名匠ホウ・シャオシェンの最後のプロデュース作は
少年と“老獪なキツネ”の物語……
バブルにより不動産価格が高騰していた1989年〜1990年の台湾、その郊外で父と2人で暮らしていたリャオジエ。父は亡き妻の夢だった理髪店を開くため、レストランで働きコツコツと貯金を続けていました。
ある時、“老獪なキツネ”と呼ばれる地主のシャと出会ったリャオジエ。シャに父のために家を売ってくれと頼むも、父とは正反対のシャの生き方に影響を受け始めるリャオジエが選んだ道とは……。
映画『オールド・フォックス 11歳の選択』は「台湾ニューシネマ」を代表する監督にして、2023年に引退を表明した名匠ホウ・シャオシェンの最後のプロデュース作。
本作の監督を務めたのは、ホウ・シャオシェン監督のもとで助監督などを務めたシャオ・ヤーチュエンです。
CONTENTS
映画『オールド・フォックス 11歳の選択』の作品情報
【日本公開】
2024年(台湾・日本合作映画)
【原題】
老狐狸(英題:Old Fox)
【監督】
シャオ・ヤーチュエン
【製作】
ホウ・シャオシェン、リン・イーシン、小坂史子
【キャスト】
バイ・ルンイン、リウ・グァンティン、アキオ・チェン、ユージェニー・リウ、門脇麦
【作品概要】
「台湾ニューシネマ」の旗手として知られる名匠ホウ・シャオシェンが最後にプロデュースした作品。監督は、ホウ・シャオシェンのもとで助監督などを務めたシャオ・ヤーチュエン。長編監督作4本目となる本作で、台北金馬映画祭・監督賞を受賞しました。
11歳の少年リャオジエを演じたのは、SABU監督の『Mr.Long/ミスター・ロン』(2017)でデビューし、『親愛なる君へ』(2021)に出演するバイ・ルンイン。またリャオジエの父親役を『1秒先の彼女』(2021)のリウ・グァンティンが務めました。
映画『オールド・フォックス 11歳の選択』のあらすじとネタバレ
1989年、台湾郊外に父と暮らしていた11歳のリャオジエ。父のリャオタイライは亡き妻の夢であった美容室を開くため、レストランで働き時には内職の仕事をし、コツコツ倹約しながら貯金を続けていました。
その頃、台湾ではバブルにより不動産価格が高騰。リャオジエとタイライが住むアパートの1階で麺屋を開くリイ夫婦も、軍隊時代の上司の勧めで株に投資をしていましたが、タイライは株の投資には手をつけず「あと3年もすれば家を買える」と言います。
地主であるシャの元で働き、家賃の集金に来るリンは、何かと父子を気遣ってくれます。リイ夫婦が店を開けるという情報をタイライに告げます。家を買おうとリャオジエは言いますが「まだお金がたまっていないから無理だよ」とタイライは言います。
そんな時、タイライは弟の結婚式にリャオジエとともに出席。酔い潰れた父を介抱するリャオジエに「おじさんがお金を援助してくれるという、家が買えるよ」と言います。その言葉にリャオジエは喜びます。
しかしその最中も、不動産価格はどんどん高騰していきました。
近所の自転車屋が、不動産価格の高騰が原因で閉店すると知ったタイライ。彼は店を開くための家は買えないことを悟りますが、喜んでいるリャオジエに伝えられません。
またリャオジエも学校でいじめられていましたが、そのことを父に明かせず、いじめに立ち向かうこともできずにいました。
ある雨の日、リャオジエは雨宿りしようとするも、いじめっ子たちに追い出されてしまいます。雨の中を走るリャオジエに車の中から声をかけたのは、地主のシャでした。
シャはリャオジエのことを気に入り「強いものといれば強くなれる、自分には関係ないと言い聞かせるんだ」と言い聞かせます。
リャオジエは父タイライに、シャはどんな人なのかと尋ねます。すると、彼のあだ名は、“老獪なキツネ”だと言われます。
そんなシャに、リャオジエは「家を父に売ってほしい」と言います。
映画『オールド・フォックス 11歳の選択』の感想と評価
台湾の「暗黒の時代」の先の自由と暗黒
“老獪なキツネ”と呼ばれる地主シャの出会いで、父のようなお人良しで“負け犬”と呼ばれる生き方か、シャのように非情だが成功者となり得る生き方かの選択を突きつけられるリャオジエ。
「少年の成長譚」「親との精神的決別」などを、全体を通しどこかノスタルジックな空気が漂う本作ですが、それは「1989〜1990年の台湾」という時代設定にあるといえます。
