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Entry 2020/08/26
Update

【速水萌巴監督インタビュー】映画『クシナ』“母娘”を通じて自身の人生と無意識に潜む物語を描き出していく

  • Writer :
  • Cinemarche編集部

映画『クシナ』は2020年7月24日(金)より全国にて絶賛公開中!

人里離れた山奥で独自の共同体を築き営んできた村に、外界の男女が足を踏み入れたことで始まる綻びと、母娘の愛情と憎悪を映し出した映画『クシナ』。


photo by 田中館裕介

作品を手がけたのは、本作が長編デビュー作となる新鋭・速水萌巴。監督自身の過去の体験に根ざした母と娘の物語を描いた本作は大阪アジアン映画祭2018でJAPAN CUTS Awardを受賞。北米最大の日本映画祭であるニューヨークのJAPAN CUTSに招待され、独特の感性と映像美によって支えられる世界観は海外からも高い評価を得ています。

今回は速水監督に、本作に込められた思いとともに、映画に携わることを決心したきっかけや映画に対する自身の考えなどをおうかがいしました。

自分自身の人生によって映画/人とつながる


(C)ATELIER KUSHINA

──本作の制作経緯や物語の着想について改めてお聞かせいただけますか。

速水萌巴監督(以下、速水):着想という点では、私が実際に19歳から20歳になる際に感じた、自分の母親に対する認識の変化がベースになっています。

それまでの私は「母とは絶対に分かち合えない部分は明確に存在する」という思いを抱いていたんですが、ある出来事をきっかけにその思いが母親への尊敬の念と変わりました。そうした自身の心情をテーマとして、設定や舞台を変えて物語を作っていきました。私はアレハンドロ・ホドロフスキーとかデヴィッド・リンチなど、いわゆる「こじらせ監督系」(笑)の映画が好きなんですが、そういった監督の「自分自身の何らかのコンプレックスを元に、それらを解体・分析して再構築する」というスタイルの影響を受けており、今回の制作もそれらを反映したことでこのような形の作品となりました。

私は自分の人生をどう描くかという点が、自身の映画との関わりとなる点そのものだと思っています。そこには、私自身があまり社交的な人間でないからこそ、映画を通じて人とつながりたいという思いもあります。

無意識に潜む物語を呼び込む


(C)ATELIER KUSHINA

──速水監督が映画、そして映画制作と出会われたきっかけはどのようなものだったのでしょうか。

速水:私の父が映画好きで、よく幼い頃から一緒に映画を観に行っていました。父と一緒にいられる時間が嬉しかったんです。ただ父はすごく忙しい人だったので、週末の日曜日に一緒に観ていても呼び出され、途中でお父さんだけ帰っちゃうこともよくあったんですが……。でも、そんな頃から映画が好きになりました。

あの頃は「ハリー・ポッター」シリーズがとても好きでした。当時はすごく盛り上がっていて、当時両親にDVDボックスを買ってもらったくらいでした。実は子供の頃は、「ハリー・ポッター」シリーズはもちろんその映画ごとの世界が本当にあると思い、そこに入り込みたいとずっと思っていました。ですが、そのDVDボックスに入っているメイキング映像を観て、それらがすべて人々の手によって作られた世界だということを知り、「映画を作りたい」という思いに変わっていきました。

また自分が考える物語は、実はあまり現実に即した世界ではありません。見る夢自体も全然現実の世界でないですし。多分自分の意識下にはない場所に「物語」と呼ばれるものがあって、その場所と私は交信を試み、物語を現実世界に呼び込むという形で映画にしたいという思いがあるように感じています。交信といっても、具体的に見えてくるものはどれも断片的。そして、たまに旅行などをした際にあるものを見ると「あれ?これはどこかで見た風景だな」と感じ、よく考えてみるとそれは、断片たちがつながれた自分の中に潜む物語の一場面だった……ということが度々あります。


photo by 田中館裕介

──そのような「交信」を経て見えてくる物語とは、具体的にはどのようなイメージなのでしょうか。

速水:イメージの舞台は、割と砂漠といった中東世界の景色であることが多いです。この世界には様々な宗教が存在していますが、ある本を読んだ際、「はるか昔に『神様の声を聞いた』と幾人もの人が声を上げ、その人々は『預言者』と呼ばれ、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教が生まれ……」といった話を知ったことがあります。確かにそう考えてみると、それらはベースがよく似ていますよね。

