映画『ボーダー 二つの世界』は第71回カンヌ国際映画祭ある視点部門でグランプリを受賞した北欧ミステリー!
『ボーダー 二つの世界』は、ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト原作『Border』を基に映画化した作品で、北欧に伝承する生き物・トロールを題材にしたファンタジーです。
劇中のショッキングなシーンは各国で大きな話題を呼び、2018年カンヌ映画祭では、ある視点部門の最優秀作品賞を受賞しました。
イラン出身のアリ・アッバシが監督を務め、原作者リンドクヴィストと脚本を共同執筆。スリラーの要素を加えた斬新な物語です。
映画『ボーダー 二つの世界』の作品情報
【公開】
2019年(スウェーデン・デンマーク合作映画)
【原題】
Gräns
【監督】
アリ・アッバシ
【キャスト】
エヴァ・メランデル、エーロ・ミロノフ、ヨルゲン・トーソン、アン・ペトレン、ユテーン・ユングレン
【作品概要】
本作は、2008年公開されたスウェーデンのホラー映画『ぼくのエリ 200歳の少女』で話題をさらった作家ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストの短編を映画化。
アリ・アッバシは、『ローズマリーの赤ちゃん』(1969)を彷彿とさせる『Shelley(原題)』(2016)に続き、今回が2度目の長編映画監督作品になります。『セッベ』(2013)の舞台俳優エヴァ・メランデルが主人公・ティナを演じます。
映画『ボーダー 二つの世界』のあらすじとネタバレ
港の税関職員のティナは到着ゲートに立ち、歩いて来る乗客の中から1人の男性を呼び止めます。
男性が肩から下ろしたバックを掴んだティナは、中を開けずに同僚職員に渡し、3~4リットルのお酒だと告げます。
男性は自分が購入したものだと主張しますが、ティナは未成年で違法だと指摘し、密輸の罪で逮捕しても良いと厳しい態度を見せます。
お酒を没収した後にバックを受け取れるよう指示したティナに、男性は「ブス女」と罵る言葉を浴びせました。
ティナが職場から帰宅すると犬達が一斉に唸って吠え始めます。同居するボーイフレンドのローランドに声を掛け、ティナは日課の散歩へ森に行きます。
裸足で歩きながら歩いていると野生のキツネに出会い、ティナの顔が綻びます。
翌日、ルイ・ヴィトンのバックを持って入国した男性からティナは何かを嗅ぎ付けます。
同僚がバックを探りますが違法な物は何も入っていません。ティナは、携帯を提示するよう求めます。
男性は理由を尋ねますが、同僚は直ぐに済むと言いティナの指示に従うよう促します。
男性が上着から出したスマホを手にしたティナは、鼻に近づけてクンクンと嗅ぎ、SDカードを取り出しました。
突然、男性がそのSDカードを口に入れて呑み込もうとします。同僚が取り押さえ男性の口からSDカードを奪い返し、警察に通報すると言います。
ティナは持ち場に戻りますが、再び大きく鼻を動かし始めます。ティナに呼び止められたヴォーレは素直にバックを渡します。
薄笑いを浮かべるヴォーレはティナと顔の構造が似た特徴を持ち、金属製の箱を持っていました。昆虫の孵卵器だと説明します。
更に嗅覚を研ぎ澄ませて探るティナですが、他に何も見当たらずヴォーレを解放しました。
ティナは認知症で老人ホームに住む父を訪ねます。ティナの家に転がり込んで好きに暮らすローランドに娘が利用されているのではと父は気に掛けます。
自宅に戻ったティナは父に面会して来たと報告しますが、ローランドは競馬に夢中で関心がありません。
外へ空気を吸いに出たティナの側に美しく大きな野生の鹿が佇みます。怯える様子も無く、ティナにじっと撫でられます。
警察のアグネータに呼び出されたティナは、押収したSDカードから児童ポルノの動画が大量に発見されたと聞かされます。
面識のない男性でありながら、どうやって気づいたのかアグネータは尋ねます。ティナは、恥、罪悪感、そして怒りを抱える人を嗅ぎ分けられると説明しました。
アグネータは動画の作成者を逮捕する為に協力を要請します。男性のスマホからスヴァ―ネホルム近辺に度々訪れていることを突き止めたものの、どの建物か分からない為捜索令状を取れないとアグネータは話します。
船が入港し、下船したヴォーレがティナに近づき自らバックをカウンターに置きます。
前回同様違法な物は発見できませんが、何かあるのは間違いないとティナが言い、男性の同僚は身体検査をする為ヴォーレを個室に連れて行きます。
当惑した同僚が出てきてヴォーレが女性だったと告げ、恥ずかしい思いをしたとティナに文句を言います。
ヴォーレの腰に傷が有ったと聞かされたティナは、自分も同じ傷がある為思わず息を飲みます。
帰路に着いたティナは、産気づいた隣人のエスタ―を病院まで運ぶよう彼女の夫・ステファンに頼まれます。雨の降る道路を運転していたティナが鼻を動かし車を停車。
