映画『ジョーンの秘密』は2020年8月7日(金)TOHOシネマズシャンテほかで全国順次公開。
映画『ジョーンの秘密』は、イギリス史上、最も意外なスパイの実話から生まれた英国の作家ジェニー・ルーニーのベストセラー小説の映画化です。
スパイ容疑で告発されたジョーンを演じるのは、『恋におちたシェイクスピア』でアカデミー賞助演女優賞を受賞したジュディ・デンチ、若かりし頃のジョーンには、大ヒットシリーズ『キングスマン』で人気を獲得したソフィー・クックソンが挑みます。監督はデンチの舞台作品の演出を数多く手がけたトレバー・ナンです。
映画『ジョーンの秘密』の作品情報
【日本公開】
2020年(イギリス映画)
【原作】
ジェニー・ルーニー
【脚本】
リンゼイ・シャピロ
【監督】
トレバー・ナン
【製作】
デビッド・パーフィット
【キャスト】
ジュディ・デンチ、スティーブン・キャンベル・ムーア、ソフィー・クックソン、トム・ヒューズ、ベン・マイルズ、テレーザ・スルボーバ
【作品概要】
突然MI5に逮捕され、スパイ容疑で告発されたジョーン。人々に衝撃を与えたのは、その事実よりも容疑をかけられた人物が、まさに私たちの隣に住んでいるような80代の老女だったことでした。仲間や家族を裏切ってまで、彼女は何を守ろうとしたのか、ジョーンを突き動かしたものとは何だったのでしょうか。
映画『ジョーンの秘密』のあらすじ
夫に先立たれ、仕事も引退したジョーン・スタンリー(ジュディ・デンチ)は、イギリス郊外で穏やかな一人暮らしを送っていました。
ところが2000年5月、ジョーンはロシアに機密情報を流したというスパイ容疑で、突然訪ねてきたMI5に逮捕されてしまいます。
ジョーンは無罪を主張しますが、先ごろ死亡した外務事務次官のW・ミッチェル卿が遺した資料から、彼とジョーンがKGBと共謀していた証拠が出てきました。
取り調べをする中、ジョーンがケンブリッジ大学で物理学を学んでいた頃にさかのぼり、息子のニック(ベン・マイルズ)も知らなかった過去が明らかになっていきます。
映画『ジョーンの秘密』の感想と評価
実話に基づいた緊迫感のあるストーリー
本作品は、2000年にイギリス国民をアッと驚かせたニュースをもとに、英国の作家ジェニー・ルーニーが書き上げた小説の映画化です。
そのニュースとは、ロシアのKGBに核開発の機密を漏洩していたスパイがMI5の手によって暴かれたというもの。
内容もさることながら、イギリス国民を一番驚かせたのは、スパイ容疑をかけられた人物が、普通にどこにでもいるような80歳の老女・ジョーン・スタンリー(ジュディ・デンチ)だったことです。
ジョーンはスパイ容疑を否認しますが、つい先日死亡した外務事務次官のW・ミッチェル卿が遺した資料から、彼とジョーンがKGBと共謀していた証拠が出てきてしまいます。
そして物語は1938年まで遡り、若き日のジョーン(ソフィー・クックソン)がどのような人生を送ってきたのかが、描かれていきます。
「世界の変化に立ち会いたい」という気持ちを持ってケンブリッジ大学で物理学を学んでいたジョーンは、勉強に励む毎日でした。
そんなある日、ユダヤ系ロシア人ソニア(テレーザ・スルボーヴァ)が、酔っぱらってジョーンの部屋を訪ね、助けを求めます。
これが縁となりジョーンはソニアに誘われて共産主義の会合に参加、そこでソニアのいとこ・レオ(トム・ヒューズ)、そして若き日のミッチェル卿と出会います。
リーダーシップに富み、カリスマ性のあるレオに惹かれたジョーンは、彼と恋に落ちるのですが、そこからジョーンの人生が大きく変化していきます。
「共産主義」「スパイ」というワードからイメージするのは、暗くどんよりとしたものです。歴史の教科書で学んできたことがスクリーンに映し出され、その時代特有の重苦しさと息苦しさに押しつぶされそうになります。
しかしこの作品で描かれている出来事の数々は、確実に起こったこと。実話であるからこそ緊迫感があり、よりストーリーの中に引き込まれていきます。
若い世代の人たちは、ロシアを「ソ連」と呼んでいた時代のことをあまり知らないかもしれません。この作品を通して、祖父母が「共産主義国は、何を考えているか分からない」と常々語っていたことが蘇ってきました。
