2019年、冬。清水あき子(27歳)は、思い出を大事に生きている。
映画監督の育成支援を目的とする文化庁委託事業「若手映画作家育成プロジェクト(ndjc)」の2020年度作品として製作された、木村緩菜監督の短編映画『醒めてまぼろし』。
あるひとりの女性の現実と“眠り”にまつわる物語を描いた本作は、2021年2月26日(金)/角川シネマ有楽町での上映を皮切りに、名古屋・大阪の三都市にて期間限定での上映が行われました。
このたびの劇場上映に際して、本作を手がけた木村緩菜監督にインタビューを敢行。「ndjc」に応募したきっかけや映画を作り続ける“理由”、映画監督を目指すきっかけとなった“ある映画”との出会いなど、貴重なお話を伺いました。
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“好きなこと”をやれる最後のチャンス
──映画『醒めてまぼろし』は「若手映画作家育成プロジェクト(ndjc)」を通じて製作されました。同プロジェクトに木村監督が本作の脚本を応募された理由を改めてお聞かせください。
木村緩菜監督(以下、木村):毎年「応募してみてはどうか」と周囲の方々から勧められてはいたのですが、仕事が忙しい時期が毎回重なり応募をためらっていました。しかし昨年の2020年は新型コロナウィルスの影響でいくつかの仕事が延期になったり中止になったりと、ぽっかりと急に時間ができ、どうせ時間が出来ならと応募してみました。
また私は2019年度のndjcで製作された山中瑶子監督の『魚座どうし』でチーフ助監督をしていたのですが、現場を体験する中で「もしかしたらndjcなら自分の作りたい映画を作れるかもしれない」と思い至りました。2020年度の募集から年齢制限が課され、状況的にも自分にとっては最後のチャンスになるかもしれない、一回挑戦してみようと自主的に応募してみた結果、本作を撮らせてもらえることになりました。
日常に溢れる“しんどい”と対峙する
──本作の物語の着想はどのような経緯で生じたのでしょうか?
木村:(本作の)脚本はもともと4年ほど前に書いた90分尺のプロットがベースとなっていますが、自分にとって嫌なことがあるたびに脚本を書き直していった結果、今回の作品の尺にあわせて削り現在の形に最終的に辿り着きました。
そもそもの発端は当時、喪失感を感じる出来事が重なり、なかなかまともな精神状態を保つことが難しかった時期がありました。そんな中で日記にひたすら嫌なことを書き殴っていたのが最初でした。失ってしまったことや人、思い出に対して、どのように共存できるのか、どうやって生きていったらいいのかという自分自身の葛藤に対する自問自答だったような気がします。
そこから改稿を重ねて、“しんどいこと”とそれに伴う感情を積み重ねていく中で、それらがどのように映画の中で昇華させられるのか、映画として面白くなるのかを考えて脚本を書き直していきました。
──木村監督がおっしゃる「しんどいこと」について、より詳しくお教えいただけますでしょうか?
木村:そもそも友達の数もそこまでいるわけではないのですが、当時仲の良かった友人と急に連絡が取れなくなったり、人と能動的にコミュニケーションを取ることが精神的に難しくなってしまったり、交際していた男性との別れがあったり、自分の祖母が亡くなったり、自分が昔住んでいた家が取り壊されたりとそういった“喪失感”を感じさせられる出来事が、一気に重なった時期がありました。
ただ誰かと別れたり何かを失ってしまうという出来事は誰もが皆、当たり前に経験していくことで、それは決して特別なものではなく生きている限り日常にありふれていて、避けることや抵抗することが難しく、それでも尚生きていかなくてはならず、自分はそのことたちに対して「しんどさ」を感じます。
色々なことがどうしようもなく失われていく現実の中で、どうやって自分が適応し生きていったらいいんだろうかと考え続けた中、自分で自分を「補完」するしかないのではないかと考えました。
当たり前に世界は誰も助けてはくれないし、それこそ映画や小説の中のように自分を助けてくれる誰かに出会えるなんて現実では可能性は限りなく低く、自給自足で自分を助けるしかないのではと思い至りました。
そんな風に考えているのは自分だけではないのではないか、もし同じようなことを感じていて、生きるのがしんどい人に向けて自分を自分で補いながら生きていくことを少しでも肯定することができたらちょっと心が楽になるかもしれない。
それはある意味では“抵抗”といえるかもしれないし、『醒めてまぼろし』もそうした自分の想いが反映されている映画なのかもしれないとは思っています。
“そこ”という拠り所としての映画
──その「抵抗」こそが、木村監督が映画を制作するにあたって常に掲げ続ける“目的”なのでしょうか?
