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Entry 2017/04/03
Update

映画『ムーンライト』あらすじネタバレ感想とラスト結末の解説。アカデミー作品賞&助演男優賞ほか受賞の名作

  • Writer :
  • 馬渕一平
  • リョータ

アカデミー賞史上最も稀にみる珍事に見舞われた末、見事作品賞を受賞!

“映画史に刻まれる、最も純粋で美しい、愛の物語”とも称された『ムーンライト』をご紹介します。

映画『ムーンライト』の作品情報

【公開】
2016年(アメリカ)

【原題】
Moonlight

【監督】
バリー・ジェンキンス

【キャスト】
トレヴァンテ・ローズ、アンドレ・ホランド、ナオミ・ハリス、ジャネール・モネイ、マハーシャラ・アリ、パトリック・デシル、アシュトン・サンダース、ジャハール・ジェローム、アレックス・ヒバート、ジェイデン・パイナー

【作品概要】
劇作家のタレル・アルバン・マクレイニーの戯曲『In Moonlight Black Boys Look Blue』を基に、監督のバリー・ジェンキンスとマクレイニーが脚本に仕上げ、シャロンという人物の半生を描いた異色のラブストーリー。

第89回(2017)アカデミー賞、作品賞、助演男優賞(マハーシャラ・アリ)、脚色賞受賞。以下ノミネート:監督賞(バリー・ジェンキンス)、助演女優賞(ナオミ・ハリス)、編集賞(ナット・サンダース、ジョイ・マクミロン)。

第74回(2017)ゴールデン・グローブ賞ドラマ部門作品賞受賞。以下ノミネート:監督賞(バリー・ジェンキンス)、助演男優賞(マハーシャラ・アリ)、助演女優賞(ナオミ・ハリス)、脚本賞(バリー・ジェンキンス)、作曲賞(ニコラス・ブリテル)。

第70回(2017)英国アカデミー賞作品賞・助演男優賞(マハーシャラ・アリ)、助演女優賞(ナオミ・ハリス)、オリジナル脚本賞ノミネート。

映画『ムーンライト』のキャスト一覧

シャロン(成人) / トレヴァンテ・ローズ

アメリカ・ルイジアナ州の俳優トレヴァンテ・ローズは、元々短距離走の選手をしていた頃にスカウトされて俳優となったんだそうです。

テレビシリーズの『ギャング・イン・LA』(2014)、ナチョ・ビガロンド監督作でイライジャ・ウッド主演の映画『ブラック・ハッカー』(2014)などということで、日本は元より本国アメリカの方でもそれほどの知名度がある役者ではないようです。

しかし、本作『ムーンライト』効果もあってか、2017年にはNetflixの映画『Burning Sands』で主演を務め、同年公開予定(日本では未定)のテレンス・マリック監督によるスタイリッシュな音楽映画『Song to Song』にも出演しているということで、一躍その名を世界に知らしめました。

『ムーンライト』で彼が演じているのは、大人になった主人公のシャロン。いじめられていた幼少期を経て、今では“ブラック”という通り名のヤクの売人になっているという役柄なのだとか。

そんなシャロンの心の片隅にいつもいたのは、親友のケヴィン。彼に対する複雑な思いを抱えたシャロンの心の動きをトレヴァンテ・ローズがどう演じているのかに注目です!

ケヴィン(成人) / アンドレ・ホランド

ブライアン・ヘルゲランド監督の『42 ~世界を変えた男~』(2013)でウェンデル・スミス役として出演している印象が強く残っているアンドレ・ホランド。

その後、エイヴァ・デュヴァーネイ監督の歴史映画『グローリー/明日への行進』(2014)、スティーブン・ソダーバーグ監督によるテレビドラマ『The Knick/ザ・ニック』(シーズン1、2)にも出演するなど、徐々にその地位を確立しつつあります。

『ムーンライト』で彼が演じるのは、シャロンの親友のケヴィン。“リトル”というあだ名でからかわれていたシャロンに“ブラック”という名を付けたのがケヴィンのようですね。

シャロンへの(絶対に秘密の)淡い恋心を抱きながらも、周りに流されて彼を痛めつけざるを得なくなったティーンエイジャー期を経て、大人になったケヴィンがシャロンに突然電話で「会いたい」と告げる訳ですが…この辺りの微妙な内面をどういった表情で見せてくれるのかが注目すべきところでしょう!

