映画『罪と女王』は2020年6月5日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺、シネ・リーブル梅田、他にて公開。
『罪と女王』は、欧米の批評家から絶賛されたデンマークとスウェーデンの合作映画です。17才の義息子と性的関係を持った中年女性が立場を脅かされ豹変していく衝撃のドラマ。
主演は、『ザ・コミューン』(2016)でベルリン国際映画祭主演女優賞を受賞したデンマークの実力派俳優トリーヌ・ディルホム。
相手役を演じたスウェーデンの新鋭グスタフ・リンは、本作の出演でデンマーク批評家協会賞助演男優賞と香港国際映画祭最優秀男優賞を受賞しました。
映画『罪と女王』の作品情報
【日本公開】
2020年(デンマーク・スウェーデン合作映画)
【原題】
Dronningen (英題:Queen of Hearts)
【監督】
メイ・エル・トーキー
【キャスト】
トリーヌ・ディルホム、グスタフ・リン、マグヌス・クレッペル、スティーヌ・ジルデンケルニ、プレーベン・クレステンセン
【作品概要】
本作の監督・脚本の共同執筆を手掛けたメイ・エル・トーキーは、19才で演劇学校へ入学。業界で巻き起こる#MeToo ムーブメント(セクハラやレイプの被害に遭った被害者達が声をあげる動き)を近距離で目撃し理解を深めて行きます。
男性権力者と若い女性を取り上げた作品が多い中、社会的立場を有する年上の女性と少年の力関係に関しては責任論が曖昧である事実に着目し映画化。
本作は、サンダンス映画祭の観客賞を受賞した他、トーキー監督は女性監督として初のデンマーク・アカデミー賞作品賞を受賞し大きな注目を集めています。
映画『罪と女王』のあらすじ
アンネは、未成年の被害者を擁護する弁護士事務所の共同経営者であり、医師の夫・ペーター、幼い双子の娘・フリーダ、ファニーと順風満帆な生活を送っています。
ある朝、ペーターの反対を無視し、アンネが勝手にクライアントの少女を自宅に泊まらせた為2人は口論に発展。
「たまには分かったと言えないのか。僕の意見も取り入れてくれ」そう言ったペーターの苛立ちを見て取ったアンネは、「分かったわ」とからかう様に口真似をしながら夫を抱きしめ、穏便にその場を取りなします。
ペーターが前妻との間にもうけた高校生の息子・グスタフが学校で問題を起こして退学。持て余した前妻は無理やり息子を寄宿学校へ入学させようとしているのを知った2人はグスタフを引き取ることに。
アンネは娘達に、ペーターとはそれまで疎遠であったグスタフが家族の一員であると言い聞かせます。
フリーダとファニーはハート形のキーホルダーを手作りしてグスタフにプレゼント。ペーターは必要な物を一緒に買いに行こうと息子を誘いますが、「買いたければ買えば」とグスタフは素っ気ない返答で硬い態度を崩しません。
アンネはそんな家族のやり取りを柔らかい表情で見守りますが、グスタフには暫くしたら出て行って欲しいという本音を、自分が一番信頼する妹・リナにだけは打ち明けます。
帰宅すると、玄関の前に落ちているハート形のキーホルダーに気づくアンネ。
初めて一緒に暮らす反抗期の息子と怒鳴り合って肩を落とす夫に対し、アンネは、息子と父親はぶつかるものだと慰めます。
そんなある日、アンネが自宅に戻ると、家の中が荒らされ金品や自分のバッグが盗まれているのを発見。しかし、洗濯をした際、グスタフのズボンからハート形のキーホルダーが出てきます。
盗まれたバッグに、玄関前に落ちていたキーホルダーを入れたまま渡しそびれていたアンネは、家から物を盗んだのはグスタフだと気が付きます。
アンネは、「私は法制度をよく知っている。少年院へ入れば長いわよ」とグスタフに迫り、家族に溶け込むなら見逃すと交換条件を提示。
不貞腐れた表情を見せるグスタフでしたが、自分を慕う無邪気で素直なフリーダとファニーを可愛がるようになります。
