“越冬ツバメ”のようにはぐれた想いを抱える兄弟の物語『燕 Yan』
映画『燕 Yan』は、『帝一の國』『新聞記者』などで撮影監督として活躍した今村圭佑の監督デビュー作。
台湾の高雄で生まれた主人公燕と兄の龍心。両親の離婚を機に、日本と台湾で離れ離れに暮らす兄弟の再会物語です。
主人公の燕役を『パラレルワールド・ラブストーリー』の水間ロン、その兄・龍心役に『あゝ、荒野』などで活躍する演技派俳優の山中崇、兄弟の母・林淑恵役を一青窈が演じています。
自分は日本人なのか、台湾人なのか。幼い頃からハーフという境遇で辛酸をなめてきた兄弟の葛藤と母への思慕を、切なく描き出します。
映画『燕 Yan』の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【監督】
今村圭佑
【脚本】
鷲頭紀子
【キャスト】
水間ロン、山中崇、テイ龍進、長野里美、田中要次、宇都宮太良、南出凌嘉、林恩均、平田満、一青窈
【作品概要】
『燕 Yan』は、日本と台湾を舞台に、離れ離れになった家族がそれぞれの思いを抱え、もがき成長する姿を描いた人間ドラマ。
『パラレルワールド・ラブストーリー』(2019)の水間ロンが主人公の燕、『あゝ、荒野』(2017)など多数の作品て活躍する山中崇が兄・龍心、歌手の一青窈が2人の母をそれぞれ演じています。
『新聞記者』(2019)『帝一の國』(2017)など数々の作品で撮影監督を務めてきた今村圭佑の長編監督デビュー作。
映画『燕 Yan』のあらすじとネタバレ
28歳の早川燕は、建築設計事務所で働いています。
仕事熱心な燕は職場で夜を明かすこともあり、そんな時はよく幼い頃の母とのひとときを夢にみます。
その日も会社に泊まってしまい、出勤した上司からは「たまにはデートでもしろよ」と忠告されてしまいました。
そのまま久しぶりに実家へ向かう燕。出迎えた母は「あまり帰って来ないのね」と心配そう。
「仕事、忙しくて」とうそぶく燕は、そのまま父親のいる部屋に行きました。
父親から「これを台湾の高雄にいる兄の龍心に届けて欲しい」と、相続放棄のための書類を託されました。父は借金をし自分の借金による不利益を子どもたちに与えたくなかったのです。
「なんで今さら台湾へ? あの人の葬式にも行かなかったのに」「あの人って、お前の母親だろ」。
燕の実母である淑恵は台湾人であり、彼は台湾で生まれ、日本で育ちました。燕には龍心という7歳年上の兄がいましたが、燕が5歳の時に淑惠は龍心を連れて台湾へと戻ってしまい、彼は父と2人で生活することとなったのです。
以来、彼は自分は母親に捨てられたのだと思い込み、1通の手紙もよこさない淑恵と彼女が連れて行った龍心に強い憎悪とジェラシーを抱いています。
20年もたった頃、淑惠が亡くなったという知らせが届きましたが、燕は葬式に行きませんでした。
今頃になって亡き母の故郷に行きたくないし、兄にも再会したくなんてないと考えていた彼ですが、父の最後の頼みだとほだされ、単身台湾へと向かうことにしました。
台湾の高雄の街に降り立ち、不安そうに街中を歩く燕。その様子は頼りなく、終始浮かない表情をしています。
やっとたどり着いた兄の家でも対応に出た人に、「龍心はいまいません。誰ですか?」と聞かれ、「知り合いです」という有様です。
疲れた燕は、繁華街の店で水餃子とスープを食べますが、ここでも思い出すのは実母の淑惠のこと。
優しく台湾料理も上手かった淑惠ですが、やはり日本人とは異なりました。
淑恵の言葉の影響を受け、どこか日本語の話しぶりもおかしかった燕は、近所の子どもたちからいじめられます。
それ故に母が台湾人であることを恥ずかしく思うようになり、ついに「日本人のママが良い」と言ってしまったのです。
生まれ故郷である高雄に来て、ますます幼い頃の記憶が蘇り、燕は切なく苦しい想いをします。
映画『燕 Yan』の感想と評価
離れ離れになった兄弟の苦しみ
渡り鳥の「燕」は、暖かい居場所を求めて、国から国へと渡り歩きます。映画『燕 Yan』のタイトルは、そんな渡り鳥と、2つの国のハーフである主人公を表しているようです。