ポーラ / ナオミ・ハリス

イギリス・ロンドン出身の女優ナオミ・ハリスが一躍脚光を浴びたのは、ダニー・ボイル監督のゾンビ(正確に言うとウイルス感染者)映画『28日後…』(2002)のヒロイン・セリーナ役でしょう。

その後、『ダイヤモンド・イン・パラダイス』(2004)や『パイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』(2006)、『マイアミ・バイス』(2006)など数々の話題作に出演。

近年ではダニエル・クレイグ版の007シリーズ(『スカイフォール』と『スペクター』)でイヴ役(マネー・ペニー)を演じたり、『マンデラ 自由への長い道』でのマンデラの妻ウィニー役などで高い評価を得ていますね。

『ムーンライト』での彼女の役どころは、シャロンの母・ポーラ。薬物中毒者で幼少期のシャロンに虐待を加えるという鬼気迫る演技で、アカデミー賞やゴールデングローブ賞、英国アカデミー賞でそれぞれノミネートされる(受賞には至らず)という快挙を達成。

注目すべきは、若い頃から年老いた様子のポーラをどう演じ分けているのかという点でしょうか。微妙な表情の変化などを捉えてみると面白そうですね。

テレサ / ジャネール・モネイ

女優というよりも歌手として世界的に有名なジャネール・モネイ。

2007年に発表された彼女にとって最初のソロアルバム『Metropolis』(及び『Metropolis: The Chase Suite (Special Edition)』)は、グラミー賞にノミネートされるほどの高い評価を受けました。

2010年にはフリッツ・ラング監督の『メトロポリス』(1927)に着想を得たと言われている(ヴィジュアル面で)、アルバム『The ArchAndroid』を発表し、再びグラミー賞にノミネートされるなど、その地位を確立。

女優としては、『ムーンライト』と同じ2016年にアメリカで公開され、大ヒットなっているセオドア・メルフィ監督の映画『Hidden Figures』(日本公開未定)にも出演しているということで、近年ではその活躍の場を広げつつあるようですね。

そんなジャネール・モネイが『ムーンライト』で演じるのは、キューバ人のヤクの売人であるホアンのガールフレンド・テレサ。フアンと共に幼少期・青年期のシャロンの人格形成において重要な鍵を握っているだけに、要注目です!

フアン / マハーシャラ・アリ

おそらく今作で最も知名度を上げたであろう人物が、マハーシャラ・アリでしょう。アカデミー賞で最優秀助演男優賞や第82回ニューヨーク映画批評家協会賞・助演男優賞に輝くなど、その演技力は最高の評価を受けています。

マハーシャラ・アリは、元々テレビドラマには2001年頃から度々出演していており、例えば『4400 未知からの生還者』や『ハウス・オブ・カード 野望の階段』などが挙げられます。

ドラマ界ではある程度の地位を築いていたものの、映画デビューは割と最近(2008年デヴィッド・フィンチャー監督の『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』)と比較的遅めですね。

その後は、デレク・シアンフランス監督作『プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命』(2012)のコフィ役、『ハンガー・ゲーム』シリーズのボッグズ大佐役など着実にステップアップを重ねて、本作『ムーンライト』に至るという道のりでした。

彼が演じるのは、幼少期のシャロンの心の師のような存在であるフアン。キューバ人でヤクの売人のフアンは、後々シャロンの母・ポーラに薬物を売っていたことがシャロンに悟られるわけですが、その時の彼の心境の微妙な揺れ動きやシャロンにどんな感情を抱いているのか、という点に注目すべきだと思います。

映画『ムーンライト』の監督紹介


(C)2016 A24 Distribution, LLC

映画『ムーンライト』の監督は、1979年11月19日生まれ、フロリダ州マイアミ出身のバリー・ジェンキンスです。

2003年、フロリダ州立大学カレッジ・オブ・モーション・ピクチャー・アーツを卒業後、2005年のダニエル・マーティン監督、ハル・ベリー主演の映画『彼らの目は神を見ていた』で監督助手を務めたことがキャリアのスタートのよう。

その後、長編デビューとなった『Medicine for Melancholy』は様々な映画祭で好評を集め、インディペンデント・スピリット・アワードで初長編作品賞など3部門にノミネートされるなど高評価を得ました。

さらに『LOST』の製作総指揮を務めたデイモン・リンデロフが企画した『LEFTOVERS 残された世界』に脚本家として参加したのを経て、本作『ムーンライト』に至ります。

アカデミー賞史に残る珍事には見舞われました(むしろ記憶に残る)が、見事作品賞を受賞した『ムーンライト』がなんとバリー・ジェンキンスにとっての長編2作目だったというのですから驚きもひとしおですね!

