映画『BOLT』は2021年2月13日(土)より大阪シネ・ヌーヴォにて、2月26日(土)より京都出町座にて、以降も神戸元町映画館ほかにて全国順次ロードショー!
『夢みるように眠りたい』(1986)、『私立探偵 濱マイク』3部作(1994~1996)などで知られる林海象監督の映画『BOLT』は、震災という未曾有の大惨事に見舞われ人生を大きく狂わされることとなった男性を主人公に、3エピソードに分けて作品を構成しています。
episode1「BOLT」は、大地震により原子力発電所のボルトがゆるみ、圧力制御タンクの配管から漏れ出した冷却水を止めるため、命がけでボルトを締めに向かう男たちの姿を描いた物語。永瀬正敏、佐野史郎、金山一彦らが迫真の演技を見せています。
episode1「BOLT」にて原子炉へと通じる「松の廊下」と呼ばれる通路、防護服などの美術を担当したのは、現代美術家のヤノベケンジさん。2016年、ヤノベさんの個展会場である高松市美術館に「彫刻作品」としてセットが組まれ、episode1「BOLT」の撮影が行われました。
この度、映画『BOLT』関西公開を記念してヤノベケンジさんにインタビュー。ヤノベさんの作品表現に映画がどのような影響を与えてきたのか、映画『BOLT』の舞台裏や作品への想いなどをお聞きしました。
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“映画”が育てたアーティストとしての在り方
──ヤノベさんは大学時代「映画に関する仕事をしたい」と思われていた時期もあったとお聞きしました。ヤノベさんのアート作品と映画の関係について改めてお話を聞かせください。
ヤノベケンジさん(以下、ヤノベ ):幼少期は映画のみならず、アニメ・漫画・特撮ヒーローものなど、いわゆるサブカルチャーに没頭していました。中学生の時にSF大作映画ブームがあって、その中でもやはり「スター・ウォーズ」シリーズにはものすごく大きな影響を受けましたね。
高校生になるとバルタン星人やガメラなどの衣装や着ぐるみを実際に製作し、特撮の美術セットを作るような仕事に就きたいと思うようになりました。そうした仕事に活かせる技術を学べるのではと美術系の大学に進学し、彫刻科を選んだんですが、そこでアートの面白さに気づいたんです。映画のセットや小道具を作るような感覚で、彫刻作品を作っていくやり方もあるのではと考えるようになったんです。
映画でも演劇でも遊園地でもゲームセンターでもない、何か新しい自分の表現の場を持てばいいんじゃないか。その上でSF映画に出てくるセットのようなスケールと質感を持った彫刻作品を作り出したいと考えました。1990年に制作した、映画『アルタード・ステーツ/未知への挑戦』(1980)に「ジョン・C・リリー博士の瞑想タンク」として登場しそうな『タンキング・マシーン』もその一つです。
その後も社会的なテーマ、例えば原子力と核の問題などを「サバイバル」という言葉に基づき展開し、1997年にはチェルノブイリに実際に行くというプロジェクトも行いました。ドキュメンタリー映画のような物語を持ちながら作品を作り、自分の人生を映画に撮るような気持ちで作品を発表するアーティストになっていったと感じています。
「スター・ウォーズ」シリーズが好きなのは勿論ですが、その原点は何かというと黒澤明につながりますよね。エンターテインメント作品を作った後にはメッセージ性の強い作品を作る、例えば『七人の侍』(1954)の後に原水爆をテーマにした映画『生きものの記録』(1955)を作るという姿勢には多くを学びました。そういう意味でも、映画は僕の作家の表現活動に強い影響を及ぼしているといえます。
映画というメディアの力を再確認した『森の映画館』
──2004年に森美術館で発表された作品『森の映画館』の中で「上映」された映像作品を拝見しました。同作は「映画館」をモチーフとした作品ですが、ヤノベさんが映画館という存在に対して抱いている想いをお聞かせ願えませんか?
