韓国のパク・クネ大統領の職務停止に合わせて、北朝鮮が挑発的な軍事演習を行ったニュースが話題ですが、
そんな背景もあって、今回注目したい映画は、南北の問題に揺れた1人の男を見つめる作品。
映画『The NET 網に囚われた男』をいち早くご紹介します。
キム・ギドク監督のファンのあなたなら、最新作が待ち遠しいくて仕方ないはず!
来年2017年1月7日から、新宿のシネマカリテを皮切りに順次全国公開されます。
映画『The NET 網に囚われた男』の作品情報
【公開】
2017年(韓国映画)
【製作総指揮・脚本・監督・撮影】
キム・ギドク
【キャスト】
リュ・スンボム、イ・ウォングン、キム・ヨンミン、チェ・グィファ、ソン・ミンソク、イ・ウヌ
【作品概要】
キム・ギドク監督の「南北の分断」をテーマに扱った作品は、『プンサンケ』『レッド・ファミリー』がある。
しかし、いずれも脚本や製作を担当で、今回はギドク監督自身が、南北に分断された哀しみを、1人の漁師の姿を通して描いています。
国家や政治イデオロギーがどのような体制であれ、常に犠牲は弱者。虐げられ、切り捨てられていく現実を。簡潔に描きながらも、ある意味では、力強いラスト・シーンまでに展開させた、ギドク節作品です。
映画『The NET 網に囚われた男』のあらすじとネタバレ
(C)2016 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
北朝鮮の寒村の朝。漁師ののナム・チョルは、妻と幼い娘と3人暮らしの貧しいながらも平穏な日々が始まります。
朝、妻は、漁に行くようにチョルを起こします。
そして妻は、娘の壊れたクマのぬいぐるみを裁縫で修理しながら、明け方のチョルが1番カッコいいと恥ずかしそうに告げます。
その言葉に欲情を抑えきれないチョルは、妻を抱き寄せ、押し倒し性行為に及びます。
チョルは、いつもと変わらぬように、北朝鮮の国境警備隊に職務質問された後、唯一の財産である小さなモーターボートで漁に出て行くのです。
しかし、運命の悪戯なのか、魚網がエンジンに絡まってしまいボートは故障。
チョルの意思とは反して、ボートは韓国側に流されて着きます。
韓国の警察に身柄拘束されたチョルは、北からのスパイ容疑をかけられて、取り調べ官のキム・ヨンミンの非道な尋問を受けます。
昼夜問わず続く尋問は、チョルが、北朝鮮で生まれてからこれまでの生活を繰り返し供述書に手書きさせるのです。
一方、チョルの監視役に就いた青年警護官オ・ジヌ。
妻子のいる北に戻りたいというチョルの誠実な姿に、ジヌの心は揺れていき、チョルのスパイ容疑の潔白を信じていきます。
そんな矢先に、同様にスパイ容疑で拘束された男が、警察からの脱走を試みますが上手くは行かずに失敗。
階段にいるチョルとに出くわすと、ソウルにいるスープ屋の娘への伝言を託します。
脱出に失敗した男は、自ら舌を噛み切り自死。それを見つめるチョル…。
やがて、警察署の上司チェ・グイファは、チョルが南への政治亡命に転向もしないことに思案をすると、ある提案を出します…。
以下、『The NET 網に囚われた男』ネタバレ・結末の記載がございます。『The NET 網に囚われた男』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。
チョルを、あえてソウル繁華街の南大門に泳がせてみようというのです。
実際に豊かな韓国の現状や文化に触れさせて、チョルの心を揺さぶろうとします。
しかし、ジヌは上司たちの強引な命令に乗る気がしません。それでも命令に従うほかないジヌはチョルを車に乗せて繁華街に向かいます。
チョルは移動中も目を開けずにいます。韓国の都市や環境を何も見なければ、北朝鮮に還ってから何を聞かれても、自白や嘘はつかないだろうと考えているのです。
