世界最弱サッカーチームが悲願の1ゴールを狙う奇想天外の実話
アカデミー脚色賞を獲得した『ジョジョ・ラビット』(2019)のタイカ・ワイティティ監督による2023年製作の『ネクスト・ゴール・ウィンズ』。
日本では2024年に劇場公開された、世界最弱と評された米領サモアサッカーチームの実話を描いたコメディを、ネタバレ有りで解説致します。
CONTENTS
映画『ネクスト・ゴール・ウィンズ』の作品情報
【日本公開】
2024年(イギリス・アメリカ合作映画)
【原題】
Next Goal Wins
【製作・監督・脚本】
タイカ・ワイティティ
【共同製作】
ジョナサン・カベンディッシュ、ギャレット・バッシュ、マイク・ブレット、スティーブ・ジェイミソン
【製作総指揮】
アンディ・サーキス、ウィル・テナント、キャスリン・ディーン、ジョシュ・マクラグレン
【共同脚本】
イアン・モリス
【撮影】
ラクラン・ミルン
【編集】
ニコラス・モンスール
【キャスト】
マイケル・ファスベンダー、オスカー・ナイトリー、カイマナ、デビッド・フェイン、エリザベス・モス、ビューラ・コアレ、ウィル・アーネット、タイカ・ワイティティ
【作品概要】
『ジョジョ・ラビット』、『マイティ・ソー バトルロイヤル』(2017)のタイカ・ワイティティ監督が、世界最弱と評された米領サモアサッカーチームがワールドカップ予選で起こした実話を映画化。
ワイティティは製作・脚本・出演も兼任しており、チームの軌跡をユーモアを交えて描きます。
チームのコーチとなるトーマス・ロンゲン役を『スティーブ・ジョブズ』(2015)マイケル・ファスベンダー、米領サモアのサッカー協会会長役にオスカー・ナイトリー、ロンゲンの元妻ゲイル役をドラマ「ハンドメイズ・テイル 侍女の物語」(2017〜19)のエリザベス・モスがそれぞれ演じます。
本作は2023年の第36回東京国際映画祭ガラ・セレクションでの日本初上映を経て、翌年2月23日(金)に劇場公開されました。
映画『ネクスト・ゴール・ウィンズ』のあらすじとネタバレ
アメリカ領サモアのサッカー代表チームは、2001年4月に行われたFIFAワールドカップ予選での対オーストラリア戦で0対31という記録的大敗を喫して以降、1ゴールも決められず全敗状態にありました。
そんな折、2014年のW杯ブラジル大会出場を懸けた1次予選が11年11月にサモア(サモア独立国)で行われるに際し、北中米カリブ海サッカー連盟はチームの強化を図るべく新たにコーチを探すことに。白羽の矢が立ったのはトーマス・ロンゲンでした。
現役時は実力に定評はあったものの、短気な性格のロンゲンは、引退してコーチとなるも問題が絶えないトラブルメーカーでした。別居中の妻でサッカー連盟理事のゲイルの命により、仕方なく米領サモアに赴くことにしたロンゲン。
現地に到着した彼を、米領サモアサッカー連盟会長兼テレビカメラマンのタビタ、前コーチのエース、そしてタビタの息子ダルを含むチームメンバーらが出迎えます。タビタは、「チームにはゴールを決められないという呪いがかけられており、1ゴールさえ決めればそれが解かれる」とロンゲンに大きな期待を寄せるも、ダルは彼が白人という理由で不信感を抱くのでした。
古びた宿舎に過ごすこととなったロンゲンは、携帯の電波が悪い環境ながらも、娘の留守電メッセージを繰り返し聞きます。
練習初日、ロンゲンはチームのスキルをチェックするもレベルの低さに呆れ、買い物を頼んだ少年にコーチを託す始末。そこへ選手の1人で、現地ではファファフィネ(第3の性)と呼ばれるトランスジェンダーのジャイヤ・サエルアが遅れて合流します。