台湾で生まれ日本で育った燕と龍心の兄弟。日本の習慣などになじめなかった母淑惠は兄だけ連れて台湾に戻ります。
母への思慕を憎しみに変えて23年がたち、燕と龍心は再会を果たしました。
荒んだ様子で素っ気ない態度をとる龍心と、言いたいことや聞きたいことは山ほどあるのに聞けずにいる燕の2人が、飲み屋でなかなか話を切り出さないシーン。
何が起こるのか、この兄弟はどうなるのか。ひりひりするような緊張感と、燕の苛立ちが伝わって来て、絶大なインパクトがあります。
結局はこの時にお互いの胸に持っていた想いを全て吐き出せたわけで、それは別れて以来の兄弟の誤解を解くに値する本音だったと言えます。
燕は周りの友達と比べて、台湾人の母をもち、生活習慣も違うために、自分だけが皆と違っているのが嫌だったと言います。しかし、日本にいても、台湾に戻っても、‟みんなと違う”状況は同じで、兄龍心もそのことで苦労していたのです。
母の淑惠にも同じことが言えます。いくら子どもたちを愛していても、生活習慣の違いからママ友とのコミュニケーションなど周りの状況に溶け込めず、孤立を深めていたと想像ができ、悩みは燕や龍心と同じだったのでしょう。
人と異なるルーツや生活背景を持ちながら、1つのコミュニティで生きることはとても難しい……。
だからこそ、本気で喧嘩してもいいから、互いの本音を言うことは、大切なことと言えます。
人種ということにこだわればキリがありませんが、燕の「僕は台湾人と日本人とどっちだと思う?」という問いに答えた甥の答えは大正解。
その回答に微笑む燕には、わだかまりが解けた後の安らぎさえ見出せ、明るい未来の予感にホッとしました。
キャスト陣の体験談
本作の主演の水間ロンは、『嘘を愛する女』(2018)、『マスカレードホテル』(2019)、『パラレルワールド・ラブストーリー』(2019)、『ヒキタさん! ご懐妊ですよ』(2019)など出演作も多数。
水間ロンは、中国で生まれ大阪で育ったという、まさしく燕と同じような境遇を持っています。そのため、本作には、彼が幼い頃に自分の母親との関係の中で、起きたことや放った言葉がそのまま反映されているそうです。
母の手料理の餃子や「日本人のママが良かった」という言葉は、彼自身の経験だったと言いますから、ズシリと胸に響くリアル感があるのは当たり前だったのです。
一方で、母親の淑惠を演じた一青窈は、台湾人の父と日本人の母の間に生まれました。主人公が経験したようなことを自分の経験として捉えられる方です。
燕が「魯肉飯」(ルーローファン)の茶色い弁当が嫌だったと語るシーンがありますが、これは一青窈の体験だとか。
劇中の人物たちがそのまま持っていた悩みや体験は、キャストの実体験だったから、リアリティにあふれ身近な問題として捉えられます。
それゆえに、登場人物たちが抱える心の傷も嫌な思い出もストレートに伝わり、いいようのない孤独感が漂う作品となっていました。
まとめ
映画『燕 Yan』は、日本と台湾という2つの国の両親を持つことの悩みや苦しみを壮絶に描き出しています。
ハーフといわれる特別な存在が招く不協和音が、幼い兄弟を疎遠にさせます。けれども、過去は変えられなくても、話し合うことで心の傷が癒され、疎遠になっていた兄弟関係は修復されました。
燕を日本に置いて来た淑惠ですが、片時も燕のことを忘れなかったこともわかりました。国籍がどこであろうと、我が子を育てる母は何処の国でも”母”なのです。
本作では、思い出の中の淑惠と幼い燕と龍心の兄弟は、明るい光が差し込む幸せそうな親子の映像となっており、成長した兄弟が台湾で取っ組み合いをする背景は、夜の街。
回想と現実を陽と暗で見事に対比させ、なおかつ映像のなかの随所に優しい母の思い出を描いて、燕の複雑に交錯する想いを描き出しています。
居場所のない孤独感を持ち続けた燕とその兄や母の物語。本作は、人間にとって家族にとって何が大切なのかと、静かに問いかけています。