実際の事件を題材に白石和彌監督が描く警察の裏の顔
北海道警察で起こった実際の事件を白石和彌監督が映画化し、2016年全国ロードショーされた『日本で一番悪い奴ら』。
綾野剛演じる熱血漢の新米刑事・諸星要一が柔道の腕を見込まれて北海道警察へ赴任します。
市民を守ることが使命と言い切る諸星ですが、先輩刑事から教わった警察所轄内での検挙成績アップの秘訣は、ヤクザと仲良くなって情報を得ることでした。果たして諸星刑事の運命は?
映画『日本で一番悪い奴ら』作品情報
【公開】
2016年(日本映画)
【原作】
稲葉圭昭
【監督】
白石和彌
【脚本家】
池上純哉
【キャスト】
綾野剛、YOUNG DAIS、植野行雄、矢吹春奈、瀧内公美、田中隆三、みのすけ、中村倫也、青木崇高、斎藤歩、中村獅童
【作品概要】
アウトローの世界を描いた作品を得意とする白石和彌監督が、2002年の北海道警察で起こり「日本警察史上最大の不祥事」とされた「稲葉事件」を題材に描く作品。綾野剛が演じる北海道警の刑事・諸星要一が、捜査協力者で「S」と呼ばれる裏社会のスパイとともに悪事に手を染めていく様を描き出します。
中村獅童と綾野は、ヤクザと刑事とは思えないほど息のあったコンビ振りを披露。綾野は、第40回 日本アカデミー賞(2017)で優秀主演男優賞受賞しました。
映画『日本で一番悪い奴ら』のあらすじとネタバレ
1975年。柔道学生日本一の諸星要一は、その腕をかわれて北海道警察へ就職が決まりました。警察学校での教育も終えて、即北海道警察本部へ。
といっても、ペイペイの新米刑事。北海道警察本部機動捜査隊に配属されますが、現場のスピード感あふれる捜査になかなかついていけません。
手柄第一の部署内で先輩刑事の捜査の足を引っ張り、捜査調書も思うように書けない諸星は、毎日のようにお茶入れなどの雑用をこなしていました。
ある日のこと、諸星は同じ部署の先輩村井刑事から、「メシ食いに行こう」と誘われます。村井は覚醒剤所持の現行犯を逮捕するなど、機捜一の俊敏刑事でした。村井に興味を持っていた諸星は一緒に行くことにします。
食事の後連れていかれたのは、村井の行きつけのキャバレーでした。ホステスたちに取り囲まれる村井を見て、ただ驚くばかりの諸星。
そんな諸星に村井は「署内で出世したければ少しでも‟ホシ”の数をあげろ」とささやきます。‟ホシ”の数をあげるにはどうすればいいか。村井はヤクザの世界に飛び込んでヤクザと仲良くなることを勧めました。
村井は、部署内で検挙に比例して出される賞金(?)をもらえるということも、金額の詳細も添えて教えてくれました。それ以来、諸星はヤクザと親密になることを心掛けるようになりました。
しばらくして、チンピラから兄貴分が覚醒剤を所持しているという情報を得た諸星は、たった一人で逮捕状もなしにその家に乗り込み、男と大格闘の末に取り押さえたあと、冷蔵庫の中から覚醒剤と拳銃を見つけました。一挙に大手柄です。
表彰状を手に嬉しそうに村井刑事に報告する諸星。喜んだ村井は諸星にキャバレーのホステス由貴を紹介します。
以来、諸星は由貴と親密になり、暫くした頃、荒っぽい捜査で子分を逮捕されたヤクザの親分から呼び出されました。
諸星が恐る恐るヤクザの事務所へ赴くと、案の定ヤクザの兄貴分・黒岩が待ちかねて恫喝されます。けれども諸星も負けてはいません。
怒鳴り合ううちに気が合った二人は、兄弟の契りをかわし、諸星は黒岩から情報を得るようになりました。
そんなとき、村井刑事が女子中学生に淫行を働いたとして逮捕されました。驚く諸星は、その背後に黒岩の密告があったのではと疑いますが、どうすることも出来ません。
自然と村井刑事の後を継ぐ形で繁華街の顔となり、ヤクザから得た情報を元に手柄を立てていきました。
黒岩からまた新たに1人、山辺太郎というスパイ候補を紹介されます。諸星は、小樽で中古車店を営む太郎の友人でるアクラム・ラシードとともに、ロシアから密輸される拳銃の検挙数をあげる計画を練ります。
おりしも世間では銃の発砲事件などが頻繁に起こり、拳銃の検挙率が注目されるようになっていました。
映画『日本で一番悪い奴ら』の感想と評価
市民の安全を守るのが職務とされる警察。社会にはびこる悪と対峙し、それを根こそぎ撲滅させるべき正義の見方組織のはずなのですが……。どうもそうはいかないようです。
綾野剛演じる、映画『日本で一番悪い奴ら』の主人公・諸星も、そんなアツい気持ちで道警へ配属されます。そこで目にしたものは、自分たちの業績をあげることだけに専念するサラリーマン化した刑事たちの姿でした。
同僚より一つでも多くの“ホシ”をあげれば、賞金がもらえて表彰もされるというシステム。これでは道警一のエースを狙う野心ある者は、どんな手を使ってでものし上がろうと思ってしまいます。
新鋭の諸星が先輩刑事からそのやり方を伝授してもらい、ヤクザとの密着の道を突き進んでいくのも無理はないかなと。
その過程は、坂道を転がり落ちていくようにどんどんスピードアップしたのも納得がいきます。
出世と名誉に弱いのが組織人間であり、それに甘んじてしまう人間の弱さが諸星の辿った道に表れています。
注目すべきは、この映画が実際に警察で起こった「日本警察史上最大の不祥事」事件を題材にしていること。
覚醒剤と拳銃の密輸を裏工作して警察の手柄とします。その秘密がバレそうになれば、下っ端を犠牲にして後は知らんぷり。とんでもなく大きな庇護のもと、不正は堂々とまかり通りました。映画『日本で一番悪い奴ら』での道警の体質は、どこかヤクザ世界と似ています。
諸星演じる綾野の体当たりのワルぶりは圧巻です。中村獅童演じるヤクザ黒岩との初対面の怒鳴り合いは迫力満点でした。殴り合いあり、拷問あり……。でも一番恐ろしかったのは人を簡単に陥れる組織のワナ。
本当のワルは誰か? ワルを戒める手立てはないのか? 今一度考えてみたくなります。
まとめ
脚本家・池上純哉が、「日本警察史上最大の不祥事」といわれる稲葉事件の中心人物である元警部・稲葉圭昭氏が出版した暴露本「恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白」を持ち寄ったことが、この映画の始まりだったそうです。
悪を叩き世を良くするために身を投げようとするうちに、裏社会の底を這いずり回ることになった稲葉氏。その皮肉な生き様が、池上氏と白石監督の共感を呼び起こしました。権力への反発とか社会への訴えとか、原作本にうずまく思いが稲葉氏をモデルとする諸星に反映されているのでしょう。
映画の始まりにも出てくる『日本で一番悪い奴ら』のタイトルロゴ。中央に配置された“桜の代紋”が拳銃で打ち抜かれて映画が始まります。言葉で表すのでなく、こんな場面で示す映画のコンセプトに思わず拍手喝采。