こうして彼のキャリアを振り帰ってみると、『SHAME -シェイム-』(2011)や『それでも夜は明ける』(2013)でおなじみのスティーブ・マックイーン監督を彷彿とさせるようなキャリアの辿り方をしているように思えます。(長編3作目となる黒人奴隷を題材とした『それでも夜は明ける』で第86回アカデミー作品賞を受賞)

調べてみると、どうやら「プランBエンターテインメント」(以下「プランB」)という映画制作会社でジェンキンスとマックイーンは繋がりがあるようですね。(ちなみに「プランB」の代表に名を連ねるのはブラッド・ピットやジェニファー・アニストン)

マックイーンの『それでも夜は明ける』もこの制作会社(その他にも様々に絡んではいるが)の手によるもので、2013年のテルライド映画祭で同作のプレミア上映後の質疑応答のためにスティーブ・マックイーンと共に登壇したのがバリー・ジェンキンスだったのだそう。

この映画祭の際に「プランB」のプロデューサー(ジェレミー・クライナーとデデ・ガードナー)と話したことで本作『ムーンライト』の製作に至ったという流れになってということで、その出会いが無かったらこの傑作はどうなっていたのかと少し考えてしまいますね。

アカデミー作品賞の受賞に関しては、初のLGBTテーマ作品の受賞ということも同時に話題となっており、なぜか『ブロークバック・マウンテン』が成しえなかった快挙(大きな力が働いたとしか思えないと感じたのは私だけでしょうか…)達成ということで、マイノリティの中のさらにマイノリティの存在にスポットを当てたバリー・ジェンキンスの勇気と実行力に改めて拍手を送りたいと思います!

映画『ムーンライト』のあらすじ


(C)2016 A24 Distribution, LLC

リトル 月明りで、おまえはブルーに輝く

学校で“リトル”というあだ名でからかわれている少年シャロン。内気な性格もあってか常にいじめられる存在でした。

ある日、いつものようにいじめっ子たちから逃れ、廃墟で隠れていると、偶然その場に居合わせたヤクの売人であるフアンに助けられます。

話し掛けても何の反応も示さないシャロンに困り果てたフアンは、ガールフレンドのテレサの家に連れ帰ることにしました。

夕食をご馳走になり、一晩泊まっていくことを許さされたシャロンは、徐々に彼らに心を開き始めます。翌朝、彼は自宅へと送り返されますが、彼を待っていたのはシャロンに辛く当たる母親・ポーラ。

そんな行き場のないシャロンにとっての唯一心が許せるのはクラスメートのケヴィンただ一人。フアンはそんなシャロンの孤独を感じ、常々彼のことを気に掛けるようになります。

数日後、フアンに連れられて海へと泳ぎに行った際「自分の道は自分で決めろよ。周りに決めさせるな」と諭され、次第にシャロンはフアンのことを父親のような存在だと思うようになりました。

そんなことがあってからしばらくして、自分の客の一人がポーラとヤクを嗜んでいることに気付いたフアン。

その翌朝、フアンが結果として母にヤクを売っていたと知ったシャロンは、フアンと諍いを起こし、立ち去っていきます。

シャロン 泣きすぎて、自分が水滴になりそうだ。

高校生になっても相変わらずいじめられる毎日を過ごしていたシャロン。ケヴィンとは仲良くしていたもの、テレルといういじめっ子から常々狙われていました。

母親のポーラも薬物依存に陥り、酩酊状態になることもしばしば。さらには、ヤク欲しさに身体を売るようになるまで身を落としていたのです。

フアンはすでに亡くなっていたものの、テレサとの関係は続いており、「うちのルールは愛と自信を持つこと」と以前と変わらない愛情で迎えてくれていました。

ある夜、シャロンがいつものようにいじめられて泣きながら浜辺へ向かうと、偶然ケヴィンもやって来ます。

夢で見るほどケヴィンに惹かれていたシャロンは、マリファナや酒で酔った勢いもあってか、ケヴィンと口づけを交わし、お互いの心と身体に触れ合いました。

翌朝、シャロンを待っていたのは執拗なテレルからのいじめでした。しかし、今度は様子が違いケヴィンも参加させられていたのです。

シャロンを殴れという命令に嫌々ながらも従ったケヴィン。彼が何度も何度も殴ってもシャロンは倒れません。そして、その後シャロンの中で何かが爆発したのでした…。

ブラック あの夜のことを、今でもずっと、覚えている。

高校時代の事件からすっかり人が変わってしまったシャロン。以前の弱い自分から脱却しようと、身体を鍛え上げ、“ブラック”という通り名のヤクの売人として知られる存在になっていました。