アンネとペーターは娘達の友達やリナを招いて自宅の庭でバーベキュー。ペーターが昔使っていたテープレコーダーを手にしたグスタフは、義理の妹達に好きな動物や食べ物を尋ね会話を録音。睦まじいその様子をアンネは微笑ましく見つめます。
ある晩、グスタフが同年代のガールフレンドを家に連れて来てアンネに紹介。リビングで仕事をしていたアンネは、2人がグスタフの部屋でセックスしている喘ぎ声を耳にします。
アンネは全身鏡の前に立って服を脱ぎ、自分の裸体を満足そうに眺めます。週末出張を控え準備で忙しいと言うペーターの膝に腰掛け、キスをして誘うアンネ。夫は妻の要望に応えます。
週末、娘2人とグスタフを連れて湖へ出かけたアンネは、水をかけ合い童心に返ったような時間を楽しみます。
娘達が寝た後アンネとグスタフは一緒に過ごし、最初は躊躇していたもののアンネはグスタフに小さなタトゥーを左腕に入れてもらいます。
程なくしてアンネとペーターは友人を自宅に招いて夕食会。席を抜け出したアンネはグスタフの誘いで一緒に出掛けます。これから約束があると言うグスタフにアンネは顔を近づけてキス。
アンネとペーターは休日に広い庭で缶蹴りをして娘達と遊びます。木の後ろに身を潜めたアンネに近寄ったグスタフは、義母の腕に優しく触れ撫でるように指を動かし肩へ手を運びます。
その晩、夜勤でペーターが居ない留守中、寝付かれないアンネは起き出して逡巡した後グスタフの部屋へ。
読んでいた本から視線を外したグスタフをじっと見つめるアンネは、ベッドに腰掛けると布団の下に腕を滑り込ませます。
グスタフが目を閉じ思わず熱い息を漏らすと、アンネは布団を跳ねてグスタフの性器を口の中へ。
アンネは誘うように床に下りて四つん這いになり、グスタフは背後から近づき激しく腰を動かします。
翌日、アンネは高価なノートパソコンをグスタフの為に購入。新学期を迎えるグスタフが宿題をさぼらない為だとペーターに説明します。
自分の息子に関わることは一言相談して欲しかったと眉をひそめる夫に対し、食事や洗濯の世話も相談するべきだったのかとアンネは反論。言葉に詰まったペーターは思い直し、心遣いに感謝すると笑顔を向けます。
その後もアンネは夫の目を盗んではグスタフと情事を繰り返し、仕事では実父に虐待を受けている少女の事件を担当。福祉委員に少女を預け父親の暴力から遠ざけ救済します。
ある日の午後、アンネとグスタフはシーツを体に巻いて暫しおしゃべり。人生で最大の楽しみや辛かったこと、そして一番恐れていることを訊かれたアンネは正直に返答。
「娘達が生まれたことが最大の喜び、父親の死が最悪の悲しみ、そして全てを失うことが一番怖い」テープレコーダーを向けるグスタフに、アンネはそう答えます。
初体験の相手を尋ねられたアンネは「人生には過ちが起きる時もある」と言葉を濁します。
「俺たちみたいに?」と真剣な眼差しを向けるグスタフに、アンネは楽しかったわとだけ言葉を添え、娘を迎えに行く時間だと会話を打ち切ります。
しかし、セックスを楽しみたいだけのアンネとは逆にグスタフが積極的になって行き、やがてアンネに危機が訪れます。
映画『罪と女王』の感想と評価
人間の本質を剥き出しに描写する
『罪と女王』は、家族と順風満帆に暮らしていたキャリアウーマン・アンネが未成年の義息子・グスタフを誘惑し性的関係を持ったことで危機に陥り、自分の生活を守る為に非情な行動に出る物語です。
過去にも年上の女性と若い男性をテーマにした作品はあり、青春物語として描かれた『プライベートレッスン』(1981)、ラブコメの『マネキン』(1988)、スリラー『誘う女』(1996)、史実を取り入れた『愛を読む人』(2009)、そして文学的要素の色濃い『私の可愛い人 シェリ』(2010)等も話題を集めた映画として挙げられます。
年上が年下を支配する構図は共通していますが、本作はアンネもグスタフも相手を恋愛の対象として見ていない点が異なります。