木村:目的という言葉が正しいのか分かりませんが、そのような側面はあるように思います。いままで映画を観続け、制作現場のスタッフとして関わり続けてきて、自分の好きな映画、自分が信じたいと思う映画が少しずつ見えてきた中で、そういうものに誠実で在り続けたいとは強く思っています。
──木村監督にとって映画を制作する“目的”は存在せず、しかし“理由”は確かに存在するということでしょうか?
木村:そうなのかもしれないです。私には自分自身が映画にとても助けられて生きてきたという自覚があって、だからこそ自分も誰かにとってのそういう映画を作れたらと感じることがあります。
基本的に、私は何も持っていないんです。死ぬほど仲良い友だちや心を深く開ける家族、好きな人が存在すれば、“そこ”に行かなくてもいいのかもしれない。それは自己肯定感の低さが原因によるものかもしれませんが、本当に何もないから拠り所が“そこ”にしかなくて、ですが“そこ”がまだ存在するから、私は生きていけているんだとも思っています。
誰かの「私のための映画」を作りたい
──そもそも、木村監督にとっての拠り所が映画となったきっかけ、木村監督が映画とつながったはじまりとは何なのでしょうか?
木村:小学生の頃、国語の授業で芥川龍之介の『藪の中』が扱われたことがあったのですが、その授業が終わった後に先生が「『藪の中』が原作だけれど『羅生門』というタイトルで作られた映画があって、それがとても面白いんだ」と教えてくれたんです。
それまでにも受動的に映画を観るという経験自体はしていたんですが、その先生が面白い人で変な授業ばかりしていた方だったので「この人が面白いというのなら、きっと面白いんだろう」と当時の私は思いました。そういった経緯を経て、初めて自分から積極的に観た映画が黒澤明の『羅生門』だったんです。
当時は自宅で観たのですが、とにかく面白くて「なんだこれは」となりました。それから積極的に映画を観続けるようになり、いつの間にか自分も「映画監督」という仕事で食べていけたらいいな、自分の思う世界、自分の思う感覚を映画で表現し他者に伝えることができたら幸せだろうなと思ったのが初めだったように思います。
映画を観た後に訪れる感覚はかけがえがなく、そういうものに出会ってある種救われたと感じている自分がいるので、1千人に1人、1万人に1人ととても少ないかもしれないですが、その中の1人にでも「ああ、これは私のための映画だ」と感じてもらえるような映画を作れたらと思っています。
同じように苦しみながらも、しんどい現実の中を生きている誰かのところへ映画を届けたいと思っています。
自分には何もない、だからこそ
──最後に、このたびの劇場での期間限定上映によって生じた、木村監督ご自身の変化をお聞かせいただけますか?
木村:やはり多くの方に観ていただけたといいますか、自主映画というだけでは観てもらえない方にも自分の映画を観てもらえる機会を得られたのはとても大きかったように思います。
本作の製作や以前にお世話になった方はもちろんのこと、これまで会ったことのなかった色々な方たちにも映画を観ていただき、様々な感想や見解などの話を聞くことができたことによって自分の中でとても世界が広がったように感じます。
自分には何もないですし、守るものもないです。ただ、それが映画を続けられる力にもなっているとも感じています。
インタビュー/河合のび・出町光識
構成/河合のび
撮影/出町光識
木村緩菜監督プロフィール
1992年生まれ、千葉県出身。日本映画大学卒業。在学中からピンク映画や低予算の現場で働く。
卒業制作では脚本・監督を務めた『さよならあたしの夜』を16mmフイルムで制作。卒業後は映画やドラマ、CM、MVなど様々な監督のもとで助監督として働く。
映画『醒めてまぼろし』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【監督・脚本】
木村緩菜
【キャスト】
小野花梨、青木柚、遠山景織子、仁科貴、青柳尊哉、尾崎桃子
【作品概要】
映画監督の育成支援を目的とする文化庁委託事業「若手映画作家育成プロジェクト(ndjc)」の2020年度作品として製作された短編3作のうちの1作。あるひとりの女性の現実と“眠り”にまつわる物語を描く。
監督は日本映画大学在学中からピンク映画や低予算の現場で働き、卒業後は映画やドラマ、CM、MVなど様々な監督のもとで助監督として活躍する木村緩菜。
映画『醒めてまぼろし』のあらすじ
2009年、冬。清水あき子は自宅から自分の学力で通える最大限に遠い都内の高校に通っている。
常に睡眠不足のあき子は家では眠ることができず、昔一緒に住んでいたおばあちゃんの家に行き、眠りにつく。
相変わらず寝不足の電車内、あき子は吉田と出会う。