映画『夜を走る』は2022年5月13日(金)テアトル新宿、ユーロスペースほか全国順次公開
社会派ドラマ『夜を走る』が2022年5月テアトル新宿、ユーロスペースほか全国順次公開されます。
『教誨師』(2018)の佐向大監督によるオリジナル脚本で無情な社会の中で生きる人々の絶望と再生を映し出す作品です。
『きみの鳥はうたえる』(2018)の足立智充、『教誨師』の玉置玲央、『夕方のおともだち』の菜葉菜、『罪の声』(2021)の宇野祥平、ドラマ『孤独のグルメ』(2012)の松重豊らが出演。
映画『夜を走る』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【監督・脚本】
佐向大
【編集】
脇本一美
【出演】
足立智充、玉置玲央、菜葉菜、髙橋努、宇野祥平、松重豊
【作品概要】
『教誨師』(2018)の佐向大監督によるオリジナル脚本作品。
無情な社会の中で生きる人々の絶望と再生を、驚きの展開で描き出した社会派ドラマです。
主演を『きみの鳥はうたえる』(2018)の足立智充と、舞台やドラマを中心に活動し『教誨師』で映画初出演にして注目を集めた玉置玲央が務めます。
共演には『夕方のおともだち』(2009)の菜葉菜、『罪の声』(2021)の宇野祥平、ドラマ『孤独のグルメ』(2012)の松重豊ら個性豊かな俳優陣が集結しました。
映画『夜を走る』のあらすじ
鉄屑工場で営業をしている中年男の秋本は、上司の本郷や取引先からバカにされながらも、まじめに毎日働いていました。しかし不器用でなかなかうまくいきません。
一方の谷口は言いたいことが言える男で、妻と幼い娘を持ちながら浮気相手もいる世渡り上手でした。
同僚にフィリピンパブに連れて行かれた秋本は、女性とうまく話せずひとりぼっちで座っていました。
翌日も営業で外回りする秋本。一方、本郷は嬉々として営業でやってきた若い女性・橋本の対応をしていました。
その晩、谷口は秋本を飲みに誘いました。実家暮らしの秋本は、何を聞いても「別に」とばかり答えます。谷口は、「生きてて何が楽しいんすか?人生変えていきましょうよ。会社やめるとか」と秋本をつつきます。
店を出ると、昼間彼らの会社を訪れた女性・橋本が立っていました。谷口は独身の秋本のためだと言って彼女を飲みに誘います。
橋本は、先ほどまで本郷に飲みに連れて来られていたと話します。
好きなタイプを聞かれた彼女は「やさしい人」と答え、谷口はすかさず「秋本さんすごいやさしいですよ。」と口をはさんで、秋本が40年彼女なしであることを暴露します。
谷口が席をたった間に、「彼女とか大切にしそうなのにもったいない」と橋本から言われて、勇気を出して連絡先を聞く秋本。しかし、携帯の充電がないからという理由で連絡先交換をやんわり断られます。
酔いつぶれた橋本を送るために秋本は会社まで車を取りに行きますが、谷口はその間に無理やり彼女にキスします。
怒った彼女は谷口から離れます。戻った秋本は、いなくなっていた理沙を探しだしました。しかし、先ほどの谷口とのこともあり、彼女は「さわんなよ。気持ち悪いんだよ」とひどい言葉を秋本に投げつけます。
車内で携帯をみていた橋本に驚く秋本。思わず声をかけた彼を、橋本は「はあ?」と言ってにらみつけます。瞬間的に怒りを爆発させた秋本は、彼女の顔面を殴りつけました。大慌てで間に入る谷口。橋本の携帯は落ちて画面が割れてしまいます。
翌日に土曜出社した秋本は、車のトランクに保冷剤を詰め込みます。
朝帰りした谷口に、妻・美咲は娘を押し付けて仕事と偽って不倫相手に会いに行きました。戻った彼女は娘から匂いが違うと言われます。美咲は夫とひとことも交わさないまま、子どもを連れて妹宅へ向かいました。
その後、警察が本郷を訪ねて会社にやってきます。怯えてその様子をみつめていた谷口は、秋本に駆け寄って警察が来たことを話します。
あの晩の記憶に自信がない本郷はうなだれていました。谷口は同僚を不倫ネタで脅し、警察が来た時の様子を聞き出します。警察は行方不明の橋本の最後の通信記録が本郷だったためにやって来たといいます。その同僚は、事件の翌朝に本郷が会社の駐車場の車内で寝ていたのを見ていました。
谷口はその晩本郷を酒に誘って酔わせ、トイレに行った隙に車のキーを盗み出して秋本に渡します。
