韓国のホン・サンス監督の『それから』が、6月9日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷他にて全国順次ロードショーされています。
ホン・サンスが女優キム・ミニと組んだ三作目にあたり、第70回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、世界から熱い注目を浴びた作品です!
映画『それから』の作品情報
【公開】
2018年(韓国映画)
【原題】
The Day After
【監督】
ホン・サンス
【キャスト】
クォン・ヘヒョ、キム・ミニ、キム・セビョク、チョ・ユニ、キ・ジュボン、パク・イェジュ、カン・テウ
【作品概要】
韓国の名匠ホン・サンス監督が『お嬢さん』のキム・ミニを主演に迎え、出版社で働く女性が社長の愛人と間違えられたことから起こる騒動を美しいモノクロ映像でユーモラスにつづった人間ドラマ。
映画『それから』のあらすじ
従業員一人の小さな出版社「図書出版 カン」の社長をつとめているボンワンは著名な文芸評論家でもあります。
ボンワンは、毎日、早朝に出勤し夜遅くまで帰らないので、妻は浮気を疑っていました。
朝ごはんを食べている彼にむかって「女ができたわね」と妻は言い、ボンワンは何言っているんだといった調子で時折笑ってみせましたが、まともに質問に答えようとはしませんでした。
彼はたった一人の女性従業員チャンスクと激しく愛し合っていました。「あなたの顔は美しい」と言うチャンスクが愛しくてならず、彼女への想いと家庭との板挟みに苦しんでいました。
しかし、ある夜、ジョギングをしていたボンワンは、トレーニングマシンが置いてある場所で、泣き崩れていました。。
アルムは、大学教授の推薦で図書出版 カン”に勤めることになりました。
アルムの初出勤の日、ボンワンは彼女の家族についていろいろと質問してきました。アルムは父と母が幼いころに離婚したこと、父は一人、脳卒中で死んだこと、姉がいて、子宮がんで亡くなったことなどを素直に話しました。
昼休み、近くの中華料理屋にボンワンはアルムを連れていき、彼女が小説を書いていて、彼が選考委員を務めている文芸賞に応募していることを知ります。
応募し始めてもう6年になるとのこと。「小説を見せて。読んでみたいので」とボンワンは言うと、アルムは嬉しそうに微笑みました。
アルムは「生きる理由は?」とボンワンに質問を投げかけてきました。
「分かるはずない」とボンワンは応え、哲学問答のような会話が続きますが、アルムに「信じられるものを見つけて一生懸命生きるのはいやなんですね」と指摘されてしまいます。
「じゃぁ、君は何を信じているの?」とボンワンが尋ねると、アルムは「自分は主人でも主人公でもない。いつ死んでもいい。なにもかもが美しい」と応え、「私は世界を信じます」と言うのでした。
ボンワンは以前この店でチャンスクと食事した時のことを思い出していました。彼女は泣きながらボンワンを卑怯だと攻めていました。
卑怯であることを認めようとしないボンワンでしたが、次々と放たれるチャンスクの言葉に「そうか、自分は卑怯なのか。認めてしまったら楽だな」と肩を落とすのでした。
その日の午後、出版社にボンワンの妻がやってきて、応対に出てきたアルムをいきなり平手打ちし始めました。
「あなた変よ!」とアルムは言うと、ボンワンを呼びに行きました。妻はボンワンがチャンスクを思って書いた手紙を見つけ、浮気の証拠を見つけたりとばかり乗り込んできたのでした。
この人は違うと言っても信じようとしない妻でしたが、この人と違う前の従業員と付き合っていたと語るボンワンの言葉にやっと耳を傾け始めました。
彼女はもう会社をやめて、今はイギリスかどこかの外国に行っている。この人は今日、勤め始めたばかりだと説明すると、ようやくアルムでないことをわかってくれたようでした。
