映画『ピータールー マンチェスターの悲劇』は2019年8月9日より全国順次公開中!
様々な映画賞を受賞し、円熟期にして絶頂期を迎えたマイク・リー監督が監督生命をかけ、5年の歳月をかけて製作した集大成といえる映画『ピータールー マンチェスターの悲劇』。
この作品は、1819年にマンチェスターで実際に起こった悲劇「ピータールーの虐殺事件」を忠実に再現した作品です。
いままで、現代に生きる人々の日常をリアリズムあふれるタッチで描いてきた巨匠マイク・リー監督が、今作ではどのように200年前の人々を描くのでしょうか。作品概要・ネタバレ・あらすじ・感想を踏まえご紹介させていただきます。
CONTENTS
映画『ピータールー マンチェスターの悲劇』の作品情報
【日本公開】
2019年(イギリス映画)
【原題】
Peterloo
【監督】
マイク・リー
【キャスト】
ロリー・キニア、マキシン・ピーク、ピアース・クイグリー、デイヴィッド・ムアースト、フィリップ、ジャクソン、トム・ギル、カール・ジョンソン、ヴィクター・マクガイア、ヴィンセント・フランクリン、フィリップ・ウィットチャーチ
【作品概要】
『ネイキッド』で1993年にカンヌ国際映画祭・監督賞を受賞し、1996年には『秘密と嘘』で同映画祭にてパルムドールを受賞。『ヴェラ・ドレイク』でヴェネツィア国際映画祭・金獅子賞を受賞、オスカーで計7回のノミネートと華々しい功績を持つ、イギリスの名匠マイク・リー監督の最新作である本作は、1800年代初期にイギリスで起こった悲劇「ピータールーの虐殺事件」を映画化したものです。
伝説の演説家ヘンリー・ハント役には、ダニエル・クレイグ版『007』シリーズで知られるロリー・キニア。そして貧しい労働階級の家庭の母親役は『博士と彼女のセオリー』でホーキンス博士の2人目の妻を演じたマキシン・ピーク。他にもフィリップ・ジャクソン、カール・ジョンソンなどイギリスの実力派が勢ぞろいしています。
さらに、オスカーにノミネートされた一流のスタッフチームが今作を支えています。撮影監督にはオスカーにノミネートされた経歴を持つディック・ポープ、衣装デザインはオスカーに6度ノミネートされ、『アンナ・カレーニナ』で受賞を果たしたジャクリーン・デュラン、美術監督はスージー・ディヴィス、音楽はゲイリー・ヤーションです。
映画『ピータールー マンチェスターの悲劇』の時代背景
舞台は20年間続き、1815年の「ウォータールーの戦い」を最後に終結したヨーロッパ諸国を巻き込んだナポレオン戦争後のイングランドです。想像がしづらい方はユゴー原作&ヒュー・ジャックマン主演のミュージカル『レ・ミゼラブル』の時代と同時期と考えてください。
当時のイングランドは多くの失業者を出しており、また歴史的な低気温により作物の不作が続いていました。さらには、地主優位の法律(穀物法)ができ、労働者の賃金は引き下げられ、民衆は飢餓に苦しんでいました。特にイングランド北部では選挙権のない民衆の不満が爆発し、様々な抗議運動が活発化していました。
当時の選挙は、投票権が自由土地を有する(地主)成人男性かつ、土地の年間賃料が40シリング以上(現在の80ポンド相当)でなければならなかったうえに、州都のランカスターでなければ投票できず、その方式は演説台で公に宣言する形式だったとされています。
また、ナポレオン戦争の終結により、それまで産業の中心だった繊維業が衰退し、労働者の賃金は3分の1以下まで落ち込んだとされます。
映画『ピータールー マンチェスターの悲劇』のあらすじとネタバレ
爆音と銃声が飛び交うウォータールーの戦場で生き延びた若いジョゼフ(デイヴィッド・ムーアスト)は故郷であるマンチェスターを目指して帰郷します。
ウォータールーの戦いにて、ナポレオン・ボナパルト率いるフランス軍を相手に勝利したのは、ウェリントン公爵が指揮を執ったイギリス率いる連合軍でした。
ウェリントン公爵の補佐であるビング将軍は、内務大臣に功績を認められ、北部の司令官として任命されます。その頃、北部の町マンチェスターをはじめ、ランカシャー周辺の町で民衆の抗議活動が活発化していました。