ある日、コーチングをサボってビーチにいたロンゲンに缶拾いをする老婆が近づき、アルミ缶をサッカー選手に喩え、空き缶同様に彼らもリサイクルが可能だと説きます。実は女性はタビタの妻で、老婆に扮してタビタの言うとおりのアドバイスをしたのでした。
のんびりと温厚な性格揃いな選手たちのペースに戸惑うも、ロンゲンは彼らを基礎から鍛え直すことにします。
練習試合をすることとなった米領サモアチームは、試合前にシヴァタウ(ウォークライ)をして臨むも、またもや1ゴールも決められず敗退。
イライラが募るロンゲンは、練習に身が入っていないジャイヤに本名で呼びかけて揉みあいに。練習は中止となり、家で娘からの溜まった留守電メッセージを聞くロンゲンは、ゲイルにコーチを降りると連絡するも、思い止まるよう説得されます。
その後、食事をしに行ったレストランはタバタが経営者で、ダルやジャイヤらも働いていました。さまざまな食材を混ぜて作ったマリネを喩えに、さまざまな選手が1つになることで味が出るとロンゲンに説くタバタ。
後日、マリネを持って宿舎を訪れたジャイヤに詫びを入れたロンゲンは、彼女のトランスジェンダーとして生きていくことへの将来の不安を聞いた後、0対31で大敗した対オーストラリア戦のビデオを一緒に観ることに。ビデオを観ながらロンゲンは、31ゴールを許してしまったキーパーのニッキー・サラプに注目します。
チームを強くするには新戦力が必要としてスカウトに動くロンゲンとジャイヤ。キックコントロールがいい警官ピサや足の速い若者など、目についた島民たちを次々抜擢していくも、現役引退後にスーパーの店員をしていたニッキーには復帰を断られます。
ロンゲンによる映画『ベスト・キッド』のミヤギばりの練習カリキュラムで、精神的にも身体的にもスキルを上げた選手たちは、W杯オセアニア1次予選のトンガ戦が行われるサモアへと向かうのでした。
予選前日、サモアにて行われた歓迎パーティで、サッカー連盟理事のゲイルら元同僚と再会するロンゲン。米領サモアチームのレベルの低さを同僚たちに言われたロンゲンは反論します。
ダルの信頼を得るようになっていたロンゲンはジャイヤを司令塔に指名。そこへ汚名返上とばかりにニッキーも合流し、いよいよ予選当日を迎えるのでした。
『ネクスト・ゴール・ウィンズ』の感想と評価
ワケあり監督率いる世界最弱サッカーチームのワンスアゲイン
2001年のワールドカップ予選において、史上最悪の0-31の大敗を喫してしまったアメリカ領サモアチーム。弱小かつ“負け犬”な選手たちが、悲願の初勝利ならぬ1ゴールを目標にするという実話を描いた本作『ネクスト・ゴール・ウィンズ』は、スポーツドラマ映画の雛形にして王道を行く内容です。
チームの軌跡に密着したドキュメンタリー映画『ネクスト・ゴール! 世界最弱のサッカー代表チーム 0対31からの挑戦』(2014)では、監督のトーマス・ロンゲン、トランスジェンダーのジャイヤ・サエルア、そしてキーパーのニッキー・サラプら各選手に焦点を当てており、本作もそれを参考にした節があります。
ロンゲン監督を実在の人物よりも激昂的かつエキセントリックな性格に変え、さらにワケありな事情を設けたのも、負け犬チームが一丸となってワンスアゲインに挑むという分かりやすい構図にするため。フィクションとして“盛った”箇所に関しては好みが分かれるでしょうが、ウェルメイドで観やすい作品となっています。
『ネクスト・ゴール!世界最弱のサッカー代表チーム 0対31からの挑戦』(2014)
「楽」をもって「苦」を制すタイカ・ワイティティ監督
