映画『WAVES/ウェイブス』は2020年7月10日(金)よりTOHOシネマ新宿ほかにて全国でロードショー!
2019年のトロント映画祭で、同映画祭始まって以来、最長のスタンディングオベーションを浴びるなど、熱狂的な支持を得た映画『WAVES/ウェイブス』は、今、最も注目を集める映画製作スタジオA24の制作作品です。
監督を務めたのは、テレンス・マリックの元で腕を磨き、『クリシャ』(2014)、『イット・カムズ・アット・ナイト』(2017)で知られるトレイ・エドワード・シュルツ。サウンド、カラー、カメラワークなど、徹底された彼の美学が、物語を深い共感の波へと誘います。
映画『WAVES/ウェイブス』の作品情報
【日本公開】
2020年(アメリカ映画)
【原題】
WAVES
【監督】
トレイ・エドワード・シュルツ
【キャスト】
ケルヴィン・ハリソン・ジュニア、テイラー・ラッセル、スターリング・K・ブラウン、レネー・エリス・ゴールズベリー、ルーカス・ヘッジズ、アレクサ・デミー
【作品概要】
『クリシャ』(2014)、『イット・カムズ・アット・ナイト』(2017)のトレイ・エドワード・シュルツ監督がスタジオA24とタッグを組み、フロリダで暮らすある若者の悲劇とその家族の再生を描いたヒューマンドラマ。
フランク・オーシャンやケンドリック・ラマ―、レディオ・ヘッド、カニエ・ウェストなど豪華アーティストが手掛ける31の名曲が全編に流れ、物語とシンクロする。
ゴッサム・インディペンデント映画賞でエミリーを演じたティラー・ラッセルがブレイクスルー俳優賞を受賞するなど多くの映画祭で高い評価を得、「ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞」、「ハリウッド・レポーター」誌、「ヴァラエティ誌」それぞれが選ぶ「2019年のトップテン映画」に選出された。
映画『WAVES/ウェイブス』あらすじとネタバレ
タイラーの罪
フロリダのハイスクールに通うタイラーは、レスリング部に所属し、日々厳しい練習に汗を流していました。
恵まれた家庭に育ち、成績優秀でレスリングのスター選手である彼には、同級生のアレクシスという美しい恋人がいて、2人は深く愛し合っていました。
父親のロナルドは、毎日のようにタイラーのトレーニングに付き合い、彼を叱咤激励します。教会の礼拝でタイラーが少し居眠りをしただけでも、注意する厳しい父親で、「アフリカ系アメリカ人は他の人たちの何倍も努力しないといけない」というのが彼の口癖でした。
3年生のシーズンが始まり、タイラーは順調に勝利を収めていました。ある日、以前より少し不安のある肩の具合の検査をするために病院を訪れたタイラーは、医師から思いもかけぬ宣告を受け、愕然とします。
医師は手術が必要だといい、シーズンどころか一試合もしてはいけない状態だと告げたのです。
検査結果を家族に告げることが出来ず、父の鎮静剤を飲み、痛みを誤魔化しながら望んだ試合で、タイラーは肩を強打し、倒れて動けなくなります。泣きじゃくるタイラーを呆然と見つめる両親。
「医者がきちんと私たちに話をするべきだったのよ」と取り乱す母の声と「奨学金が駄目になってしまう」という父の声が漏れ聞こえる中、タイラーは絶望の淵にいました。
そんな最中、追い打ちをかけるかのように、アレクシスの妊娠が判明。中絶手術をするために彼女を産婦人科に連れていきますが、彼女は中絶を拒否し、病室を飛び出してきます。
車の中で言い合いになり、かっとしたタイラーはアレクシスを車から下ろしてしまいます。すぐに我に返り、歩いて帰ろうとするアレクシスに「乗れよ」と声をかけますが、アレクシスは頑なで、腹をたてたタイラーはそのまま彼女を置き去りにして車を加速させました。
スマホで謝罪のメッセージを送ると、彼女も「わたしこそごめん」という返事を送ってきました。仲直りが出来たかに見えましたが、「産むことに決めた。両親も応援してくれるって」というメッセージが送られてきて、タイラーはまた頭に血がのぼってしまいます。