ジヌは思いに反して上司の命令のまま、チョルを、人々が自由に闊歩する繁華街の真ん中へと放置します。
瞼を固く閉じてまま、「ジヌ同志!」と繰り返し叫びながら探すチョル。
目を開けない抵抗をするチョルでしたが、必要なまでに警察が目を開けさせようとすると、思わずチョルは、目を開いてしまいます。
目の当たりにしたソウル。チョルは北朝鮮とは違い、物に溢れている韓国の文化に興味を惹かれます。
その様子を監視するジヌやその同僚たち、警察署にもその映像は送られ、作戦は成功に見えましたが、チョルは、与えられた服についていた、GPSを外して投げ捨てます。
走り出したチョル。ジヌは裏切られたと必死に追いかけます。必死に走るチョル、追う刑事たち。しかし警察はチョルの姿を見失います。
街を彷徨うチョルは、自死したスパイ容疑の男の伝言を伝えようと、スープ屋の娘を探します。
すると、たまたま、チンピラの2人組の男たちに暴力を振るわる下着姿の若い女性を助けます。
若い女は助けてくれたお礼に、チョルとおでん屋で食事をすると、その身の上を語ります。
チョルは、家族養い、弟をソウル大学に入学させるために身を売っている彼女の事情に、経済的に繁栄した豊かさの暗い現実を知るのです。
その後、スープ屋を探して、そこで働いていた娘にスパイ容疑の男の伝言を告げます。
しかし、そんなチョルの行動を全て見ていたのは、執拗なまでに尋問を繰り返した取り調べ官のヨンミンでした。
そうとは知らないチョルは、ジヌが待つ所に戻っていきます。
警察署に戻ったチョルを、またもヨンミンは、スパイ容疑の娘に伝言をした証拠を掴んだと、ついに取り調べは、暴行へとエスカレート。
身も心も折れたチョルは、強引に自分はスパイであると自白を書かされ、拇印を押すのです。
ヨンミンのあまりにの横暴さにチョルは、舌を噛み自死をしますが、ジヌ一命を助けられ未遂。
ところが、チョルのことを嗅ぎつけた記者によって、韓国のテレビニュースに、繁華街にいたチョルの姿を映した映像が放映されます。
さらには、北朝鮮のテレビでは、チョルの妻と娘が祖国に帰ってきて欲しいと訴えます。
メディアの報道によって、南北緊張の悪化することを懸念した韓国当局は、チョルを北朝鮮に送還することを決めます。
翌日に帰国する韓国最後の日。チョルの元には、ニュース番組を見た支援団からの多くのプレゼントが送られていました。
しかし、そのようなものは祖国には持ち帰れません。チョルは全ての品物をやるといいます。
その中で金目なものを数点持ち去るジヌ…。
チョルは、その晩、プレゼントにあった新しい洋服に着替えて眠りにつきます……。
翌日、再びチョルの会いに来たジヌは、ドル札を数枚とクマのぬいぐるみをチョルに手渡してくれました。
やっと、自由な身となるチョル。偶然、自分を暴行したヨンミンを見かけると挑発します。
そして尋問でされたようにヨンミンにも仕返しをするのです。
全ての始まりであった河に戻ったチョル。ボートには新しいエンジンがつけられていました。
見送りに来たジヌは、去りゆくチョルを惜しむように、忘れられていたクマのぬいぐるみを、ボートに投げ入れます。
それを大切そうにボートの座席の下にしまい込みます。
チョルは、韓国で見てきた現実を捨てるかのごとく、着ていた洋服を全部脱ぎ捨てます。
河を渡り、晴れて祖国に還って来たチョルは、「万歳!万歳!」を繰り返します。
しかし、彼を待ち受けていた歓迎をする人たちの表情は一様に固く、心は無く形だけのものでした。
そこには。もちろんチョルの妻子の姿もありません。すぐさま車に乗せられるチョル。
妻子について同行者に聞くが返事はありません。
そして、チョルは、北朝鮮の国家安全保衛部に身柄拘束されてしまいます。
今度は、南朝鮮に転向したスパイ容疑者で、チョルの尋問をされるのです。
過酷なまでにソウル警察で繰り返し行われてきた悪夢が、またも尋問で二重に蘇ります。
