昔話のような残酷でファンタジックな物語
『ミスミソウ』(2018)『樹海村』(2021)の山田杏奈が主演を務める人間ドラマ。
柳田國男の「遠野物語」に着想を得たオリジナルストーリーで、人間の脆さと自然への畏敬の念、そして現代にも通じる貧困や差別など根深い社会問題を映し出します。
監督は、『リベリアの白い血』(2015)『アイヌモシリ』(2020)で民族のルーツを描いてきた福永壮志。
森山未來、永瀬正敏をはじめ、二ノ宮隆太郎、三浦透子、山中崇、川瀬陽太、でんでん、品川徹ら実力派俳優陣が顔をそろえます。
過酷な村での生活を離れて、深い山奥に入っていったヒロインの凛。彼女が山で出会ったのはいったい誰だったのでしょうか。伝承の世界に迷い込んだかのような本作の魅力をご紹介します。
映画『山女』の作品情報
【公開】
2023年(日本・アメリカ合作映画)
【監督】
福永壮志
【脚本】
福永壮志、長田育恵
【編集】
クリストファー・マコト・ヨギ
【キャスト】
森山未來、永瀬正敏、二ノ宮隆太郎、三浦透子、山中崇、川瀬陽太、赤堀雅秋、白川和子、品川徹、でんでん
【作品概要】
初長編映画『リベリアの白い血』(2015)で、ロサンゼルス映画祭の最高賞U.S. Best Fiction Awardを受賞、インディペンデント・スピリット賞のジョン・カサヴェテス賞にノミネートされて注目を集めた福永壮志が監督を務める人間ドラマ。
福永監督は『アイヌモシリ』(2020)でもトライベッカ国際映画祭の国際ナラティブ・コンペティション部門で審査員特別賞、グアナファト国際映画祭では最優秀作品賞を受賞しています。
民話を元に新たな物語を紡ぎあげた本作では、凛というひとりの少女の生き様を通して、人間の善悪や信仰の敬虔さと危うさという、いつの時代も変わらない本質的なテーマを描きました。
主人公の凛を山田杏奈、森に住む謎の山男を森山未來、凛の父親・伊兵衛役を永瀬正敏が演じています。
映画『山女』のあらすじとネタバレ
18世紀後半。冷害による食糧難に苦しむ東北の小さな村で、汚れ仕事を請け負う凛は、人びとから蔑まれながらもたくましく生きていました。
そんな彼女の心の救いは、盗人の女神様が宿ると言われる早池峰山でした。
ある日、米を盗んで村人から責められる父親・伊兵衛を見た凛は、家を守るために罪をかぶり、自ら村を去ります。
凛はけっして越えてはいけないと言われてきた山神様の祠を越え、山の奥深くへと進んでいきました。
そんな凛の前に、人間なのかもわからない不思議な存在が現れます。
映画『山女』の感想と評価
厳しい自然に翻弄される愚かな人間たち
冷害に苦しむ小さな農村で起こる、昔話と錯覚させるような残酷でファンタジックな物語です。人間の愚かさと残酷さがくっきりと描かれています。
主人公の凛は、過酷な運命に耐える日々を送っています。ひい爺が火事を出した罪で家の田畑は奪い取られ、父と障害を持つ弟と三人で遺体処理などの汚れ仕事を請け負っていました。そんな一家を村人たちは蔑み、最下層の扱いをしています。
それでも、一家はただひたすら村の一員として暮らすことでしか身を守る術がありません。身の不自由な弟の存在が、尚更彼らを村に縛り付けていました。
しかし、凛はそんな中でもやさしい心を忘れず、珍しい白いりんどうを見つけただけで「きっといいことがある」と言って健気に弟を励まします。
ある日、耐えきれなくなった凛の父・伊兵衞は村の米を盗んでしまい、村人らから責められます。このままでは一家は立ちゆかなくなると知った凛は、父の罪をかぶり、自分が盗んだと嘘を自供しました。