ヤノベ:小学校の頃、僕が住んでいた町の映画館は少し前にロードショーされた映画が3本立てで上映されていて、入替えもしないので朝から晩までずっと映画館で映画を観るというのが当時の娯楽でした。テレビで観るのとは違う特別な世界があって、その世界に没頭できる映画館という装置にはとても魅力を感じていました。
──『森の映画館』は一見するとのどかな山小屋に見えますが、実は鉄で出来た核シェルターになっているんですね。
ヤノベ:「子どもにしか入れない子どものための映画館」という設定で、子どもを守るためのシェルターになっています。そこで上映される映画は、僕の父親が行う腹話術に途中アニメーションや教育映像などを絡めたもので「どうかこの世界を生き抜いてくれ」という子どもたちへの想いを込めています。
子どもが観るために設定されているとはいえ、美術館では大人が小屋の外窓から内部を観られるようになっています。中の映像だけを見せるのではなく「映画館の形をした小屋がある」という彫刻作品であり、インスタレーションであり、ある種のシアターのようなものでもある作品です。
映像作品に関しては、僕の父が孫のために趣味で始めていた「腹話術」を取り入れました。少々ナンセンスな映像なんですが、途中から仄かに怖くなってくるんです。人類が向き合うべき核の問題が立ち現れるからですが、最後には、自分の「腹の内」を人形に託せる腹話術というメディアを介して愛情を表現しています。プライベートなドキュメントであると同時に、普遍的な物語も内包する構造でもあるわけです。
それまでは彫刻作品を作ってアプローチしていましたが、自分の彫刻作品に初めて映像を取り入れたことで、その伝達性の強さ、映画というメディアの魅力を再確認しました。
美術館で“展開/表現”されたepisode1「BOLT」
──林海象監督の映画『BOLT』にてepisode1「BOLT」の美術を担当されたことも、これまでのヤノベさんの作品に連なるものですね。
ヤノベ:林海象さんも、そういった経歴などから映画の美術を僕に任せたいと考えられたと思うんです。フィクションの中にリアリティを持たせたいのに加えて、僕の「表現」を使うことで、ある種メタファーとして現実における実際の事故を描けると感じられたのかもしれません。
ただ実際にepisode1「BOLT」の脚本を読むと、長い廊下や原子炉、防護服など物凄いバジェットが必要で、それをどう解決するかという課題がまずありました。そうして悩んでいた時に、2016年の瀬戸内国際芸術祭にあわせて、高松市美術館でも僕の個展を開くことが決まったんです。個展なら好きなことをやらせてもらえるのではと考え、僕は「彫刻作品」を作るつもりで、美術館に原子炉と「松の廊下」と防護服を作るから、そこで撮影しましょうと林さんに提案しました。
美術館にセットを作り、永瀬正敏さんや佐野史郎さんという一流の俳優さんたちが訪れ、観客は撮影の現場に立ち会える。シアターでありパフォーマンスでもあり、美術展でありドキュメンタリーでもある。現実とフィクションが混同したような面白い経験が出来る展覧会でした。先程も触れた、映画でも演劇でも遊園地でもゲームセンターでもない、既存のアートとは異なる新しい何かを発見し表現したいという僕の想いが、この展覧会という形で実現したように思います。
撮影自体は林さんが教鞭をとられている東北芸術工科大学の学生と、僕が教えている京都芸術大学(旧名・京都造形芸術大学)の学生が行なったんですが、実践型の撮影で彼らも非常に刺激を受けたと思います。また出来上がった映画を観た際には、自分が作ったセットのはずなのに、観ていて息が詰まるような感覚を抱いた。これが「映画の力なんだな」と驚かされました。
“編集”が広げる映画『BOLT』の可能性
──episode1「BOLT」は全ての美術・映像が印象に焼き付けられましたが、中でも「アトム・スーツ」の顔部分が光り、暗闇でそれだけが浮かび上がる映像には非常に魅せられました。
ヤノベ:スーツをデザインし作ったのは確かに僕なんですが、やはり役者さんの力なんです。彫刻作品の中に「新しい素材」として役者の魂めいたものが入り、自分が想像した以上に作品の可能性が広がったといいますか、今までにない不思議な体験をしました。
──短編として完成したepisode1「BOLT」をご覧になった時の印象は、episode2「LIFE」、episode3「GOOD YEAR」とつなぎ合わされ完成した映画『BOLT』をご覧になった時にやはり変化が生じましたか?
