映画『異動辞令は音楽隊!』は2022年8月26日(金)より全国ロードショー!
現場一筋30年の鬼刑事である主人公が、人事異動で音楽隊に。刑事の気持ちが抜けず、あちこちでトラブルを起こしてしまうがある婦人の言葉をきっかけに心を開いていき、周囲の人々も彼とともに変わっていく。
阿部寛主演の映画『異動辞令は音楽隊!』は、内田英治監督が警察音楽隊のフラッシュ・モブ映像を見たことがきっかけで生まれた《人生大転換》エンターテインメントです。
このたびの劇場公開を記念し、本作を手がけられた内田英治監督にインタビュー取材を敢行。
作品を通じて伝えたかったご自身の「変革」と「新しい時代」に対する想い、阿部寛さんから感じとった役者としての魅力などについて語っていただきました。
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個性的な人が多い警察音楽隊
──内田監督が偶然ご覧になった警察音楽隊のフラッシュ・モブ映像が、本作のきっかけとなったとうかがいました。
内田英治監督(以下、内田):愛知県警察音楽隊のフラッシュ・モブ映像でしたが、どこかのモールにドラムがポツンと置いてあり、そこに制服の警官がやってきて演奏を始めると、他のメンバーも「シング・シング・シング」を演奏しながら集まってくる。それがめちゃくちゃカッコよかった。しかも白い正装ではなく、青い制服でいかにも警察官とわかるのがまたいい。本作での衣装を決める際も、その映像を見せて説明しました。
警察音楽隊については、何となく知っていました。警察という仕事へのイメージとはかけ離れていますから、「これは映画にしたら面白いだろう」と思って調べてみたところ、警察の他に自衛隊と消防隊にもある。東京や大阪府といった五大都市の音楽隊は専任なのですが、ほとんどの県では警察業務との兼務だとわかりました。
もっと詳しく知りたくて、警視庁に問い合わせて取材をお願いしたところ、個人での申し込みだったこともあり、あっさり断られました。映画の企画が進み出し、本やネットで調べて、ある程度脚本を書いた段階で何とか千葉県警や長野県警に取材をさせてもらえ、脚本のディテール部分は取材での聞き取りを基に書き進めていきました。
内田:「警察」と聞くとお堅いイメージがありますが、実際にお会いした音楽隊の方々には柔らかい印象を受けましたし、個性的な方も多かったです。実は渋川清彦さんが演じられたお茶目な警察官はモデルの方がいて、プライベートでもバンドを組んでロックをやっている。また清野菜名さんが演じられた春子のように、音大出身で「音楽をやりたいから音楽隊に入る」という方も専任隊には結構いるのです。
主人公には特定のモデルはいないのですが、調べていくうちに、音楽がお好きで音楽隊に異動を希望した刑事の方がいたとわかりました。刑事課から音楽隊の広報課への異動は少ないものの、稀にいる。そうしたお話を総合して、成瀬というキャラクターができました。
変革を受け入れるかどうかは「主観」次第
──阿部寛さんが演じられた主人公・成瀬の異動は自分の意思ではなく、いわゆるパワーハラスメントがその原因の一つとして描かれています。
内田:現在、町の交番に勤務されているお巡りさんはみなさん言葉遣いが丁寧で、威圧的な雰囲気を感じることもありませんが、昭和の頃のお巡りさんはちょっと怖かった。それは刑事でも同じで、僕は昔気質の刑事さんも現役の若い刑事さんも知っていますが、抱く印象はやはり違います。それは僕自身もそうですが、年齢が高いほど、新しい考え方や仕事の形に馴染むのが難しいからかもしれません。
ただ、「新しい考え方についていけない=お前はいらない」というのは乱暴すぎる。時代の変革は常に起きるもので、現時点で若い人たちも、30~40年後の変革にはついていけないかもしれない。今は少し、変革が強いだけなのです。
変革を受け入れられない頑なな方は責任感が強く、特に警察にはある程度の厳しさは必要だという考えを持つ方も多い。しかも成瀬は、正義のために仕事をやっている。長年刑事であり続けたがゆえに、どうしても変革を受け入れられませんでした。けれども音楽を通じて、成瀬は新しい時代にマッチングしていく。時代の捉え方はすべて主観であり、自分を新しい時代に活かすかどうかも考え方次第なのです。
