挫折を経験し、逃げるように故郷へ戻った元プロボクサーの男を通して、人生の葛藤や苦悩を描いた映画『オボの声』。
人間の挫折と再生を描いた、本作をご紹介します。
映画『オボの声』の作品情報
【公開】
2018年(日本映画)
【監督・脚本】
齋藤孝
【キャスト】
結城貴史、菅田俊、水野美紀、石倉三郎、烏丸せつこ、波岡一喜、田村奏二郎、江藤漢斉、藤井宏之、鈴木舞衣花、青柳弘太、坂東工、小野塚老、石川裕地、笹木彰人、贈人、梅津義孝、宮内勇輝、中山祐太、本村紀子
【作品概要】
映画『ビルと動物園』の齋藤孝監督が、2013年に「松田優作賞優秀賞」に輝いた、自身のオリジナル脚本を映画化。
主演に結城貴史、共演に菅田俊、水野美紀、石倉三郎。
映画『オボの声』あらすじとネタバレ
プロボクサーを目指していた秀太は、練習中のアクシデントにより、ボクシングを辞めます。
その後、秀太は、アルバイトで生計を立てますが、バイト先のラーメン屋でトラブルを起こし退職、その後パチンコ店に通うなど、その日暮らしの生活を送るようになります。
ある日、秀太と同棲している恋人の妊娠が発覚、突然の事に状況が整理できない秀太は、恋人から逃げるように故郷に帰ります。
突然帰郷した秀太に驚いた母親は、いろいろ質問しますが、秀太は何も答えません。
秀太の恋人から連絡が来ますが、秀太は無視を続けます。
ある夜、外出した秀太は、近所で火事が発生している現場に遭遇します。
家の住人は亡くなり、秀太は「オボが鳴いていていた、オボの声を聞くと死んでしまう」と言われ、夜の外出を止められますが、秀太は相手にしません。
ある日、秀太は偶然立ち寄ったガソリンスタンドで、ガスボンベ配送のアルバイトを募集している、張り紙を見つけます。
アルバイトを希望した秀太は、その場で採用され、ベテラン配送員の守義をサポートする形で仕事を開始します。
寡黙な守義は、無駄話を一切しない男で、もともと人付き合いが苦手な秀太とは、終始重い空気が流れます。
そして秀太は、ガスボンベを配送した先の老人に、ある事を聞かされます。
「あんたが一緒に仕事をしている、あの男は人殺しだ」
映画『オボの声』は15年越しで実現させた作品だった
2018年10月22日、渋谷ユーロスペースのレイトショー終了後に、齋藤孝監督と、主演の結城貴史さんによる飛び入りの舞台挨拶が行われました。
齋藤監督は「秀太のように、逃げ出したくなった時に、この映画の事を思い出してほしい」結城貴史さんは「10年越しの想いが叶った」と語っていました。
映画『オボの声』の企画が始動したのは、約15年前、齋藤監督の自主映画に、結城さんが出演した事に始まります。
齋藤監督は、結城さんに役者の魅力を感じて、当て書した台本を一晩で完成させました。
しかし、その後は映画化に動いてくれる所が見つからず、齋藤監督は、監督業から退いて就職した時期もありましたが、『オボの声』の企画を実現させる為に、監督業に復帰するなど、紆余曲折がありました。
2013年に「松田優作賞優秀賞」を獲り、「主演俳優を他の人でなら」という条件でOKが出た事もありましたが、齋藤監督は結城さんの主演にこだわったそうです。
そして、齋藤監督と結城さんを見守り続けたのが、秀太の恋人を演じた水野美紀さんでした。
そして、2018年に約15年越しの執念を実らせて完成させた『オボの声』は、結城さんの年齢に合わせて脚本を書き換えており、監督や出演者と共に成長してきた作品と言えます。
『オボの声』が上映されている、渋谷ユーロスペースでは、今後もトークイベントが企画されていますので、さらに裏話が聞けるかもしれませんね。
映画『オボの声』感想と評価
本作は全編に渡り、重くて緊張感の漂う作品となっています。
主人公の秀太は、人生の挫折を味わい、新たな目標を持てない男です。
口数は少なく、常に不機嫌な感じでボソボソ喋る秀太の心境を表現する為に、煙草が効果的に使われています。
バイトを辞めた時、恋人との関係に居心地の悪さを感じた時、目的も無く実家に帰った時、秀太は気怠そうに煙草を吸い「辛い現実を少しでも忘れたい」という心境が見えてきます。
全てから逃げてきた秀太は、守義と出会い、「声を聞いたら死ぬ」と噂されていた「オボの声」の正体を目撃します。
その事により、秀太は現実を見つめて向かって行くという「選択肢」を得て、人間として成長するのです。
時には全てを曖昧にして、逃げ出す事も必要ですが、「逃げる」しか知らない事と、「現実に向かう」という選択肢を持った上で、逃げる事を決断する事とは訳が違います。
秀太は、これまでの自分の人生を見つめ直し、現実を受け入れる事を決意するのです。
独房で秀太が、シャドーボクシングを始めるシーンは、これから立ち向かわなければならない、辛いことが予想される現実との戦いを開始した、意思表示のように感じます。
秀太は最後まで、不機嫌な表情を崩しませんが、電車に乗ったラストの秀太は、未来を見つめているように感じました。
まとめ
齋藤監督も言っていましたが、人には逃げ出したい時が必ずあると思います。
そんな時は、別の場所に目を向ける事も必要で、目を向けた先の何気ない出来事が、人を成長させる材料になるのかもしれない、そんな事を感じた映画です。