ヤノベ:全く変わりましたね。撮影の順番はバジェットの問題もあり、episode3「GOOD YEAR」を一番最初に撮り、次にepisode2「LIFE」を撮り、最後にepisode1「BOLT」を撮ることになったんですが、「BOLT」そのものは現実とは少しかけ離れた世界である一方で恐ろしいまでの緊迫感があり、密度が濃く、息つく暇もない物語となっています。
「LIFE」では、「BOLT」での緊迫感は薄れゆったりとした時間が流れるのですが、その中を漂うどうしようもない絶望感が存在し、人間の「リアル」な生活のことを考えざるを得なくなる。そして最後の「GOOD YEAR」では、再びファンタジーの香りを見せる中で、未来への希望の兆しを描き出している。3本の短編が一本の映画『BOLT』になることで、「BOLT」だけでは表せない豊かな可能性、色々な想像力を所感させるものに仕上がったと感心しましたね。
異なる“サバイバル”の状況下で映画『BOLT』が上映
──ヤノベさんは「サバイバル」から「リバイバル」へとテーマを展開され、作品を制作してこられましたが、2020年より続くコロナ禍についてはどのように感じておられますか。
ヤノベ:僕自身「フェイスシールド」にあたるものを付けた作品を色々と作ってきたのもありますし、映画『BOLT』も今改めて観ると防護服が登場するなど……それもある種の「予感」といえるものですが、今回こういうタイミングで『BOLT』という映画が公開されることには、運命的なものを感じています。
原発や核の問題は、福島やスリーマイル島、チェルノブイリひいては広島・長崎など、場所的・局所的な問題として捉えられがちですが、本当は人類がちゃんと向き合わないといけない大問題であり、絶え間なく考え続けなくてはならないことなんです。
新型コロナウィルスは地球規模の感染症であることからも、全人類が取り組む問題になっていますが、核の問題もコロナの問題と同じように、人類が向き合うべき問題として改めて考える必要があります。そして『BOLT』という映画が、はからずも絶妙なタイミングで上映される……今こそ、観ていただければと思います。
インタビュー・写真/西川ちょり
ヤノベケンジ プロフィール
1965年生まれ、大阪出身。現代美術作家であり京都芸術大学(旧名・京都造形芸術大学)教授。また同大学内のウルトラファクトリー・ディレクターも務めている。
京都市立芸術大学美術学部にて彫刻科を専攻。大学院在籍中の1990年に『タンキング・マシーン』(現・金沢21世紀美術館所蔵)でデビュー、以降も「サバイバル」をテーマに終末的な環境を生き抜くための機械彫刻を制作。
1997年よりガイガーカウンターを搭載した自作の放射線感知服を着用し、原発事故後のチェルノブイリなどを訪問する「アトムスーツ・プロジェクト」を開始。2000年代より「サバイバル」から「リバイバル」へとテーマを移し、現在も国内外で精力的に発表を続けている。
主な展覧会に「日本ゼロ年」(水戸芸術館/1999)、個展「メガロマニア」(国立国際美術館/2003)、個展「キンダガルテン」(豊田市美術館/2005)、個展「トらやんの世界」(霧島アートの森/2007)、個展「ヤノベケンジ—ウルトラ」(豊田市美術館/2009)、個展「ヤノベケンジ シネマタイズ」(高松市美術館/2016)など。
映画『BOLT』の作品情報
【日本公開】
2021年(日本映画)
【監督・脚本】
林海象
【episode1キャスト】
永瀬正敏、佐野史郎、金山一彦、後藤ひろひと、テイ龍進、吉村界人、佐々木詩音、佐藤浩市(声)
【episode2キャスト】
永瀬正敏、大西信満、堀内正美
【episode2キャスト】
永瀬正敏、月船さらら
【作品概要】
「BOLT」「LIFE」「GOOD YEAR」の3エピソードで物語を構成し、震災という未曾有の大惨事に見舞われ人生を大きく狂わされることとなった男の姿を描いた作品。監督は『夢みるように眠りたい』、『私立探偵 濱マイク』3部作などで知られる林海象。
全話を通じて登場する主人公の男を永瀬正敏が演じたほか、episode1「BOLT」の撮影は、現代美術家ヤノベケンジが香川県高松市美術館内に制作した巨大セットにて行われた。
映画『BOLT』のあらすじ
episode1「BOLT」
日本のある場所で大地震が発生。その振動により原子力発電所のボルトがゆるみ、圧力制御タンクの配管から冷却水が漏れ始めた。高放射能冷却水を止めるべくボルトを締めに向かう男たちを描く。
episode2「LIFE」
原発事故後、避難指定地区に独り住み続けたひとりの老人が亡くなり、遺品回収に向かった男が直面する現実を描く。
episode3「GOOD YEAR」
クリスマスの夜、車の修理工場で暮らす男の前に現れたのは、津波で流されて亡くなった妻によく似た女だった……夢か幻のような体験を描く。