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Entry 2020/03/10
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映画『昨夜、あなたが微笑んでいた』ニアン・カヴィッチ監督インタビュー|“不自由”から生まれた一人のアーティスト

  • Writer :
  • 桂伸也

第20回東京フィルメックス「コンペティション」作品『昨夜、あなたが微笑んでいた』

2019年にて記念すべき20回目を迎えた東京フィルメックス。令和初の開催となる今回も、アジアを中心に様々な映画が上映されました。

そのコンペティション部門にて出品された作品の一本がニアン・カヴィッチ監督の映画『昨夜、あなたが微笑んでいた』です。


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本作はカンボジア系フランス人のデイヴィ・シュー監督がプロデュースを手掛けており、ロッテルダム映画祭にて優秀なアジア映画に授与されるNETPAC賞を受賞。そして第20回東京フィルメックスでは、スペシャル・メンションと学生審査員賞の二冠を受賞しました。

このたび、本映画祭の開催に際して来日したニアン・カヴィッチ監督にインタビュー取材を行いました。

映画『昨夜、あなたが微笑んでいた』の制作に至るまでの経緯から作品のテーマをどのように掘り下げていったのか、またカヴィッチ監督の映画制作に対する情熱や影響など、多岐にわたり映画の魅力を伺いました。

【連載コラム】『フィルメックス2019の映画たち』記事一覧はこちら

「映画を撮りたい」という思いを抱くまで


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──はじめに、カヴィッチ監督の経歴を改めてお聞かせ願えませんでしょうか?

ニアン・カヴィッチ監督(以下、カヴィッチ):子供のころの私には、「“何か”をしたい」という思いがありませんでした。

映画に関しても、私の国には映画学校もないこともあり“創作としての映画”との距離は遠く、政府からアートに関する助成金が出ているわけでもないため、テレビドラマや映画を観続けていった反面、「映画を撮りたい」という思いを抱くことがそもそもありませんでした。ですから、高校を卒業した際も自分がどんな方向に進みたいのかが全くわからず、いろんな人に仕事がないかと尋ねて回っていました。当時の私はダンスと音楽を学んでいたんですが、自分がダンサーやミュージシャンになりたいのかもわからなかったんです。

ですがある日、友だちがカンボジア国内のアーティストのドキュメンタリーを制作しているスタジオを紹介してくれたんです。そこで私は2年ほど仕事をすることになり、撮影や編集などに関する知識を学びました。そしてその中で、ドキュメンタリー・フィクションに関係なく「映像・映画を作りたい」という思いを抱くようになりました。

自身のそのような思いによって、大学ではグラフィックデザイン科へと進んだんですが、その際にカンボジア系フランス人のデイヴィ・シュー監督が6か月間、60年代のカンボジア映画のドキュメンタリーをリサーチするために国内へ訪れていることを知り、彼が滞在中に実施していたワークショップに参加しました。

そしてワークショップの終了後、私は大学内のワークショップにも2年ほど参加し、そこで製作した短編を手に世界中を旅する機会を得ました。世界を見て、他の映像作家の存在を知ったことでより映画を、特にフィクションを撮りたいと思うようになりました。

──そのような経歴を経た中で、初の長編作品として“ドキュメンタリー”である本作を制作されたのはなぜでしょう?

カヴィッチ:もともとは本作の舞台にもなったホワイト・ビルディングをモチーフにしたフィクションの物語を書き進めていました。ところがその最中に政府から建物の取り壊し発表が出され、急きょ記録映像を撮影、本作を作るに至りました。

“不自由”から生まれた一人のアーティスト


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──決して映画制作や発表の環境が充実しているわけではないという状況下で、カヴィッチ監督が映画制作を続けられた原動力、あるいは情熱とは一体どのようなものなのでしょうか?

カヴィッチ:そもそも映画そのものへのアクセスが少ない国で、私自身も決して裕福な家庭で育ったわけではないため、「映画を観たい」と思っても普通に観られるものではないんです。だからこそ仲間内で協力する、インターネットを活用するど、“ない”環境だからこそ挑戦を続けたことが情熱につながっているような気がします。

また、私は若い世代の人間の一人として、自分の過去とともに自分の国の過去を知ること、そして現在を理解することが必要なのではとも感じています。そして仕事、私にとっては作品制作を通じて、それを成し遂げることができるという思いがあります。もちろん心のどこかでは「この仕事をしていても、お金を稼げない」とわかっているんですが(笑)、それでもやはり作品を作りたいという思いが強いんです。

くわえて重要なのは、私たちの世代はやはり「自分のことを自由に表現できない」と考えている傾向にあるという点です。

国内では今でも、政治的な事柄を口にすることがなかなか難しい空気があります。それは国内情勢のみならず、宗教的な思想、伝統的な思想も関わっているように感じます。たとえば「目上の方を決して批判してはいけない」といった伝統はいまだに根強く、そういった風潮の中で我々カンボジアの人々は「自己を表現しないほうが賢明である」と肌を通して学んできているんです。

ですが“アーティスト”であれば、そういった風潮を「アーティストだから」という一言によって吹き飛ばせる。そして建設的な批判だけをもらえるということも含めて、自由に表現できるんじゃないかと思ったんです。

ホワイトビルディング解体と作品の背景


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──ホワイトビルディングの取り壊しはどのような経緯を経て進められたのでしょうか?

