映画『ロング,ロングバケーション』は1月26日より全国順次公開しています。
かつて大学教授で文学を教えていたジョンは、アルツハイマー病の進行で記憶の認識の曖昧、その妻エラも末期ガンに侵されていました。
高齢を迎えた2人はキャンピングカー乗り、南にある目的地のキーウエストの目的地を目指します。そこでジョンとエラが見たものとは?
今回はあまり語られることのない意欲作『ロング,ロングバケーション』の深読み考察を紹介します。
CONTENTS
1.映画『ロング,ロングバケーション』の作品情報
【公開】
2018年(アメリカ映画)
【原題】
The Leisure Seeker
【脚本・監督】
パオロ・ビルツィ
【キャスト】
ヘレン・ミレン、ドナルド・サザーランド、ジャネル・モロニー、クリスチャン・マッケイ、ダナ・アイビ
【作品概要】
名優であるヘレン・ミレンとドナルド・サザーランドが共演し、人生の終盤を間近に迎える高齢者夫婦が旅する姿を通し、かつての過ごした出来事への慈愛をユーモラスに描き、人生を謳歌するヒューマンドラマ。
演出を担当するのは映画『歓びのトスカーナ』などのでイタリアの名匠パオロ・ビルツィ監督。
2.映画『ロング,ロングバケーション』のあらすじ
アルツハイマー病の夫ジョン・スペンサーと末期がんの妻エラは、これまで愛車として利用していた年季の入ったキャンピングカーに乗り、ボストンの自宅からルート1号線を走り、南へと旅に出ます。
彼らの住む自宅には末期がんの母親エラの入院のために迎えに来た息子ウィルと、彼に呼ばれた姉ジェーンが「両親が2人が消えた⁈」と大騒ぎになります。
ジョンと仲の良かった隣の家い住むリリアンも心配になっていました。
その頃ランチにダイナーに立ち寄った夫ジョンと妻エラ。
そんな心配を他所に妻エラはダイナーから息子ウィルに電話をかけると、「2人で小旅行に出ただけ」と告げました。
2人を心配する息子ウィルは、母親の勝手な言葉に自分が父親ジョンの世話をすることになっていたと激怒します。
「何とかやるから」と母親エラは一方的に電話を切ってしまいます。
一方の娘ジェーンは「パパに運転は無理よ」と心配していますが、そんな父親ジョンのキャンピングカーの運転は実にお手のものでした。
やがて夫ジョンと妻エラはペンシルバニア州のキャンピング場に到着。
オシャベリ好きなエラは、隣のエリアでキャンプをする親子連れの家族をつかまえ、今回の旅の目的はフロリダのキーウェストにあるヘミングウェイの家を夫に見せるためだと上機嫌で語り出します。
その理由は元大学教授で文学を教えていた夫ジョンは、長年ヘミングウェイの研究をしてきたからです。
また2人の娘ジェーンは父親の才能を受け継いで、今では大学教授になったことが夫婦の一番の自慢でした。
そんな夫ジョンと妻エラは、かつて子どもたちを家族旅行で連れて来た、ペンシルベニア州チェサピークの歴史村に立ち寄理ました。
園内を仲良く歩く夫ジョンと妻エラ。すると、偶然にもジョンが大学教授をしていた頃に教えていた母親になった元女子大生に出会います。
アルツハイマー病で記憶の曖昧な夫ジョンですが、元教え子の女性のことを詳細に覚えていることに、妻エラはチョッと苛立ちながら嫉妬します。
妻エラは夫ジョンのような高学歴がなかったことや、相手が女性なことに気を揉んだいたのです。
その後、今夜のキャンピング場に到着する2人。会話を楽しもうとする妻エラを他所に、またしても夫ジョンの記憶が混濁して、娘ジェーンの子どもの年齢も分からなくなっていることに落ち込みます。
妻エラは「サプライズがある」と夫ジョンを励まし、野外の星空の下で家族写真のスライドショー上映会を開きます。
ウィスキーグラスを片手に楽しかった家族の思い出を辿っていると、その仲の良い夫ジョンと妻エラに寄り添うように、どこからともなくキャンプに来ていた若者たちが一緒にスライド上映を楽しむ輪だできました。
翌朝になると、夫ジョンと妻エラの旅はさらに続きます。