自分よりも先に親に相談したのか、高校生なのに育てられるわけがないとメッセージを返すと、アレクシスは「あなたとはもう終わりよ。ブロックする」と返信し、彼はブロックされてしまいました。
彼女と一緒に行くのを楽しみにしていた学内のパーティーの日、タイラーはひとり家にこもっていましたが、パーティーの楽しい様子が次々とSNSに上がり、アレクシスが別の男性と仲良くしている様子を見て、激しい嫉妬心にかられます。
母が制止するのもきかず、家を飛び出したタイラーはパーティー会場に車を走らせ、会場に着くと、アレクシスを探し回りました。
彼女がひとり、冷蔵庫にビールを取りに来たところを見留たタイラーは彼女のもとに駆け寄ります。
タイラーが彼女と同伴の男子生徒に嫉妬心を剥き出しにすると、アレクシスは「彼は小学生の頃からの親友でゲイなのよ」と応え、タイラーが「嘘だ」と言うと、「私の言葉を聞いていたら知っているはず。いつもあなたは自分のことにしか関心がないのよ」と彼を詰りました。
「子どもを2人で育てよう」とタイラーが言うと、アレクシスは「あんたなんかと一緒になってもろくなことにならないわ」と鼻で笑い飛ばしました。
タイラーは「どういう意味だ!」と詰め寄り、アレクシスを強く押すとアレクシスは倒れ、床に頭を打ちました。アレクシスの頭からは血が流れていました。
近づいて、彼女を起こそうとしますが、彼女は倒れたまま、息もしていないようでした。「起き上がってくれ」とタイラーは涙を流し彼女にすがりますが、後ろで女子生徒の悲鳴が上がり、あわてて逃げ出します。
同じパーティーに参加していたタイラーの妹のエミリーは騒動を聞きつけ、人だかりが出来ているところに駆け寄りますが、兄の恋人のアレクシスが倒れているのを見て愕然とします。「誰か救急車は呼んだの?」という声があがりました。
エミリーは兄が会場にはいってきたのを見ていました。その頃、タイラーの父が母からの連絡を受け、パーティー会場に到着しました。
すでにパトカーや救急車が到着し、現場は物々しい雰囲気に包まれていました。エミリーは父をみつけ、2人は抱き合いました。
タンカーに乗せられたアレクシスが救急車に乗せられるのを見た父は「兄さんが来ていたのか?」と尋ね、エミリーは泣きながらうなずきました。
慌てた様子で帰宅したタイラーは母の声を無視し、部屋に戻ると着替えて、また出ていこうとしました。
「どこへ行くの!」と叫ぶ母を振り切り、外に出たところで、彼はパトカーに囲まれ逮捕されてしまいます。
裁判で、タイラーには第二級殺人犯として長期間、矯正施設に収容される重い判決が下りました。判決を受け、肩を落とすタイラーの家族の傍で悲しみにくれるアレクシスの両親の姿がありました。
エミリーの愛
一年後、かつての友人からも無視され、心を閉ざして過ごす妹エミリーの前にルークという男子生徒が現れました。彼はレスリング部で、すべての事情を知っていましたが、エミリーに惹かれ、思い切って彼女に声をかけてきたのです。
2人は急速に接近し、頻繁に逢うようになりました。ある日、マナティーと一緒に泳ごうとルークはエミリーを誘い、マナティーがいるという場所へ車を走らせます。
彼は母親と2人暮らしなのだそうです。「父親は僕や母に暴力を振るう人だった。とりわけ母に。ある日、たまりかねた母は僕を連れて父から逃げ出したんだ」とルークは自身の家庭事情を包み隠さず話してくれました。
マナティーと同じ場所で泳いだ2人は楽しい一時を過ごし、その帰り道で結ばれます。しかし家に戻ると、父と母の言い争う声が聞こえてきました。
タイラーとエミリーの産みの母は、過剰摂取で2人が幼い頃に亡くなっていました。父は今の母と再婚し、彼女はタイラーやエミリーに実の母親のように接してくれていましたが、タイラーの事件以来、夫婦仲はぎくしゃくし、日に日に溝が深まっていました。
「あなたがタイラーを追い詰めた!」「タイラーにかまいっきりでエミリーをほったらかしにした」と母は父を激しく責めていました。
ある日、父と一緒にエミリーは釣りに出かけ、2人は苦しい胸の内を吐露し合いました。