カヴィッチ:政府と住民たちによる話し合いを通じて取り壊しが合意され、建物からの完全退去には1ヶ月ほどの猶予期間が与えられました。

ただ「退去に対する補償をみんながしっかりもらえるのか?」と住民たちは不安を抱き、「早めに出たほうが早めにお金がもらえるから、確実なんじゃないか?」という憶測も相まって早めに退去される方が多く、同じくホワイト・ビルディングに住んでいた私の家族も早めに退去を済ませました。

──映画の序盤では、大臣に対し自身の不安を訴える老婦人の姿が映し出されます。政府との合意はしつつも、住民は内心では解せないところがあったのではないでしょうか?

カヴィッチ:一番端に住んでいた家族は大家族で、狭い部屋の中に大勢で生活していたらしいですが、その家族をはじめ、1・2件ほどの住人が最後の最後まで退去することなく粘っていたそうです。水道も止められ、段階的に電気なども止められる中で、最後のギリギリまで生活していたんだと。そうしていたのはやはり「大家族だから」であり、彼らは政府からの補償だけでは中心街で家を買えず、郊外に移動してもやはり買えないんじゃないかと疑っていたようです。

退去する人々の中には同様にそういったジレンマがあったようで、最終的にはもう少しグレードの高い補償をいただいて退去された方もいらっしゃったようです。そういった意味では、政府との交渉は比較的穏便に進められたそうです。

実はそのように補償が手厚かった理由の一つには、政治的な背景もあったんです。この国の与党は40年間も同じ政党が担い続けているんですが、当時は国内で大規模な選挙が行われており、「ホワイト・ビルディングの買収および退去」という課題をスムーズに成し得なければ、その党はもしかしたら勝てないかもしれないと言われていました。

かつてはさまざまな場所で似たような買収事案が数多く発生し、その中で交渉の停滞や補償の不十分に国民はトラウマを抱えていました。だからこそホワイト・ビルディングの住人たち、ひいてはその事案を見守る国民たちも「そうはいってもお金はもらえないんじゃないか?」と不安を感じていたんです。そういった事情もあり、政府も細心の注意の払って交渉や補償を進めていったため、住民たちや国民が想像していた以上の事態は起こらなかったんです。

住人たちの“記憶”を優先する

──本作は政府が絡んでいることから、より政情について深く言及された作品かと考えていたのですが、実際の作品は、建物にまつわる記憶や退去される人々の思いに焦点を当てていますね。

カヴィッチ:海外在住のカンボジア人の方が本作をご覧になる際、やはり多くの方が最初は「国内の政情に触れるんじゃないか?」と思われるようです。

ただ本作では、合意から実際の取り壊しまでの期間が短かったこと、だからこそ住人たちの記憶を記録することを優先したかったことから、とにかく撮影を進めることに専念しました。国内の政情について考えて考えていなかったわけではないですが、必ず捉えなくてはならないものとしてあくまで“政治”よりも“記憶”をとったわけです。

一方で、住人たちの記憶の背景として、都市化、歴史、過去、コミュニティー、表現の自由……さまざまなテーマに触れている作品でもあるため、少なからず政情についても言及した作品でもあることは確かです。

──作中ではカヴィッチ監督のご家族の姿も映し出されていますが、ご家族は本作をご覧になってどのような反応をされましたか。お父様は怒っていたようですが(笑)。

カヴィッチ:確かに怒っていましね。また父だけでなく、母も映画が完成し世界中を回るようになってから「自分たちのプライベートのことが世界中に知られちゃうじゃないの!」と言うようになりました(笑)。作中では両親がケンカする場面もありましたが、あそこについても「なんであの場面を映画に入れたのよ!」と怒られましたね(笑)。

ただ父は2019年に脳卒中で一度倒れてしまい、残念ながら全編をまだ観れていないんです。カンボジアに戻った際には、改めて本作を観てほしいと感じています。

インタビュー・撮影/桂伸也

ニアン・カヴィッチ監督のプロフィール


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カンボジア・プノンペン出身。2013年に釜山映画祭の「アジアン・フィルム・アカデミー」に参加、翌14年には製作会社アンチ・アーカイブの設立に参加し、15年に短編映画『Three Wheels』『Goodbye Phnom penh』を製作しました。

そして16年に監督した短編『New Land Broken Road』がシンガポール映画祭で上映されました。そしてその後東京フィルメックスの「タレンツ・トーキョー」、ヴィジョンズ・デュ・リールの「ドックス・イン・プログレス」、カンヌ映画祭の「シネフォンダシオン・レジデンス」などのワークショップに参加、本作が初長編作品となりました。

また現在は初の劇映画作品『White Building』を製作しています。

映画『昨夜、あなたが微笑んでいた』の作品情報

【上映】
2019年(カンボジア・フランス合作映画)

【英題】
Last Night I Saw You Smiling

【監督】
ニアン・カヴィッチ

【作品概要】
カンボジアの首都プノンペンにある集合住宅「ホワイト・ビルディング」が、1963年の建造から半世紀を経た2017年に取り壊されていく様子と、そこに暮らす人々の最後の日を追ったドキュメンタリー。

本人もそこに住んでいたというカンボジアの新鋭ニアン・カヴィッチ監督が撮影も担当。建物の退去から取り壊しに至るまでの時間を、建物から去りゆく人々の思いをあわせて描きます。

映画『昨夜、あなたが微笑んでいた』のあらすじ

1960年代に建造されたプノンペンの集合住宅「ホワイト・ビルディング」。カンボジアでは歴史的建造物として知られた建物でありますが、老朽化が進んだうえに2017年に日本企業による買収が決定、建物は取り壊されるものとなりました。

本作では、取り壊しの直前からこのビルにカメラを持ち込み撮影を敢行。建物取り壊しまでの様子とともに、退去していく人々の姿とその思いを描いていきます。

【連載コラム】『フィルメックス2019の映画たち』記事一覧はこちら




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