「決してひとりでは見ないでください」そんなキャッチコピーと共に、1977年に公開されたイタリア映画『サスペリア』。
2018年に一世を風靡したホラー映画の傑作がリメイクされてスクリーンに戻ってきます。
オリジナルを基に新たな作品へと昇華した新『サスペリア』をご紹介します。
CONTENTS
映画『サスペリア』の作品情報
【公開】
2018年 (アメリカ・イタリア合作映画)
【原題】
Suspiria
【監督】
ルカ・グァダニーノ
【キャスト】
ダコタ・ジョンソン、ティルダ・スウィントン、ミア・ゴス、クロエ・グレース・モレッツ、シルヴィー・テステュー、アンゲラ・ヴィンクラー、ジェシカ・ハーパー、イングリット・カーフェン、レネ・ソーテンダイク、ファブリツィア・サッキ、アレック・ウェック
【作品概要】
監督を務めたのは『君の名前で僕を呼んで』(2017)を手がけたルカ・グァダニーノ。前作とは正反対の作風の本作で手腕を発揮しました。
オリジナル版では音響立体移動装置により観客の恐怖をさらに煽った、『サスペリア』には欠かせない音楽。今回、担当したのは“レディオヘッド”のトム・ヨーク。息子のノア・ヨークやロンドン・コンテンポラリー・オーケストラ、聖歌隊をフューチャーして映画をさらに盛り上げます。
主人公スージーを演じるのは「フィフティ・シェイズ」シリーズのダコタ・ジョンソン。主人公が入団するバレエ・アカデミーを仕切るブランク夫人を演じるのは「ナルニア国物語」シリーズ、『コンスタンティン』(2005)『ムーンライズ・キングダム』(2012)など、多様な作品で唯一無二の魅力を放つティルダ・スウィントン。スウィントンとグァダニーノ監督は長年の友人でもあります。
また『(500)日のサマー』(2009)『キャリー』(2013)のクロエ・グレース・モレッツ、『畏れ慄いて』(2003)『ルルドの泉で』(2009)のシルヴィ・テステューなど各国から実力派女優たちが集結。オリジナル版でスージーを演じたジェシカ・ハーパーも出演しています。
映画『サスペリア』のあらすじとネタバレ
1977年、心理療法士のジョゼフ・クレンペラーの元に1人の少女が訪ねてきます。
少女パトリシアは憔悴し怯えきっている様子。パトリシアは自分がいたバレエ・カンパニーは魔女によって支えられていると口走ります。
3人の魔女の存在について記した紙をパトリシアは、クレンペラーのオフィスに残し、再び外に飛び出してしまいました。
その頃、西ベルリンに位置するマルコス・ダンス・アカデミーにある女性が到着しました。彼女の名前はスージー。
このアカデミーに入るために、はるばるアメリカのオハイオ州からやって来ました。
どことなく異様な雰囲気を感じながら出迎えられ、鏡ばりの部屋でオーディションを受けると、見事アカデミーに入団することになったスージー。
翌日、振付家ブランク夫人の指導のもと、ダンスのリハーサルを行うダンサーたちでしたが、主役であるソビエトからの生徒オルガは振り付けに不満を表し部屋を飛び出してしまいます。
代役には誰も名のり出ようとしないなか、スージーは「何度も振り付けを見たから踊ることができる」と申し出ます。
外が雨嵐へと変わるなか、激しく踊りを披露するスージー。
同じ頃、アカデミーの屋敷を飛び出そうとしていたオルガは見えない力に引っ張られ、鏡張りの部屋に閉じ込められました。
スージーが踊るたびにオルガの体も激しく床や壁に打ち付けられ、彼女の手足や首はあらぬ方向に折り曲げられ、スージーの踊りが終わるとともに無残な姿のまま絶命しました。
そのオルガの姿を見たアカデミーを監督する女性たちは、彼女の体に金属のフックをかけずるずると引きずり、鏡の後ろに広がる部屋へ運んでいきます。
その後、女性たちは晩餐を楽しみながら、次は誰が魔女の集会のリーダーとなるのか話し合っていました。
その投票はブランク夫人と“マルコス夫人”によって行われます。
マルコス夫人は長年にわたって変貌を遂げた魔女であり、アカデミーを名付けた人物でもありました。
しかし、その話し合いの直後、監督の女性たちのなかで、一番若いグリフィス夫人がナイフで喉を掻き切り自死しました。
スージーは、ブランク夫人から夕食を個人的に振る舞ってもらいます。
同じダンサーのサラとも仲良くなりホッと息をつくスージーですが、夜な夜な悪夢を見るようになりました。
それは彼女の幼少期の記憶や異形のものが蠢く恐ろしいものでした…。