「あの日、兄さんの姿を見た時、胸騒ぎがしたのに、一歩も動けなかった。あの時、私が兄さんのところに行っていれば兄さんはあんなことにならなかったかもしれない」。
ずっと悔いていたというエミリーの言葉に「お前は悪くない、お前は悪くない」と父は言葉を繰り返しながら、エミリーをしっかりと抱きしめました。
ルークがなにやら心配そうな表情を浮かべているので、エミリーがどうしたのか尋ねると、長い間逢っていなかった父親が癌でもう長くないという知らせを受けたという答が返ってきました。
「あんなヤツのことどうだっていい」と強がるルークに、エミリーは「逢うべきよ。逢わなければ絶対後悔するわ」と彼を説得しました。
病院はミズリー州で行くのに2日はかかるし、車で行くにも今、車は修理中だし、とても無理だよ、と言うルークにエミリーはじゃぁ私の車で行けばいいと応えました。数日留守にする理由をちゃんと考えておきなさいよと言うエミリーに「君こそ」とルークは応えるのでした。
映画『WAVES/ウェイブス』の感想と評価
トレイ・エドワード・シュルツ監督が、事前に本編に使用する楽曲のプレイリストを作り、そこから物語の着想を得て脚本を練ったという、“プレイリストムービー”とも呼べる本作。
フランク・オーシャンやケンドリック・ラマ―、レディオ・ヘッド、カニエ・ウェスト、アニマルコレクティブなど豪華アーティストが手掛ける31の名曲が物語とシンクロしながら全編に響き渡り、大きな波や小さな波が押し寄せるのを肌で感じるかのように観るものを映画という波間に引きずり込んでいきます。
シュルツ監督の『クリシャ』、『イット・カムズ・アット・ナイト』でも撮影監督を務めたドリュー・ダニエルズによる疾走感溢れるカメラの動きにも驚嘆せずにいられません。
『イット・カムズ・アット・ナイト』では、暗闇を進む登場人物を一歩引いて見守るように映し出していたカメラ。
人間が灯すわずかな光以外は漆黒の闇という中で、その向こうに何が起こっているのかという恐怖を観客にも直に味あわせるカメラワークがなされていましたが、今回はそれとは全く違ったアプローチが用いられています。
誰よりも先にカメラが前方に飛び出したり、車の中を360度、ぐるりぐるりと何度も回転しながら、タイラーたちの高揚と歓喜の瞬間を余すところなく捉えてみせます。
いや、むしろ、被写体を捉えるはずのカメラこそが、被写体と化し、生き生きと滑走すると表現したほうがよいかもしれません。
シュルツ監督の処女長編『クリシャ』で見せた、序盤の息詰まるワンシーンワンカットは、ボー・バーナム監督の『エイス・グレード』(2018)に多大な影響を与えたといわれていますが、本作でも、賑やかで華やかなパーティー会場に到着したタイラーが恋人を探し回るシチュエーションが長いテイクで撮られ、観る者の胸騒ぎを加速させます。
さらにシュルツ監督は、登場人物の心理状態に合わせて、画面のアスペクト比を変えるという手法もとっています。
このようにして、映画は観客をその世界に深く引き寄せ、タイラーたち、若者の感情をより身近な、より切実なものとして、リアルに体感させることに成功しています。
タイラーの悲劇は、肩の故障を見逃してしまっていたことから始まりますが、最も悔やまれるのは、タイラーと家族が描いてきた未来のシナリオが崩れ始めた時、彼のメンタル面や今後の道をサポートする人がいなかったことです。
どんな家庭も多かれ少なかれ何らかの問題を抱えているものですが、本作では厳しすぎる父との関係に焦点があてられます。
検査結果をタイラーが両親に告げられなかったのは、彼が父を失望させることを恐れたからであり、父による支配的教育の弊害が見て取れます。
厳しすぎる親と子の関係は、普遍的で身近な問題として理解することが出来ますし、映画でも度々描かれているテーマです。
しかし「Black Lives Matter」運動でも伺えるように、アメリカにおけるアフリ系アメリカ人の人々の生活の実態を考えると、それはさらに複雑になります。
