映画『修道士は沈黙する』は3月17日(土)より、Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー。
ドイツの北部にあるハイリゲンダムの空港に、イタリア人の修道士ロベルト・サルスが降り立ちます。彼は迎えの車に乗り、G8の財務相会議が開かれるリゾート地の高級ホテルに向かいます。
その会議の前夜、天才的なエコノミストの国際通貨基金の専務理事ダニエル・ロシェからは、修道士サルスはロシェから告解をしたいと告げられますが、翌朝になるとロシェは死体が発見されてしまう…、自死か、他殺か?
CONTENTS
1.映画『修道士は沈黙する』の作品情報
【公開】
2018年(フランス・イタリア映画合作)
【原題】
Le confessioni
【監督】
ロベルト・アンドー
【キャスト】
トニ・セルビッロ、コニー・ニールセン、ピエルフランチェスコ・ファビーノ、マリ=ジョゼ・クローズ、モーリッツ・ブライブトロイ、リシャール・サムエル、ヨハン・ヘルデンベルグ、伊川東吾、アレクセイ・グシュコブ、ステファーヌ・フレス、ジュリアン・オベンデン、ジョン・キーオ、アンディ・ド・ラ・トゥール、ジュリア・アンド、エルネスト・ダルジェニオ、ダニエル・オートゥイユ、ランベール・ウィルソン
【作品概要】
『ローマに消えた男』で知られるイタリア人監督ロベルト・アンドが、世界経済を牛耳る大物政治家の集まりに招かれた清貧な修道士が思わぬ事件に巻き込まれる様子を描いた社会派ミステリー。
修道士サルス役を『グレート・ビューティー 追憶のローマ』のトニ・セルビッロ、ロシェ役を『八日目』のダニエル・オートゥイユ、絵本作家役を『ワンダーウーマン』のコニー・ニールセンら共演で演じています。
2017年4月に開催された「イタリア映画祭2017」ではタイトルを『告解』ので上映。
2.映画『修道士は沈黙する』のあらすじ
ドイツの北部に位置するハイリゲルダムの空港に、1人の白い修道士服を着たイタリア人修道士のロベルト・サルスが降り立ちます。
彼は運転士の迎えを受け、送迎車に乗って国際的な会合が開かれる、バルト海に面したリゾート地の高級ホテルに向かいます。
そこで行われるのはG8財務相会議。各国の財務大臣により、世界市場に多大な影響を与える再編成の決定が下されようとしています。
貧富の差を残酷なまでに拡大させ、発展途上国の経済に大きな打撃を与えかねないものでした。
会議の行われる前夜、天才的なエコノミストとして知られる国際通貨基金のダニエル・ロシェ専務理事の誕生日を祝う夕食会が開かれます。
翌日の会議に参加する8人の財務相に加えて招かれたのは、3人著名なゲストでした。
世界的な男性ミュージシャンのマイケル・ウィンツェル、人気の絵本作家のクレア・セス、そして厳格な戒律を特徴とするカルトジオ会の修道士サルス。
宴の中にいたロシェ理事の挨拶を終え、ほろ酔いでリラックスをする大臣たちに、歌手のウィンツェルは楽曲「ワイルド・サイドを歩け」を弾き語りで披露し、楽しい宴席が行われました。
その夕食後、修道士のサルスはロシェから2308号室の自室に呼び出され、告解がしたいと告げられます。夜彼は修道士に一体何を打ち明けたのかか
3.映画『修道士は沈黙する』の感想と評価
難解さと対峙させるユーモアが得意なロベルト・アンドー
本作『修道士は沈黙する』の演出を務めるのはロベルト・アンドー監督。
1959年にイタリアのパレルモで生まれ。フランチェスコ・ロージ監督やフェデリコ・フェリーニ監督など著名な映画監督の助監督を務め、映画を学びます。
2000年に『ニュー・シネマ・パラダイス』で知られるジュゼッペ・トルナトーレがプロデューサーを務めた映画『Il manoscritto del Principe』(未)で長編監督デビューを果たします。
その後、オペラや舞台の演出を手掛け、携わった作品はオペラ17作品、舞台14作品に及び、映画では2004年に『そして、デブノーの森へ』、2006年に『Viaggio segreto』(未)の作品を発表。
2013年公開の『ローマに消えた男』では、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞2013最優秀脚本賞をはじめ、数多くの映画賞を国内外で獲得しています。
ヒッチコック作品へのリスペクト
ロベルト監督は本作を制作するアイデアを、アルフレッド・ヒッチコック監督の1953年公開の『私は告白する』から発想のヒントを得たと語っています。
この作品では主人公を演じたモンゴメリー・クリフトが、カトリック神父のマイケル・ローガンを演じたもので、教会で働く男オットーから強盗殺人を犯したことを告解されたことで、それを“誰にも言えずに沈黙を守る”ことで巻き込まれていくサスペンス映画です。
ヒッチコック自身も敬虔なクリスチャンであることから、神父自身が背負う試練の十字架を巧みに描いた作品で、派手なサスペンス映画ではないものの良作な代表作の1本となっています。
