

デジタル映像機器が現れる以前は、8mmカメラなどの比較的安価なフィルムカメラがあったといえ映画制作のハードルは高く、映画そのものが一切制作されない国、「映画監督」という職業が存在しない国もありました。

映画『黒衣人』より

ワン:ですが、「ビデオカメラとデジタル撮影・編集の普及」という時代を経て、高機能なカメラが内蔵されたスマートフォンの登場によって動画撮影はより手軽なものになりました。

さらに映像編集ソフト・アプリの普及も相まって映像制作のハードルは格段に低くなり、商業・インディペンデントなどの市場規模の違いはあれど、映画を制作していない国の方が減少しつつあるのが現状だと感じています。

そして以前は一部の「映画大国」が突出して生産量も多く、作品としての質も高いという状況が続いていましたが、映画制作のハードルが大きく変化し、インターネットを通じての作り手同士の世界規模の情報交換も可能となったことで「映画大国」以外の国でも非常に優れた作品が現れ始めた。

そうした世界における映画制作の環境の「底上げ」ともいうべき変化は、これからより一層進んでいくはずです。

激動の中で「意志」を記憶し続ける

映画『青春』より

──最後に、現在の世界で戦い続けている映画の作り手たち、あるいは未だ見ぬ映画の作り手たちに向けてメッセージをお願い致します。

ワン:現在の我々の生活や社会において、映像とのつながりを断つことはほぼ不可能な状況にあります。我々は様々な映像に触れて生活していますが、それは映画を含む、映像制作の機会が増えていることも意味しています。

先ほども触れた通り、映像作品の数が爆発的に増えていく中で、「人を撮る人」としての姿勢を怠る者もいるかもしれません。ですが「映像制作に取り組む人が多くなっている」という状況によって、優れた作り手が現れるチャンスも多くなることは決して見逃せないと私は感じています。

人は絶え間なく変化し、それは人の生活と深くつながっている映像も同様です。その中でも、他者への眼差しにおける真剣さ・誠実さが不可欠であることは変わらないし変えてはならないということを、現在を生きる作り手たちは自らの意志として記憶し続けるべきなのです。

インタビュー/河合のび

ワン・ビン監督プロフィール

1967年生まれ、中国陝西省西安出身。瀋陽の魯迅美術学院で写真を学んだのち北京電影学院に進学し、ミケランジェロ・アントニオーニ、イングマール・ベルイマン、ピエル・パオロ・パゾリーニの作品に出会う。中でもアンドレイ・タルコフスキーを敬愛している。

1990年を通じて様々な映画作品の助監督やカメラマンとして生計を立てるも、主流な映画製作やテレビ界では自身の望むような成長につながらないと思い、自身の映画制作を始めた。

2002年には中国北東部の巨大な工業地帯の衰退についての9時間を越える長編ドキュメンタリー作品『鉄西区』を制作。ファーストカット版として5時間バージョンの作品が2003年のベルリン映画祭で上映。最終的な完成版は3つのパートに分けられ、ロッテルダム映画祭にてプレミア上映。2004年にはフランスで配給・劇場公開された。同作はデジタル時代に開かれた新たな可能性の前触れでもある重要な作品として評価されている。

その後も同じ制作スタイルのもと、システムに囚われず非常に挑戦的なテーマに取り組み続け、1950年代後半の反右派運動を描いた『鳳鳴 ―中国の記憶』(2007)、極度の貧困を描いた『三姉妹〜雲南の子』(2012)、そして精神病院での生活を描いた『収容病棟』(2013)といった作品を発表。

2017年には『ファンさん』でロカルノ映画祭金豹賞を受賞し、2018年には『死霊魂』がカンヌ映画祭アウト・オブ・コンペティション部門に選出。2021年にはパリ・Le BALで展覧会「The Walking Eye」が開催され、シネマテーク・フランセーズでも特集上映が実施された。そして2023年のカンヌ映画祭では『黒衣人』が特別招待作品部門、『青春』がコンペティション部門に出品された。

映画『青春』の作品情報

【上映】
2023年(フランス・ルクセンブルク・オランダ映画)

【日本公開】
2024年4月シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開(配給:ムヴィオラ)

【英題】
Youth(Spring)

【監督】
ワン・ビン

【作品概要】
中国の10代後半から20代の若い世代と、衣料品製造の中心地である浙江省湖州市・織里鎮という町での彼らの反復労働の日々に焦点を当てた作品。

カメラはあくまでも中立的で観察的な姿勢を崩さず、若者たちの劣悪な労働環境や、彼らが人生や恋愛や賃金交渉にどのように対処しているかを淡々と捉える。

若者たちの多くにより良い未来が待っているようにはとても見えない一方で、今ここを楽しもうとする彼らの楽観主義的な姿が強く印象に残る本作は、カンヌ映画祭のコンペティション部門でプレミア上映された。

映画『黒衣人』の作品情報

【上映】
2023年(フランス・アメリカ・イギリス合作映画)

【英題】
Man in Black

【監督】
ワン・ビン

【作品概要】
現代音楽作曲家・王西麟が自作の曲をアカペラで歌い、ピアノを演奏する姿を映し出す一方で、「共産党政権下の中国でどんな経験をしてきたのか」「拷問がいかに人間を永遠に滅ぼすのか」の彼自身の言葉を記録した作品。

監督は1960年代初頭の砂漠の強制労働収容所について描いた『無言歌』等の作品ですでに同様のテーマを扱っているが、彼のこれまでの作品と一線を画すのは本作の並外れた様式美。

老いた王西麟の肉体や劇場を捉えた名手カロリーヌ・シャンプティエによる綿密で驚異的な映像、激しい痛みを伴った音楽、そして歌と振付……全ての要素が相まって、真に驚くべき伝記映画として成立している本作は、カンヌ映画祭で特別招待作品として上映された。

編集長:河合のびプロフィール

1995年生まれ、静岡県出身の詩人。

2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。


(C)田中舘裕介/Cinemarche



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