内田:コロナもあいまって、現在は多くの変化が訪れている時代です。拒否するのではなく、絶え間ない変化の波の中で、自分の肌に合うものを見つける。人間の感情は主観で全部変わるわけですから、「視点を変えてみるのはいかがですか」と映画を通じて伝えられればと思い本作を作りました。
ただ、日本人はもともと自分を変化させるのが苦手です。職人気質といいますか、「俺はこうなんだから、これでいいんだ」と開き直ってしまう方もいる。確かに「変わらず続ける」ということも重要ですが、それでもやっぱり変化していくのは生きる上で不可欠だと思うし、自分は変化を受け入れたいと思っています。
──成瀬自身が変わることで、周囲の人々も次第に変わっていきます。
内田:映画の中の音楽隊も、見ず知らずの役者が20数人集まって、1週間・2週間・3週間と経っていくとチームの一員としての気持ちができていく。音を合わせる以上、自分勝手な演奏はできませんから。それがうまく作品に出ていたと思います。
高杉真宙のソロパートが急遽増えた理由
──今回、音楽隊のキャストの方々には「吹替えなし」での演奏をお願いしたとお聞きしました。
内田:当初、僕は「しっかり練習をすればできるだろう」程度に考えていました。多分、キャストのみなさんも同じだったのではと思います。それが実際に触ってみると、思った以上に難しい。その落差はかなりのものだったはずです。
しかも演奏だけではなく、セリフを覚えた上で顔の表情などの芝居もあります。最初の頃は緊張というよりもプレッシャーなのか、見ていて痛々しいほどに苦労されていました。ただクランクイン前には、ちゃんと演奏ができるようになっていました。本当にびっくりしましたし、クランクイン前に想像を絶するほど個人練をしてくださったのだと感じられました。
阿部さんはそもそも楽器の演奏経験がなく、ドラムや太鼓に関しては触れたこともなかったので、思ったように手が動かない。吹奏楽部に入ったばかりの1年生のようにゴムでできた練習パッドでスタートし、1~2か月で克服しました。また練習の途中で映画『セッション』(2014)をご覧になり、ドラマーの演じ方に変化があったようです。僕が見ていても、芝居におけるドラマーとしての手の動作が本当に柔らかくなったような気がしました。
内田:作中ではサックス担当だった高杉真宙くんに関しては、予想以上に演奏力が上達したので、急遽ソロパートを作って寄りの画で撮りました。その撮影当時はかなり緊張されていましたが、すっかりサックスにハマったようです。
阿部寛のストイックさを実感した「汗」
──阿部寛さんとは本作にて初めて組まれました。
内田:日本の役者の世界は若い子中心のところがあり、年齢を重ねた役者が少ない。その中で警察官らしい重量級といいますか、独特の風貌に加え、少し昔の昭和気質の雰囲気を醸し出せる方と言ったら、阿部さんしか思い浮かびませんでした。
初めてお目にかかった時は緊張しました。いまだに覚えています。口数が少なく、静かな方。一緒に座っていてもシーンとしていて、盛り上がるタイプではありませんが、噛み締めれば噛み締めるほど味がわかる役者さんだと感じられました。また役に対する向き合い方がとてもストイックで、今回はいろいろなことを学ばせていただきました。
特に印象的だったのが、「汗」です。音楽隊の事務所から捜査会議をしているところへ走っていく場面で、阿部さんから「どのくらい走ってきたイメージですか?」と聞かれたので1時間だと答えたら、阿部さんは1時間ほど階段を上り下りされたのです。撮影はその後も続くので、当初は「流石にそこまでやらなくても」と思ってしまったんですが、実際に1時間走ってから芝居をすると、汗がぷわっ〜と玉になって噴き出てくるのがわかる。映像ではすごい迫力でした。
撮影における汗は大抵、水をシュッシュッと吹きかけて作るものですが、本物の汗と作られた汗では雲泥の差がありました。阿部さんほどのベテランで実績のある方がそんなストイックに、基礎中の基礎をされる。若い役者はすごく勉強になったと思いますし、仕事への向き合い方が素晴らしいと思いました。