ロベルト監督の『修道士は沈黙する』では、トニ・セルヴィッロ演じる修道士サルスが、モンゴメリー演じた神父同様に沈黙する様をリスペクトしています。
世界の経済価値を揺るがす会議を前に命を落としたロシェ専務理事の告解と謎の死をという沈黙が謎を生む形になります。
沈痛な表情をした修道士セルスを面持ちと“誰にも言わずに沈黙する”、姿勢をどのように読むかを観客に委ねています。
それを後押しするかのようにロベルト監督は修道士の存在について、「彼がどこから来て、どこに行く人間なのか誰も知りません」と述べており、確かに作品冒頭からそれが漂っています。
空港に降り立ち異教徒たちとすれ違う様子や、自身の声をレコーダーに入れることに始まり、空港前の彫刻に対峙した際の戸惑いとも見える表情と、短絡的な映像文法のメタファーのみでこの作品が読めないような仕掛けもなされています。
誤解を恐れず単純に言ってしまえば、主人公の修道士セルスは登場した際から胡散臭く、ロシェの死にまつわるだろう告解を清貧に究めるほどに、それが疑わしく見えていきます。
その辺りもロベルト監督の語り部としてのユーモアセンスなのだと感じますね
挿入される音楽から『修道士は沈黙する』を読み解いてみる
この映画を観客が深く読み抜こうとすれば、2つの楽曲がヒントになるでしょう。
1つ目の楽曲は、国際的な会議に呼ばれたゲストで世界的なミュージシャンという設定である、マイケル・ウィンツェルがロシェ専務理事の誕生日の宴で歌い、政治家たちも口遊んでいた、1972年のルー・リードの楽曲『ワイルド・サイドを歩け』。
ざっくり歌詞の内容を言ってしまえば、“♪ちょっとヤバい奴らが集まっては、自分の話しを口々にしてまた出て行く。ねえベイブ、危険でも自分の思う人生を歩いてみない⁈ドゥ、ドゥ、ドゥ♪”といった感じでしょうか。
この楽曲に登場する人物は、ルー・リードと関わりのあった、ニューヨークの現代アーティストのアンディ・ウォーホルのスタジオ「The Factory」に集まった怪しげて変わり者な人物たちを歌っている曲のようです。
ロベルト監督がユーモアを効かせて当てたメタファーは、3人のゲストであるミュージシャン、絵本作家、修道士なのか、それともG8財務相の政治家なのか?
あなたはこの特別な経済会合のどちらに感じるでしょう。
また、2つ目の楽曲は、1827年のフランツ・ペーター・シューベルトの『冬の旅』です。
この楽曲もロベルト監督のみならず、よくよく映画監督たちの好む楽曲として知られ、『冬の旅』からイメージした映画を作りたいという映画監督を記憶にある映像作家を直ぐに挙げられます。
2013年に公開されたアニメ映画『風立ちぬ』の宮崎駿監督や、1996年公開した『眠る男』の企画前にシナリオ段階まで挑んでいた小栗康平監督です。
一方でロベルト監督は『修道士は沈黙する』の唯一使用したクラシック音楽が、シューベルトの『冬の旅』第24曲『辻音楽師 Der Leiermann』になります。
辻音楽師という放浪する詩人、もしくは音楽家が人生の何か幻滅しながら,冬のさすらいの果てに命をついやして行く様の情感は、おそらくに修道士セルスのことでしょう。
先にも述べたようにレコーダーに自身の声を録音する様子は、作品冒頭で描かれています。
詩人=言葉を読む(収集する・集める)と読み解くなら、修道士セルスのみに告解する者を集めるでしょうし、また逆に胡散臭いと読んだとしても、ロベルト監督自身が語るように「彼がどこから来て、どこに行く人間なのか誰も知りません」という人物なのです。
放浪といえば映画界において真っ先に浮かぶのが、喜劇王チャーリー・チャップリン。
本作『修道士は沈黙する』のラスト・ショットで、チャリーを誰もが思い起こすのではないでしょうか。
この作品では経済や政治、そして芸術や宗教に携わる人物たちが集まる特別な場所で起こる社会派ミステリーです。
しかし、読み解き方によってはロベルト・アンドー監督の仕掛けた構造にある謎やユーモアを楽しめる作品となっています。
あなた自身の見方を楽しめる作品になっています。
まとめ
修道士ロベルト・サルスは清貧な宗教家なのか、それとも胡散臭い放浪者なのか。
“告解されたことは誰にもいえない”という戒律のなか、多くの謎とある種のサスペンスを生み出しています。
また、喜劇王チャーリー・チャップリンの例えを出しましたが、彼が映画のなかで演じた“放浪紳士チャーリー”をどのような視点で見るかで、その存在の意味が変わるように、トニ・セルビッロ演じる修道士ロベルト・サルスも同様なのかもしれません。
考えてみれば、チャーリーも1931年の『街の灯』まで“沈黙の人物”でしたね。
映画『修道士は沈黙する』は3月17日(土)より、Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー。
ぜひ、お見逃しなく!