映画『名も無い日』は2021年5月28日(金)よりミッドランドスクエアシネマほか愛知県・三重県・岐阜県の東海三県での先行ロードショー後、6月11日(金)より全国順次公開予定。
愛知県名古屋市を舞台に、ある三兄弟の数奇な運命を描いた映画『名も無い日』。
本作の監督を務めカメラマンとしても活躍する日比遊一の実体験に基づき、三兄弟をそれぞれ演じる永瀬正敏、オダギリジョー、金子ノブアキをはじめ、真木よう子、今井美樹、木内みどりらキャスト陣が物語を紡いでいきます。
このたびの劇場公開を記念し、本作を手がけた日比遊一監督にインタビュー。『名も無い日』を通じて描き出そうとした“プロセス”の大切さ、そして自身に“正直”であろうとした本作の制作など、貴重なお話を伺いました。
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“ひとりの人間としての表現”というチャレンジ
──日比監督ご自身の体験や記憶に基づき描かれた『名も無い日』の物語において、主人公・達也役を務めた永瀬さんをはじめ、キャストの方々とは撮影に際してどのようなやりとりをされたのでしょうか?
日比遊一監督(以下、日比):やはり本作に関しては私の実体験が基になっているため、監督を務めた私自身、作品との距離の取り方が非常に難しかったです。
ですが、俳優さんたちは、各々に背負っている歴史や傷など、個々の記憶を現場に持ち寄ってくれたと思います。そして『名も無い日』という作品を通じて自身の記憶を見つめ、“演技”というよりも“ひとりの人間としての表現”をしてくれた。その結果が「とにかくセリフが少ない」という本作の特徴にも表れていると思います。
日比:さまざまな出来事、記憶や想いが凝縮された作品の中で、カメラの前にどう立ったらいいのか。そういうことを考えて俳優さん一人ひとりが演じてくれたと感じています。
本作は、「時代に合ったもの」ではなく、「いまの時代に大切なもの」をどう掘り下げて表現するかというチャレンジでもありました。
省略されてゆく大切なプロセスたち
──作中では達也のフィルムカメラのみならず、手紙や書き置き、手渡しという行為など、現代の社会では“アナログ”と認識されているものたちが、映画の物語をかたち作る“大切なもの”として描かれています。
日比:今の社会は、さまざまなものが省かれ続けています。省かれることは確かに便利である一方で、その中で失われてしまうプロセスが確実にある。それがかつて「家族の団欒」と呼ばれていたものや、連絡を取るために便箋や切手を選び、文章を推敲し、手紙を郵便ポストへ投函する過程だったりするわけです。
そうしたプロセスが、世の中から省かれ過ぎているのではないかと感じられます。いくつものプロセスを経験することで初めて感じとれるもの、獲得できるものが確かにあった。そうした時間の楽しみ方が、人々の中から失われてしまったように感じています。
日比:かつて祖父母や両親が私に語ってくれたように、自分が大切だと受け継いだものを次世代に伝えることこそが、今の自分にできることではないかと考えています。
かつて「シャッターを切る」という言葉がありました。主人公の使うカメラはフィルムカメラです。SDカードに保存するデジタルカメラと違って、フィルムは焼き付けてしまえば消えることはないし、消すことも出来ない。”ああ、そう言えば、そんなこともあったな……”と、まるで他人事のように、都合よく過去を消し去って生きる現代人が増えている気がします。シャッターを切った瞬間、フィルムはファインダーに写った絵を切り取って焼き付ける。そんなワンショットの重み、そして大切さは、人生そのものと似ている、そういう想いを込めたつもりです。
自身に“正直”であろうとした“喪”の仕事
──作中である登場人物が語った“真実”の在り様は、同時に“記憶”の在り様、そして“人生”の在り様であるように感じられました。
日比:記憶や真実といったものは、その人にとっての記憶であり、その人にとっての真実です。ですが人間は、自身の感情で自己を傷つきたくないがゆえに、物事を自分の良い様に捉えた上で記憶と真実をかたち作り、人生を歩んでゆく。だからこそ『名も無い日』の制作における自分の作業は、自分に“素直”ではなく、どれだけ“正直”でいられるかというプロセスでもありました。
──日比監督が自分自身に“正直”であろうとするプロセスを積み重ねられた成果は、映画終盤でついにカメラを構えシャッターを切ることができた主人公・達也の姿から見出せました。
日比:大切な人を亡くした悲しみは、乗り越えるものではなく、大切に抱いて、心の中で生き続けるもの。悲しみや喪失感は、向き合うことで、つぎの一歩を踏み出すことができる……そんな映画だと思ってます。
達也を演じてくださった永瀬さんご自身も、実は弟さんを生後すぐに亡くされていて、弟さんの遺影が残っていないということを知りました。幼くして亡くなった弟さんに対する“喪”の仕事も含め、深い想いを込めて表現してくれたのかなとも感じています。
“無言の対話”という映画の楽しみ方
──映画において、“省略”と“プロセス”というふたつの表現は不可欠なものだと『名も無い日』を通じて実感しました。さまざまな面で“プロセス”を重視されていたという本作を作り終えた今、日比監督にとって「映画」とは何かを改めてお教えいただけますか?