台湾では、1947年2月28日に台北市で発生し全土に広まった「二・二八事件」をうけ、反体制派に対する政治的弾圧が以降強まりました。そして、1947年・1949年に敷かれた2度の戒厳令が解除されたのは1987年のことでした。
台湾が恐怖政治に支配されたこの40年間は「白色テロ時代」と呼ばれ、ホウ・シャオシェン監督『悲情城市』(1989)、エドワード・ヤン監督『牯嶺街少年殺人事件』(1991)をはじめ多くの台湾映画で描かれてきました。
近年では『返校 言葉が消えた日』(2021)も白色テロの時代を描いている他、『青春の反抗』(2024)は戒厳令が解除されたものの解除される前の時代の名残が色濃く残る台湾で、学生運動に身を投じる若者の姿を描いていました。
本作は戒厳令が解除された2年後、経済の自由化などによりバブルが弾ける寸前の台湾が舞台になっています。
人々がバブルを夢見た背景には、やっと手にした「自由」もあるのかもしれません。その中で生まれ育ったリャオジエは、暗黒時代を深くは知らない新たな世代といえます。
迫られた選択の先の「僕は僕」
一方、シャは貧乏からのし上がり成功をおさめた人物ですが、決して善人とは言えません。自分の所有物である不動産を守るためには、他者の生活が犠牲になってもお構いなしです。
しかしシャは「水を飲んで目を閉じて、自分には関係ないと言い聞かせろ」と少年のリャオジエにアドバイスをします。そのアドバイスの奥には、成功するためにそうせざるを得なかった悲哀が垣間見えます。
「私と同じで何が悪い?」……リャオジエにそう問いかけるシャの悲しげな顔は、実の息子に自身の人生と生き方を否定されたことが関わっています。
そう生きざるを得なかった」「それを否定されたら、自身
が信じてきたものは何なのかと、老境のシャは感じているのです。そんなシャのもとで働くリンは、彼を「可哀想な人」と言います。
少年のリャオジエは、シャやリンの思いを理解していたわけではないでしょう。しかし、世の中の不条理さに怒るシャと同じ気持ちを抱えながらも、リャオジエの中には良心もあり非情になりきれないのです。
大好きな父親を“負け犬”と言われたことに対しても「父さんは違う」と否定します。そしてシャに対しても「同じじゃない、僕は僕だ」と言います。シャの寂しさ、人々から好かれていない様子にこうなりたくないという思いもあったのかもしれません。
「父親の生き方か、自分の生き方か、どちらかを選べ」と突きつけるシャに対し、リャオジエはどちらも選びません。リャオジエの選択は、あくまでも“自分の道”を生きることだったのです。
その姿は、旧世代の否定ではなく、新しい台湾を作り上げていく世代そのものなのかもしれません。
まとめ
11歳のリャオジエと“老獪なキツネ”との交流を描いた映画『オールド・フォックス 11歳の選択』。シャと、リャオジエと父の話を中心に描かれていますが、門脇麦演じるジュンメイや、シャのもとで働くリンも印象的な役柄といえるでしょう。
ジュンメイとタイライの関係性は、回想シーンで語られていきます。
ジュンメイは恐らく父親が成功者で、裕福な暮らしをしているのでしょう。それ故に父親の言う通りの道を進むしかなく、郊外から台北の高校に進学する予定でした。
一方のタイライは、決して裕福な家庭でした。会えなくなると寂しがるタイライに「3年なんてすぐだよ、同じ大学に進学しよう」とジュンメイは言います。しかし、ジュンメイは受験したものの不合格になり、父に言われて留学することになってしまいます。
その後二人は再会することもなかったのでしょう。久しぶりに再会したもののジュンメイは富裕層の婦人となり、タイライは妻も亡くし一人で子を育てながらレストランで働いています。
多くは語られませんが、ジュンメイは大学に進学することもできず、親に言われるまま結婚したのではないでしょうか。お金で何でも与えられているものの孤独なジュンメイの姿に、タイライは心配しつつも何も言葉をかけることはありません。
親の言いなりで自分の人生を選べないジュンメイ。一方、リンはシャ社長のもとで働いていますが、以前はホステスとして働いていたといいます。
シャ社長に拾われたも同然のリン。そんなリンはリャオジエの告げ口によってシャの信用を失います。
そしてシャに殴られるリンと共に映し出されるのは、夫によって殴られるジュンメイの姿。男性優位の社会で、地位の低い女性の姿がそこにはあるのです。