道すがらにあるガススタンドで電話をしている妻エラ。その存在をすっかり忘れてしまった夫ジョンは給油を終えると、そのまま妻エラをスタンドに置き去りにして出発。
慌てふためく妻エラは、ガソリンを入れ終えたライダーに頼み込むと、バイクに乗せてもらい夫ジョンの運転するキャンピングカーを追いかけて行きます。
抗がん剤の治療もあってか、カツラをかぶっていた妻エラは必死で髪を抑えながらも、ライダーのおかげで夫ジョンの運転するキャンピングカーに追いつくことができました。
また、その後も記憶も曖昧な夫ジョンは、蛇行運転したことで警察官に緊急停車で車両を止められてしまいます。
妻エラが機転をきかせて警察官と話をして困難を乗り切ろうとすると、意外なことに夫ジョンは警察の質問にもハッキリと答えることができました。
そんなアルツハイマー病の進行による夫ジョンの数々のミステイクをボヤく妻エラも、2人旅をどこか楽しんでいるようでした。
妻エラは「こんな冒険は初めてだわ」とすべてを笑い飛ばします。
しかし、夫ジョンが妻エラのことをすっかり分からなくなってしまうと、やはり心身ともに疲れてしまい心が痛みました。
それでも夫ジョンと妻エラの連れ添った夫婦の歴史と絆は、無邪気な妻エラの笑顔によって支えられていました。
3.映画『ロング,ロングバケーション』の感想と評価
かつて自由と反骨を掲げたアメリカ
本作の主人公のひとり妻エラ役を演じた女優ヘレン・ミレンは、役柄と自身の共通点をこのように述べています。
「確かにエラは、私自身が望んでいる生き方を体現している。私は彼女の人柄がとても気に入ったの。彼女は人生の終わりを迎えながらも、エネルギーに満ち溢れ、一生懸命生きて、人生を楽しんでいるから。私もこの人生が終わるまでそうありたい」
女優ヘレンはカンヌ国際映画祭の女優賞やアカデミー賞主演女優賞も獲得した実力派の女優。
そんな彼女が妻エラが末期ガンに侵されていても、強い生命力に溢れたキャラクターだと述べている読み込みは、とても大きな意味があることです。
その理由は妻エラというキャラクターは、どのような状況に至っても、夫ジョンへの愛に生き、生き抜く美学の自由を選択し続けた存在だからでしょう。
例えば、70年代の頃に若かりしエラの初恋の相手は黒人のピッピーで男性でした。
そのことは彼女がこれまで生きてきた人生観のなかで、独自性の価値観を持った強さがあることを読み取れます。
70年代という今よりもさらに黒人差別の激しかった頃に、黒人男性に恋をしたというエピソードは、かなり先進的人物であることが見て取流ことができるからです。
“何者の価値観にも邪魔されることのない、直感的で自由人”であったことを隠喩して描いているのでしょう。
またそんなエラですが、夫ジョンのような知り深く教養人ではなかったことことを推測させる場面もありました。
夫ジョンのかつての教え子の元女子大生や、あるいは黒人ウエイトレスが卒業論文に自分がよく知らないヘミングウェイを扱ったエピソードなどで、何度も教養のない自尊心の無さや、女心という嫉妬心抱いてみせた点によく表れていました。
さらには本作の冒頭や中盤にも登場した、映画ロケ撮影でタイムリーに各ロケ地で出会したトランプ大統領候補のエピソードで感じ取ることができます。
エラはかつて共和党の大統領候補者のドナルド・レーガンに投票しようとして、民主党の支持者の夫ジョンに強い怒りを見せたことも語られています。
映画ファンのあなたならよくご存知とは思いますが、ドナルド・レーガン大統領は元々は俳優。
エラの判断は、いつでも偏見はなく直感的に物事を見る人物であるのでしょう。
まあ、その文学研究者で大学教授だった教養溢れるジョンも、アルツハイマー病で呆けてしまい共和党支持者のなかで「USA!UAS!」を連呼しますが…。
ユーモアと尽きることのないイタリアの名匠パオロ・ビルツィ監督らしいですね。
本作は“現代版アメリカン・ニューシネマ”だ!
