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Entry 2024/08/20
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『ロマンチック金銭感覚』佐伯龍蔵&緑茶麻悠監督インタビュー|映画での《お金の本質》の探求から再認識した“価値の原点/価値の創作”

  • Writer :
  • 河合のび

映画『ロマンチック金銭感覚』は「田辺・弁慶映画祭セレクション2024」にて2024年8月23日(金)〜27日(火)テアトル新宿で、9月20日(金)24日(火)26日(木)テアトル梅田で上映!

《お金の本質》をテーマとした、全ての人類にコミットする優しさとユーモア溢れるファンタジックドキュメンタリー『ロマンチック金銭感覚』。

俳優・緑茶麻悠と映画作家・佐伯龍蔵が共同監督を務めた本作は、各地に住む独自の金銭感覚を持った人々に取材を重ね、フィクションとして新たに再構築。誰も見たことがない唯一無二なドキュメンタリー映画に仕上げました。


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このたびの劇場公開を記念し、映画『ロマンチック金銭感覚』を手がけられた佐伯龍蔵監督&緑茶麻悠監督にインタビュー

フィクションパートも多く内包する、異色のドキュメンタリー映画である本作の制作過程。そして、お金の本質とともに《価値》という概念そのものを探求する本作を通じて、お二人が再認識した創作の価値など、貴重なお話を伺えました。

《難しい映画》にはしたくなかった


(C)まちのレコード

──本作の制作にあたって、撮影前にはどのようなリサーチを行われたのでしょうか。

緑茶麻悠監督(以下、緑茶):「“お金”がテーマの映画」といっても本当に知識がなかったし、専門家の方のお話を読んだり聞いたりしてもすぐには理解できず、理解できても映画としてどう描けばいいのかと、制作中は二人でもがき続けていました。

佐伯龍蔵監督(以下、佐伯):参考になる映画として『21世紀の資本論』(2019)も観たんですが、参考にはなった一方で、ドキュメンタリーというよりも授業の資料映像を観ている印象を少なからず抱きました。

緑茶:私たちが作る以上は、映画を変に難しい内容にしたくなかったんです。その上で、第1の共通認識として「テロップとナレーションは入れない」と二人で決めました。


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緑茶:ナレーションを使用せずに物語をどう展開させていくのかのアイデアはしばらく考えたんですが、ラース・フォン・トリアーの『ニンフォマニアック』(2013)や『ハウス・ジャック・ビルト』(2018)などのように、二人の登場人物の会話から始まり回想に入っていく作劇の手法を選びました。

「私と龍くん(佐伯龍蔵監督)の会話」を軸に映画を形作ることは、なんとなくお互いが思い浮かべてイメージとしてあったんですが、最初の頃はカメラの前に立っても《監督モード》が抜けない龍くんの演技が本当に酷くて「この人が画面に映っちゃダメでしょ?」と思っちゃうほどでした(笑)。

佐伯:当初は「別の役者さんに自分たちを演じてもらう」という案もあったんですが、長期間の撮影で役者さんを振り回すことは避けたかったし、撮影した映像にはどうしても監督である自分たちも映る場面が多かったんです。

その中で抱いた「これはもう、僕らも出ざるを得ないね」という覚悟も、二人の会話による構成につながっていきました。あとはもう、慣れですね(笑)。

お互いが納得できる世界観の融合


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──本作は《地域通貨》を中心に「お金とは何か?」「価値とは何か?」を探求したドキュメンタリー映画ですが、「地域通貨を題材とした映画制作」は佐伯監督が提案された企画だと伺いました。

緑茶:「地域通貨についての映画を撮りたい」とは龍くんから10年ほど前から言われていたんですが、地域通貨という言葉が私の中ではピンと来なかったんです。名前としてもあんまり可愛くないし(笑)。

地域通貨というものにはじめ抱いていた「ミニマムな世界観」というイメージが、私自身が作りたいと思い続けている世界観と少し違っていたんです。その中で共同監督として、龍くんが地域通貨を通じて描きたい世界観と、私自身が描きたい世界観を融合させ、お互いが納得できる映画にしようと制作していきました。

佐伯:二人とも映画の趣味はとても合っていたので、「ストーリー性を持った、フィクションを内包したドキュメンタリー映画にしたい」というアイデアは、当初から二人の間にあったんです。


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佐伯:『ロマ金(ロマンチック金銭感覚)』の作中に登場する、鳥人間のような姿をした《自然のなにか》というキャラクターを考案したのも、やっぱり制作の初期の頃でしたね。

緑茶:作品を描くときには必ず自分の心情などを取り入れたいと思ってるんですが、お金というものへの印象、世の中に対する不安、形になってはいないけど気になるようなものなど、本作の制作中には「言葉にあまりできないもの」がずっと心の内にあったんです。