何よりも登場人物に都合の良い言い訳を与えておらず、人間の本質を剥き出しに描写した製作者のただならぬ覚悟が窺えます。
監督の覚悟とインテリジェンスが光る
画像:メイ・エル・トーキー監督
監督のメイ・エル・トーキーと本作の脚本を共同執筆したマレン・ルイーズ・ケーヌは、年上の男性と若い女性を扱った映画が多い中、年上の女性と若い男性の場合、犠牲になる男性が同情を得にくいことに注目。
独自にリサーチを行い、セラピストに面談して話を聞き、更に、早い段階からキャストしていた主人公・アンネ役のトリーヌ・ディルホムを招いて一緒に脚本を練り上げています。
人は誰しも他言しない秘密を持っており、自分の生活を守る為なら手段を選ばない行動を取ると言う善悪で括れない性を赤裸々に描いたトーキー監督は、ともすれば未成年虐待や社会的倫理観を問う展開に陥りそうなサブテキストを見事にかわしています。
更に、アンネは夫・ペーターと順調な夫婦関係を築き、セックスレスでもなく、弁護士事務所を共同経営しキャリアを構築。聞き分けの良い幼い双子の娘と共に何の不自由もない生活を営んでおり、家庭環境にも問題が無いことをトーキー監督は明示しています。
きっかけは、グスタフが連れて来たガールフレンド・アマンダとの性行為を肌で感じたこと。アンネの内にある若さへの希求と女として認められたいと言う欲望が頭をもたげるのです。
若いカップルのセックスで欲情したアンネは、一線を越えてグスタフを誘惑。その様子は、グスタフが性の対象以外の何者でもないことを如実に表しています。
トーキー監督のインテリジェンスが光るのは、アンネとグスタフが情事にふける場面とアンネが仕事で未成年を熱心に弁護する姿を交互に挟んだ演出。悪人というレッテルを貼らせないことで主人公のより深い内面を浮き彫りにしています。
そして、人の思考を直感的に掴み自分の主張を優位に運ぶ職業柄得た能力でアンネが他を操る様は、大なり小なり誰もが使う手であることを示唆し、主人公を断ずる安易さもトーキー監督は巧みに排除していると言えます。
同時に、アンネの心を揺さぶるグスタフの駆け引きを通し、彼の心の揺れも繊細に表現。17才であっても禁断の関係だと認識し、父親に後ろめたさ等無く欲望を加速させ、誰にも言えないスリルが刺激へと変化するプロセスも描写しています。
しかし、アンネが言った「一番怖いことは全てを失うこと」の本意をまだ若いグスタフが理解できなかったことが致命的となり悲劇へ繋がっていくのです。
主演ふたりの演技力
劇中、アンネ自身性的虐待を受けていた過去に触れています。トーキー監督は、被害者が後に加害者になり得る事例を見出し、ストーリーに織り込むことでよりリアルな皮膚感覚も表現。
また、グスタフ役のグスタフ・リンは、撮影当時22才。トーキー監督が脚本作りの参考にしたギリシャ神話フェドラの物語を読んで役作りし、反抗期を迎えた多感な少年の心の葛藤をデリケートに演じ鮮烈なインパクトを与えています。
そして、ディルホムは本編を通し緩急自在な圧巻の演技を披露。他人には決して言えない秘密をまた1つ増やした主人公が良心の呵責に一生苦しむであろう自業自得を台詞無しで演じている場面は特に目を奪われます。
考え抜かれた緻密な構成と演出が光る『罪と女王』は表面的な道徳論を排し、追い詰められた人間の横暴を映し出す大人向けの映画です。
まとめ
アンネは夫・ペーターに同意し、高校を退学になった義息子を引き取ることにします。しかし、やって来た17才のグスタフは新居地に馴染めず反抗的。アンネは手を差し伸べるもののグスタフと深い関係になり、やがて立場が脅かされる状況に陥ります。
生活力や自己防衛能力を持たない未成年とそのどちらも備えた年上の女性を軸に据えた『罪と女王』は、監督・脚本のメイ・エル・トーキーが天使にも悪魔にもなれる生き物である人間を真正面から描いた作品です。