「私、卒業したくありません」卒業式を迎えた4人の少女の物語
直木賞作家・朝井リョウの連作短編小説を、短編映画『カランコエの花』(2016)で高く評価された中川駿監督が脚本も手がけ映画化。
廃校が決まっている高校を舞台に、4人の少女の卒業式までの2日間を描いた珠玉の青春映画に仕上がっています。
4人の少女を『由宇子の天秤』(2020)などの河合優実、『アルプススタンドのはしの方』(2020)の小野莉奈、『ヤクザと家族 The Family』(2021)の小宮山莉渚、『かそけきサンカヨウ』(2021)の中井友望が演じています。
映画『少女は卒業しない』の作品情報
【日本公開】
2023年公開(日本映画)
【原作】
朝井リョウ『少女は卒業しない』(集英社文庫)
【脚本・監督】
中川駿
【キャスト】
河合優実、小野莉奈、小宮山莉渚、中井友望、窪塚愛流、佐藤緋美、宇佐卓真、藤原季節
【作品概要】
朝井リョウの連作短編小説を、短編映画『カランコエの花』で高く評価された中川駿監督で映画化。
河合優実、小野莉奈、小宮山莉渚、中井友望が扮する高校三年生の少女たちの卒業までの最後の2日間が描かれている。
映画『少女は卒業しない』あらすじとネタバレ
廃校のため校舎の取り壊しが決まっているある地方の高校。
高校三年生の生徒たちは卒業式を2日後に控えていました。
女子バスケ部の部長・後藤由貴は、心理学の勉強をするために東京の大学に進学することが決まっています。
そのため地元の大学に進学し、小学校の教師を目指すという恋人・寺田とは数か月前からきまずくなっていました。
軽音楽部長の神田杏子は、卒業式後、体育館で行われる軽音楽部主催の卒業LIVEの準備に余念がありません。
同じく軽音楽部の森崎とは中学から一緒ですが、今、彼が組んでいるバンドは、あてふり、口パクのデスメタルバンドで、どちらかといえば、ほかの生徒たちからお笑いバンドのように見なされていました。
クラスになじめず、誰とも話せない作田詩織は、教室よりも図書室に居心地の良さを感じていました。
図書室の管理をする坂口先生は、その日も図書室を訪ねた詩織に自身の卒業式の思い出を話してくれました。
式が終わったあと、話をする人も一緒に写真を撮る人もいなくて、いたたまれなくて一人早く帰ってしまった、と。
そんなふうにならないように卒業式までに誰かとお話をしてみてくださいと先生は言いますが、詩織にはとても出来そうにありません。
卒業式の予行演習で、在校生の送辞のあと、卒業生の答辞に山城まなみの名が呼ばれて、生徒たちは驚いたように彼女の姿を目で追いました。
予行演習が終わったあと、まなみのところに、まなみが答辞を読むなんて聞いてなかったから驚いたと友人がやって来ました。
まなみは、自分はみんなよりも早く専門学校に行くことが決まっていたから先生が声をかけてくれたのだと思うと応えました。
まなみが調理実習室に入ると、恋人の佐藤駿が待っていました。まなみは作って来たお弁当をふたりで食べ、駿はお礼だと言って、デザートを差し出しました。駿は歌を口ずさんでいましたが、タイトルは知らないようでした。
駿は高校を卒業したくないとまなみに向かって言いました。
予行演習後、由貴は親友と一緒にバスケットのシュートの練習をしていました。このシュートが決まれば、寺田にもう一度話をしてみようとボールを放つと、見事決まり、由貴は寺田に連絡することを決心します。
寺田が花火がしたいと言っていたことを思い出し、由貴と親友は花火の専門店に行き、大量の花火を買い込みました。
店の人も同じ高校の卒業生だそうで、去年大変なことがあったねと2人に語り、おまけだといって期限切れがせまっている花火をたくさんくれました。
教室でひとり座っていた詩織の耳に、女子生徒たちが楽しそうにホラー映画について話しているのが聞こえてきました。
タイトルが思い出せないと、スマホで検索しているクラスメイトに、詩織は勇気を振り絞って「それは『キャリー』じゃない?」と話しかけました。
クラスメイトは詩織もホラー映画が好きなのかと聞いてきましたが、詩織はホラーは苦手だと応え、そこで会話は途切れてしまいました。
杏子は、森崎を待っていました。一緒に帰ろうと声をかけ、森崎の自転車に乗せてもらいました。杏子は森崎のことが好きなのです。
その日の夕方、本屋を出たところで、詩織は学校帰りの坂口先生とばったり出会います。
先生にクラスメイトに話しかけたけれどうまくいかなかったと報告すると、ちゃんと話しかけたことを褒めてくれました。