それらを象徴するようなキャラクターを、ストーリーをつなげてくれる役割を持つ存在として映画にも登場させたらいいんじゃないかと《自然のなにか》を考えたんです。

キャラクターの造形をすぐには想像できなかったんですが、本作で実際に《自然のなにか》を演じてくれた舞踏家の湯山大一郎さんが「鵺というモノがあるよ」と教えてくれました。能の演目である「鵺」を含めて、その際に調べて知った鵺のイメージが、《自然のなにか》の姿を形作るヒントになってくれました。

《監督すら知らないもの》を観せてくれる映画


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──フィクションパート、ドキュメンタリーパートが織り交ぜられた『ロマ金』の構成ならびに編集には、多くの時間を要したのではないでしょうか。

佐伯:作中にも登場する古民家で地域の方たちに向けての本作の試写会を行うことになった際に、撮影したラッシュを基に約2時間尺の試写版を編集したんです。

ただ「フィクションとドキュメンタリーを織り交ぜた映画にしよう」とは当初から考えていたのに、実際に編集してみた映画は、フィクションとドキュメンタリーがまだまだ乖離している状態だったんです。正直構成としては、酷い出来だったよね?

緑茶:観てくださった地域の方たちも、自分が出演している場面では笑ってくれるんですが、少し難しい話をしている場面、私たちが狙って撮ったもののうまく構成にハマってない場面には違和感を抱いたようで、映画に対する感想や意見を積極的に伝えてくれました。

その後、映像の並び替えはもちろん、必要な映像をメモして壁に張り出すことで構成全体を見直し、追加撮影と編集を同時並行で進めていきました。

それでも、追加撮影した映像を含めて再編集した映画を観た時に「まだ、少しつまらないな」と感じてしまったんです。自分たちが現場で見ていたものと同じものが映画に映っているのが、どこか違うと思えた。《映画》には見えなかったんですよ。

私たちが知っていること以上のものが見えてくる、どんどんと冒険をしていくような感覚を演出したかったんです。その結果、今の『ロマ金』の形が見えてきたんです。

創作の原点へ、価値の創作へ


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──創作は、ある意味では「社会に対し価値の意味を問いかける行為」あるいは「新たな価値を作る行為」ともいえます。《価値》そのものを探求する映画『ロマ金』の劇場公開が控える現在、お二人は創作という行為をどのように認識されているのでしょうか。

緑茶:田植えの手伝いや自開墾などをする中で、自然と仲間が集まっては、仕事をして汗をかき、ご飯を食べて、お酒を飲みながら語り合う時間が、とても至福に感じるんです。

作物を育てることって、人間にとって身近な《創作》の一つなんです。自分たちが何を食べたいのかを選んで作れることは、ある意味では創作の醍醐味の原点なのかもしれません。それに、庭や畑に生えてくる雑草の生命力を実感するだけでも、どこか幸せを感じられるんです。

映画は制作を繰り返すほど、企画を始めた当初の目的があったはずなのに、一つ一つの場面をとにかく撮り切ることを優先し過ぎるあまりに、色んなことを犠牲にしちゃうことがあるんです。それよりも「自然と人が集まり、営んでいく」という感覚で創作をしたいと本当に思っています。

「プロならこうしなさい」という既存の映画制作のシステムに囚われ過ぎて、自分の心を解放することも精神的な成長もできずにいるのではなく、純粋に自分が楽しいと思えるもの、求めたいものを描くことが大切なんだと、『ロマ金』の制作を通じて学べました。


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佐伯:今も作りたい題材や企画はいくつか出てきてはいるんですが、映画の上映自体も面白いものにしていくのが、作り手である自分たちが担う役割の一つなんだと強く感じています。

例えば以前の先行上映の際には、一律の鑑賞料金ではなく、観終えた後にお客さん自身が映画の値段を決め、カプセルトイの空容器にお金を入れて戻してもらう《金銭感覚上映》という企画をやってみたんです。

1円や10円の方もいる中で、1万円を入れてくださった方や、映画の作中のように「フランス語の翻訳ができるので、必要になった際はご連絡ください」など、映画を鑑賞できたという価値に応えうる自身のスキルをメッセージに残してくれる方もいました。また金銭感覚上映の方が、通常料金での上映よりも客単価が200円ほど上がっていたのも、非常に面白かったですね。

また、現在の日本国内における映画の劇場公開は「主要都市にある各劇場で、期間が途切れることなく上映を続けていく」が主流になっていますが、『ロマ金』の場合は早いペースよりも、自分たちが動ける範囲で息の長い上映活動をしていくべき映画なのではと思っています。