そんな夫ジョン役を演じたドナルド・サザーランドは、本作のテーマをこのように読み取っています。
「この夫婦は、何かを目指して走り出すんだ、逃げるのではなくてね。ジョンは歩き、エラは走る。喪失感よりも愛を描いている」
この言葉からも理解できるように、本作は愛と自由を求めて疾走するジョンとエラのストーリーなのです。
イタリアの名匠パオロ・ビルツィ監督が初めてアメリカで描いたこの作品は、70年代を生きた若者のジョンとエラのアメリカン・ニューシネマだと捉えることは、決して暴論ではないはずです。
かつてはベトナム戦争に敗戦したことで蝕まれたアメリカ人の精神を、ハリウッド的な嘘っぽいお伽話のような映画表現ではなく、その時代に生きた若者の自由さや大人たちへの反骨さを、かつてアメリカン・ニューシネマは体現していました。
それを同じように2010年代になって、1970年代と同じように自信を無くした今のアメリカに蘇らせたのが本作の鋭い表現です。
時代を経た現在にアルツハイマー病や末期がんという病魔に心身的に蝕まれジョンとエラ。
また2人が生きる今のアメリカは自国に自信が持てずに「USA!UAS!」の叫びで奮起する状況はそう当時とは大きく異なるものではないのでしょう。
例えば本作のメタファーとして特に挙げられるのは、死を待つのみ老人ホームです。
その場所に留まり死ぬのを待つのではなく、自身の目的地を最後まで貫き通し、生き抜く姿こそ、かつてアメリカ映画史に大きな変革をもたらせた表現運動のひとつアメリカン・ニューシネマの主人公たちでした。
1967年の『俺たちに明日はない』、1969年『イージー・ライダー』、1973年の『ダーティー・メリー/クレージー・ラリー』を挙げるまでもありません。
そこで本作のトランプ大統領候補のエピソードが重要の意味を持ちます。
かつての強いアメリカを取り戻すことは、“本来の再生”の意味からいえば、自由と反骨精神を持って生きることであって、その場に留まることで他者を排除して追い出し、その地域で留まって生き残ることではないのではないでしょうか。
どのような状況であれ、“自由と反骨を求めて生きるフロンティアスピリッツ”こそ、アメリカらしい気もするです。
本作を単なる高齢者のジョンとエラの孤独な老人物語だと読み解く映画ファンは、少し早合点しすぎと言えるでしょう。
この作品はチャレンジに満ちたアメリカン・ニューシネマを今に蘇生させたひとつの形、それが『ロング,ロングバケーション』なのです。
もちろん、パオロ監督ファンのあなたなら、前作『歓びのトスカーナ』も同様にロード・ムービーというより、例えば1991年のリドリー・スコット監督の『テルマ&ルイーズ』のようにアメリカン・ニュー・シネマ風であったことは、ご承知のことだとは思います。
アメリカン・ニューシネマに付きものなエンディング
妻エラと夫ジョンは病院や老人ホームではなく、生きるという強い意志を持ってある結末を見せます。
その自死については大きく賛否が分かれる結末であったように思います。
しかし、女優ヘレン・ミレンが語ったように「生命力が溢れた」という“自由”の結果であり、俳優ドナルド・サザーランドが述べたように「何かを目指して走り出す」という、“愛”の成就なのでしょう。
その2人の行為こそがアメリカ社会に対して反骨精神を見出していたのです。
パオロ・ビルツィ監督は本作のテーマを、「最後の瞬間まで自分の人生を選ぶという問題に対してどう行動するか」だと述べています。
またこのようにもパオロ監督は語っています。
「私達は、それに対して賛成あるいは反対の立場を取ろうとはしませんでした。もちろん、選択の自由や自己の人生を選ぶ自由、自己尊厳という信条には賛成です。エラは「施設に入るときはショットガンを握らせてくれ」というジョンの告白を受けています。私達はエラの選択を語りながら彼女の考えを共有しているのです。そして、彼ら二人の立派で誇らしい最期がやって来ます」
