映画『漫画誕生』は、2019年11月30日(土)より渋谷・ユーロスペースほかにて、全国順次公開。
西洋漫画の手法を学んで風刺画を「近代漫画の祖」として確立しただけでなく、明治から昭和にわたり活躍した北沢楽天。
その楽天役には、実力のベテラン俳優イッセー尾形が演じ、共演に楽天の妻いの役の篠原ともえ、福沢諭吉役のモロ師岡らが華を添えています。
演出は本作が長編2作目となる大木萠監督。また、主人公の楽天の描いた作風は、後に手塚治虫や長谷川町子などにも影響を与え、職業としての、漫画家の仕組みを作りました。
北沢楽天の知られざる生涯に迫った映画『漫画誕生』をご紹介します。
CONTENTS
映画『漫画誕生』の作品情報
【公開】
2019年公開(日本映画)
【原案】
あらい太朗
【監督・脚本】
大木萠
【共同脚本】
若木康輔
【製作統括】
梁川信二
【キャスト】
イッセー尾形、篠原ともえ、稲荷卓央、橋爪遼、モロ師岡、とみやまあゆみ、森田哲矢、東ブクロ、吉岡睦雄、芹澤興人、中村無何有、櫻井拓也、江刺家伸雄、祁答院雄貴、安藤瑠一、藤原隆介、南羽翔平、緒方賢一、瓜生真之助
【作品概要】
明治、大正、昭和という変わりゆく時代の中で「漫画家」として活躍した北沢楽天。
彼の生涯を、2017年の『沈黙 -サイレンス-』などにも出演し、世界的にも評価の高い「一人芝居の第一人者」イッセー尾形主演で映画化。
北沢楽天の妻、北沢いのを篠原ともえが演じ、20代~50代の幅広い年齢のいのを、見事に演じ分けています。
監督は、2013年の映画『花火思想』に続き、本作が長編2作目となる大木萠。
映画『漫画誕生』あらすじ
昭和18年、漫画家が国策を応援して協力する団体「日本漫画奉公会」が設立され、結成式で北沢楽天が会長として挨拶をします。
北沢楽天は、漫画家を職業として確立し「近代漫画の祖」と呼ばれた人物です。
しかし、新たな才能が次々と生まれた事により「北沢楽天は過去の人」という風潮が生まれますが、楽天は受け入れる事ができず、酒の席で、若い漫画家たちと口論になります。
ある日、内務省の検閲課に呼ばれた楽天は、検閲官の古賀に「漫画を教えてほしい」と頼まれ、自身の過去を少しづつ語り始めます。
父親の影響で、絵を描くことに目覚めた楽天は、その才能を福沢諭吉にも認められ、時事新報社に入社し絵画記者として働き始めます。
この時から楽天は、北斎漫画をヒントに、独自に「漫画」という表現技法を確立させようとしていました。
楽天は「田吾作と杢兵衛の東京見物」シリーズなどで、同じ登場人物を何度も使い、読者にキャラクターを定着させるという方法を考え、次第に「漫画」という表現方法を確立させていきます。
売れっ子になった楽天ですが、当時、大阪で「滑稽新聞」を発行し、権力の腐敗を追求していたジャーナリスト、宮武外骨と出会います。
楽天の漫画を「器用な商売絵」と評した宮武は「好きな事を描け」と楽天に言い残し、去って行きます。
宮武の言葉に触発された楽天は、大判漫画誌「東京パック」に、風刺漫画を掲載するようになります。
自身の過去と向き合い、失われていた漫画への情熱を取り戻していく楽天ですが、古賀の追求は更に激しくなっていき…。
映画『漫画誕生』感想と評価
過去と現在で見せる「漫画誕生」の秘密
印税契約や定期連載、漫画家のプロダクション化など、現在に通じる「漫画家」の礎を築き、後世に多大な影響を与えた北沢楽天。
『漫画誕生』では、日本に漫画が定着するまでを、橋爪遼が演じる青年時代の楽天と、イッセー尾形が演じる大御所となった楽天、2つの視点で描いています。
青年時代の楽天は、当時「ポンチ絵」と呼ばれ浮世絵の一種だった風刺画を、「漫画」として認知させていきます。
「漫画」というスタイルを確立させた楽天が、反権力主義のジャーナリストである、宮武外骨の発行した「滑稽新聞」に触発され、出版人の中村弥次郎と共に風刺漫画雑誌「東京パック」を発行するなど、漫画としての表現を確立させていく物語でもあり、この辺りの人間関係などを事前に知っておいた方が、作品をより楽しめます。