映画『サスペリア』の感想と評価
過去の映画を想起させる類似性
雨降りしきる寒々しいベルリンにそびえ立つ古ぼけた館、美しいダンサーたちが集うダンス・アカデミーに秘められた魔女の秘密と奇々怪怪な出来事。
血の赤と雪の白のコントラスト、スージーが見る悪夢のシーンは、1929年の作品『アンダルシアの犬』を彷彿とさせる不気味なシュルレアリスム。
スージーの踊りは館とまぐわうかのように官能的で、そのセンセーショナルな映像はヴェネチア映画祭で賛否両論を巻き起こしました。
映画の冒頭、パトリシアが登場する場面。クレンペラーのオフィスで目に入るのは秘密結社と言われるフリーメイソン、コンパスと定規、真ん中には目が描かれたマークです。
そして繰り返される「お前をずっと見ている」という囁きと効果的に使用される鏡。密かに使われているフリーメイソンのシンボル、クライマックスの儀式を、ピエル・パオロ・パゾリーニ監督の1976年の映画『ソドムの市』、スタンリー・キューブリック監督の1999年の映画『アイズ・ワイド・シャット』を想起させます。
『ソドムの市』はナチス残余のファシストたちが人々を虐待する様子を描き、また『アイズ・ワイド・シャット』は悪魔を崇拝するペドフィリア秘密結社を描いているのではないかと推測されています。
そしてパゾリーニ、キューブリック共にこの作品が遺作となっています。
テロと暴動の接した者の恐怖
本作はダンス・アカデミーで進む恐ろしい現象を描きながら、当時の社会情勢も映し出します。
舞台は1977年、西ドイツでテロ事件が連発した通称“ドイツの秋”と呼ばれる時代。また、本作で唯一の男性キャラクターのクレンペラー医師の妻はホロコーストの犠牲者であることから、ナチス・ドイツも物語のサブプロットであることが分かります。
権力を握り妄信的に“何か”を信奉する人々が起こす混乱と恐怖。ダンス・アカデミーは戦時下のドイツの縮図のようであり、鏡の内側で進められている恐ろしい儀式の準備は、閉ざされた館の外で起こっているテロ、暴動の恐怖と重なります。
クレンペラーは、ナチスが牛耳っていたドイツを過ごし、妻を収容所から救うことができなかった罪の意識を抱える“生き証人”。
彼はクライマックスで彼女たちの儀式を、そしてスージー(嘆きの母)が権力を乱用する魔女たちに制裁を与えるところを目の当たりにします。
再び証人の立場となったクレンペラー。かつて妻を死に追いやったような“権力者”たちが罰せられるところを見て、ただ目撃するばかりで妻を助けられなかった罪の意識に苛まれる彼の記憶をスージーは忘却し、彼に言います。
「私たちは恥と罪を必要としています。しかしあなたのものではありません」戦争とそれに関わった、その場所にいた者たちの“罪の意識”は本作の1つのテーマです。
もう1つの大きなテーマは“母性”
度々挟まれるスージーの幼少期のシーンから、彼女は母親に虐待されていたこと、その母親がもう直ぐ死にゆくことが分かります。
本作は主人公スージーがアメリカからやって来た、ウブな少女から、“母”大人の女性へと変わっていく物語でもあります。
少女が権力の操作や母性に触れ、一つのコミュニティに力を与えるようになるという過程を描き、“母”という立場、存在を問います。
夜な夜なブランク夫人によって悪夢を見るスージー。しかし終盤になるにつれ彼女は悪夢の狭間に“光”を見るようになります。
最終的に彼女は“嘆きの母”というアイデンティティに気がつき、自分を権力者の“容器”として扱っていた魔女たちに制裁を加えるクライマックスは痛快でもあります。
まとめ
1977年代、寒々しく動乱に満ちたドイツを舞台に女性達の蠢く思惑を審美的に描いた、新ホラー映画『サスペリア』。
オリジナルを基にストーリーを再構築し、外に広がる社会情勢と人間の持つ暗部、母性や罪の在り方について問う物語となっています。
またキャスティングには大きな秘密があります。
ブランク夫人を演じるティルダ・スウィントンは、魔女のマルコス夫人、そしてクレンペラーを男装して演じているのです。
女性中心のアカデミー内での視点と、部外者であり探偵役である視点、内と外2つの世界で起こっている問題の共鳴をティルダ・スウィントンが全く違う役を1人で演じることにより表現していると言えます。
何度も振るわれる恐怖と美の暴力に身が硬くなること間違いなし、ぜひ映画館でご堪能ください。