またその本には、「人類は無意識という場所を通じて一つの物語を共有していて、そこにたどり着けた者が『神様の声を聞いた』と言ったんじゃないか」とも書かれていました。それが自分の中ではすごくしっくりきて、私にとっての「物語」もそういうものなんだと感じています。

過去の記憶が目覚めていく音楽


(C)ATELIER KUSHINA

──ちなみに作中の重要な場面にて、劇伴としてパッヘルベルのカノンが使用されていましたが、その演出の意図は何でしょうか。

速水:パッヘルベルのカノンは実は私が子どもの頃に使っていた目覚まし時計のメロディ音だったんですが、「あの頃に戻ることができる、人々を目覚めさせる音楽」として使用しました。この音楽はとても不思議な曲で、深い悲しみも感じるけれど、同時に確かな喜びも感じることができる曲だと以前から思っていて、使用した場面でのクシナや周りの人々の状況や心情にはぴったりだと考え、今回使ってみました。

当初から、音楽を付けていく時にはそれぞれの登場人物に沿ったもの、たとえばクシナなら木琴を用いた曲を組み合わせるなど、それぞれの心情に合った音楽を付けたいと思っていました。ただ、パッヘルベルのカノンを使用したあの場面は、そこに登場する人々全員のための場面でしたから、「全員に寄り添える音楽がいいな」と考えていました。だからこそ、私の過去の、記憶の中から出てきた曲を使ったんです。

三人の女性を通じて描く“愛の形”


(C)ATELIER KUSHINA

──本作に登場するクシナの母親・カグウとカグウの母親・オニクマという二人の母親は「娘を守りたい」という思いは共通していますが、その行動は対照的ですね。

速水:自分と母親のそれぞれの要素をカグウとオニクマの二人に入れていった形なんです。それはある意味私の願望であり、母にこうあってほしかったという思いなども含まれています。

ただ基本的には私と母親の物語でもあるものの、もっと広く女性の愛にまつわる強さというものを描きたいと思っていました。ですが、オニクマとカグウ、そして人類学者・蒼子という三人の大人の女性がいる中でその愛のベクトルが「クシナが山を下りる」という一つの行動へと向かれ、それぞれが変わっていく様子を映画では描きたいとも考えていました。

たとえばオニクマだったら、「クシナやカグウに対する個人的な愛情」から「この集落を守るという大きい人類愛」に変わっていく。それが多分、女性の愛というものの最終形態なのかなと私は思うんです。一方で蒼子だったら、映画ではそれほど深く言及していないですけど、彼女は自分にとっての恋愛の対象者が分からない状態、もしくはある意味では同性愛的な感情を、「クシナを山から連れて帰りたい」と決断することによって自覚することで自身の愛を考えることになる。そしてカグウだったら、愛には「保護する」という形だけじゃない形もあることに気づかされるなど、そういったいろんな愛を描きたいなと思っていました。

単一化が進む現代社会で


photo by 田中館裕介

──本作の根幹には速水監督の無意識の内にある「物語」とともに、速水監督の意識上にある「思考」「思想」も流れています。その「思考」「思想」はどのように形成されたものなのでしょうか。

速水:立命館大学に通っていた時、当時学部長を務めていたのが文化人類学者の大森康宏さんで、私は彼が担当されていた映像人類学の講義を受けていたんです。その講義の中で、大森さんが撮られたジプシーに関するドキュメンタリーを鑑賞する機会がありました。作品に登場するジプシーの人々は、日々の食事のために動物を自分たちで獲りに行き、その日に動物が獲れたらその肉を食べるし、獲れなかったらその日は食べないという生き方をしていて、そんな生活が私は素敵だなと感じました。そういう風に自分と文化も考え方も違う人々の生活の中にこそ、私にとって心地のいい、美しいと感じられることがあるんじゃないかと思い、それから色々な文化に興味を持つようになりました。

グローバル化した現代において、特に人種や性別の差別などに対して大きな批判の声が上がってきている中、もちろんその差別によって不当な扱いを受ける人々が存在することは容認できないんですが、一方で人々の考え方の単一化が進んでしまうことに怖さも感じています。私たちが日々の糧としている文化のほとんどは、実は様々な差別の中から生まれてきたものが多く、その背景を忘れずに文化や考え方の違いを尊重し、継承すべきだと思っているんです。

そんな今の世の中への漠然とした不安が前提としてあり、その上で本作の設定のような小さな集落を作り、その中で生まれる美しさというものを描きたいと考えていました。その意味ではいろんな要素が混ざり合い、いろんな角度から様々な論点を話せる映画になったのではないかと思います。