大御所となった楽天の物語は、青年期とは一転して、自身が確立した表現にこだわるあまり、若い漫画家たちの新たな表現を受け付けないのですが、ある出来事により、表現者として1つの決断を下すまでが描かれています。
漫画の誕生と発展に大きく携わった「漫画家」北沢楽天の人生、それが『漫画誕生』という作品です。
「表現の自由」と「表現者」
『漫画誕生』は、漫画の発展と切っても切り離せない「表現の自由」を描いた作品でもあります。
大御所となった楽天の物語は、第二次世界大戦中に「漫画」の表現を問題視する、検閲官の古賀とのやりとりで進行していきます。
楽天は、前述したように、若い漫画家たちの新たな表現を受け付けない、時代遅れの漫画家になってしまっています。
対する古賀は、漫画に一切の理解を示しておらず、「漫画の祖」でもある楽天に、漫画を教えてもらおうとします。
漫画を知り尽くしているはずの楽天が、漫画の事を少しづつ理解してきた古賀に、鋭い質問をされて戸惑う「立場が逆転する」様子は、1994年の映画『ブロードウェイと銃弾』の、演劇に強いこだわりを持つ劇作家と、演劇の事は何も知らないマフィアとのやりとりを彷彿とさせ、シリアスな中にも、ユーモラスな雰囲気を出しており、見応えのある場面となっています。
そして、古賀とのやりとりは、楽天にとって、とても残酷な現実を見せつけられる結果となります。
大御所となり、商業的にも成功した楽天が失ってしまった大切なモノ。
それが、本作終盤の、物語の主軸となります。
現在の漫画にも受け継がれている楽天のキャラクターたち
北沢楽天は、アメリカの風刺画を参考に、数々のキャラクターを作り出してきました。
楽天が生み出したキャラクターも、『漫画誕生』に登場しますので、ご紹介します。
杢兵衛(もくべえ)と田吾作(たごさく)
明治時代の、弥次さん喜多さんをイメージした、田舎者のキャラクター。
東京見物に来ますが、近代化した街並みに戸惑い、失敗を繰り返していきます。
本作でも、作品の1つが紹介されます。
茶目
江戸の笑劇「花暦八笑人」の登場人物から名前が付けられた、いたずらっ子。
現在でも子供っぽい人などを「お茶目」と言いますが、その語源になった「茶目る」という言葉が生まれるほど、大人気となりました。
とんだはね子
「少女漫画」の最初となる、お転婆な女の子。
誰もいない電車の中で、吊り輪を使って遊んでいる所を、切符を確認しに来た車掌に見られて恥ずかしい思いをするなど、そのキャラクターは「サザエさん」に通ずる部分があります。
他にも、映画には登場しませんが、無力で意思の弱い政治家なのに、先祖のお陰で失職しない権力者の「石野伯爵」。
成功した事が無く、口癖が「金は無し」の自称起業家「金輪梨郎」など、現在の漫画に登場しても違和感の無いキャラクターが多く、楽天の、人間の本質を見抜く観察力を感じます。
まとめ
本作では大御所となり、若い漫画家たちの壁になろうとしていた北沢楽天を、イッセー尾形がユーモラスに演じています。
特にラストシーンで、ある本を手に取り、自身の中で決定的な「何か」を感じた楽天の表情が絶妙で、楽天の生涯を描いた本作において「これしかない」と思わせるような締めくくりになっています。
職業としての漫画家の仕組みを作った北沢楽天。
ですが、北沢楽天は誰でも知っている人物とは言えず、その生涯に迫った本作は、かなりユニークな視点の作品と言えます。
今や世界に誇る、日本文化とも言える漫画の原点に、映画『漫画誕生』を通して触れてみてはいかがでしょうか。
映画『漫画誕生』は、2019年11月30日(土)より渋谷・ユーロスペースほかにて、全国順次公開。
2020年6月1日(月)よりMOVIXさいたまにて再上映決定。