イタリア・ホラーの生ける伝説の初期作品『ダリオ・アルジェント 動物3部作』が2024年11月一挙上映
ジャッロ映画の巨匠ダリオ・アルジェントは、『サスペリア』(1977)、『サスペリア2』(1978)を全世界でヒットさせ、イタリアを代表する映画監督として、今もなお先鋭的な映画製作に取り組んでいます。
監督は強烈な色彩とそれを浮き彫りする闇を融合した映像美と、音楽による映像的効果を加え、観る者を作品の中へ没入させることに成功し、それまで評価の低かったホラー映画に多大な影響を与えました。
1970年代前半の若かりしダリオ・アルジェントが発表した、3本の初期代表作は原題に動物の名が含まれていることから「動物3部作」(アニマル・トリロジー)と呼ばれています。
今回ご紹介する「動物3部作」の1作目『歓びの毒牙』の原題は「L’uccello dalle piume di cristallo」です。直訳すると「水晶の羽を持つ鳥」です。邦題とかなり違いますが、この原題が作品のカギとも言えます。
本作はアメリカの作家フレドリック・ブラウンの小説「通り魔」が原作で、1969年に公開されたアルジェント監督のデビュー作です。
映画『歓びの毒牙』の作品情報
【公開】
1971年(イタリア・ドイツ合作映画)
【原題】
L’uccello dalle piume di cristallo
【原作】
フレドリック・ブラウン
【監督・脚本】
ダリオ・アルジェント
【キャスト】
トニー・ムサンテ、スージー・ケンドール、エンリコ・マリア・サレルノ、エバ・レンツィ、ウンベルト・ラオ、レナート・ロマーノ、ジュゼッペ・カステラーノ
【作品概要】
ローマを舞台にアメリカ人作家のサム・ダルマスが、偶然目撃した殺人未遂事件をきっかけに、巷で起きている女性ばかりを狙った連続殺人事件に巻き込まれ、事件の謎を追っていく姿を描きます。
サム役には『豹/ジャガー』(1969)、『傷だらけの挽歌』(1971)に出演したトニー・ムサンテが務めます。
また撮影には『地獄の黙示録』(1979)、『ラストエンペラー』(1987)のビットリオ・ストラーロ、音楽は『ニュー・シネマ・パラダイス』(1989)など、映画音楽の巨匠エンニオ・モリコーネが担当しました。
映画『歓びの毒牙』のあらすじ
アメリカ人作家サム・ダルマスはイタリアでの仕事を終えると、恋人とニューヨークへ帰る予定にしていました。
サムはギャラを受け取りアパートへ戻る途中、照明が点いているギャラリーに差し掛かり、そこで金髪の女性が黒い服に身を包んだ何者かに襲われているのを目撃します。
女性はナイフで刺され犯人と思しき人物は、裏口から逃げていきます。サムは慌てて駆けつけますが、扉は施錠されガラス張りのシャッターも降りて閉じ込められます。
サムは通行人に助けを呼びかけ、救急が到着し女性は一命を取りとめました。その頃、ローマでは女性ばかりを狙った連続殺人事件が発生しており、世間を震撼させていました。
被害者はギャラリーのオーナー、アルベルト・ラニエリの妻モニカです。警察は今回の事件も同一犯によるものと考えます。
目撃者のサムは警察から関与を疑われ、事情聴取をされますが、見たのは遠目でビジュアル的なことしか覚えていないと言います。
ところが警察はサムのパスポートを取り上げ、有益な情報を思い出すまで、協力するよう帰国を引き止めます。
ようやく恋人の待つアパートに帰れたサムは恋人に、帰国できるか怪しくなったと話します。その晩も事件のことが頭から離れず、同時にその光景に違和感があることを感じます。
サムは翌日も取り調べを受けますが、自動車でひき逃げ未遂に遭い、尾行していた警察官が追跡すると、逆にひき殺されてしまいます。
只ならぬ事態にサムは真犯人に迫る捜査に協力し、自らも単独で調査し真相を暴くため奔走します。
映画『歓びの毒牙』の感想と評価
“目撃者”の記憶を惑わす固定観念
殺人未遂の現場を目撃した主人公のサムは、遠目に女性が何者かと争い、刺されるのを見て駆けつけます。
犯人と思しき人物は全身黒い服で、身長もやや高めです。サムの目には犯人は“男性”だと認識し、女性がナイフで刺されたという事実が重なります。
この最初のイメージはサムに違和感を与え、のちに作家としての好奇心、創作ネタとしての興味に駆り立てられ、事件解決に憑りつかれていきました。
人の記憶とは自分の目で見たことであっても、固定観念によって間違った認識で記憶したり、曖昧なものになっていることを認識させます。
人間の“思い込み”ともいうべき、固定観念は後のアルジェント作品にも活かされます。つまりこの『歓びの毒牙』が後のヒット作の下地になっていると感じるでしょう。
ダリオ・アルジェントが描く「ジャッロ映画」
“ジャッロ”とはイタリアの20世紀文学・映画のジャンルを指し、ペーパーマガジンで出版されたミステリー小説や犯罪小説がその類です。イタリアでは主にアメリカの小説が翻訳され、それが一世風靡しました。
ペーパーマガジンの背表紙が黄色であったことで、黄色を指すイタリア語の“ジャッロ”が、ミステリー小説、犯罪小説、探偵小説を指す言葉として使われるようになりました。
アガサ・クリスティーやコナン・ドイルなどの推理小説も映画化されていますが、ダリオ・アルジェント作品と一線を画すのは、過度な流血シーンや性描写、被害妄想や誇大妄想などのパラノイヤを取り入れている点です。
そんなダリオ・アルジェントの初期作品は、“古典視”されていますが監督は今もなお、映画界の第一線で創作に意欲を見せています。
まとめ
映画『歓びの毒牙』はダリオ・アルジェント監督のデビュー作であり、後のホラー映画をアート性の高いジャンルとして昇華させる礎となりました。
それはアルジェント監督が描く創意工夫の才能と、それを最大限に具現化した、ビットリオ・ストラーロのカメラワーク、エンニオ・モリコーネの効果的な音楽でした。
1980年以降、大量のスプラッター映画が製作され、秀作もあればB級と呼ばれる作品も生まれましたが、最近は残忍性よりも精神的に迫るホラー映画が多く制作されています。
それらの要素もアルジェント作品にはあり、ジャパニーズホラーである「ヒトコワ映画」の原点も垣間見ることができるでしょう。
そんなホラー映画の基盤ともいえる、多くの作品を手掛けたダリオ・アルジェント監督の初期作が、『ダリオ・アルジェント 動物3部作』として、2024年11月8日(金)より新宿シネマカリテ、菊川Strangerほかで順次公開予定です。