ちば映画祭2019にて上映された中川奈月監督の映画『彼女はひとり』
「初期衝動」というテーマを掲げ、数々のインディペンデント映画を上映したちば映画祭2019。
そこで上映された作品の一つが、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2018国際コンペティションに唯一選ばれた日本映画にしてSKIPシティアワードを受賞した中川奈月監督の映画『彼女はひとり』です。
中川監督は立教大学大学院映像身体学研究科の修了作品として本作の制作を始め、その後は東京藝術大学大学院で学びながらも、2018年に現在の形へと完成を迎えました。
監督の長編デビュー作である本作がちば映画祭2019にて上映されたのを機に、今回、これからの活動展開が期待されている中川奈月監督にインタビューを行いました。
映画『彼女はひとり』で描こうとしたことや今後の活動展開など、貴重なお話を伺いました。
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「女の子」の怒りを映し出す
──映画『彼女はひとり』を制作されたきっかけをお聞かせ下さい。
中川奈月監督(以下、中川):邦画を観ていると「怒っている男の子」や「暴力的な男の子」はよく見かけるんですが、「女の子がそういった状態にある姿を観てみたいな」と感じたのが、本当に最初のきっかけでした。
それに加えて、私は人並みにホラーやサスペンスが好きだったということもあり、どうしても一度「幽霊」というものを映画で描きたかったんですよね。
そして、主人公となるその女の子が“怒り”の矛先を向ける対象として「男の子」を据えた上で、「何となく、ソツなくこなしている子」と言いますか、「生きることがうまい子」「人生で“まだ”挫折していない子」を虐める映画にしたいと思い至ったんです。
そういった様々なテーマや願望めいたものが合致した結果、『彼女はひとり』という映画が生まれました。
「好き」という感情の重み
──『彼女はひとり』の主人公・澄子がその“怒り”の矛先を向けた「男の子」=秀明は、女性教師の波多野との恋愛関係を主な理由として彼女から虐められます。そのようにした理由を詳しくお聞きしたいのですが。
中川:まず第一に、秀明が澄子から責められる原因、つまり「弱み」がないといけないと考えたのが理由としてあります。
また、澄子の父親が彼女から責められている理由ともリンクさせたかったんですよね。それがどのような形でリンクしているのかは、本作をご鑑賞いただくことで理解してもらえればと思います。
澄子はそうやって秀明の「弱み」を握って傷つけようとするんですが、ただそれだけではなく、秀明には「教師」であり「大人」である波多野との人間としての関係が、自身の認識よりも重要で大切なものだったということを知り、ショックを受けてほしかったんですよ。
その関係の性質或いは属性として、恋愛感情というものが一番強力なものだと私は捉えたんです。
好きから生じる「嫌い」
──本作は、他者の“好き”によってその心中に“嫌い”が生じてしまった、或いはそれしか残らなかった少女の物語であるという印象を抱きました。その点は監督としてはどうお考えでしょうか?
中川:やっぱり、“好き”が反転することで生じる感情こそが“嫌い”なのだとは思います。
他者への執着、自身の思いが相手から返ってこないことに対する苛立ちとしての“嫌い”という感情を本作では描いていますね。
澄子の行動原理も、言うなれば「拒絶されたから拒絶し返してやる」という感覚なんです。ですから彼女の他者に対する「復讐」も、「復讐」と言うよりは、やはり“嫌い”と言う感情の表出なんですよ。
運動を捉えるための「階段」
──『彼女はひとり』劇中では多くの階段が映し出されていました。その意図とはなんでしょうか?
中川:本作の撮影に用いた場所の多くが、私の住んでいる場所の近所なんです。特に澄子たちが通っている学校については、私がかつて通っていた高校なんですよ。
そしてそれらの場所を撮影するにあたって、「階段」というものがとても印象に残ったと言いますか、“上下”の空間を捉えた画の方が、凄く綺麗に見えたんですよ。
それに平坦な道を普通に歩いてくるよりも、高低差のある場所を走って駆け上がったりする方が、“運動”をよりダイナミックに描けるじゃないですか。だからこそ、その“運動”を“上下”の空間を通じて美しく捉えられる画と、その画の源となる階段を描きたくなったんです。
そうした「どうしても撮りたいな」という思いを私が抱いていたことに加えて、カメラマンの芦澤明子さんも「やっぱり階段のある場所がいいよね。それも綺麗に収めるから」と言って下さったんですよ。芦澤さんが尽力して下さったことで、本作における階段はより美しいものになりましたね。
そして物語の終盤でも、とある重要な場面にて階段が描かれているんですが、あれはロケハンに行って「いや、ここしかないでしょ」とすぐに決まった場所だったりするんですよ。
私も撮影当時はまだまだ初心者だったので、どのようにして場所を活用するのか非常に悩みながら撮影を進めていましたが、階段の描写はその成功例と言えますね。本作の物語を“運動”という視点から、より劇的に描くことができたわけですから。
主演・福永朱梨
──本作のみならず、ちば映画祭2019にて同じく上映された亀山睦実監督の映画『恋はストーク』でも主演を務められたのが、女優の福永朱梨さんです。中川監督は、今後もその活躍が期待されている彼女のどのような演技を見てみたいですか?