一方、マンチェスターへ無事帰郷できたジョゼフは母親(マキシン・ピーク)の腕の中で泣き崩れます。ジョゼフの兄弟姉妹、父親の大半は紡績工場で働き、母親は手作りのパイを売って生計を立てていました。
年月が経過し、生活はさらに苦しくなっていきます。そんな中、ジョゼフは未だ職が見つからず、今後工場の賃金が減ることについて家族で話し合います。
戦争が終わって以来、パンに課せられる税金と不作による価格高騰、海外からの輸入制限の政策に多くの民衆が苦しんでいました。また裁判所では、治安判事による貴族優位の判決により、多くの人々が鞭打ちや流刑、絞首刑を宣言されていました。
そして民衆の不満は爆発し、抗議運動をはじめます。その運動にジョゼフ一家も参加するよう促され、参加します。
マンチェスターの運動家が穀物法の撤廃に関して、庶民院へ嘆願書を出したいと申し入れますが、治安判事により拒否されてしまいます。それにより、運動家のナイト(フィリップ・ジャクソン)は、多くの運動家が投獄されている現状を説明し、もっと多くの国民に選挙権を与え、年に1回選挙を行うように改正すべきであると集会で演説します。
また、別の集会では、過激派の運動家たちによる演説が行われます。その内容は、国民の意思が尊重されない場合、国王と家族全員を投獄すべきだ、というものでした。その場にいたナイトは国王の投獄が問題の解決には繋がらないと主張し、集会はお開きとなります。
マンチェスターの治安判事たちは、このことに議論を交わします。そして内務大臣に「民衆は共和制を求めて暴動を起こす一歩手前である」「改革でなく破壊を求める罪深い群衆」と手紙を書きます。それを読んだ内務大臣は不安にかられます。
一方で、ロンドンでは、演説家のヘンリー・ハント(ロリー・キニア)が集会で演説を行っていました。ハントは地主であり紳士でありながらも民主主義のために戦っていました。
民衆の運動について、貴族たちによる議会が開かれます。摂政王太子は貴族院の議員に「完璧」な法律と維持への貢献を要請します。その議会の帰り道で、摂政王太子の乗る馬車にジャガイモが投げつけられます。内務大臣は貴族院で、その出来事を「石や空気銃による襲撃」と報告します。それによって、貴族院は人身保護法を即時一時停止、告訴なしで国民を拘束できるようにしてしまいます。
人身保護法の停止についてマンチェスターの運動家たちの間で議論が交わされます。その結果、運動での民衆の意をより強固なものとすべく、マンチェスター・オブザーバーとマンチェスター愛国者連合が主催する、聖ピーターズ広場で行われる集会でヘンリー・ハントに演説をしてもらうことを提案します。
早速、ハントへ手紙を送りますが、その手紙は内務省に押さえられてしまいます。手紙を読んだ内務大臣はビングに対し、軍の強化と、治安判事への状況対処を自制するよう要請します。
ジョセフ一家は集会の参加について話し合います。集会に参加すれば、仕事をクビになるかもしれないこと、治安部隊による弾圧など様々なことを心配します。しかし、この集会が平和なものであることを聞かされ、参加を是とします。
その頃、過激派運動家による集会が野外で開かれます。彼らは民衆に武装せよ、フランス革命のように王族は処刑して、自由は戦って手に入れろと呼びかけますが、治安部隊により逮捕、投獄されてしまいます。
手紙を受け取ったハントがマンチェスターに着くと、集会が予定より1週間延期になったことを聞かされます。ハントは「1週間もヘンリー・ハントの名前でホテルに宿泊すると治安部隊に投獄されてしまう」と憤慨します。しかし、ジョンソン(トム・ギル)は北部に安定と秩序をもたらすには、ハントの演説が必要不可欠だと説得します。その結果、ハントはジョンソンの家に宿泊することになります。
この集会を機に、フランス革命のように反乱が起こるのではないかと危惧した治安判事たちは、ビングに支援を懇願します。しかし、ビングは自分の補佐である中佐に任せ、集会には参加しないと言います。
