映画『五億円のじんせい』は2019年7月20日(土)よりユーロスペースほかにて全国順次ロードショー!
オリジナル企画、出演者、ミュージシャンをオーディションで選出しながら作品を完成させるという挑戦的な取り組み「NEW CINEMA PROJECT」の第一回グランプリを受賞した文晟豪(ムン・ソンホ)監督の映画『五億円のじんせい』。
かつて五億円で命を救われた少年が、17歳の夏、五億円を貯めてから死ぬための旅に出て、様々な仕事と人に出会いながら、本当の命の値段を見つめていきます。
今回は、主人公の望来(みらい)と奇妙な交流を交わす、ホームレスいちさん役として確固たる存在感と貫禄ある演技で魅せる、平田満さんのインタビューをお届けします。
本作の魅力をはじめ、役者の人生を歩むきっかけとなった、つかこうへいさんの出会いから、役者として大切にされている事など、多岐に渡りお話を伺いました。
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映画『五億円のじんせい』への経緯
──本作のオファーを受けたきっかけは何ですか。
平田満(以下、平田):蛭田直美さんが書いた脚本を読んで、作品として面白いものになるだろう、やりたい映画だと感じたからです。
彼女の脚本の発想が面白いですよね。ちょっと風刺が効いていて、ひねりもあったり、ただ単に純粋な何かを見せるとかではないものがあります。
それにオリジナルの脚本というところにも惹かれました。原作付きって結構ありますし、ちょっと変わってるなあと思うとマンガが原作だったり。そういう中で一から作っているものには、なかなか出会えませんからね。
──文晟豪(ムン・ソンホ)監督はいかがでしたか?
平田:柔和な方ですね、文監督は。それは映画の作風からも見て取れますが、暴力的な描写があってもそれを良い意味で軽く描ける。
文監督とは、衣裳合わせなどで役についての具体的な話をしました。僕の役はホームレスの役なんですが、カートを引いているだとか、住まいに本が並んでいるだとか、演技というよりは、「いちさん」というホームレスをどう撮りたいかということを話しました。
読書家だったりという、ただ単に人生の落後者じゃないというような状況表現は監督やスタッフの人たちがセットを通して作ってくれました。僕もそういう設定の人物を演じるのは好きですね。
ホームレスのいちさん役を演じる
──いちさんの住まいで、主人公の望来に背中を向けて寝て語りかけているシーンは印象的でした。
平田:あれは文監督のイメージを聞いた上で、僕の考えも入れていきました。監督が柔軟に取り入れてくれたものです。ああいった狭い場所で面と向かって話すのは恥ずかしいじゃないですか。歳も離れていますし。
原体験や今まで観てきた映画やドラマに影響を受けているところもあるかも知れませんが、僕自身がああいった間接的なやり取りが好きなところもあります。
寝ながら話すって、人間がいちばんリラックスしている時だし、ちょっと本音っぽいことを言っていても、目と目を見合って対面しているんじゃなくて、お互い違うところを見ながら、言葉だけがやり取りされる。そういうのって、なんかイイじゃないですか。
──平田さんのお芝居を拝見していると、本当に平田さんご自身がその場に存在して話しているようにいつも感じます。
平田:僕が実際にああいうホームレスのオジサンになっててもおかしくないなとは思います(笑)。今回はいちさんの役の方から僕に近寄ってきてくれたのかも知れないですね。こういうキャスティングを考えてくれたプロデューサーや監督に感謝したいです。
俳優・望月歩の魅力
──主演の望月歩さんはいかがでしたか?