「日曜に働くことは大罪」、「“24/7”とは24日のうち7日しか働かないこと」など、のんびりとおおらかな文化で暮らす米国領サモア民。そんな、「自分を否定しない」がポリシーの彼らを象徴しているのが、トランスジェンダーのジャイヤです。
現地ではファファフィネ(第3の性)として認知されているジャイヤは、過去の哀しい出来事で自暴自棄になっていたロンゲンの合わせ鏡となっていくのですが、こうしたジェンダーダイバーシティの存在意義は、脚本も手がけたタイカ・ワイティティ監督ならではと言えます。
ディズニーアニメ『モアナと伝説の海』(2016)で彼が書いた初稿脚本には、完成した最終稿よりも性自認に関する描写が色濃かったと云われていますし、MCU初監督作『マイティ・ソー バトルロイヤル』に登場する戦士ヴァルキリーを原作どおりバイセクシャルにする予定でした(この設定は続編『ソー:ラブ&サンダー』で公となる)。
『ジョジョ・ラビット』のナチス将校であるクレンツェンドルフ大尉自身が、ナチスが迫害対象にしていたゲイだったというのも、ジェンダーダイバーシティを疎かにしないワイティティのこだわりでしょう。
そしてもう1つ、本作でワイティティらしさにあふれているのが「楽」の描写。
「サッカーを遊び(ゲーム)としか考えていない」選手たちを、「苦」をもって厳しく強くしようとしたロンゲンは、別居中の妻ゲイルに「サッカーはゲームする(遊ぶ)ものよ」と諭されたことで、練習に「楽しさ」を取り入れていきます。
迎えたW杯1次予選のトンガ戦では、得点を許されるという「苦」に遭いまたも自暴自棄になるも、米領サモアサッカー連盟会長のタバタに「勝つことがすべてではない」と説かれて覚醒。「サッカーとは戦争、殺し合い」という考えを捨て、「サッカーは遊ぶもの。勝ちたいのなら、楽しめばいい」と選手に「楽」しくプレイさせることで、ついに悲願を達成するのです。
「楽」をもって「苦」を制すのも一連のワイティティ作品に通底します。『マイティ・ソー バトルロイヤル』では、「苦」境に立たされるも覚醒したソーが、レッド・ツェッペリンの「移民の歌」に合わせてハチャメチャかつノリノリに暴れます。
アカデミー脚色賞を獲得した『ジョジョ・ラビット』では、原作には登場しなかった「苦」の象徴ヒットラーを、「楽」しいイマジナリーフレンドとして登場させたことで、ナチスの愚かさを痛烈に皮肉りました。
「楽」に特化した作家性が、時として物議を醸すこともあるワイティティですが、マオリ族がルーツの父の血を引き、自ら「ポリネシア系ユダヤ人」と名乗るそのポリシーは、ゆるぎないものとなっています。
米領サモアチームが初ゴール&初勝利したW杯オセアニア1次予選トンガ戦(2011)
まとめ
本作は、米領サモアチームが初勝利するまでの軌跡を、ワイティティ扮する司祭が寓話的に語っていくという手法を取っています。確かに31点という得点差を付けられた弱小チームが存在したという事自体が、作り話に思えなくもありません。
しかし、これは寓話でも作り話でもなくすべて事実ですし、本選にはいまだ未出場ながらも、彼らのサッカースキルが着実に上がっているのもこれまた事実。
結末に関して、「『楽しさ』だけで試合に勝てるのか?」と納得できない方もいるでしょう。でも、ベタなギャグ演出や作品全体に漂うゆる~いテイストの前では、そんな細かいツッコミは野暮というもの。
『クール・ランニング』(1993)で一躍注目を浴びたボブスレーのジャマイカ代表チームのように、米領サモアサッカーチームの今後に刮目してみるのも面白いかも…もし興味があれば、ドキュメンタリーの『ネクスト・ゴール!世界最弱のサッカー代表チーム 0対31からの挑戦』も併せてチェックしてはいかがでしょうか。