原作は松本清張の同名小説です。1960年から読売新聞夕刊で連載された長編推理小説をベースに、公開当時に近い71年に時代設定を移して描いた感動巨編。
1974年公開された野村芳太郎監督の『砂の器』をご紹介します。
CONTENTS
1.映画『砂の器』の映画情報
【公開】
1974年(日本映画)
【監督】
野村芳太郎
【キャスト】
丹波哲郎、森田健作、加藤剛、春田和秀、加藤嘉、島田陽子、山口果林、佐分利信、緒形拳、松山省二、内藤武敏、渥美清
【作品概要】
1960年に連載を開始した松本清張の同名小説の映画化です。
この小説は松本清張作品の中では、ある理由があって最も映画化しにくいといわれ、松竹が映画化権を取ってから14年後に完成したことでも話題になりました。
脚本の橋本忍と山田洋二が「親と子の宿命だけは永遠のものである」にテーマを絞って物語を再構成。
野村芳太郎監督がそのテーマに沿って日本の四季を美しく描写した映像に、映画音楽初挑戦とは思えない、菅野光亮(かんのみつあき)作曲の流麗なシンフォニーが流れます。
本作における今西刑事を演ずる丹波哲郎のセリフはすべて重要な意味を持ち、迷宮入りする事件解決へのヒントを与えてくれます。
語り役として登場するのは稲葉義男が演ずる黒崎警部。彼は今西刑事の上司です。劇中の現在状況を整理したセリフで作品前半のスピード感を出しています。
裏付け捜査担当とでもいうべき吉村刑事は、観客が知りたい情報を押さえてくれます。これら3人のセリフ回しは、観客がストレスなく映画に没頭できるよう、脚本家によって入念に仕込まれています。吉村刑事は現場の所轄である鎌田署の在籍となっていて、森田健作が演じます。
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2.映画『砂の器』のあらすじとネタバレ
この映画は怨恨によると思われる殺人事件の被害者の捜索を通じて浮かび上がる人間模様を軸に、殺害動機をあぶり出して加害者を特定する手法を描いています。本作のテーマはその中に潜んでいます。
犯行の日時と手がかりは以下だけです。
劇中のテロップより(昭和46年は西暦1971年)
昭和46年6月24日 早朝
場所 東京国鉄鎌田操車場構内
被害者の年齢 60~65歳 やや痩型
服装 グレーの背広上下 ネームなし
所持品 なし 身元不明
血液型 O型
死因 前頭部頭蓋骨陥没
石様の物で頭部及び顔面を殴打されており死後轢死を装ったものである
胃の内容物よりアルコール分検出
死後推定3時間乃至4時間経過
劇中の映像より
現場の遺留物 「バァろん」と明記されたマッチ1箱
被害者の着衣 グレーのスーツには相当量の血液が付着
被害者のYシャツ 首から胸にかけて大量の血液が付着
被害者の着用物 メガネなど
物語はたったこれだけを手掛かりに、被害者を特定すべく事情聴取を開始するところから始まります。
凶器による殺害後、わざわざクルマで轢いた跡があり、殺害手法は硬く重い鈍器の象徴である「石様の物」で頭蓋骨が割れるほど強打するなどの検視結果から、捜査本部では怨恨説を念頭に置きます。
唯一の遺留物であるトリスバー「ろん」のマッチを手掛かりに、被害者がこの店で水割りを飲んだことと、若い同席者がいたことが判りました。
捜査本部での事情聴取で、接客をした複数の従業員は、入店は10時から10時半で、被害者は東北弁を喋っていたと捜査員に話します。
東北弁と思った根拠を聞かれると「言葉の調子がズーズー弁とでもいうような」と重要な証言があります。
捜査本部での聴取を終え、被害者の存在証明が取れた現場である、トリスバー「ろん」での聴取に捜査員を繰り出します。黒崎警部、今西刑事、吉村刑事です。ここでも些細にみえる、しかし重要な証言を得るのです。
その証言によると、
・被害者と一緒だった若い男の着衣は白いスポーツシャツ
・二人に接客した女性従業員は、若い男から「話があるから向こうに行ってくれ」と言われ離席した
・被害者は若い男に熱心になにか話しかけていた
・話の内容を聞き取りにくい店内環境だったので話の内容は判らず、どのような間柄かも判らない
しかし、「カメダはどうした」や「カメダは変わらないか」など「カメダ」というキーワードを2~3回聞いたとの証言を得る
これらを手掛かりに捜査を開始します。
捜査本部では東北弁のカメダを手掛かりに、東北在住のカメダ姓を持つ人物の照会や、カメダという東北の地名に不審者はいないかを調べるため、今西と吉村を秋田県の亀田駅周辺に派遣しました。捜査員の秋田出張は、次の今西の提言によるものです。
「カメダは人名のようにも思えるが、地名に置き換えてもおかしくない」
東京では重要容疑者が着用していた白いスポーツシャツは、その殺害方法のため、相当量の返り血を浴びていることが確実であり、犯行付近に棄却なり処分したはずだという推測をもとに捜索しますが、その証拠品は出てきません。
東北弁のカメダだけでは犯人逮捕どころか被害者特定すらままならず、いきなり迷宮入りとなってしまい、捜査本部は解散し、少数の捜査員による継続捜査扱いに格下げになりました。