この間、ニューヨーク・アジアン映画祭でワールドプレミア上映されるということで、阿部さんと一緒にニューヨークに行きましたが、人としても僕は阿部さんが大好きです。
──阿部さんが役作りをされてきた成瀬を、内田監督はどう受け取られましたか。
内田:役者のアイディアは素晴らしいことが多い。阿部さんからもいくつか提案がありましたが、どれも「なるほどな」と納得しました。
阿部さんに限らず、映画を撮ると役者さん本人が自分の演技に違和感を持つ瞬間が絶対にある。「こういう気持ちになれない」と言われたりすると、ほとんどがその通りです。「ここはもしかしたら突っ込まれるかもしれないな」と思っていた脚本の甘い部分です。1つ1つのキャラクターに関しては役者さんの方が監督よりも深く考えていると思います。
僕らはプレイヤーではなく、あくまでバックサポーター。役者とのセッションでサポートをするのが僕らの仕事です。
インタビュー/ほりきみき
内田英治監督プロフィール
ブラジル・リオデジャネイロ生まれ。週刊プレイボーイ記者を経て1999年にドラマ『教習所物語』(TBS)で脚本家デビューの後、『ガチャポン!』(2004)で映画監督デビュー。
『グレイトフルデッド』(2014)がゆうばり国際ファンタスティック映画祭、ブリュッセル・ファンタスティック映画祭(ベルギー)など多くの主要映画祭で評価された。その他『獣道』(2017)、NETFLIXドラマ『全裸監督』(2019)では脚本・監督も手がけた。
『ミッドナイトスワン』(2020)で日本アカデミー賞最優秀作品受賞。
映画『異動辞令は音楽隊!』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【監督・脚本】
内田英治
【キャスト】
阿部寛、清野菜名、磯村勇斗、高杉真宙、板橋駿谷、モトーラ世理奈、見上愛、岡部たかし、渋川清彦、酒向芳、六平直政、光石研、倍賞美津子
【作品概要】
映画『ミッドナイトスワン』で第44回日本アカデミー賞・最優秀作品賞を獲得した内田英治監督の完全オリジナル作品。内田監督がYouTubeで偶然目にした警察音楽隊のフラッシュ・モブ演奏の映像から着想を得た。
主演を務めるのは阿部寛。古い価値観から抜け出せず、一度はどん底まで落ちたが、思い切って踏み出した新しい世界で喜びを見つけ、再び輝きを取り戻していく成瀬を演じ「触れるのも初めて」と語るドラム演奏に初挑戦した。
音楽隊のメンバーには清野菜名、高杉真宙、板橋駿谷、モトーラ世理奈、渋川清彦、酒向芳。成瀬の刑事時代の後輩に磯村勇斗。成瀬の母親を倍賞美津子が演じた。
主題歌はOfficial髭男dismの書き下ろし「Choral A」。Official髭男dismのメンバー・楢﨑誠がかつて島根県警察音楽隊でサックスを演奏していたことから、製作陣たっての願いで実現。またラストの演奏会の場面では、楢﨑誠がカメオ出演も果たした。
映画『異動辞令は音楽隊!』のあらすじ
犯罪捜査一筋30年の鬼刑事・成瀬司は部下に厳しく、昭和さながら犯人逮捕の為なら法律すれすれの捜査も辞さない男。家族もろくに構わず一人娘・法子からはとうに愛想をつかされている。
そんな成瀬は高齢者を狙った「アポ電強盗事件」が相次ぐ中、勘だけで疑わしい者に令状も取らず過激な突撃捜査をしていたが、そのコンプライアンスを無視した行動が仇となり、突然上司から異動を命ぜられる。
刑事部内での異動だろうと高をくくっていた成瀬だったが、異動先はまさかの《警察音楽隊》だった。
堀木三紀プロフィール
日本映画ペンクラブ会員。2016年より映画テレビ技術協会発行の月刊誌「映画テレビ技術」にて監督インタビューの担当となり、以降映画の世界に足を踏み入れる。
これまでにインタビューした監督は三池崇史、是枝裕和、白石和彌、篠原哲雄、本広克行など100人を超える。海外の作品に関してもジョン・ウー、ミカ・カウリスマキ、アグニェシュカ・ホランドなど多数。