夜、ボンワンは再び、アルムを飲みに連れていきました。仕事をやめるという彼女を引き止めるボンワン。
ところが、ボンワンがトイレに立つと、なんとチャンスクが現れ、彼女は彼への想いを吐露し、二人は堅く抱き合いました。
自分もトイレに行こうとやってきたアルムはその現場をみて驚きます。
帰るというアルムを引き止め、会社に戻った三人でしたが、チャンスクはアルムに出版社を辞めてほしいと言い出し、さっきは引き止めたボンワンまで辞めてくれと頼みだす始末。
最初に私から辞めますといいましたよね、と言っても、ボンワンは絶対認めようとしません。
あまりの理不尽さに呆れ返るアルムでしたが、数冊の本をもらい出版社を後にしました。
うちの出した本だからどれでも持っていっていいよ、と数時間前にボンワンが言っていたのです。
アルムが帰ると、ボンワンの携帯に妻からメールが届きました。「家に帰りたくないのね。ふたりとも見事な演技だったわね。俳優になれるわ。私は絶対騙されないから」という内容でした。
ボンワンは泣き始めました。チャンスクはそんな彼を慰めると、「付き合っていたのはあの女だったことにすれば良い。もう会うこともないのだし。私は顔がばれていないからうまくいくはずだわ。奥さんにそう話して」と言って、彼を家に返すのでした。
映画『それから』の感想
ある家の一室が映し出されているファーストショット。BGMが鳴り響く中、カメラは左にパンし、男性が別の部屋(トイレ?)から出てきて、キッチンにはいっていく様子をとらえています。
その時、カメラがひょいっとズームでキッチンの方に寄っていきます。とはいっても、それはごく控えめで、ぐっと近づくのではなく、遠慮がちに一歩前に出る、といったふうです。
こうしたカメラワークはホン・サンス作品にはよく見られるものです。
作品によっては、なぜここでズームインするのか?と不思議に思うものもありましたが、本作ではごく自然な成り行きで、カメラは対象に近づきます。
その動きはどことなく、ユーモラスで、ずうずうしさがなく、対象への敬意のようなものすら感じさせます。
そんなカメラワークのリズムにのって、登場人物が飲んで、食べて、とめどなくしゃべったりするのですが、それだけで、面白く、男女のやりとりの可笑しみから目が離せません。
適度に軽く、ひょうひょうとしており、くすりと笑わせながら、何かとてつもなく深い人生観を目撃したような気持ちにさせられました。
ホン・サンス作品では、明らかにホン・サンス自身を投影した男性キャラクターが主人公として登場することが多く、今回のクォン・ヘヒョ扮するボンワンも例外ではありませんが、キム・ミニ扮するアルムもまた、ホン・サンス自身を投影したキャラクターなのではないでしょうか。
アルムは信仰を告白し、信じられるものをみつけて一生懸命生きることが大切なのだ、と力説し、「私は世界を信じます」と晴れやかな顔で語ります。
そこに、苦しみと哀しみに満ち溢れた人生というものを、逃げず、信じて、生きていこうというホン・サンス自身の決心を垣間見るのです。
まとめ
今や、実人生のパートナーであり、ホン・サンス映画のミューズであるキム・ミニがとても美しく撮られています。
とりわけ、終盤のタクシーのシーンが忘れられません。
雪が降ってきたことを運転手に告げられ、窓を少し開けたキム・ミニの顔の半分に外からの光があたります。また影に覆われ、そしてまた光に照らされます。このシーンの彼女の美しいこと!
タクシーの運転手は、彼女をかつて乗せたことを覚えていると語っていました。
真実なのか、会話のための脚色なのかは定かではありませんが、物語のラスト、出版社の社長がすっかり、彼女のことを忘れていたことの対比となっているのでしょう。
あれほどの出来事も、社長にとっては記憶から消えるちっぽけなものに過ぎないのです。まさに人それぞれ。これこそが人生の妙なのだ、と思わずにはいられませんでした。