映画という一つの価値を通じて、作り手と劇場、劇場と地域の人々、地域の人々と作り手という風に関係をつなぎ、人が交流できる場所を生み出したいですね。今は「映画を観に行く」という選択自体から離れている方もいるので、その選択に再び価値を見出してもらうための創作として、より楽しんでもらえるような上映を考えていきたいです。

インタビュー/河合のび

佐伯龍蔵監督&緑茶麻悠監督プロフィール


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佐伯龍蔵監督(写真:右)プロフィール

1985年生まれ、富山県出身。小学生の頃から映画監督を志す。京都精華大学人文学部を中退し、1年半アジアを放浪した後、2007年より富山のミニシアターで映写技師として勤務。

劇場に舞台挨拶に来た市井昌秀監督に懇願し、映画製作の現場に制作部として参加。2012年に上京後、市井昌秀、金子修介、豊島圭介、矢口史靖の作品に助監督として参加。

体調の不調により商業映画の助監督から身を引き、清掃のアルバイトをしながら自身の映画を制作し始める。

2013年に地元の商店街を舞台にした地元映画『がんこもん』を監督。勤務していた劇場で1000人以上の動員を記録する。2020年、東京都世田谷区を舞台に長編映画『あそびのレンズ』を監督。

緑茶麻悠監督(写真:左)プロフィール

京都市で生まれる。京都市立芸術大学油画専攻卒業。在学中にはミュージカルと出会い出演を続け、上京。映画『関ヶ原』、NHK連続TV小説「ひよっこ」などにも出演。

俳優として数々の舞台や映像作品に出演する経験から仲間で作り上げていくことに魅力を感じ、舞台演出や短編映画の脚本、監督をするようになる。

現在は京都を拠点に、日々の暮らしの中で見えてきたものや感じたことをテーマに絵画、音楽制作など自由気ままに活動している。

監督作の短編映画『wind chime』が第4回新⼈監督映画祭・短編作品部⾨にてグランプリ、京都国際映画祭2018・クリエイターズファクトリーにて観客賞を受賞。

映画『ロマンチック金銭感覚』の作品情報

【日本公開】
2024年(日本映画)

【脚本・監督・出演・編集】
佐伯龍蔵、緑茶麻悠

【出演】
湯山大一郎、傍嶋飛龍、江頭一晃、新井和宏、武井浩三、TAKE、林憲子、髙義彦、小松貴(声)、竹下しんいち、土屋ひな、矢鱈鯉寧、西村ひなた、みなみりょうへい、諸江翔大朗、タケダナヲ、梅岡浩、箱崎恵子、山ぐるみ、小吹修三、髙哲郎、荒木秀行(声)

【作品概要】
「お金の本質」をテーマとした、全ての人類にコミットする優しさとユーモア溢れるファンタジックドキュメンタリー。

俳優・緑茶麻悠と映画作家・佐伯龍蔵が共同監督を務め、各地に住む独自の金銭感覚を持った人々に取材を重ね、フィクションとして新たに再構築。誰も見たことがない唯一無二なドキュメンタリー映画に仕上げた。

本作は第17回田辺・弁慶映画祭にてフィルミネーション賞、東京ドキュメンタリー映画賞2023にて準グランプリを受賞。そして「田辺・弁慶映画祭セレクション2024」にて、2024年8月23日(金)〜27日(火)テアトル新宿で、9月20日(金)24日(火)26日(木)テアトル梅田で上映される。

映画『ロマンチック金銭感覚』のあらすじ


(C)まちのレコード

映画監督である龍蔵と麻悠は、働けど働けど常にお金がない貧乏監督コンビだ。その理由は売れない自主映画を定期的に作り続けているからである。

生活費も底をついたある日、二人は映画作りには避けて通れない「お金」について考え始める。 そんな夜、突然旅人が来訪し二人に問いかける。

「お金って何ですか?」……二人はそれに答えることができない。それから家では、おかしな出来事が起こり始める。

突然黄金虫に変身してしまう龍蔵、置いた覚えのない種籾や蜂の巣、鉱石ラジオから傍受した異次元ラジオ、定食屋さんで見る謎のCM……その過程で二人は「地域通貨」という存在に出会い、その実践者に話を聞く。

やがて二人は、普段何気なく使っている法定通貨の外側に、とてもロマンチックな経済圏があることを認識する。

どこまでが二人の妄想で、どこからが現実なのか?果たして二人は、映画を完成させることができるのか?

編集長:河合のびプロフィール

1995年生まれ、静岡県出身の詩人。

2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。


(C)田中舘裕介/Cinemarche


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