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『わたしのお母さん』ネタバレあらすじ感想と結末の評価解説。井上真央と石田えりが演じる“分かり合えない娘と母”の葛藤から見えたこと

  • Writer :
  • からさわゆみこ

誰より近いのに、誰より遠い、母と娘の物語

今回ご紹介する映画『わたしのお母さん』は、『人の望みの喜びよ』(2015)で第64回ベルリン国際映画祭のジェネレーション部門にてスペシャルメンションを受賞した、杉田真一が監督を務め、松井加奈と共に脚本をてがけました。

本作は気持ちのすれ違う母娘の心情を描いた物語です。主人公の夕子は、苦労して3人の子供を育て上げた、社交的な母との関係に息苦しさを感じていました。

夕子は3人姉弟の長女で、夫と2人で郊外の団地で生活し、母は弟夫婦と同居していましたが、夕子はあるできごとをきっかけに、母と暮らすことになります。

夫婦二人の生活に慣れた環境から、母との同居は夕子に忘れかけていた、心の葛藤を甦らせます。

映画『わたしのお母さん』の作品情報

(C)2022「わたしのお母さん」製作委員会

【公開】
2022年(日本映画)

【監督】
杉田真一

【脚本】
杉田真一、松井香奈

【キャスト】
井上真央、石田えり、阿部純子、笠松将、橋本一郎、ぎぃ子、瑛蓮、深澤千有紀、丸山澪、大崎由利子、大島蓉子、宇野祥平

【作品概要】
内向的で無口な娘、夕子役には『八日目の蝉』(2011)、『大コメ騒動』(2021)の井上真央が務めます。

外面がよく体裁を気にするあまり、夕子を傷つける母の寛子には「釣りバカ日誌」シリーズ『サッド ヴァケイション』(2007)の石田えりが演じます。

他に夕子の妹役に『2つ目の窓』(2014)の阿部純子、弟役には『リング・ワンダリング』(2022)の笠松将が演じます。

映画『わたしのお母さん』のあらすじとネタバレ

(C)2022「わたしのお母さん」製作委員会

子供連れや会話を楽しむ女子高生、居眠りする会社員が乗車している、西日が差し込むローカル線の車内・・・。

いつから「お母さん」と呼ばなくなったんだろう。ふと、夕子の頭にそんなことが思い浮かびました。

母の寛子は鏡台の前に座り、短くなった口紅を紅筆で取って唇に塗ります。そして、お化粧をすませると、地域のコーラスグループに参加し、仲間達と合唱を楽しみます。

練習が終わると仲間同士とのお茶飲み会、持ち寄ったお茶うけを食べながら、おしゃべりにも花が咲きます。

家に帰った寛子は入れ違いに、長男勝の嫁美奈が孫の面倒を頼み、レンタルビデオ店に返却に行くと出かけます。

返却を3日遅延していると聞いた寛子は、「あら、また?」と言って美奈の顔を見ると、その先の言葉を飲み込むように見送ります。

寛子は生後間もない孫のはるをあやしながら、嫁のだらしなさを愚痴ります。そして、洗濯物をとりこみ、庭の花の手入れをしてすごすと、夕飯の支度をはじめました。

揚げ物をしていると近所の主婦が訪ねてきます。寛子は揚げ上がるのを待つため、「ちょっと待ってくださーい」と返事します。

訪ねてきた主婦がもう一度、寛子の名を呼んだ時に揚げ上がり、玄関に向かうと玄関先で井戸端会議がはじまりました。

すると訪ねてきた主婦が「なんか焦げ臭くない?」と聞きます。寛子が台所に向かうと、消したと思っていたコンロの火が付いたままで、揚げ物鍋から火があがっていました。

寛子はパニックになりますが、どう消火したのか?消防が駆けつけた時には寛子の顔はススだらけのまま、消防士から事情を聞かれますが、茫然自失でしどろもどろです。

火事はボヤだけですみましたが、寛子と勝の家族はしばらくホテル住まいを強いられます。

寛子が洗面所に行くと、勝は大事にならなくてよかったとつぶやきます。しかし、美奈ははるが死にかけたと大げさに言い返します。

勝は美奈をなだめますが、はるは女の子だったため、「顔に火傷でもしてたらどうするの!?」と激怒します。

ある朝、夕子の家では夫の信次が寝室に、衣類ハンガーや荷物を移動し運び入れ、慌ただしく動きます。

夕子は仕事に出かける信次を見送り、続きの片づけをしお風呂掃除をしていると、着信音が鳴り急いで受信しますが、間に合わず掛け直しますが、今度は相手が出ません。

その後、夕子は自家用車で出かけます。どことなく緊張し空虚感も漂う車内で再び、着信音が響きますが、運転中の夕子は出ることができませんでした。

駅前に車を止め改札へ向かう階段を上がると、夕子は往来する人々の中で誰かの姿を探します。

そして、渡り廊下の窓から外をながめる寛子をみつけますが、夕子はスッと目線をそらします。すると寛子が夕子に気がつき「あ、お姉ちゃん!」と叫び無邪気に手を振ります。

以下、『わたしのお母さん』ネタバレ・結末の記載がございます。『わたしのお母さん』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。