どうして頑張れたのかと問われ、詩織は山城さんが答辞を務める姿を見たからと答えました、前に進もうとしている彼女をみていたら自分もがんばらなくてはと思ったといいます。
由貴は寺田に電話し、卒業式が終わったら屋上に来てほしいと話しました。
寺田が行くと言ってくれたので朝も一緒に行こうと誘ってみます。寺田は OKしてくれました。
ついに卒業式当日。由貴は寺田と落ちあい、学校へと向かいました。
由貴は努めて明るく寺田に話しかけますが、寺田は言葉少なで、由貴も話に詰まってしまいます。
由貴から笑って別れたいと言われた寺田は由貴が自分で東京行きを決めておきながら、笑ってとはなんだと怒り始め、一人で先に歩いて行ってしまいました。
その頃、軽音楽部では、森崎たちのバンドの楽器や音源が全てなくなるという事件が起きて大騒ぎになっていました。
このままでは出演できないというメンバーたち。卒業式の時間になり、杏子は式が終わったらもう一度みんなで考えようと言い、部室を後にします。
卒業式が始まり、卒業生が順番に入場してきました。B組にはまなみの姿がありました。
在校生による送辞が終わり、ついにまなみが答辞を務める時がやってきました。
映画『少女は卒業しない』解説と評価
朝井リョウの原作は短編連作小説ですが、本作はそれを一本の長編映画にまとめ、卒業を控えた4人の少女たちの群像劇に仕上げています。
短編映画『カランコエの花』でも、同じクラスに属する数名の生徒たちの心のざわめきを繊細に描写してみせた中川駿監督は、本作でも4人の少女、ひとりひとりの心のうちを丁寧に温かく綴っています。
4人の少女はクラスも違い、部活も別々でこれといった接点はありません。
それぞれの少女にそれぞれの親友や恋人がいて、共通の友だちなども登場することはありません。
また、映画は卒業式までの2日間だけが描かれているだけで、回想シーンもほぼありません(唯一の例外を除く)。
それでも、少女たちが同じ高校で3年間を過ごし、そこに流れ続けた空気に同時に包まれて来たという事実が、画面の隅々に現れています。
引きのカメラで長回しでとらえられた少女たちの息吹や、横移動で映し出された少女たちの動き、少女たちが移動する廊下の窓の向こうに見える春色の景色などが、まるでドキュメンタリーを観るかのようにリアルに響いてくるのです。
少女4人をスケッチしていくことに終始するのかと思っていると、終盤、まなみが抱えていた大きな喪失感が示されます。
現在だと思っていたあるシーンが過去のものであることがわかり、階段を駆け下りるまなみの後ろ姿をワンショットで撮ったシーンは二度繰り返され、二度目に真相が提示されます。
旧友が亡くなったという出来事について、映画の中では回想シーン以外、まなみとその親友以外の人が触れることはありません。
それでもその痛ましい過去ゆえにまなみは全校生徒に認知されていて、予行演習中にまなみが壇上に上がる姿を生徒たちは驚いたように目で追っていました。
卒業式当日、会場に入場してくる際のまなみの儚さを纏った頼りなげな体躯には思わず目を奪われてしまいます。多くを語らなくてもそのショットひとつが全てを物語っています。
楽しいことばかりではなく、つらい、悲しいこともあった3年間。亡くなった少年は恋人のまなみに「卒業したくない」と語っていました。
他の少女たちも同じ言葉を口にしています。いつまでも気の合った仲間たちとずっとここで過ごしたいという感情は自然なものでしょう。
卒業するということはすなわち今の生活とは違う人生が始まることを意味し、友だちや恋人との別れも意味しているからです。
それでも卒業の日はやって来ます。まさに旅立ちの時。だからこそ、高校時代というものは長い人生のわずかな時間にもかかわらず、特別な時として人々の心に刻まれるのでしょう。
まとめ
短編映画『カランコエの花』の演出もそうでしたが、中川駿監督は努めてリアルに、役者から自然な演技を導き出しています。
これは監督の演出力の賜物といえますが、演じる俳優もそれにこたえる力量があるということです。
主役を演じた河合優実、小野莉奈、小宮山莉渚、中井友望は勿論こと、彼女たちの周辺にいる生徒たちを演じた若き俳優たちも皆、素晴らしいことがとても嬉しく感じられます。
最後に渾身のアカペラを披露してくれた佐藤緋美は、『ケイコ 目を澄ませて』(2022)、『あつい胸さわぎ』(2023)に続いて、もう別格の存在感を見せています。
そして、藤原季節がこれまでとはまったく違う、人物像を演じているのに驚かされます。藤原季節が出ていると知らなければあの静かな教師役は誰だったかわからなかったでしょう。