殺人や自殺など何かしらの死亡事故が起きた、いわくつきの部屋を指す「事故物件」。
この事故物件に住み、自身の体験を書籍にしている「事故物件住みます芸人」である、松原タニシの原作を、中田秀夫が映像化した『事故物件 恐い間取り』。
本作の特徴として、監督の中田秀夫は「ポップなホラー」を狙った事を語っており、本作はホラーが苦手な人にこそ、お勧めしたい作品です。
本作は、新たなJホラーのスタイルとも言える「エンターテイメントとして成立するホラー」作品なのですが、それは、一体どういう事なのか?を考察していきます。
映画『事故物件 恐い間取り』のあらすじ
お笑いコンビ「ジョナサンズ」として活動している、山野ヤマメ。
山野は、相方の中井とコンビで活動していますが、10年やっても売れない為、中井に解散を突き付けられます。傷心のまま、帰宅しようとした山野に、ライブを見ていた小坂梓が話しかけます。
「ネタが面白かった」と絶賛する梓に、山野は「もう使わない」と、コントで使ったビニール傘を渡します。
一方でテレビ番組プロデューサーの松尾にも挨拶に行った際、中井が新たに放送作家として活動を開始する事を知った松尾は、視聴率が低迷している自身の番組の企画案を出させます。
ですが、中井の提案は使えない企画ばかりで、がっかりした松尾は、その場を退席しようとします。何とか松尾を引き留めたい、中井が提案したのは、同期の芸人から聞いた事故物件の話です。
ある事故物件に住んだ芸人が、精神に異常をきたし、最後は芸人を辞めて実家に帰ってしまったという話なのですが、それを聞いた松尾は、ピンで仕事も無い山野に、事故物件に住んで、その様子を撮影させるという企画を考えます。
最初は戸惑っていた山野ですが、松尾が事故物件を見つけて来たので、仕方なく事故物件に住む事になりますが、それがすべての恐怖の始まりでした…。
映画『事故物件 恐い間取り』感想と評価
映画『事故物件 恐い間取り』は、これまでのJホラーとは一線を画す作品です。
本作の監督、中田秀夫は「怖いけど、面白いというバランスを徹底的に考え抜いた」事を語っており、本作は「じわじわと迫る恐怖」を描いた、これまでのJホラーとは違う、「エンターテイメントとして成立するホラー」を狙って制作されています。
では「エンターテイメントとして成立するホラー」とは、どういう事なのでしょうか?
そもそもがテレビの企画
これまでの多くのJホラーは、「リング」シリーズの貞子や、「呪怨シリーズ」の伽耶子のような、異形の存在に襲われるという作品が多く存在しています。
作品の大部分は、命を奪いに来る異形の存在が、じわじわと近付いている「恐怖」が描かれており「主人公が、どうやって助かるか?」が物語の核になっています。
映画『事故物件 恐い間取り』の主人公、山野ヤマメは事故物件に住む事で、数々の恐怖に直面します。
過去にも『死霊館』(2013)や『悪魔の棲む家』(1979)のように、引っ越した住居に悪霊が潜んでおり、逃げられなくなるという恐怖を描いたホラー作品は、多く存在しますが、『事故物件 恐い間取り』で、山野が事故物件に住む理由は、テレビの企画です。
それも、プロデューサーの松尾雄二に無理やり企画を進められた為で、いわゆる無茶振りで事故物件に住む事になります。
無茶振りで事故物件に住むなんて嫌ですが、山野は仕事がなく、松尾の提案を了承するしかありません。
売れない芸人が、プロデューサーの無茶な提案で体を張る構図は、往年の人気バラエティー番組「電波少年」を彷彿とさせます。
本作の前半は、視聴率欲しさに、強引に事故物件企画を進める松尾と、それに巻き込まれる山野という、コミカルなやりとりが展開されます。
恐怖を打ち消すバラエティ演出
Jホラーの演出は、じわじわと近付いている「恐怖」が描かれている事は前述しました。
もう1つの特徴として、じわじわと近付いている「恐怖」が、クライマックスに向けて、積み重なっていくという部分があります。
映画『事故物件 恐い間取り』では、恐怖を積み重ねていくという、これまでのJホラーの傾向を破壊し、恐怖を打ち消す演出が効果的に使われています。
例えば山野が最初に住んだ事故物件で、人魂のような「オーブ」と呼ばれるものが、部屋に設置したカメラに映ります。
作品全体を通して、山野が最初に遭遇する怪現象となるので、観客は恐怖を感じますが、直後にテレビ収録をしているスタジオの場面になり、映像を見たクロちゃんが「こわーい」と発言する事で、バラエティ番組を見ている感覚になり恐怖は打ち消されます。
また、一軒目の事故物件で、赤い服を来た女性の幽霊に山野と中井が襲われるという、前半最大の恐怖ポイントがあります。
他のJホラーなら命を奪われるところを、山野も中井も無事で、怪我しただけという、1つ間違えればコントになるような展開で、赤い服を来た女性幽霊の恐怖を打ち消し、二件目の事故物件エピソードに移行していきます。
映画『事故物件 恐い間取り』は、4軒の事故物件での恐怖を描いた、オムニバス形式のような展開となる為、積み重ねるのではなく、単発の恐怖を連発させる手法が、効果的な作品であると感じます。
恐怖の対象が身近
映画『事故物件 恐い間取り』が、興味をそそるポイントとして「恐怖の対象が身近」である事が挙げられます。
例えば「リング」シリーズでは、貞子の呪いを受けるキッカケは「呪いのビデオ」となり、呪怨シリーズでは「呪われた家」に入る事で、伽耶子に呪われます。
ホラーファンであれば「呪いのビデオ」「呪われた家」と聞くと、ゾクゾクしてきますが、あまりホラーに関心が無い人だと「呪いのビデオ」の何が怖いかを説明されないと、ピンと来ないのではないでしょうか?