(C)2022「わたしのお母さん」製作委員会

「もう、会えないと思った」大げさに言う寛子に、夕子は運転中で電話に出られなかったと、不器用な笑顔を浮かべます。

寛子は夕子夫婦の家に一時的に住むことになりました。車中で寛子はボヤのことを語りはじめます。

寛子は皆、“おおげさ”に騒ぎすぎ、大したことなかった、訪ねてきた知人がおしゃべりで困るなど、自分に非がなかったように言い、夕子は黙って聞いていました。

家に着くとダイニングテーブルに用意されたちらし寿司を見て寛子が、「あらー、覚えてる?よく作ってあげたもんねぇ」と言います。

ところが寛子は列車の中で食事を済ませてきたと、一口も食べませんでした。

寛子は持参した菓子折りを持って、お向かいの家を訪ね「少しの間だけ」と前置きし、夕子の家にいることをアピールします。

信次が帰宅し彼が晩酌を始めると、お土産に買ってきた佃煮を出します。信次はオーバーに美味しいと喜び、寛子にもビールを勧めますが、寛子は下戸だと断ります。

すると信次は夕子も下戸なのは親子だからかというと、寛子は「え?そうだった?」と言います。信次は寛子に知らなかったのか聞くと、彼女は知らなかったと一笑します。

洗濯物を畳む夕子のところにお風呂上がりの寛子がきて、代わりにしておくから入ってくるよう促します。

寛子は夕子に代わって几帳面に畳み始め、夕子が畳んだ分も畳み直します。そして、持参した靴をシューズボックスに入れようと、扉を開けると夕子のスニーカーが落ちます。

「相変わらずだらしないんだから」とぼやきながら、寛子は整理整頓をはじめました。

翌朝、寛子はきちんとお化粧をして、ベランダに出ると背伸びをして、清々しく食卓に座り、夕子は朝食の後片付けをはじめます。

寛子が夕子の予定を聞くと彼女は「もうちょっとしたら・・・ちょっと」と言いかけると、寛子は「あー、どっか行くのね。どこ?」と返します。

夕子は仕事と答えると、寛子はなんの仕事か聞き、「スーパー」と教えます。寛子は「スーパー?」と、ため息交じりに復唱し一瞥します。

支度をするため寝室へ入った夕子はため息をつきます。すると、そこに宅配業者が寛子宛の荷物を届けにきました。

夕子が慌ててリビングへ行くと、寛子が眉をひそめて「何?」と言います。そして、次々に運び込まれる段ボールを見て唖然としました。

家にあった寛子の私物で、美奈が勝手に送り付けてきたものでした。夕子は困惑し寛子は何が何だか把握できず混乱し、息子夫婦に捨てられた気分で落ち込みます。

仕事に遅刻して店長に嫌味を言われる夕子は、休憩時間に喫煙場所でタバコを吸いながら、同僚のパートタイマーと雑談します。

店長は親の介護が原因で離婚し、仕事を辞めることになっていました。そのことで機嫌が悪いと言い、例え自分の親でもおむつの世話はきついと話します。

母が追い出されたと知り、妹の晶子が訪ねてきました。積まれた段ボールを見た晶子は苦笑いをします。

夕子に何の連絡もなしで送りつけた美奈を非常識だと非難すると、弟の勝は知っているのか聞きますが、夕子は知らなかったと言います。

それまで落ち込んで黙っていた寛子が「たいしたことなかったのに」と切り出すと、晶子も同調して話を合わせます。

寛子はオーバーリアクションで言い訳をくりかえし、挙句に美奈に対して言いたいことがあればはっきり言えばいいと、悪口を言い悪者扱いしていきます。