なんとしても息子を成功させ、街角で警官にホールドアップされない生活を送らせたいと願う父の愛情は本物なのですが、その想いが強すぎるがために息子の生活を圧迫し、過度なプレッシャーを与えていることに気が付いていません。
良い子ほどその期待に応えようとして、自分を追い込んでしまいます。
同じような傾向が『セラとチーム・スペート』(2020/タヤシリャ・ポー/Amazon Prime配信)という作品にも見られます。
成績優秀でチアリーダーでもあるアフリカ系アメリカ人の少女セラは、厳格な母親の監視下にあり、完璧を求められ、進路さえ自分で決められません。
「厳しすぎる親」は、中流以上のアフリカ系アメリカ人の子どもたちが抱えている深刻な問題なのかもしれません。
それらは、タイラーを演じたケルヴィン・ハリソン・ジュニアが、アメリカ人の養子として迎えられたアフリカの難民孤児に扮した『ルース・エドガー』(2019/ジュリアス・オナー)にもつながっていく問題でもあるでしょう(ここでは学校の女教師がタイラーの父親を思い出させます)。
本作の前半はタイラーの悲劇としかいえない人生の失墜を描き、後半になると、前半では目立たなかったタイラーの妹・エミリーに焦点があてられます。
前述した画面のアスペクト比は徐々に広がっていき、エミリーの人生が浮かび上がってきます。兄の事件から一年がたち、孤独な生活をしている彼女の前にルークという誠実な青年が現れ、2人は心を通わせていきます。若い恋の美しさがまるで宝石のようにきらきらと輝き始めます。
前半と後半両方でかかるダイナ・ワシントンの楽曲「What a Difference a Day Makes」は、いずれも少女の心をとらえ、前半に流れる感情と後半の感情を結びつけます。
また、前半でタイラーが車の窓から頭を出して開放感に浸る場面には、危険ではないのかとハラハラさせらましたが、後半、同じように車から頭を出すエミリーの行為は至福の瞬間として穏やかに描かれています。
シュルツ監督は、共通項と対立項を併記しながら、タイラーとエミリーの物語を精神的につなげ、エミリーの歩む道を優しい眼差しで見つめています。
過酷な経験を経たことと愛する人を得たことが、エミリーを急激に成長させます。エミリーを演じたティラー・ラッセルが素晴らしい演技を見せており、彼女がルークに「(ルークの父親に)会いに行こう」と話しかける際の瞳の優しさには、思わず泣きそうになってしまいます。
シュルツ監督は『クリシャ』ではどうしても理解しあえない家族の姿を描き、『イット・カムズ・アット・ナイト』でも悲劇的な家族の崩壊を描きましたが、本作では家族の再生の可能性を示唆し、痛ましくも愛に溢れた親密なドラマを作り出しました。
まとめ
タイラーを演じたケルヴィン・ハリソン・ジュニアは『イット・カムズ・アット・ナイト』に続くシュルツ監督作出演となり、シュルツ監督の絶大な信頼のもと、脚本にも彼の体験が盛り込まれました。
とりわけ、アフリカ系アメリカ人の生活や意識などは彼の視点が多く取り入れられているそうです。
妹、エミリーを演じたティラー・ラッセルはオーディションで選ばれたとのこと。また、エミリーの恋人になるルーカスには『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(2016/ケネス・ロナーガン)などで、今やアメリカ若手俳優の先頭を走るルーカス・ヘッジズが扮しています。
最後にかかるアラバマ・シェイクスの楽曲「Sound & Color」は、この映画のスタイルの全体像を言い表すのにぴったりです。
シュルツ監督もそこは十分に意識して最後にもってきたのでしょう。赤や青の光をたゆたわせる手法は全編に散りばめられていて、音楽とともに、人物の感情を包み込み、揺り動かします。
また、全編を貫く31曲の名曲以外にも、トレント・レズナー、アッティカ・ロスによる劇伴が、登場人物たちの感情を見事に表現しています。
そして舞台となるフロリダの風景もまた、一つの映画の主人公として、瑞々しくも強烈な印象を残します。