インタビュー/河合のび
撮影/田中館裕介
構成/桂伸也

速水萌巴監督(はやみ もえ)プロフィール

立命館大学映像学部卒業後、早稲田大学大学院へ進学。在学中から映画やCMの現場で働き始める。助監督を務めた映画『西北西』(中村拓朗監督)は、釜山国際映画祭ニューカレンツ部門、JAPAN CUTSにて上映される。また、主人公の部屋のデザイン・装飾を担当した映画『四月の永い夢』(中川龍太郎監督)はモスクワ国際映画祭で批評家賞を受賞。本作が長編監督デビュー。

映画『クシナ』の作品情報

【公開】
2020年(日本映画)

【監督】
速水萌巴

【キャスト】
郁美カデール、廣田朋菜、稲本弥生、小沼傑、佐伯美波、藤原絵里、鏑木悠利、尾形美香、紅露綾、藤井正子、うみゆし、奥居元雅、田村幸太、小野みゆき

【作品概要】
山奥で独自の文化を築いた「女性しかいない村」に外界から訪れた二人の男女が足を踏み入れたことで始まる綻び、そして村で暮らす二つの母娘の愛情と憎悪を映し出した作品。本作が長編デビュー作となる速水萌巴が独特の世界観で描きました。

映画『クシナ』のあらすじ


(C)ATELIER KUSHINA

深い山奥に人知れず存在する、女だけの”男子禁制”の村。村長である鬼熊〈オニクマ〉(小野みゆき)のみが、山を下りて収穫した大麻を売り、村の女たちが必要な品々を買って来ることで、28歳となった娘の鹿宮〈カグウ〉(廣田朋菜)と14歳のその娘・奇稲〈クシナ〉(郁美カデール)ら女たちを守っていました。

人類学者の風野蒼子(稲本弥生)と後輩・原田恵太(小沼傑)は、閉鎖的なコミュニティにはそこに根付いた強さや信仰があり、その元で暮らす人々を記録することで人間が美しいと証明したいと何度も山を探索しており、ある日、村を探し当てます。

鬼熊が下山するための食糧の準備が整うまで二人の滞在を許したことで、それぞれが決断を迫られていき……。

映画『クシナ』の劇場公開情報

【アップリンク渋谷(東京)】
2020年7月24日(金)~9月3日(木)/▶︎アップリンク渋谷公式サイト
《トークショーイベント》
8月28日(金)/17時00分〜18時12分:
上映前トークショー(登壇者:小沼傑、速水萌巴監督)
8月29日(土)/17時00分〜18時12分:
上映後トークショー(登壇者:郁美カデール、稲本弥生、速水萌巴監督)
8月30日(日)/17時00分〜18時12分:
上映後トークショー(登壇者:小野みゆき、速水萌巴監督)
8月31日(月)/18時35分〜19時47分:
上映後トークショー(登壇者:廣田朋菜、小野みゆき、速水萌巴監督)
9月1日(火)/17時00分〜18時12分:
上映後トークショー(登壇者:汐田海平、速水萌巴監督)
9月2日(水)/17時30分〜18時42分:
上映後トークショー(登壇者:小野みゆき、速水萌巴監督)
9月3日(木)/18時35分〜19時47分:
【最終日】上映後トークショー(登壇者:廣田朋菜、小沼傑、速水萌巴監督)

【キノシネマ立川高島屋S.C.館(東京)】
2020年9月25日(土)/▶︎キノシネマ立川高島屋S.C.館公式サイト

【横浜ジャック&ベティ(神奈川)】
秋公開/▶︎横浜ジャック&ベティ公式サイト

【あつぎのえいがかんkiki(神奈川)】
2020年9月5日(土)~9月18日(金)/▶︎あつぎのえいがかんkiki公式サイト

【シネマスコーレ(愛知)】
2020年8月29日(土)/▶︎シネマスコーレ公式サイト

【刈谷日劇(愛知)】
2020年8月28日(金)/▶︎刈谷日劇公式サイト

【シネ・ヌーヴォ(大阪)】
秋公開/▶︎シネ・ヌーヴォ公式サイト

【アップリンク京都(京都)】
秋公開/▶︎アップリンク京都公式サイト

【岡山メルパ(岡山)】
2020年8月14日(金)~8月27日(金)/▶︎岡山メルパ公式サイト

【キノシネマ天神(福岡)】
2020年10月16日(金)/▶︎キノシネマ天神公式サイト

※実際の上映時間等の詳細は各公開劇場の公式サイトにてご確認ください。



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