寛子が外でお向かいの子と遊んであげている間、夕子はベランダで一服します。晶子は「タバコ吸ってるのバレるよ」と言います。

そして、晶子はボヤがある前に電話があったと話しかけます。無邪気に子供と遊ぶ母を見て、さっきまで泣いていた人じゃないみたいと呆れます。

そして、よく泣くけど誰とでもすぐに仲良くなれると言い、夕子はすぐに愚痴も言うと付け加え笑います。

寛子が晶子に電話をするのは、美奈の愚痴を言うためでした。ボヤを出す前から2人の嫁姑関係は、ギクシャクしていたようです。

そして、晶子は泣かれてしまうと何もいえなくなる、わざとらしく泣くけどと苦笑いし、夕子もいつも芝居がかってたと笑います。

晶子はそんな寛子を「なんか年取ったな」とつぶやき、夕子は黙ったままでした。

(C)2022「わたしのお母さん」製作委員会

満開の桜が咲く並木道を歩く寛子、その後を晶子が追いかけ腕を組んで歩きます。あとからゆっくり付いていく夕子の姿がありました。

姉妹は寛子を励ますために、温泉旅行を企画し母娘水入らずで出かけました。

休憩した茶屋で寛子は女将から、母娘で旅行できるなんて羨ましいと言われ、まんざらでもないように喜びをあらわします。

孫を抱く女将を見て羨ましがる寛子は、晶子にこの子なんて結婚すら・・・と言いかけると、晶子はそそくさとトイレに行ってしまいます。

寛子は夕子に「晶子になんか言ってやってよ」と言いますが、夕子はぶっきらぼうに「え?なんで私?」と答えます。

寛子は「だって“お姉ちゃん”でしょ?」と答えますが、夕子は「自分でいいなよ」とつっぱねました。

湖を見渡す展望所で夕子は寛子と晶子のツーショットを撮ります。寛子は「ほら、お姉ちゃんも」と呼び、3人で並んで自撮りし和やかな時間をすごしました。

宿の温泉に入る姉妹、晶子は女手ひとつで3人の子供を育てた寛子を讃えました。そして、ある日下戸の寛子が酷く酔っぱらって帰って来た時のことを話し出します。

しかし、夕子は覚えていないととぼけ、父が亡くなり号泣して亡骸に抱きつく寛子の姿、雨が降る葬儀で「お母さん」と声をかける子供の頃の自分を思い出します。

寛子はセールスレディの仕事をしながら、家計を支え3人の子供を育てあげました。ある晩、寛子は酒に酔って帰宅します。

その日のことを晶子は覚えていて、夕子は覚えているのに忘れたふりをしていました。

旅行から帰ると夕子はお土産を持って職場へ、寛子は上機嫌で掃除を始めて、夫婦の寝室にまで入っていきます。

夕子が仕事をしていると、レジの列に寛子の姿が見えます。寛子はニヤニヤしながら夕子をみつめ会計の番になると夕子は「何しに来たの?」と聞きます。

寛子は当然のごとく「お買い物でしょ。売り上げに貢献!」と無邪気に笑って帰り、夕飯の支度をはじめます。

信次が帰宅するとテーブルには、おかずが何品も並び「筑前煮ですか?」と声を弾ませます。

信次が晩酌を始め寛子と楽しく談話しているところに、夕子は信次が食べたいと言っていた餃子を買って帰りますが、食事は始まっていて、無言で冷蔵庫に押し込みます。

信次は夕子に謝りますが、寛子は夕子の態度を見て、帰りが遅いから代わりにやってあげたのにと言い、出来合いの餃子なら明日、食べればいいと言いのけます。

夕子はいたたまれない気持ちに陥り、黙って家を出てぶらぶらと歩きはじめます。そして、母が酔っぱらって深夜に帰宅したことを思い出します。

寛子は下の妹弟2人を抱きしめ、「ただいま」と言ったまま、玄関の廊下でそのまま寝てしまいました。

