ベトナム映画『サイゴン・クチュール』は2019年12月21日(土)より、新宿K’scinemaほか順次公開。
ベトナムの民族衣装“アオザイ”を扱ったポップでキュートなファッション・ファンタジー『サイゴン・クチュール』。
演出を務めたのは、脚本家・プロデューサーとしても活躍するグエン・ケイ監督です。
この度来日されたグエン・ケイ監督にインタビューを敢行。映画『サイゴン・クチュール』でアオザイをモチーフに描いた意図や、ベトナム映画の女優から女性地位向上のお話まで、さらには今後のご予定など、お話を伺いました。
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アオザイの映画を作りたい!
──最初に、映画のお仕事に携わるようにになったきっかけを教えてください。
グエン・ケイ監督(以下、グエン):私は小さい頃から映画を観るのが好きでした。そして19歳のときに『1735km』(2005/グエン・ギエム・ダン・トゥアン)という作品に縁あって参加する機会を得て、脚本と助監督を務めました。ちなみに“1735km”とは、サイゴンからハノイまでの距離を表しています。
その後、アメリカに渡り勉学に励むことになるのですが、卒業後、同じ大学の先輩でハリウッドで働いている方がいらっしゃって、その方が『1735km』を観て仕事を紹介してくれました。
小さい会社ではありましたが、監督とプロデューサーのアシスタントを経たのちに、脚本担当へと移り経験を積みました。2013年にベトナムで脚本家集団「A Type Machine」を創設する際に、この時の経験は大いに役立ちました。
──本作の日本での上映以前にもグエン監督は日本に訪れていますが、どのような活動をされていたのでしょうか?
グエン:NHKの「KAWAII PROJECT」に関わり、日本がどのような番組作りをしているのかを学びました。その後、個々のチームに分かれて日本の大都市に住む若者が作り出しているトレンドを取材し番組を制作しました。
──そのように海外でも多くの経験を積まれた後、ベトナムに戻り活動を続けてられているわけですが、『サイゴン・クチュール』の企画はどのような経緯で生まれたのでしょうか。
グエン:私は常にベトナムの伝統文化を愛する人間で、『カンフー・フォー』というベトナムの伝統食フォーを題材にした映画を作ったこともあります。
ベトナムの民族衣装アオザイも大好きで、アオザイのNo.1デザイナーであるトゥイ・グエンさんや、プロデューサーのゴ・タイン・バンさんと出会う中で「アオザイの映画を作りたい」という話になり、企画が立ち上がりました。
──一方で、主人公のニュイはアオザイを作るのを嫌がり、新しいものにばかり興味を持ち、伝統の継承を訴える母と対立します。そんなニュイとは同世代といえるベトナムの若者たちは、本作に対しどのような反応を示したのでしょうか?
グエン:この映画は若い観客に大変好まれました。興行成績も非常によかったですし、水玉や花柄タイルのデザインといった『サイゴン・クチュール』に登場したアオザイがトレンドにもなったんです。
映画の中でも言及していますが、伝統的なものも変わっていくんだということを知ったら、若い人たちもそれを受け入れやすくなるのだと思います。
最高のスタッフが集結
──主人公ニュイの部屋や仕立て屋のアトリエなど、作中には1960年代のサイゴンの雰囲気が魅力的に再現されていました。こうしたプロダクションデザイン(映画美術)はどのようにして手がけられたのでしょうか?