谷口がコンパをエサに本郷を引き留める間に、秋本は女の死体を本郷の車のトランクに移し……。
映画『夜を走る』の感想と評価
現実と虚構の間で観る者を翻弄
ごく普通の、代わり映えしない退屈な生活を送っていた主人公の中年男性と、妻とはうまくいっていない中、自分も妻も不倫している口のうまい男。ふたりが、ある事件を起こした夜を境に、絶望の中に迷い込んでいくさまを描く衝撃作です。
監督を務めたのは、大杉連の遺作となった『教誨師』の佐向大で、本作の企画には大杉連もクレジットされています。
前半と後半の様相はガラリと変わり、見事な対比をみせます。後半はファンタジーなのか、ホラーなのか、あるいはミステリーなのかと観客を惑わせる迷宮のような展開です。
いつも周囲からバカにされてきた秋本。しかし、年若い女性に騙されたと知った瞬間プチッと切れて殴りつけてしまいます。ここで露わになる秋本の恐ろしさ。彼の心の中にもともと深い闇があったことが浮き彫りになります。
しかし、一緒にいた谷口が死体を隠そうとしたことから事態はより混乱。隠されていた死体は秋本によって本郷の車のトランクへ移され、その死体に気づいた会社社長はなんと片付け屋を呼んで死体隠滅をはかります。
みんな笑顔になろうと言いながら去っていく片付け屋の中国人など、出てくる人間の誰も彼もが気ちがいばかりで、この世界はいったいどうなっているのだろうかと観る者は翻弄され続けます。
松重豊演じる死体処理に8000万円ふっかける悪玉の方が、まだ「普通」に思えてしまうほどです。
秋本は窓の外から見ていた自分と同じ顔を持つ男を追って、怪しげな宗教団体のいるビルへとたどり着きます。まるで、お菓子の家に導かれたかのようなファンタジー感です。
秋本が流れ着いた宗教団体もかなりホラーです。いきなり殴りつけたり、「受け入れます!」とみんなで叫んだりと、非現実的な世界をこれでもかと見せ続けます。
そこの教祖はどうみてもインチキのマインドコントロール師なのですが、秋本のように意固地で一人ぼっちで生きてきた人間はこうやって騙されて絡めとられていくのかもしれないと思わせるリアルさがあります。
大声を出したり、周囲に感情移入したりするうちに、秋本の内面はある意味「開眼」し、現実世界に対応できる精神は崩壊していきます。最後には女装して、スーツスカートに裸足という出で立ちでピストル片手に教祖を訪れるのです。とにかく秋本がこわすぎます。
物語がどんな展開をみせるのか、どこに着地しようとしているのか、まったく見当もつきません。
ラスト近く、秋本は谷口の家にしのびこんでベランダに隠れたまま、部屋の中で娘を抱きかかえた自分と同じ顔の男をみつめて涙を流します。
「もうひとりの自分」はおそらくは秋本の願望が妄想化したものなのでしょう。秋本は自分が受け入れてもらえる場所や、妻と幼い子供と過ごす穏やかな日々に心から憧れていたに違いありません。
この作品はさまざまな気になる点がはっきり提示されないまま終わります。私たち観客は迷宮に取り残されたままです。
橋本を殺したのは谷口だったのか。秋本が見た自分の顔をした男とはなんだったのか。怪しい教祖のいた集団は何者だったのか。それらの謎は、観る者の胸にクエスチョンマークを残したまま作品はエンディングを迎えます。
谷口の妻・美咲が自分の家庭を守ることを固く決意したことだけははっきり伝わってきます。そこだけはとてもリアルといえるのかもしれません。
まとめ
『教誨師』の佐向大監督がオリジナル脚本で挑んだ、観る者を翻弄する迷宮ドラマ『夜を走る』。
私たちが「普通」「現実」と考えている世界が、もしかしたらとてつもなく脆いものなのではないかと不安にさせられるような、摩訶不思議なストーリー展開となっています。
自分も秋本のようにまったく違う世界に行ってしまうこともありえるかもしれないと、思わずこわくなってしまう作品です。
秋本はいったいどこに行ってしまったのか。彼はもう戻ってこないのか。
そして一見妻に守られているかのように見える谷口は、本当にこちら側にいる人間なのか。あるいはとっくにもう別の世界に行っているのか。
そんなことを考えるうちに、この映画の特別な世界観にいつの間にか魅了されていることに気づかされるに違いありません。
映画『夜を走る』は2022年5月13日(金)テアトル新宿、ユーロスペースほか全国順次公開!