共産主義国がヴェールにつつまれ、国の本当の姿が見えず不気味に感じていた時代のことを思い出させる描写が、この作品の中にもいくつもあります。
そして、スパイ行為をどのようにして促し、どんな方法で機密情報を流していたのか。具体的なシーンが出てくるたびに、手に汗を握り、息をのんで見守る自分に気付くことでしょう。
二人のジョーンの存在が、物語を際立たせる
史実に基づくリアルな物語をより際立たせているのは、老いた現在のジョーンを演じるジュディ・デンチと、若き日のジョーンを演じるソフィー・クックソンです。
まずは、80歳のジョーンを演じるジュディ・デンチが、化粧っ気がまるでない「ほぼ、すっぴんなのでは?」と思ってしまういで立ちで登場することに衝撃を受けます。
そしてその姿は、どこから見てもスパイのイメージとは、およそかけ離れた普通の老婆そのものです。
しかしそれは、W・ミッチェル卿の死を伝える新聞を見たときから、いつかは取り調べを受けることになるのでは……と不安に駆られていたジョーンの気持ちをよく表しているような気がします。
そして史実どおり「隣に住んでいる普通の老婆がスパイ行為?」と世の中を驚かせたということを、よりリアルに見せたかったのかもしれません。
一方で、若き日のジョーンを演じるソフィー・クックソンは、派手さはないものの、知性に満ち溢れた美しい女性です。大学で熱心に物理学を学ぶ姿は生き生きとしており、戦争という暗い時代にありながらも、学ぶことに希望を見出している女性を等身大に演じています。
大学を首席で卒業したジョーンは、原子力開発機関で事務員として働くことになり、マックス・デイヴィス教授(スティーヴン・キャンベル・ムーア)がプロジェクトリーダーを務める原爆開発という機密任務に携わることになります。
重要な任務をてきぱきと果たしていくジョーンは、キャリアウーマンのはしりだと思いますが、一人の女性としてレオやマックス・デイヴィス教授との恋愛も経験します。
二人の男性に恋をした時の表情は、凛とした中にも艶っぽさを感じさせ、とても魅力的です。
そして、80歳と若き日のジョーンは見た目こそ違いますが、心の奥底にある信念には変わりがありません。
愛するレオに原爆開発に携わる立場を利用されそうになっても、断固として拒否をしてきたジョーンでしたが、原爆が広島と長崎に落とされ、多くの人が亡くなったことをきっかけに、ジョーンの気持ちにある変化が生まれます。
彼女にとって、機密情報を流したことは祖国を裏切る行為だという思いは毛頭なく、信念に基づいた行動だったのでしょう。
「悪いことをしているわけではない」と信じていたからこそ、80歳までその事実を隠し通してきたのです。
母親がスパイ行為を働くわけがないと無実を信じていた息子のニックと、互いの考えをぶつけ合うシーンで、ジョーンの信念が明らかになります。
弁護士という立場を揺るがしかねない母親の大きな秘密を知り、ニックは苛立ち、怒りをぶつけますが、ジョーンは祖国を裏切ったわけではなく、世界の平和のために行動を起こしたのだ、自分は間違っていなかったと主張します。
それまで弱弱しく取り調べに応じていた様子とは打って変わって、自分の考えを主張するジョーンの姿は、若い頃と全く変わりはありませんでした。
そして物語の最後、マスコミの前で自分の考えを述べるジョーンは、凛々しく毅然としています。
「赤!」と罵声を浴びせられながらも、自分はスパイではない、平和のために皆が平等に知識を持つべきなのだと語るジョーンの言葉の中には、戦争という暗い時代を生きてきた人だけが語ることができる想いが込められていると感じました。
まとめ
ジョーンは知的な女性ですが、それと同時にたくましさを持った女性でもありました。身近にいた共産主義者たちの裏切りを目の当たりにして、精神的に落ち込みながらも、ただでは転ばず、立ち向かっていく強さがありました。
自らの人生を切り開くため、命がけで交渉をする若き日のジョーンは、80歳のジョーンがマスコミの前で堂々と演説をする姿と重なります。厳しい戦中、戦後という時代を生きてきた女性の強さは計り知れないものだと、この作品を観て改めて感じました。
映画『ジョーンの秘密』は2020年8月7日(金)よりTOHOシネマズシャンテほかで全国順次公開です。