しかし「事故物件」は、おそらく誰もが聞いた事がある言葉でしょう。
1人暮らしで家を探す際に、あまりにも安すぎる情報を見つけると「事故物件じゃないか?」と勘繰った経験がありませんか?
皆さんの近所にも、1ヵ所は「事故物件の噂」がある建物が存在するのではないでしょうか?
また、何も知らずに入居した部屋が、実は事故物件だった可能性がある訳です。
作中で、事故物件を専門に扱っている不動産屋、横水は「事故が起きても、その後に一度でも人が住めば、告知義務が無くなる」と語っており、これは実際の不動産屋でも同じようです。
つまり「事故物件」は、身近に潜む恐怖で、誰しも他人事ではないのです。
本作の原作が「事故物件住みます芸人」として活躍している、松原タニシのノンフィクションというのも、興味深い部分ですね。
4つの事故物件で、それぞれ違う演出
映画『事故物件 恐い間取り』は、4つの事故物件エピソードを描いた、オムニバス形式である事は前述しましたが、それぞれの事故物件で、恐怖の見せ方が違っています。
1軒目では、霊感のある梓が、山野が住む事故物件で起きた、殺人事件の現場を追体験します。
これは「呪怨」シリーズの「呪われた家」に足を踏み入れた人が、そこであった悲惨な事件を追体験させられたり、『リング』で山村貞子が、井戸に投げ捨てられるまでのエピソードを見せられたりという、他人事だと思っていた事が、自分の経験になってしまう恐怖があります。
一軒目の事故物件で、山野が赤い服を着た女性の幽霊を目撃する際は、最初は中井とテレビ電話をしていた時に、中井の背後に不気味な女の姿を見ます。
これは「本当にあった呪いのビデオ」シリーズのような、「画像に偶然映り込んだ、異形の存在」を見つけた時のような恐怖があり、その直後に、山野の前にも同じ女が出現するという、他人事だと思っていた事が、自分の経験になってしまう恐怖となっています。
2件目では、老婆の幽霊に梓が襲われるのですが、ここでは老婆がおもいっきり梓に襲い掛かるという、古典的なホラー演出となっています。
変わって3軒目では、自殺の連鎖する部屋に住んだ山野が、無意識に自分の首にベルトをかけてしまうという、幽霊が登場しないこその、リアルな恐怖が描かれています。
そして、最後となる4軒目では、それまで姿を見せては消えていた、黒装束の男との対決になるのですが、ここから演出が一気にエンターテイメント路線に振り切ります。
黒装束の男に、山野と梓、そして除霊道具を持った中井が立ち向かうという展開になりますが、この時に、中井は横水に指示を受けながら黒装束の男と戦います。
その際に、横水は何故か小籠包を食べながら指示を出すので、作品前半のコミカルな空気が戻ってきます。
中田監督は「『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』(2017)に触発された」と語っていますが、力を合わせて異形の存在と戦う展開は、『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』のラストで、ペニーワイズに力を合わせて戦いを挑む、ルーザーズクラブと重なる部分があります。
1軒目から3軒目で、それぞれ異なるホラー演出を展開し、最後の4軒目で、エンターテイメントに振り切った辺りは、これまでの「恐怖を打ち消す演出」が、作品全体に反映されており『事故物件 恐い間取り』という作品の真骨頂であると言えます。
怖いだけでなく、コミカルな演出を効果的に絡ませた事が、本作の目指す「エンターテイメントとして成立するホラー」を作り上げたのではないでしょうか。
まとめ
映画『事故物件 恐い間取り』は、バラエティ番組や芸人という要素を絡ませた「ポップなホラー」となっています。
もちろん、これは中田監督の狙いで、そこには「ホラー映画の間口は広くしていきたい」という想いが込められています。
個人的にですが、ホラー映画ほど、その時代の空気が反映されるジャンルもないのではないかと思っており、例えば前述した「呪いのビデオ」ですが、今、ビデオと言われても分からない若い人が多いのではないでしょうか。
『貞子』(2019)では、ビデオではなく動画が効果的に使われていますが、このように時代に合わせる必要があるのが、ホラー映画の大変な部分です。
やはり、恐怖を身近に感じないと、怖くないですからね。
映画『事故物件 恐い間取り』は、あえてバラエティの要素を入れた事で、ホラーを普段見ない若い人達へもアピールをしています。
今後も時代の流行や、現代人の気質に合わせた、新たなホラー映画が誕生していくでしょうね。