夕子は側に座ってその姿をジッとみつめ、寛子の横に寝そべり頬を触ろうとすると、気配に反応した寛子は夕子に背を向けた記憶です。

夕子が帰宅すると、信次は彼女に謝ります。そして「大切にしないとさ、親なんだから」と諭します。夕子は信次に謝り寛子にもきちんと謝ると言います。

翌日、夕子は約束した通り寛子に謝りますが、寛子は「いつも口先ばかり、昔から謝ればいいと思っている」と責め立てました。

その晩は店長の送別会でした。寛子は飲めないビールに手をのばし一気飲みをします。二次会のカラオケにまで参加し、フラフラな足取りで深夜に帰宅します。

キッチンで水を飲んでいると、寛子が起きてきて遅い時間まで、どこで何をしていたのか責め始めます。

夕子は「ごめんなさい・・・」といって寝室に行こうとしますが、寛子は手首をつかんで引き止め、どこで何をしてたのかまくし立てます。

夕子は眠気と嫌気で何も話す気力がなく謝まるだけで、寛子は適当に謝っていると聞き入れず、遊び呆けて・・・恥ずかしいとソファに座るよう語気を強めます。

寛子は「酒臭い」と大げさに鼻をつまんでつぶやき、尋問のように問い詰めると、夕子は「送別会だった」と答えますが、寛子は“言い訳”だといいます。

そして、いつもうやむやに誤魔化して、家事もほったらかしで、恥をかかせるつもりなのか責め、ついに「お母さんを困らせて楽しい?」と言い放ちます。

夕子はうなだれた顔をあげ立ち上がると、無言で寛子をまっすぐ見ます。2人の間に険悪な空気が流れ、寛子が「なんなの?」とせせら笑うように言います。

初めて反抗するような態度の夕子に寛子は戸惑いますが、立ち去ろうとする夕子に「自分のことばっかり・・・育て方をまちがったわ」と大きなため息をつきます。

夜明け前、憔悴したような夕子の姿と、ボストンバックを持って通りを歩いて行く寛子の姿がありました。

数時間後、夕子が手荷物を持って団地の階段を急ぎ足で降りてきます。寛子と遊んでいた向かいの女の子が、通園するため下で母親を待っています。

女の子は夕子に「おばちゃんは?」と寛子のことを聞きます。夕子は言葉に詰まり答えられません。やがて女の子は母親と一緒に登園するため出かけます。

女の子は振り返って「おばちゃんに、また遊ぼうって言っておいてね」と言うと、夕子は不器用な笑顔で「うん」と答えるのが精一杯でした。

夕子は西日の射しこむローカル線の車内にいました。夕子が向かったのは病院の霊安室で、顔に白い布をかけられた亡骸の側には、勝と美奈が神妙な顔で立っていました。

夕子が白い布を外し顔を見て絶句し、再び掛け直しました。勝は帰宅して風呂に入って出ると「なんだかすごく疲れたわ」といって横になってそのままだったと話します。

寛子の葬儀は自宅で営まれることになり、遺影の写真は温泉旅行で撮った写真に決まります。

自宅で精進落としが行われ、夕子と晶子が取り仕切りました。寛子の部屋から着信音が聞こえます。鏡台の上にあった寛子のスマホでした。

夕子が出ると寛子の友人からで、夕子は寛子の急死を伝え電話を切りました。鏡台には寛子が使っていた口紅が置かれています。

夕子はおもむろにその口紅を塗ってみました。するとランドセルを背負って、泣きながら帰宅した記憶が蘇ります。

寛子が口紅を塗り終えたところで、夕子が泣きながら「お母さん」と抱きつきます。寛子は「何があったの?」と声はかけますが、仕事に行くと話しも聞かず出かけてしまいます。