ジョンソンの家に宿泊しているハントの元に、ロンドンでのハントの演説に惹かれたサミュエル・バムフォード(ニール・ベル)が訪れ、警護のために少数の者に武装をさせたいと提案します。地元義勇農騎兵団が武装し、襲撃してくるかもしれないためでした。しかし、ハントは暴力が絡めば、集会だけでなく運動そのものが台無しになると拒絶します。
ハントは治安判事たちに会い、自分の逮捕状が出ていないことを確認し、もし逮捕状が出たとしても、その場でおとなしく逮捕されると豪語します。
集会前日、ハントの元に友人であり、記者のリチャード・カーライルが訪ねてきます。カーライルはハントに集会での暴動の可能性を心配していると伝えます。しかし、苛立ちが募っていたハントは、話を中断してしまいます。
集会前日の夜、ジョゼフの母親は孫の寝顔を見ながら、この子にとって生きやすい世の中になることを祈りながら寝床につきます。
映画『ピータールー マンチェスターの悲劇』の感想と評価
恥ずかしながら、『ピータールー マンチェスターの悲劇』を鑑賞し、その史実について調べるまで、「ピータールーの虐殺事件」というものがあったことを私は知りませんでした。
この作品は、世界的大監督のマイク・リー監督が徹底的にリサーチを重ね、史実を忠実に再現されただけあって、とても見応えがあり、考えさせられる作品でした。
この作品の舞台となった、1800年代初頭と現代は比べ物にならないくらい豊かになり、テクノロジーも発達していますが、本質的なところでとても似ていると感じます。
イギリスのEU離脱、アメリカのドナルド・トランプの大統領就任、各国での極右の台頭、フランスや香港での民衆デモ、そして日本の国交、企業優先の政策など世界中が混沌としています。
作品を鑑賞し、物語を反芻しながら執筆する中で改めて考えさせられていますが、この作品は、刻々と変化する世界で民主主義とはどうあるべきか、権力者が市民のためにどう己の力を行使すべきか、それを一人一人が考えなければ悲劇は再び起こってしまうという、マイク・リー監督からの警告かもしれません。
またこの作品の特徴として、古典ハリウッド映画から使われているメロドラマを演出するための主人公と脇役という設定が明確に分かれていないという点が挙げられます。
カットバックを極力少なくし、徹底的に客観的に捉えたカメラワーク(ミドルショットからロングショットの多用)で民衆とストーリーを映すことで、観客は民衆の一人として作品に入り込むことになります。キャラクターへの共感によって生まれるドラマ性よりも、受け止めなければならない真実であり、史実であることを強調したいという監督の意図でしょう。
また、フルロケーション、多数のエキストラの使用で5年の歳月をかけて撮影された今作は間違いなくマイク・リー監督の傑作であり、集大成と言っても過言ではないでしょう。
作品の最後でみせるマキシン・ピークの神の所在の不信感や喪失感、そして悲哀に満ちた表情が、今でも忘れられません。
史実を扱った作品だけに、予備知識がないと難しく感じるかもしれません。しかし、それを踏まえても、現代に生きる人々とマンチェスターの悲劇で生きる人々を繋げ、その類似性から今後どのように社会のあり方を捉えていくべきかまで提示した『ピータールー マンチェスターの悲劇』は観ておくべき作品です。
まとめ
徹底的なリサーチによる、イギリスの民主主義の大きな転機となったマンチェスターで起きた悲劇を扱った『ピータールー マンチェスターの悲劇』は、監督生命をかけたマイク・リー監督の集大成であり、傑作です。
また、観客を当時のイングランドへと連れて行き、民衆の一人として参加させる映像体験は、深い思慮を誘うものでもあります。
時代背景や劇中に登場する単語など、予備知識がないと難しい作品ではありますが、難しいことは考えず鑑賞後に調べてみても良いでしょう。間違いなく一見の価値のあるものなっています。
この記事を読み、気になった方は是非鑑賞してください。