取り調べ官に、チョルは、祖国を裏切ったのではないかと、ソウル繁華街の映像を見せられ聴取を受けます。
また、隠し持っていた娘へのお土産のクマのぬいぐるみが見つかり、何度もそれで殴りつけられます…。
しかし、取り調べ官は確たる証拠も出てきません。チョルの様子に取り調べ官は食事を出しますが、チョルは腹痛を訴えます。
チョルは、トイレに入り大便をしますが、監視員たちが取り調べ官の指示で踏み込みます。
あの、ジヌが餞別でくれたドル札が、糞の中からビニール入りで見つけられてしまいます。
チョルからお金を奪った取り調べ官は、その金欲しさに、チョルを脅して事情聴取を終われせます。
自宅に戻った生気を失ったチョルを妻子が向かい入れます。娘に壊れた韓国製のクマのぬいぐるみを渡します。
やがて、妻は服を脱ぐと自分の胸にチョルを抱き寄せます。妻の肩には暴行を受けた後が。
妻は、チョルの下腹部に顔を埋め性行為をしますが、そのまま泣き崩れてしまいます…。
チョルは、もう勃起しないのです…。
静まり返った深夜、娘の枕元で壊れたクマのぬいぐるみを修理するチョル。
明け方、あの日と同じように漁に出ようとするチョル。
北朝鮮の国境警備兵は、上層部から漁の許可剥奪されていることを、同志チョルにいいますが、チョルは無視。
狙撃すると忠告する警備兵に、チョルは「撃てるなら撃つがいい」と振り切りてモーターボートを操縦。
河という南北の境で、兵士のライフルから警告の1発、そして、2発の弾丸がチョルの息の止めます…。
自宅では泣き崩れている妻…。
娘は部屋の片隅で、チョルが修理した韓国製のぬいぐるみではなく、ボロいクマのぬいぐるみを抱きかかえています。
映画『The NET 網に囚われた男』の感想と評価
(C)2016 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
この作品をご覧になって、キム・ギドク監督のファンは、どのように感じられましたか。
ギドク監督の過去作品と比べられて、芸術的に尖ったシーンや、残酷な描写が少ないことに、驚かれたり、少し物足りなさを感じた方も多いとは思います。
では、この作品は不出来で、面白くない、失敗作なのでしょうか。私はそのようには感じませんでした。
社会の大きな問題を語るには、個人的な華美や執着は入りません。
むしろ、簡素に正面きって「南北の分断」のみを描くこと選択して、社会が抱えた“ネット”という罠にある、「残酷さ」と「痛み」に誠意のある手法で描くことに、ギドク監督は努めたのだと感じました。
この作品もこれまでのギドク作品同様に、とても残酷な真実なのです。
まとめ
(C)2016 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.
主人公チョルが、映画の冒頭では、“生きる精神性の象徴であった勃起”が、終盤に再び登場した妻との性行為では、不全になってしまう様子が秀逸でした。
チョルが政治的な駆け引に翻弄されたり、、個人的欲望や偏見という“網(TheNET)”というに絡まってしまったりしながら、右往左往させられた挙げ句の果てに抜け殻になってしまったのです。
見なければよかったもの、知らなけらばよかったものを経験したことで不幸になる。それが欲望ではないでしょう。
だからこそ、娘はボロボロのクマのぬいぐるみをラスト・ショットで抱きしめるのでしょう。
そんなチョルは、最後には意志を持って尊厳的な自死を選び、あえて南に向かったのではないでしょう。
弱者である立場のチョルは、観客にギドク監督が見せた“全ての者の自由の象徴”であり、メッセージなのです。
貧しくて者も、いかなる者でも、心までは貧しくなってはいけない、自由でなければいけないという、ギドク流の意志に感銘させられます。
なぜなら、個人の精神には、他人が決めた国境も、境もない、心はあくまで自由であると言っている気がします。