ある夜、思いがけない人から電話が掛かってきます。ケヴィンでした。

マイアミで料理人としてダイナーで働いているそうで、シャロンに風貌が似た客が掛けたある曲を聴いて、ふと思い出したのだとか。

当時のことは思い出さないように頭の片隅に封印していたシャロンは動揺を隠せません。

翌日、複雑な思いに苛まれながらも、ケヴィンと再会することにしたシャロン。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには『ムーンライト』ネタバレ・結末の記載がございます。『ムーンライト』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。
ケヴィンの元に向かう前に、かつて麻薬中毒者だった母親・ポーラがいる更生施設を訪ねたシャロン。そこで、すっかり年老いてしまった母親から愛情を注いであげられなかったことへの謝罪と、シャロンへの強い愛を聞かされます。シャロンはその言葉に思わず涙を流します。長い年月をかけて、抱えていた苦しみからようやく開放された瞬間でした。

その夜、シャロンは身だしなみを整え、ケヴィンのいるダイナーに向かいます。店に入り、ひと目でケヴィンに気付いたシャロンは、席に座り彼が来るのを待ちます。注文を取りにやってきたケヴィンも一目見て、シャロンと気付きました。

シャロンはケヴィンの作った料理を食べ、二人で赤ワインを飲みながらお互いの話をします。ケヴィンが一度結婚していて子どもがいること、シャロンが売人をやっていることに対して否定的な反応を見せたことにシャロンは苛立ちます。彼はなぜケヴィンが自分をわざわざ呼んだのかが知りたかったのです。

そこで、ケヴィンはその想いを明かす曲をジュークボックスでかけます。バーバラ・ルイスの「ハロー・ストレンジャー」が流れる中、二人の間に言葉はもう必要ありませんでした。

シャロンは車でケヴィンを家まで送ります。ケヴィンの家に入る途中で浜辺への道を見つけ、あの夜のことをシャロンは思い出します。家に入り他愛のない会話をしながら、ふとシャロンは心の奥底に隠し続けてきた想いをうつむきながら、それでも勇気を出してケヴィンについに打ち明けます。

それは、あの海辺での夜以来、シャロンの体にはケヴィン以外の誰も触れたことがないということでした。

シャロンの想いを受け取ったケヴィンは、あの夜のように再びシャロンに寄り添いました。

映画『ムーンライト』感想と評価


(C)2016 A24 Distribution, LLC

アカデミー賞でのまさかの出来事が大きな話題となった本作ですが、その大逆転も納得の重要な一本です。

まずキャストに関してですが、内在する繊細さや弱さを表す目で選んだという主役・シャロンを演じた少年時代・青年時代・大人時代の3人のキャスティングの確かさ。スケジュールの都合で、わずか3日という超短期間で母親役・ポーラを演じ切ったナオミ・ハリスの素晴らしさ。

そして、やはりなんといってもアカデミー賞助演男優賞を獲得したフアン役・マハーシャラ・アリでしょう。彼のあの口をすぼめた名演、いや舌の演技と言うべきでしょうか。説明などほとんどなしで、あのフアンという男の持つ温かみを最大限に表現しきっています。詳しい理由は明かされませんが、おそらくセリフの中で出てきた縄張り争いの関係で亡くなってしまったため、第一章にしか登場していないわけですが、その不在感の大きさが彼の存在を際立てています。

続いて、この映画は細かい部分で個人的にいいなと思うシーンがいくつかあるのでご紹介しましょう。まず、冒頭の麻薬中毒者の男とフアンたちのやり取りが、第二章での母親とシャロンとのやり取りと重なるように作られているところ。これによって我々もシャロン同様こりゃもうダメだと絶望させられるわけですね。次に、第二章で家を追い出されたシャロンがテレサの家に泊めてもらうシーンで、ベッドメイキングの話をしながらテレサが「なにか足りないものはない?」とシャロンに聞きます。そこで流れるしばしの沈黙が、二人にとって大きすぎるフアンの不在を物語っています。非常にスマートです。

3つ目は、第二章でのシャロンとケヴィンとのシーンでの右手の意味です。この映画の核を担っている海辺でのシーン。シャロンはケヴィンの右手でしてもらいます。その後、車で送ってもらい別れる時に、やはり右手で握手を交わします。シャロンの目線からも分かるようにそのケヴィンの右手というのはとても大切なものなんですが、翌日まさにそのケヴィンの右手によってシャロンは打ちのめされるわけです。この想像もできない絶望たるや。本当に見事な一連の繋げ方だと思います。