3.映画『砂の器』の感想と評価
鑑賞ポイント①長らく制作されなかった理由
この映画は、松本清張の当時では実現不可能なことでも、近未来なら可能であろう、という冒険精神から生まれた推理小説が原作です。
原題の『砂の器』は、はかなく壊れる宿命にあるものとして、いくつものテーマが原作には存在していて、そもそも扱いにくいのです。
しかも原作では殺人者が冷淡で自己都合の解釈で殺人を実行します。娯楽としての映画には不向きな背景があります。
不都合なテーマを列挙すると以下です。
現在の置かれた立場の不条理
・過去を隠して得た、はかない名声
・生まれてきたこと、生きていること
・過去を知らずに関わりあったこと
・過去を知っているがゆえに降りかかること
などがテーマの中に忍び込ませてあります。複数のテーマは映画化に向きません。
更に、松竹が長らくの間、製作に着手しなかった理由と思しきことを記述すると、企画が上がった60年当時の松竹の運営方針があります。
「映画で笑いと勇気を。国民に元気を!」みたいな感じの社風であり、眉間にしわを寄せたり、腕を組んでうなったり、いわんや赤い鮮血が流れる死体が必ず出てくるミステリー作品はあまり好きではなかった」というのがありますが、
「松本清張作品の中で、ハンセン病を重大な感染症と捉え、罹患した宿命がテーマの一つだった」という重いテーマを背負ってます。
では何故このような冒険作が世に出たかを考えると、原作を連載した読売新聞・夕刊の存在意義が浮かび上がります。
夕刊は娯楽欄や求人欄、案内広告、新書案内、テレビ・ラジオの番組案内などが主体で、その意義が大きい時代で、夕刊の目玉商品は夕刊小説でした。朝刊とは違う役割の存在だったんです。
当時の発行部数は朝日・毎日・読売の順で、東京・大阪以外の読売は販売部数では2流紙でした。読売は夕刊小説に大物の松本清張を招く上で、執筆上の制約をなくしたと思われます。
夕刊の販売手法は都市圏では駅売り主体なので、ターゲットユーザーはサラリーマンです。
販売部数を夕刊で稼げば利益も大きく、また朝刊とセットで宅配でも部数を稼げる読売は「評判になること」を望み、松本清張は「意欲作を書ける土壌」を欲しがったと推察されます。両者の意向が編集方針でも一致したのが、この冒険小説誕生の秘密です。
夕刊で連載された原作は、現代においても実現不可能な、破綻した理論で構成された殺人手法と、誤った解釈のハンセン病の記述以外は、たいへん出来が良く、読む者を引き込みます。
読売の拡販戦略は大当たりだったと思います。
原作にあり劇中でも披露される、戦災で戸籍をなくした国民が、戸籍復活の手続きで再生可能だというくだりは見事です。
本浦秀夫は三木の要望で三木の養子にするはずが、逃げ出して行方不明となり、大阪の和賀自転車店で丁稚となります。
しかし空襲のため町は大破し、戸籍を失います。この際に戸籍を「本人の申し出」で再生させる手続きを悪用して秀夫は和賀英良となるのです。戦争を知らない世代では考えつかない手法だと思います。
方言の地域特性に触れた着眼点も白眉です。東北弁に似た音韻を持つ出雲地方を設定し、推理小説らしいひねりを加えています。
麺類も、西日本では出雲だけが「うどん」ではなく、東日本と同様に蕎麦が主流なのは、何か言語と因縁があるのかもしれません。
この原作をうまく手なずけたのが脚本の橋本忍です。原作を大胆に脚色し、構成を変えてテーマも変えたのが本作です。
面倒な重いテーマは大幅に省略し、脚本も判りやすくしています。本作の成功は脚本の橋本忍と山田洋二の功績が大きいと思います。舞台設定と構成を橋本が、第一校の脚本を山田が担当したのではないかと思います。
この脚本によって本作の後半は父子の絆を伝える感動の叙事詩となり、興行収入は配給計画の2倍近くになりました。監督の野村芳太郎は、この作品で大監督の称号を手に入れたのです。
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鑑賞ポイント②犯行の動機
犯行は、秀夫こと和賀に対して、未だハンセン病で療養施設に入所している千代吉に逢いに行けと迫る三木の執念に殺意を感じ実行します。山田洋二が最も苦心したくだりでしょう。
今やどこに行っても話題になる和賀は過去を蒸し返されることを恐れたのです。三木には和賀の苦悩は理解出来なかったことを感じさせる構成となっています。
まとめ
素晴らしい映画で、原作を超えている数少ない映画の一つと思います。
まだ見ていない方にはぜひ観ていただきたい昭和の職人が作った作品です。
さて、この映画は50分以上にわたり菅野光亮の音楽が流れ、そのうちの40分は後半の重要な父子の絆に関するテーマ部分を組曲で演奏します。
流れる音楽を受け入れられるかどうかで大きく評価が変わるので機会があれば先に楽曲を聞くことをお勧めします。
音楽が気に入れば満足度はだいぶ上がるでしょう。
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