平田:とてもピュアでそのまんま「望来ちゃん」ですね。周りの状況を理解して、要領良く出来る。そんなタイプには全然見えないけど、きっちりやっているところは魅力的でした。
撮影時、彼はまだ高校生でした。思春期の只中でああいった子は中々いないですよね。有望な若手俳優がたくさんいる中でも、彼はとてもユニークな存在のような気がします。素朴で野生的で荒削りっていう訳でもない、彼だからこその不思議な魅力を感じて、この時期ならではの中性的な魅力がありましたね。
平田:もちろん2、3年経ったらもっと男性的になっていくでしょうから、今回は彼の今持っている雰囲気からして本当にピッタリでしたね。
若い時って何でも吸収していくからそういう力もあるかも知れませんね。あれだけ酷い人たちに囲まれながらも、吸収しつつ成長していくようなね。
僕とは全然違う役者になると思いますけど、彼にとってはひとつひとつやっていくことが、自分の血肉になっていくんじゃないでしょうか。なによりも監督や作品との出会いというのが重要なんだと思います。
“師匠”となる存在との出会い
──平田さんは大学時代につかこうへいさんとの出会いがありました。
平田:僕は役者を大学に入ってから、いわゆる学生演劇から始めたんですが、当時つかさんはもう大学を中退して、つかさんが芝居をやろうと決めたくらいの時期でした。
つかさんとの出会いは大学で所属していた演劇サークル「暫」に、つかさんが作・演出に呼ばれて来たのがきっかけで、当時のつかさんは知る人ぞ知る存在だったんですが、僕はそんなことも何も知らないまま参加させられたんです。
つかさんは帰るところを自らなくして、芝居で歩んで行こうと決意していて、意識はかなり高かったんじゃないでしょうか。ですから僕がつかさんを慕って門を叩いたというよりも、大きな引力に引かれてはじまったという感じです。
──平田さんご自身が役者で食べていこうと決心したのは?
平田:役者で食べていけるとは思っていませんでした。
当時は舞台、しかも小劇場といったら一生食べていけない。芝居の世界に入るなんていうことは、もう完全に人生のドロップアウトですよね。
俳優から役者にかえれる“居場所”
──そこから映画、舞台と様々な経験とご活躍を経て、2006年に井上加奈子さんと共に「アル☆カンパニー」という企画プロデュース共同体を立ち上げ今日に至ります。つかさんからはじまり、今、平田さんの中で変化したことはありますか?
平田:今でも根っこは同じです。ひとつの芝居を作って、それが終わると、またゼロになる。これだけやったら年金が上がるとかだったら、もっと一生懸命やってるでしょうね(笑)。
「アル☆カンパニー」は自分たちの範囲内、身の丈にあったところでやりたいという考えがあって、小規模に、声をかけてやってくれる人と少人数でやっています。
僕たちがやっていることは、本当に学生さんや若い人たちが仲間内で集まってやっているものと同じです。ですから、いつ出来なくなるか分からないとも思っています。年齢的なこともありますが、成り立ち自体が、出来る時にやる、出来るからやっているというところです。
──お話を伺っていると、平田さんは学生の頃から変わらない役者としての軸をしっかりとお持ちでブレていないと感じます。
平田:それを軸だと思ってくれる人は一般の方だと少ないでしょうね(笑)。つかさんから、それこそブレない、ブレちゃいけないという役者の舞台での在り方をみっちり言われてきたのでそれが大きいのかも知れません。
「嘘」と「演技」
──演出家つかこうへいさんから、どのような教えを受けましたか。
平田:簡単に言ってしまえば媚を売ったり、客の目線を意識したりするのは下品だというようなことや、上手い芝居をしようとするなだとか、嘘をつかないでいるといった事です。芝居してるんだから嘘ついてるに決まってるんですけど(笑)。
要は、芝居している時に俳優の在り方を誤魔化していないか、或いは不純なところが無いか。例えば映画で、なにか意図を持ってやる時に、こうしたら格好がつく、良い演技になるだろうとやってしまうと、そういう嘘が滲み出てきてしまう。
僕はそういったところをつかさんにバンバンやられてきたので、そういう小賢しいことはしなくて良い、しちゃいけないという想いがありますね。
──役者がしてはいけない「嘘」とはどういうことでしょうか?