そして、私が一番書きたいのは、Twitterなどで『ムーンライト』と検索すると出てくる“気持ち悪い”というワードについてです。こういう感想の相違からこの映画の持つ本質の部分について、観た人が考えるきっかけになればアカデミー作品賞を受賞した一番の意味があると思います。

私個人がこの『ムーンライト』という作品を観て感じたものは、黒人やゲイといったマイノリティについて描きながら、自分が何者であるかというアイデンティティを問う普遍的な物語であるということ。ほとんどの日本人がそうだと思いますが、「私は黒人じゃないから、ゲイじゃないから、そういう知り合いすらいないし、差別も受けたことないし、そんな人はまったく身近じゃないの」という人ですらまるごと包括してしまう奥深さをこの作品は持っています。本当に強い人(人間的な意味で)がこの映画を理解することは難しいとは思いますが、一度の後悔や嘘もなく自分の人生を生きている人が今の日本に多いとは私は思えません。

母親や友達にさえ否定され続けてきた繊細なシャロンがやっと出会えた父親のような存在のフアン。それすらも失った時に、忘れられない一夜を共にした運命の人ケヴィン。そのケヴィンすら失い、筋肉という鎧で自分の心を隠し通して孤独に生き続けてきたシャロン。本当に悲しい人生を歩んできた男が、やっとのことで打ち明けたある一つの想い。それをまたあの頃のように受け止めてもらえるラスト。この悲しき一人の男の魂が救われる話を、“気持ち悪い”のたった一言で片付けてしまうのはその人間を全否定することと同じであり、非常に乱暴です。私はこの映画は、比較にも出される『ブロークバック・マウンテン』同様、とても純粋な愛の物語であると思っています。

自尊感情の低い主人公から思い出したのが、昨年大ヒットしたTVドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』です。あのドラマの平匡さんもシャロン同様、自尊感情が低い、つまり自分を肯定することが出来ず自信を持てないキャラクターでした。状況の切迫度や作品トーンはまったく違いますが、この両作には通じるものがあると思います。あの平匡さんの人生を“気持ち悪い”という言葉で表現できるでしょうか。もちろん演じているのは『逃げ恥』がチャーミングな星野源とかわいいガッキーで、『ムーンライト』がまったく馴染みのない黒人の俳優の二人という違いはありますが。例に挙げたのはいささか飛躍した個人的な見方ですが、こういった置き換えは自由なんです。それが映画の面白いところだと思います。

アカデミー賞受賞作品だから観に行こうという映画好きの方々には、もっと本質の部分を観ていただきたいです。表層的な部分で理解した気になって、上から目線で否定をしたがるのは私もよくやってしまうことですが、それは差別発言となんら変わりません。非常に考えさせられる一本であり、今の時代に観るべき作品です。

まとめ


(C)2016 A24 Distribution, LLC

様々な賞レースを席巻し、タイム誌やNYタイムズ、ワシントン・ポストなど主要メディアがこぞって大絶賛を贈る『ムーンライト』。

物語自体の抒情的な美しさに加えて、圧倒的な映像美を誇る本作はニコラス・ブリテルの手による音楽の美しさも際立っています。

すでに『オリジナル・サウンドトラック ムーンライト』というタイトルで日本発売が2017年4月7日(金)に決定しているとのこと。今後ますます広がりが見えそうですね。

そんな大注目の『ムーンライト』は2017年3月31日(金)、TOHOシネマズシャンテ他にて公開開始です!ぜひ劇場でこの美しい物語を体感してください!

リリース情報:オリジナル・サウンドトラック「ムーンライト」(国内盤)

2017年4月7日(金)発売予定RBCP-3186 2,400円+税
<トラックリスト>
1. Every N****r Is a Star by Boris Gardner
2. Little’s Theme
3. Ride Home
4. Vesperae Solennes de Confessore – Laudate Dominum, K. 339
5. The Middle of the World
6. The Spot
7. Interlude
8. Chiron’s Theme
9. MetroRail Closing
10. Chiron’s Theme Chopped & Screwed(Knock Down Stay Down)
11. You Don’t Even Know
12. Don’t Look at Me
13. Cell Therapy by Goodie Mob
14. Atlanta Ain’t but So Big
15. Sweet Dreams
16. Chef’s Special
17. Hello Stranger by Barbara Lewis
18. Black’s Theme
19. Who Is You
20. End Credits Suite
21. The Culmination (Bonus Track)

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