グエン:映画を作るにあたって、イメージはとても大切です。今回私がすごくラッキーだったのは、ベトナムでも1・2の実力を誇るプロダクションデザイナーの方に出会えたことです。
60年代に関する参考資料など、リサーチの中で得た時代背景に関する情報の他にキャラクターの個性も細かく伝えたところ、美術スタッフは本当に素晴らしいセットを作ってくれました。
またさらに素晴らしかったのは、トゥイさんがとても素敵な洋服をデザインしてくれたことです。ニュイが描くデザイン画も全てトゥイさんによるもので、デザイン画を描く手が映し出されるカットには、実はトゥイさんの手が映っているんです。
──冒頭でニュイが階段を降りてくる場面のカメラワーク、じわじわとカメラが横移動していくようにショットがつながっていく構成など、映像にもユニークさが見受けられました。
グエン:本作の撮影監督は、インスタレーション作品の数々を世界中の美術館に提供するアーティストとして知られている方なんです。
2006年にドキュメンタリーの仕事でご一緒したことがあり、その縁で今回、撮影を担当してもらいました。エンタメ作品を撮ったのは今回が初だったものの、見事な仕事をしてくれました。
あらゆる分野においてスタッフに恵まれたと、とても感謝しています。
ベトナムを代表する女優たち
──登場人物がほぼ女性というガールズムービーである本作は、物語においても恋愛要素は描かれておらず、それがかえってとても新鮮でした。
グエン:本作では「女の子の成長物語」に焦点を当てて物語を形作っていきました。
そこに恋愛という要素を取り入れると成長物語としての純度が薄くなってしまうと感じ、ひとりの傲慢で何もわかっていない女の子が風変わりな旅を経て成長していく姿を描くことに集中させました。
──ニュイがポージングしながら軽やかに進んでいく場面はミュージカル調でとても楽しく感じられますが、あの場面はどのように生み出されたのでしょうか?
グエン:あの場面は私だけではなく、主演のニン・ズーン・ラン・ゴックさんとの共同作業の中で生まれました。
彼女は有名なコメデイエンヌです。それゆえに、彼女が登場してくる場面はインパクトのある印象的なものにしたかったのです。そこで彼女が、おかしくもチャーミングな振り付けを考えてくれました。
──グエン監督から見たゴ・タイン・バンさんとニン・ズーン・ラン・ゴックさんはどのような女優ですか?
グエン:ふたりとも役柄とは正反対です。ゴ・タイン・バンさんは新しいものが大好き。ニン・ズーン・ラン・ゴックさんはシンプルでリアリストな方です。スターですが、奢らずとても堅実です。
──48年後の2017年を生きる、未来のニュイ役を演じられたホン・ヴァンさんとのお仕事はいかがでしたか?
グエン:彼女はここ30年にわたるベトナムにおいて、もっとも有名だった方です。
彼女は舞台作品をメインに活動してこられた女優さんで、現在はプロデューサーとしても活躍されています。
母と娘の関係を描く
──グエン監督は母と娘の関係に、こだわりのようなものはあるのでしょうか。
グエン:映画人としてどんなプロジェクトや作品で手がけたとしても、まず自分の心が制作の出発点になっています。その中で、私は常に「幼いころに十分母親から愛情を受けられないと、成長した後に多くの影響が現れる」というマミーズ・イシューの問題を考えてきました。
私と母の関係は良いとはいえません。もちろん私は母を愛しているし、母も私を愛していくれていますが、伝承のようにはならないのです。
脚本執筆においては、自分に一番近いものを書くのが基本といえます。そして私にとっては、34年間抱えているその問題が、一番自分の気持ちを込めて書けるものだったんです。
『サイゴン・クチュール』の母親は、仕事を一生懸命続け、伝統を愛し新しいものを嫌い、自分の子供も自分と同じようになってほしいと考えている典型的な母親です。
一方、娘のニュイは大人になりきれていない女の子で、祖父母や両親の時代のような古いものが嫌い。新しいものが大好きで自分の思い通りにしたいと思っているキャラクターです。
「ニュイ」という彼女の名前は、漢字では「如意」と書きます。“思い通り”という意味を持っている名前なのですが、実際には終わりに至るまで思い通りに全然いかないのです。
ベトナム映画の今
──本作にてキャストとプロデューサーを務めたゴ・タイン・バンさんは女性起業家としても活躍しており、グエン監督自身もプロデューサーとしての活動もされています。ベトナム映画界における女性の地位について教えていただけますか?