中川:私の監督作にはこれまでに2回出演していただいたんですが、そこで演じて下さった役柄は、どちらも笑っていないんですよ。
「笑わせてあげたいな」とは常々感じているんですが、「福永さんに演じていただきたい」と私が強く思える役は、どうしてもそういう役柄になってしまうんですよね。
例えば、脚本執筆中にある登場人物について描写している際にも、私自身が「福永さんの姿が浮かぶな」と一度でも感じると、その登場人物は笑うことのない、怒りと哀しみに満ちた役柄となってしまうんです。
だからこそ、福永朱梨さんに私自身が定着させてしまった役柄を通じて、「私が何か変わらないといけないのかな」と考えることが多々ありますね。
パーッと弾けた、コメディ色のある作品を描いても良いのかなとも思いつつも、これまで暗い作品ばかり作り続けてきているのが現状なので、そこから脱却するためにも、福永朱梨さんという一人の女優は私にとって重要な存在なのかもしれません。
今後の映画制作
──次回作をはじめ、今後の活動についてはどうお考えですか?
中川:今後も“映画監督”として映画制作を続けていきたいとは考えているんですが、フリーランスとしてどう活動を展開すべきなのか、或いはフリーランスではなく、映像制作会社など特定の場所に所属した上で活動すべきなのかと悩んでいますね。
様々な方からお話を聞きアドバイスをいただきつつも、あくまで焦らず、ゆっくりと決めていきたいなとは感じています。
ただどちらにせよ、できる限り、できるところまでは“映画監督”として活動を続けていきたいですね。
中川奈月監督のプロフィール
立教大学文学部を卒業後、ニューシネマワークショップへ入学し映画制作を開始。
その後は立教大学大学院映像身体学研究科へ入学し、修了作品として『彼女はひとり』を制作。東京藝術大学大学院で学びながらも2018年に現在の形へと完成させた同作は、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭にてSKIPシティアワードを受賞しました。
また東京藝術大学大学院映像研究科の実習内で制作した作品『投影』は、2018年のイラン・ファジル映画祭にて上映されました。
インタビュー/河合のび
撮影/出町光識
映画『彼女はひとり』の作品情報
【公開】
2018年(日本映画)
【脚本・監督】
中川奈月
【キャスト】
福永朱梨、金井浩人、美知枝、山中アラタ、中村優里、三坂知絵子、櫻井保幸、榮林桃伽、堀春菜、田中一平
【作品概要】
過去の出来事、そして亡霊の幻影に囚われ苦しむ女子高生の少女が、幼馴染の同級生をはじめ、他人を攻撃することで自らの危うい生を保とうする姿を描く。
中川監督が立教大学大学院映像身体学研究科の修了作品として制作し、その後は東京藝術大学大学院で学びながらも、2018年に現在の形へと完成を迎えた、初の長編作品です。
SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2018国際コンペティションに唯一選ばれた日本映画であり、同映画祭にてSKIPシティアワードを受賞されるなど高い評価を得ました。
撮影は、黒沢清監督、深田晃司監督、沖田修一監督といった名監督の数多くの作品を手掛けてきた芦澤明子。
主人公・澄子役は、本作での力強い演技によって映画祭に訪れた多くの観客を圧倒し、同じくちば映画祭2019にて上映された亀山睦実監督の映画『恋はストーク』でも主演を務めた女優の福永朱梨です。
映画『彼女はひとり』のあらすじ
高校生の澄子はある出来事が原因で橋の上から身を投げたものの、その自殺は未遂に終わりました。
死の淵から生還し数ヶ月ぶりに学校へ戻って来た澄子は、やがて幼馴染の男子生徒・秀明を脅迫し始めます。
彼は教師である波多野と密かに交際しており、澄子はその秘密を握っていたのです。
他者を攻撃し、拒絶し続ける澄子。それは止まることを知らず、エスカレートしてゆきます。
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