この作品を本作を自分の人生の自由を選ぶ映画だとしているのです。
エラとジョンのおこなった行為は、とても勇敢でリスペクトすべき尊厳に満ちた行為とパオロ・ビルツィは映画監督として誇りを思っています。
あなたはエラとジョンの死について、どのように感じたでしょう。
また、パオロ監督は「最後には息子達も二人のことを理解する」と信じていると強く語っています。
エラとジョンが病院や老人ホームに居たのでは、絶対に見ることができなかった天国のようなキーウェストの海。
ジョンのエレクトした下半身のちょっとした奇跡。
映画ファンのあなたは『ロング,ロングバケーション』をどのように深読みしますか。
4.映画『ロング,ロングバケーション』の公開する劇場は
北海道地区
北海道 札幌シアターキノ(1月26日〜)
東北地区
青森 フォーラム八戸(3月24日〜)
青森 シネマヴィレッジ8・イオン柏(4月7日〜)
岩手フォーラム盛岡(4月13日〜)
宮城 フォーラム仙台(3月10日〜)
山形 フォーラム山形(4月6日〜)
福島 フォーラム福島(3月17日〜)
関東地区
東京 TOHOシネマズ日本橋(1月26日〜)
東京 TOHOシネマズ六本木ヒルズ(1月26日〜)
東京 渋谷シネパレス(1月26日〜)
神奈川 TOHOシネマズららぽーと横浜(1月26日〜)
神奈川 TOHOシネマズ川崎(1月26日〜)
千葉 TOHOシネマズ流山おおたかの森(1月26日〜)
埼玉 MOVIXさいたま(1月26日〜)
群馬 シネマテークたかさき(4月7日〜)
中部地区
静岡 シネ・ギャラリー(3月3日〜)
静岡 CINEMA e_ RA(3月31日〜)
愛知 TOHOシネマズ名古屋ベイシティ(1月26日〜)
愛知 伏見ミリオン座(1月26日〜)
岐阜 CINEX(4月7日〜)
三重 進富座(4月7日〜)
石川 シネモンド(3月24日〜)
関西地区
大阪 大阪ステーションシティシネマ(1月26日〜)
大阪 TOHOシネマズなんば(1月26日〜)
京都 TOHOシネマズ二条(1月26日〜)
奈良 ユナイテッド・シネマ橿原(3月10日〜)
兵庫 シネ・リーブル神戸(2月3日〜)
兵庫 TOHOシネマズ西宮OS(1月26日〜)
近畿・山陰地区
岡山 シネマ・クレール(3月10日〜)
広島 サロンシネマ(3月24日〜)
四国地区
愛媛 シネマサンシャイン大街道(4月7日〜)
九州地・沖縄地区
福岡 KBCシネマ(1月26日〜)
佐賀 シアターシエマ(4月7日〜)
長崎 長崎セントラル劇場(4月13日〜)
熊本 Denkikan(3月10日〜)
宮崎 宮崎キネマ館(4月7日〜)
鹿児島 天文館シネマパラダイス(3月7日〜)
沖縄 シネマパレット(3月10日〜)
*上記の情報は2月5日現在の情報になります。今後もセカンド上映や全国順次公開の劇場は増えることが予想されますので、お出かけ際は必ず公式HPをお確かめください。
まとめ
アカデミー賞に4度ノミネートされ、カンヌ国際映画祭で2度の主演女優賞を獲得したヘレン・ミレン。
そしてアカデミー賞名誉賞に輝くドナルド・サザーランドの2人が、1970年代を生きた妻エラと夫ジョンの人生の終着点に見据えた生き方をどのように感じるでしょう。
また本作の演出を担当したのは、『人間の値打ち』や『歓びのトスカーナ』などで知られ、イタリアのアカデミー賞作品賞を続けて受賞した名匠パオロ・ヴィルツィ監督。
彼はエラとジョンの選んだ生き方について誇りを持つと語っていますが、もうひとつ誇りを持っているのが、“イタリア映画界の申し子”としての誇りです。
そんなパオロ監督の軽快でありながらも、強さを持った演出は本作でも健在です!
映画『ロング,ロングバケーション』は1月26日より全国順次公開。そして公開する劇場も1月よりも拡大されています。
ぜひ、ぜひお見逃しなく!