日比:例えばですが、なぜ主人公はカメラのシャッターを切れないのか。少年が付ける白狐の仮面の意味とは? なぜあのタイミングで大雨が突然降り出すのか、自転車が焼かれていたのか。章人の遺したあの走り書きの意味とは……など、私なりの様々な想いが込めてあります。
映画というものは勿論エンターテインメントとしての側面も持っていますが、やはり“無言の対話”が重要だとも感じています。つまりお客さんとの余白です。今作はあえて”俳句”のような映画創りを目指しました。『名も無い日』は、無言の中で観客に問いかける映画だと思っています。
インタビュー/河合のび
日比遊一監督プロフィール
愛知県名古屋市出身。20歳で渡米後、ニューヨークにて写真家として活動。作品はアメリカのゲティ美術館を始め、世界各国の重要なコレクターに収集されている。米ニューヨーク・タイムズ紙は日比の作品を「夜景に映し出されたその“沈黙と孤独”は、瞑想によって達することの出来たエクスタシーのようなものを感じさせてくれる」と評した。
2014年に初の長編映画『ブルー・バタフライ』が完成(2017日本公開)。IFP(The Independent Filmmaker Project)は本作を2014年デビュー作の中のベスト25に選んだ。高倉健の人生風儀を描いた映画『健さん』(脚本・監督)は2016年、第40回モントリオール世界映画祭ワールド・ドキュメンタリー部門最優秀作品賞を受賞。樹木希林が企画した映画『エリカ38』(脚本・監督)では、主演の浅田美代子が「ロンドン・イーストアジア映画祭2019」審査員特別賞を受賞した。
映画『名も無い日』の作品情報
【日本公開】
2021年(日本映画)
【監督】
日比遊一
【音楽】
岩代太郎
【キャスト】
永瀬正敏、オダギリジョー、金子ノブアキ、今井美樹、真木よう子、井上順、藤真利子、大久保佳代子、中野英雄、岡崎紗絵、木内みどり、草村礼子
【作品概要】
愛知県名古屋市を舞台に、ある三兄弟の数奇な運命を描いた長編映画作品。物語は本作の監督でありカメラマンとしても活躍する日比遊一が経験した出来事に基づいている。
主人公長男・達也役を演じるのは、『光』(2017)『カツベン!』(2019)『パターソン』(2016)など国内外で活躍する永瀬正敏。次男・章人役を『ある船頭の話』(2019)で監督としても期待が集まるオダギリジョー、三男・隆役を大河ドラマ『麒麟がくる』の金子ノブアキが務め、本作にて永瀬との初共演を果たした。
NHK『龍馬伝』、映画『さよなら渓谷』『海よりもまだ深く』など数多くの作品で強烈な印象を残す真木よう子、本作が13年ぶりの映画出演となった歌手・女優の今井美樹も出演を果たしたほか、音楽を『レッドクリフ』『殺人の追憶』など数多くの映画音楽を努めた作曲家・岩代太郎が担当する。
映画『名も無い日』のあらすじ
名古屋市熱田区に生まれ育った自由奔放な長男の達也(永瀬正敏)は、ニューヨークで暮らして25年。自身の夢を追い、写真家として多忙な毎日を過ごしていた。
ある日突然、次男・章人(オダギリジョー)の訃報に名古屋へ戻る。
自ら破滅へ向かってゆく生活を選んだ弟に、いったい何が起きたのか。圧倒的な現実にシャッターを切ることができない達也。三男・隆史(金子ノブアキ)も現実を受けとめられずにいた。
「何がアッくんをあんな風にしたんだろう?どう考えてもわからん。」「本人もわからんかったかもしれん。ずっとそばに、おったるべきだった。」
達也はカメラを手に過去の記憶を探るように名古屋を巡り、家族や周りの人々の想いを手繰り始める……。