グエン:国全体では女性の力がすごく強くて、大事にされています。映画においても女性が主人公であることが多いです。
ですがベトナム国内で活動する映画人のほとんどは男性であり、業界全体の97%を占めています。この映画は例外的です。
──2018年には日越国交樹立45周年記念事業として「ベトナム映画祭2018」が日本各地で開催され、様々なベトナム映画を観る機会がありました。グエン監督は、現在のベトナム映画の状況をどのように捉えていますか。
グエン:ここ20年で、ベトナムの経済は急成長しています。それにともなって文化、社会、エンターテインメントといった分野も同時に進歩してきました。ただ他の国々と比べると、ベトナム映画界はまだまだ若いんです。
私としてはもっと早い成長で、もっともっとベトナムの映画界が発展していくといいと思いますし、その中で、多様なものが生まれてくることを期待しています。
──今後の活動についても教えていただけますか?
グエン:2020年の3月に『サイゴン・クチュール2』の撮影に入る予定です。アメリカで生まれ育ったベトナム二世の17・18歳ぐらいの女の子が、ベトナムに帰ってきてアオザイ作りを習うという物語を予定しています。そしてアオザイ作りの先生は主人公の母方の祖母なんですが、なんと幽霊なんです。
さらに『サイゴン・クチュール3』の構想もあります。日本の着物とアオザイのお話で、2021年の3月ごろに撮影したいと思っています。
『サイゴン・クチュール』で未来に行ったり、続編で幽霊を出したりと様々なジャンルのエンタメ作品を撮っているのは、私自身がファンタジーが好きだというのもありますが、観客の方に楽しんでもらいたいし、感動してもらいたいし、伝わって欲しいと願っているからです。
インタビュー・撮影/西川ちょり
グエン・ケイ監督のプロフィール
アメリカ・イギリス・日本で実績を積み、ベトナムに帰国後は脚本・監督・プロデューサーとして活躍。
2013年に脚本家集団「A TYPE MACHINE」を創設し、ゴ・タイン・バン主演の『ハイフォン』では脚本を担当。同作はベトナム歴代興行記録を塗り替える大ヒットとなりました。
国内外にアオザイブームを巻き起こした本作では、監督と脚本を担当。またプロデュース最新作としてヴィクター・ブー監督の『Mat Biec』も手がけています。
映画『サイゴン・クチュール』の作品情報
【公開】
2019年(ベトナム映画)
【原題】
Cô Ba Sài Gòn(英題:The Tailor)
【製作】
ゴ・タイン・バン
【監督】
グエン・ケイ、チャン・ビュー・ロック
【脚本】
エー・タイプマシン
【出演】
ニン・ズーン・ラン・ゴック、ホン・ヴァン、ジエム・ミー、オアン・キエウ、S.T、ゴ・タイン・バン(ベロニカ・グゥ)
【主題歌】
ドン・ニー
【作品概要】
ふとしたことで1969年から現代にタイムスリップした女性の成長を描いたベトナム映画。
監督は脚本・プロデューサーとしても活躍するグエン・ケイ。ベトナムを代表する女優であると同時に映像制作会社「STUDIO 68」を創設し、ベトナム映画界を牽引しているゴ・タイン・バンが製作。出演も兼ねている。
人気女優ニン・ズーン・ラン・ゴックがヒロインを演じ、世界的なコスチューム・デザイナーのトゥイ・グエンなど、ベトナムを代表する新世代女性クリエイターが集合。
アオザイをテーマとしたキュートなファッション・ムービーとして、興行的にも成功をおさめた。また国内外でアオザイがトレンドとなったことでも話題となった。
映画『サイゴン・クチュール』のあらすじ
サイゴンで9代続くアオザイ仕立て屋の娘ニュイ。彼女は新しいファッションに夢中で、アオザイが大嫌い。アオザイづくりを覚えるようにさとす母とも対立していました。
ところが、ふとした拍子に2017年にタイムスリップしてしまいます。そこで出会ったのは変わり果てた未来の自分でした。母が急逝したあと、店が傾き倒産、生家も取り上げられる寸前というひどいありさまです。
ニュイは《人生》を変えるべく、現代のファッション業界で下働きを始めました。その過程で大切なものを学んでいきます。もともと才能に恵まれていた彼女はめきめきと頭角を表しますが、アオザイが作れないことで大ピンチに見舞われ…。
ニュイは果たして、なりたかった《本当の人生》を取り戻すことができるのでしょうか?!
ベトナム映画『サイゴン・クチュール』は2019年12月21日(土)より、新宿K’scinema他ロードショー!