ステファンが急いでほしいと声を掛けると、ティナは少しだけ待ってと答えます。木々の間から小鹿が数頭列をなして道路を横断するのがヘッドライトで照らし出されます。
夜ベッドの中でティナがふと目を覚ますと、窓の外に数日前に出会ったキツネが来ていました。
窓ガラスに指を着けると、キツネは窓の向こうからティナの指をペロペロと舐めます。ティナは嬉しそうに笑顔で見つめます。
自宅近くの簡易宿泊所でヴォーレに出会ったティナ。木の幹から蛆虫を採取するヴォーレは、その中から1匹を食べます。
気持ち悪いと言うティナですが、ヴォーレはにやけながら「本当は試したいくせに」と指で摘まんで虫を差し出し、ティナは口に入れました。
ティナはヴォーレを家に招きゲストハウスを貸すことにします。自宅に到着し、犬達が激しく吠え始めます。ヴォーレが近づいて獣のような唸り声を上げると、怯えて大人しくなりました。
ローランドはヴォーレを気味悪がり連続殺人犯呼ばわりします。
ティナが幼い頃雷に打たれて残った顔のケロイドを見たヴォーレは、自分も同じ痕があると言いシャツを引っ張って見せます。
翌日、ティナは警察と一緒にスヴァ―ネホルムへ行きます。自転車で通り掛かった男性の怪しい匂いを嗅ぎ付け、ティナ達は後を着いてアパートへ向かいました。
ティナが郵便受けを開けて中の様子を探っていると、男女が出て来て憤慨します。警官は謝罪しティナを引っ張ってその場を後にします。
報告を受けたアグネータは配慮を求めますが、ティナは赤ん坊が酷い目に遭っていることは間違いないと主張します。
ティナに同行した警察官も赤ん坊の声を聞いたと話し、登録されていないと報告しました。
ティナはヴォーレを誘い森へキノコ採りに出かけます。お気に入りのスポットへ案内したティナは、子供の頃妖精が居る所と信じていたことを話します。
そして、自分が染色体に欠陥がある醜い奇妙な人間で、子供を宿せない体であることも明かします。
ヴォーレは、ティナに欠陥等無く人間の話など信用するなと言います。
ティナとヴォーレは、隣人のエスタ―宅へ生まれたばかりの赤ん坊に会いに行きます。赤ん坊はティナとヴォーレを怖がり泣き出します。
その夜、ヴォーレは1人で森へ行き叫び声を上げながら、子供を生み落します。
映画『ボーダー 二つの世界』の感想と評価
『ボーダー 二つの世界』は、一見人間のように見えて別の生き物・トロールを題材にしたインテリジェンス溢れる社会派ファンタジー映画です。
最初に税関職員ティナが持つ特殊能力を先ず示した後、似た容姿のヴォーレが登場し2人のラブストーリーと思わせつつ絶滅に瀕する伝承の生物だと明かします。
そして、トロール同士でなければ出現しない男性の性器がティナから伸びてくる強烈な映像と、本来の動物的感覚に目覚めるティナの姿が一気にファンタジー世界へ引き込んで行きます。
虫を食べ野生の動物と心が通う場面を挟みトロールが自然に近い生物だと定義しながらもメルヘンチックにならないのは、ティナを通し人間社会に存在する境界を浮き彫りにしているからです。
人間として育ったトロールの自分、生まれつき身ごもれない女の体を有し性行為では男の役割、そして職として選択した税関職員。
ティナがこれらの堺を跨ぐことで男と女を分けた本来の定義さえも不確かな曖昧さを帯び始め、アリ・アッバシとヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストの幻想世界がリアリティを持ち、物語に目が離せなくなります。
監督と脚本を兼務したアッバシは、トロールの造形にネアンダール人を求め、ティナとヴォーレを演じたエヴァ・メランデルとエーロ・ミロノフは毎日4時間掛けて特撮メイクを施し撮影に臨みました。目の玉と唇だけが本人のものだそうです。
メランデルは、ボディビルダーと組んで18キロ体重を増やし、本人の物とは全く異なる声でティナを演じ、『バイス』のクリスチャン・ベール以上の変身を遂げています。
メランデルとミロノフの圧倒的な演技力に飲み込まれる観客は、気づけば不可思議な世界へ誘われ迫害を受けたトロールに共感しています。そして、本作が見た目の美しさに執着する社会への風刺でもあることに思い至るのです。
俳優によるここまで生な感情表現は見たことが無く、キャスティングに1年掛けたアッバシの見事な配役と言えます。ラストシーンでティナが見せる自然な笑顔がとても印象的。
まとめ
違法な所持品を嗅ぎ分ける能力を持つティナは港の税関職員。
ヴォーレと出会い自分の真の正体に気づいたティナは、寓話の世界でしか存在しなかったトロールと人間の狭間で揺れ動きながら、本能に目覚めて行きます。
しかし、ティナは人間の蛮行を嘲笑い自らの復讐に利用するヴォーレを否定。自分が越えない一線を引くティナの決断は、二つの
世界に生きる彼女がこちらと向こう側の堺に決着を着ける選択でした。
『ボーダー 二つの世界』は、詩歌のような世界を独創的なリアリズムで描写したファンタジー映画です。