村人たちの手前、家を守るために娘をひどく殴りつけるしかない伊兵衛。障害を持つ弟への深い愛から、凛はその痛みをひとり引き受けます。
村人たちによるひどい差別やいじめは、現代の人間模様にも同じく当てはまるもので、問題の根深さを感じさせます。
雨乞いのために若い娘を生け贄に選ぶこととなり、互いの身内を差し出すようにと押しつけ合う男たちの姿は、グロテスクなまでの滑稽さです。力のない若い女性を犠牲にすることに何も違和感を抱かない感覚や、犠牲者を自分の身内からではなく下層世帯から選ぼうという汚い発想は、現在のジェンダー問題や差別問題にも通じています。
老害と呼ばれる年寄りたちが牛耳り、責任をすべて下々にかぶせようとするさまは、腐敗した政治家たちの姿を彷彿とさせます。
村では人間扱いされずに暮らしていた凛にとって、言葉は通じなくとも、森に住む山男は心安らげる唯一の存在でした。彼と寝食を共にし、彼女は初めて穏やかで「人間らしい」生活を手に入れます。
人の住まない山こそが、凛が人間として生きられる場所でした。
しかし、村人たちの魔の手はすぐに凛に迫り、山男を撃ち殺したあげく、凛を生け贄とするために連れ帰ります。
それでも、大自然は凛を見捨てませんでした。凛が縛り付けられ、台座に火を放たれた瞬間、頭上に広がった雲があっという間に大雨を降らせます。炎は消え、凛は自由の身となりました。
村人たちは、自然の神に守られている凛を畏れ、ひれ伏すしかありません。儀式の前夜、凛の前に現れた死んだはずの山男の姿。山男は本当は神の化身で、凛を助けるために駆けつけたのかもしれません。
実力派俳優たちの生み出す重厚な世界
幻想的な本作の魅力を彩るのは、数々の実力派俳優たちです。
主演の山田杏奈は、『ミスミソウ』(2018)をはじめ、過酷な運命に立ち向かう少女がはまり役の俳優で、今作でも強靱な精神力とやさしい心を持つ凛をしなやかに演じています。
「山男と一緒に自分も殺してけろ!」という魂の叫びに、思わず胸を揺さぶられることでしょう。
山男という異形の者を演じるのは、個性派俳優の森山未來です。言葉を話さない山男からにじみ出る優しさ、凛への愛情を表現しつつ、実は山神なのではないかと思わせる神聖さを醸し出しています。
凛の父・伊兵衞を、永瀬正敏が好演。理不尽な理由で田畑を奪われて汚れ仕事を押しつけられたことへの怒り、それでも村にすがりついて生きるかしかない悲しみを見事に表現しています。
米を盗んだ罪をかぶってくれた凛を殴りつけながら、胸の内では慟哭していることが伝わってきます。凛を生け贄に差し出さねばならないことへのやるせなさ、それによって一家が救われることに安堵するずるさなど、伊兵衞の人間らしい愚かさをあますことなく演じきっています。
村長役の品川徹をはじめとする、村人役のでんでん、山中崇、川瀬陽太らベテランたちの重厚な演技が光る中、ひときわ異彩を放つのは春役を演じる三浦透子です。
異様なまでの迫力と色気、村役の孫としての高いプライド、夫となった泰蔵への恋心、泰蔵の凛への思いも見抜く鋭さ。春の抱く複雑な感情を、抑えた演技で演じ、観る者の目を釘付けにしています。
まとめ
民俗学者・柳田國男が収集した民話「遠野物語」にインスパイアされた一作『山女』。幻想的な世界観に圧倒されます。
厳しい環境の中、過酷な運命に翻弄されながらも健気に生きる女性・凛。人のいる場所に新天地を求めることを許されない凛は、奥深い森の中へと入っていきます。そこには、自然に混在する神がいました。
凛を救ったのは自然の怒りだったのか、それとも山男だったのか。いずれにせよ、凛が山に深く愛されていたことは間違いありません。