夕子の目からは涙が溢れ、母の使っていた布団に顔をうずめると、嗚咽して泣きました。そして、「私、お母さんのことが嫌いだった」とつぶやきます。

映画『わたしのお母さん』の感想と評価

(C)2022「わたしのお母さん」製作委員会

映画『わたしのお母さん』は主人公の夕子が感情を抑えてしまう性格のため、セリフがほとんどなく、感情を佇まいで表現する演出でした。

平凡でありがちな日常とリアルな人間関係を表現するため、徹底して余計な演出を削ぎ落しています。

ですから余計に寛子のようなオーバーで大げさな主婦に「いるいる!」と既視感を感じますし、親の指図に「めんどくさっ」と思っているような、夕子の気持ちにも共感できました。

最近は“お友達親子”と呼ばれる仲の良い関係の親子が多いですが、親子といえどもちょうどよい距離感で、仲が悪いわけではないという関係がスタンダードかと思います。

夕子は3人姉弟で母子家庭育ちです。ちょっと過去を遡ると母ががむしゃらに働き、子供を育てるそんな姿が美化され、共に苦労している子供の存在を見落とされていました。

最近は一人親家族も珍しくなくなり、一人親家庭の子供に対するケアも見直されています。

夕子の場合は“長女”であることで、夫を亡くした母の悲しみや家庭を支える苦労を、最も近くで見てきた“娘”です。

夕子は子供にもそれなりに辛いことや悲しいことがあったと感じています。それを忙しい母に話すことも甘えることもできずにきました。

そして、やっとの思いで泣きついても「仕事に遅れちゃう」という一言の裏にある、“あなたたちのため”という盾で拒否をされてきました。

つまり、夕子は寛子にとって最も身近な“良き理解者”で、感謝すべき存在でしたが、そのことに全く気づいていないところが葛藤でした。

また、夕子は同居して向いの家の女の子親子やその子と遊ぶ母を見て、“羨ましい”と感じたでしょうし、なぜ?という疑問も浮かんだのではないでしょうか?

夕子役を演じた井上真央は、報われてこなかった夕子の気持ちを“佇まい”で演じるという演出に、困難さを感じたと話します。

杉田監督が出した例えは「コップに入った表面張力の水をこぼさないように持って歩く」だったと話し、腑に落ちたと語ります。

夕子は寛子の亡骸を見て動揺しつつも、泣くことはありませんでした。

しかし、葬儀が終わり寛子の口紅を塗って、幼少時の寂しかった思いを思い出し、今まで口に出してこなかった、母への思いを吐露し涙を流します。

こぼさないようにしていた思いを言ったとたんに、コップの水はこぼれていったのです。

夫の信次が言った「親なんだから大事にしなきゃ」、寛子の言った「お姉ちゃんだから」という悪気のない言葉が、夕子にとってはわかりすぎる理不尽で残酷な言葉でした。

嫌いと好きは紙一重で、酔って帰った夕子が寛子に叱責されても、言ってはいけない言葉を発しません。自分の苦しみに気づいて欲しいと訴えているようでした。

夕子が寛子が亡くなったあとに「嫌いだった」と言ったのは、自分の気持ちに気づかぬまま死んだ母への最後の抵抗であり、言わなくてよかったという安堵だったと感じました。

まとめ

(C)2022「わたしのお母さん」製作委員会

『わたしのお母さん』は母と娘という、近い存在からうまれる、“言わなくてもわかる”という概念や、運命共同体である事を忘れ、自分だけが苦労しがんばっているという、思い違いが娘を追い込み苦しめた物語でした。

母娘(親子)を扱った映画でよくみられるのは、最初はギクシャクした関係だったのが、あることをきっかけに絆が生まれ強くなるというタッチです。

本作はそれとは逆で最後まで分かり合えぬまま、母が急死するという展開でこれが“リアル”と感じさせる作品でした。

杉田監督はインタビューである時、“母と娘”の関係に違和感を感じ脚本を書き始め、女性の観点からそれが正しいのか知るために、松井香奈に加筆修正をしてもらったと語りました。

杉田監督(男性)から見た、母と娘の不思議さを松井香奈によって、解答を得たと言ってもよいでしょう。

物語は静かに淡々と進んでいくのに、それがかえって心に鋭く刺さってくるのは、多かれ少なかれ、親子間になんらかの言えない葛藤を抱えているからなのかもしれません。

『わたしのお母さん』は落としどころや着地点はなく、夕子はどうすればよかったのか?今後の夕子はどう生きるのか・・・、答えは鑑賞者たちに委ねられた作品でした。



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