平田:役を表面的にしか捉えずに、見せているようで見せていない、エセのようなものが嘘なのかもしれないですね。もっと言えば芝居が信じられるかという事です。お客さんがコイツの芝居信じられないよってなってしまったら、ある意味で嘘ですよね。
日常生活であり得ないようなめちゃくちゃな事をしても何処かには真実があるし、凄く自然に流れているような芝居をしていても、どこか作っているような感じがすることもありますし、とても難しいですよね。
──映画と舞台とでは、役者として表現が違うものですか。
平田:根本は同じだと思います。舞台だとそれが長くて常に見られているから、ある意味で気が抜けない部分があります。
映像では瞬発力的なところがありますね。
今は映像も舞台も隔てなく、映像で活躍している方が舞台で大きな役をやって全く遜色なかったりしますし、舞台出身の人がスッと映像で居れたりということが多分にあります。
大昔は映像で大芝居すると「また舞台出身のヤツが来やがった」みたいな事を言われたりもして、映像畑の役者さんは舞台を敬遠していたところもあったんでしょうけど、今はお互いに交流もあれば、お互いの良さも理解しあえて、変な偏見のようなものがなくなって来ているんじゃないでしょうか。
役者「平田満」
──平田さんにとって「役者」とはどのようなものですか。
平田:人間が映っている以上、どんなものでも、当たり前ですけど人間が居なきゃいけない。そう言った意味で役者っていうのは人間に携わる仕事なんだと思います。
他にも人間に携わる仕事ってたくさんありますが、きっと役者をやっているのは自分に欠けた部分があると感じているからじゃないですかね。
「役」という架空の人物と繋がることによって自分に欠けている部分と少し繋がる。または、やる事によって欠けている部分を発見出来るという事がある。些細な発見ですが、僕にとっては大切な発見です。
──今後、新しく挑戦したいことはありますか。
平田:段々と新しい挑戦って難しくなってくるなというのはあります。若い時は生きていること自体が色んなことに出会い挑戦みたいなものでした。
挑戦とは少し違いますが、以前にやったかも知れないものでも、それを新鮮に思えるようにしたいですね。ピカソは同じモチーフでも新鮮に捉えて、歳を取ったら取ったなりのドローイングをしていた、そういうものを持てたら良いなと考えています。
インタビュー/大窪晶
構成・撮影/出町光識
平田満(ひらたみつる)プロフィール
愛知県豊橋市出身。穂の国とよはし芸術劇場PLAT芸術文化アドバイザー。
早稲田大学在学中、学生劇団「暫」時代につかこうへいと出会い、1974年、劇団「つかこうへい事務所」旗揚げに参加。
同劇団では「初級革命講座飛龍伝」(1973)、「熱海殺人事件」(1973)、「いつも心に太陽を」(1979)、「蒲田行進曲」(1980)などのほとんどの作品に出演し、深作欣二監督の映画『蒲田行進曲』(1982)では舞台と同じヤス役を演じ、日本アカデミー賞最優秀主演男優賞、報知映画賞最優秀主演男優賞を始め多数の映画賞を受賞。
舞台では、2001年に「ART」(作 ヤスミナ・レザ 演出 パトリス・ケルブラ)、「こんにちは、母さん」(作・演出 永井愛 二兎社)で第9回読売演劇大賞最優秀男優賞を受賞。2014年に「失望のむこうがわ」(アル☆カンパニー公演 2015年作・演出 三浦大輔)、「海をゆく者~The Seafarer~」(作 コナー・マクファーソン 演出 栗山民也)で第49回紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞。
2006年より、企画プロデュース共同体「アル☆カンパニー」を立ち上げ、平田俊子、青木豪、蓬莱竜太、前田司郎、松田正隆、田村孝裕、三浦大輔、桑原裕子など時代を担う幅広い作家・演出家と様々な試みに取り組んでいます。
映画『五億円のじんせい』の作品情報
【公開】
2019年(日本映画)
【監督】
文晟豪(ムン・ソンホ)
【脚本】
蛭田直美
【主題歌】
ZAO「みらい」
【キャスト】
望月歩、山田杏奈、森岡龍、松尾諭、芦那すみれ、吉岡睦雄、兵頭功海、小林ひかり、水澤紳吾、諏訪太朗、江本純子、坂口涼太郎、平田満、西田尚美
【作品概要】
監督は短編映画『ミチずレ』(2014)の文晟豪(ムン・ソンホ)。
脚本は『女の機嫌の直し方』(2019)の蛭田直美です。
望月歩が本作で映画初主演し、“五億稼がなければならない”主人公を瑞々しく演じました。
物語のキーパーソンを演じるのは映画『ミスミソウ』の主演が印象深い山田杏奈。
サブキャストには山田杏奈、兵頭功海、小林ひかりのほか、西田尚美、森岡龍、平田満、松尾諭、水澤紳吾、芦那すみれ、諏訪太郎ら実力派が勢ぞろいしました。
映画『五億円のじんせい』のあらすじ
幼い頃に、善意の募金五億円により心臓手術に成功し、命を救われた少年、高月望来。
健康に成長し17歳になった望来は、五億円にふさわしい自分であろうとして周囲からの期待を引き受け、マスコミに晒される、窮屈な青春を送っていました。
ある日、とある出来事をきっかけにSNSで自殺を宣言したところ、見知らぬアカウントから「死ぬなら五億円返してから死ね」というメッセージが届きます。
夏休み、家を飛び出し、五億円の“借金”を返して自由になるための旅に出る望来。
そして、様々な人と出会い、事件に巻き込まれながら、思わぬ発見が彼を待っていて…。